第九話 主街道大火災の裏側3
文字数少なすぎですね…次回は頑張ります。
「てめぇよくもやりやがったな餓鬼が!」
心臓を殴打する衝撃に視界がゆがむ。エレナは今にも崩れそうだった。それほどのリスクを払ってまで吹き飛ばした野盗の二人、そのうち一人は既に起き上がろうとしていた。所詮は吹き飛ばすだけの魔法。優れた魔法であり、対魔法戦の要と言われるブラストも、術者が若年七歳のエレナでは出力不足だ。
勢いに任せ、飛び込んでしまった。やはり自分の力ではこの状況を覆すことは難しいという自覚がエレナにはある。しかもエレナの魔法は我流に近い。まともな教育を受けていないエレナはカイムのような魔法教養はない。あるのは暇を持て余して魔道書を読んだ経験だけだ。理論は理解している。しかし運用効率が悪い。一回発動しただけでもエレナには限界が近づいているとわかったのだ。
「どうして…きみが…」
カイムにはこの光景が信じられなかった。騎士が助けに来たのならわかる。ペスが起き上がって助けたなら分かる。しかし、どうしてこの少女が、しかも魔法で…。
「ばかっ…早く起き上がりなさいよ」
「う、ぐっ…」
エレナは焦燥に染まっている。カイムから見ても、彼女が周到な準備や勝算があっての行動ではないかことは明白だった。まだ自分が助かったわけではないことをカイムは知った。カイムが動かなければ、カレンは捕われ、エレナもすぐになすすべなく蹂躙されるだろう。このまま彼女らを見過ごすことができるような、カイムはそんな男ではなかった。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!」
立ち上がった若い一人が気絶したカレンの髪を粗雑に掴みとり、ギーグが走り寄る。その姿を見て、カイムは嘗て感じたことのない焦りと怒りにすべてを忘れ、そして驚愕した。関心はあると思ってはいたし、父から上手く付き合えとも言われていた。しかし、こんなにも心を動かされるとは、カイムは想像すらしていなかった。
「あんた、あの子を助けたいんでしょ!だったら立ち上がりなさいよ!男でしょ!」
「く、くそっ…」
肋骨が折れているかもと考えるほどの激痛を抑え、感情に任せて前のめりになりながらも立ち上がった。カレンの元へ行かなければならない。カイムの中にあるのはそれだけだった。もちろんペスも心配だが、老年な執事であるペスと、シーチェ家長女であるカレンではその重みが違う。カイムもそれをしっかりと理解していたし、彼には二人を救う力などなかったのも、また事実だった。
「服従の烙印!咎人に慈悲の抱擁を与えよ!」
立ち上がるカイムに合わせ、エレナは詠唱する。ギーグのナイフが僅か数センチでその白肌にあわや届かんというところで、ギーグと、そして後方の男が地に倒れ伏した。服従の魔法オビディエンス。相手を拘束する中位魔法である。七歳でこれだけの魔法を行使できるということからも、さらにはカレンだけが効果範囲から免れていることからも、エレナの才能の片鱗が垣間見えた。
「今のうちに!はやくっ!」
「大人を舐めるんじゃねぇぞ!魔法でなんでもなんとかなると思うな!」
ギーグは服従魔法の中、エレナを正面から睨みつけ、ゆっくりと立ち上がる。服従魔法は、その名前からは把握しにくいが、実質重力を司る魔法である。つまりは負荷をかけるだけの術。相手が負荷以上の力を以って抵抗すれば止めようがないのだ。最上位魔法である完全服従とは運用理念がまるで異なる。エレナの魔法とギーグの肉体。一時はエレナの優勢に見えた状況も、既にギーグに傾きつつあった。
「悠久の風よ!其の遍く流動で我道を導き給え!」
カイムは咄嗟に魔法を唱えた。下位の魔法であるそれは、移動の魔法ムーブ。急速に移動することだけに特化した魔法である。特化しているとはいえ所詮は下位魔法。一般的な馬よりは遅い程度ではあるが、子どもであるカイムにとっては十分すぎるほどの速度だ。服従魔法オビディエンスが彼ら三人を縛り付けている間に、カレンの元へ。満身創痍の中、それだけを考えた行使だった。ムーブは移動に補佐をかける風の魔法、まるで背後から何者かに押されるように、カイムは急速に動いた。
「魔道士なんざ大道芸人よ!俺たちゃ泣く子も黙るシュラリンテ!何人もの魔道士共を地獄に叩きつけてきたんだぜ!」
逃げられでもしたらまずいと思ったか。ギーグも焦燥を浮かべ、強引に服従の魔法下で動き、地に落ちていたメイスを拾い上げ、満身をこめてカイムへと投げ捨てた。服従の魔法の影響下にある状態でも、子どもにとっては十分すぎる威力である。彼らがとった行動、投擲は優れた解法である。魔法は強い。それはどの時代どの国でも共通認識ではある。しかし決して覆せない無敵の力というわけではない。まず術者は魔法を行使している限り無防備になる。集中力を乱すわけにはいかず、当然微動だにできないし、周囲を観察する余裕もなくなるのだ。つまり、容易に対処できない重量のものを投擲するというのは、理にかなったものなのだ。
カレンに手を差し伸べる形で突き進むカイムの視界に、回転するメイスが映り込む。とっさの判断で移動魔法を解除し、反発魔法を唱えるも、ほぼ無詠唱で発動した反発魔法ではとても鈍重なメイスの衝撃はとめられない。メイスを受け止めるも、衝撃を霧散できず、カイムはしたたかに壁面へと叩きつけられた。どさりと浅く積もった雪中にカイムの体が沈む。それでも、歯を食いしばり、しっかりと顔を上げカレンへと手を差し伸べていた。
「カイムっ!」
「はっ!てめぇには用はねぇんだ!死んじまいな!」
身近な人が暴力を受け倒れるという光景に、集中力が切れ、服従の魔法の効力が消えた。ギーグはその隙を逃さず、一瞬でエレナへと走りよる。脚をバネのように利用した急速な加速に、エレナは頭をかがめてナイフの軌道を躱す。
「あめぇぞ!」
しかし、咄嗟の判断で対応できたことに喜ぶのも束の間、返す形でナイフを握った男の手が振り払われ、柄の部分による強烈な一撃がエレナへと振り下ろされた。大人の、それも男の全力。
ウシャンカが吹き飛ばされる。あまりの一撃に額の皮膚が破れ、鮮血が飛び散り、純白はドス黒い赤へと染まった。




