モンスターとの遭遇
「……モンスターとの戦い方?」
思わず聞き返す賢治。モンスターなどという単語は、ゲームの中でしか使ったことがない。
「そう。十中八九知らないとは思うけど、一応聞くぞ。そもそも、モンスターって知ってるか?」
その問いに、賢治はもちろん首を横に振る。フレアのさすモンスターとは、一体何を示すのか。そもそも、この世界に来てからというもの、生物を見たことがないのだ。
「だよな……」
フレアは眉間にしわを寄せ、腕組みをして何やら頭を悩ませていた。
それほどまでに知らなければいけない事項だったのか。
賢治自身も、どことなく不安になる。
「……ちょっと着いてきて」
そう一言つぶやくと、フレアは玄関の方へと足を進めた。
「ちょっ……ちょっと!」
慌ててベッドから体を起こす賢治。どうやら、体には何の支障もない様子だ。
靴を履き、急いでフレアの元へと駆け出す。
「どこへ行くんだ?」
「モンスターのいる森だよ」
「なぬっ!?」
「とにかく、着いてきな」
強引なフレアに多少の嫌悪感を抱きながらも、賢治は大人しく従った。
理由は明白だ。
(逆らったらどうせ殴るんだろうなぁ……)
純粋な【恐怖】。ただそれが理由である。
⚫⚫⚫
フレアに連れられて、家からそう遠くない場所に位置する雑木林の入り口に着いた。
確かに、モンスターの一匹や二匹はいそうな雰囲気はあるのだが……。
「本当に、モンスターなんているのか?」
恐らく、いや、確実にモンスターはいるのだろう。
しかし、頭で理解をしてもどこか疑いの念が付きまとってくるのだ。賢治はその思いを、素直にフレアに伝える。
「まぁ、手っ取り早いのは実際に見ることだからな。ちょっと待ってな。すぐに会えるよ」
「あ、あぁ」
しばらくその場で待機する。フレアは、モンスターに対してそれほど脅威を感じていないのだろうか。整然とした様子でモンスターの出現を待っていた。
すると、
≪がさがさっ≫
「!!」
近くの草むらが大きく揺れた。賢治は、思わず体をびくっと反応させてしまった。そんな賢治に、フレアはクスクスと微笑をしていた。
「ほら、お待ちかねのモンスターがやってくるぞ」
フレアが草むらに指を向ける。
「モンスターって言っても、一体どんな奴がいるんだ?」
賢治がフレアを横目に問いかける。
「そうだなぁ……。この辺だと稀にウェアウルフとか、フェアリーとかいるな。……あとは、大体スライムだけどな」
「スライムって、液状の身体をしている奴か?」
「あぁ、そうさ。何だよ、知ってるじゃん」
「ま、まぁな」
意外にもモンスターの知識を持っていた賢治に、フレアは少し感心する。
しかし、一方の賢治はというと、たまたま某RPGゲームをプレイしたことがあったため、たまたまゲームでのスライムの特徴を言ったら正解しただけに過ぎないのだ。
(まさか、本当にゲームの中のスライムと同じ生物が存在するとは……)
賢治は頭の中にスライムの姿を思い浮かべる。
青い丸っとした身体に、ぱっちりとしたお目目。口元は、ニコッというよりかはニヤリとした形をしている。
(……倒したら、経験値とゴールドでも手に入るのかなぁ)
まさにゲーム脳的発言を思わずしてしまう。賢治自身、それは無いなと思うものの、どこか期待している節もあった。
≪ガサガサガサガサ!!!≫
草むらの揺れが激しくなる。フレアが賢治に呼びかける。
「ほら、おっさん!来るぞ!!」
「おぉ!!!」
モンスターが賢治の目の前に現れた。初めて見る、生のモンスターだ。
「こ……これはっ……!!」
賢治は思わず声を上げる。
そのモンスターの姿は、何とも形容しがたいものだったのだ。
身体はぐにょぐにょで、形をとどめていない。
色は汚く濁った緑色。
おまけに、体の中から何やら動物の骨らしきものが飛び出している始末
結論から言えば、
気持ち悪い
異臭がする
総評すると、グロテクスなモンスターだった。
「……何だ、この……見ているだけで不快になる生物は」
その呟きに、フレアはしれっと答える。
「スライムだよ?さっきおっさんが言ってたじゃん」
「……は?」
「え?」
賢治は思わず目が点になる。フレアも、賢治のリアクションに頭をひねる。
「え?あれが、スライムなの?」
「そうだけど」
「いや、だって……スライムって言ったらこう、何とも言えぬ妙な可愛さがあって……」
「可愛い?おじさん、結構趣味悪いんだな。あんな奴を可愛って思うやつ何て、少なくともこの村にはいないぞ?」
「……」
賢治の幻想は、儚く散っていった。現実は、まさにモンスターと呼べるべき姿が、スライムという生き物だったのだ。
「ちなみに、あの体は全部強力な酸性だからな。触れたものをことごとく溶かしていくから、体には気を付けるんだぞ」
「何だよその危険な情報は!?スライムって何?そんなに怖いモンスターだったのか!?」
賢治は思わず身振り手振りでそう叫ぶ。
「な、何だよ急に」
フレアも、そんな賢治についひるんでしまう。
≪ピギィィィイイイイイ!!!!≫
そんな二人の会話にしびれを切らしたのか、スライムが不快な奇声を発しながら二人に迫ってくる。
「お、おい!来るぞ!?」
「ちょうどいいや。スライムの倒し方もついでに教えてやるよ。ほら、これを貸してやる」
「え?何これ……ってうわぁ!おもたっ!」
フレアから手渡されたものは、少し等身が小さめのソードだ。俗に言う、片手剣という代物である。
賢治は直感的に気づく……いや、気づきたくは無いことに気付いてしまったのだ。
「……えぇっと、フレアさん?こんな物騒な代物を持たせて、あなたは一体何を考えてらっしゃるんです??」
慎重に、機嫌を損なわないように、賢治はなるべく穏便にフレアに尋ねた。
「そいつで、あのスライムを攻撃するんだよ」
さらっと答えるフレア。
「攻撃する?あのスライムを?」
「あぁ」
「誰が?」
「おじさんが」
「俺が?」
「うん」
「へぇー…………
賢治は颯爽と身を翻して、その場をあとにしたのだった。