衝撃の事実
「世界地図だってぇ?」
賢治は、コップを片付けようとしていたフレアに声をかけた。
フレアは、少し怪訝な顔をしながら賢治に聴き直す。
「どうしたんだよ、急に」
「いや、少し確かめたいことがあってさ」
「?まぁいいや。ちょっと待ってな」
そう言うと、フレアは近くの棚を探し始めた。
「ここじゃないな……こっちだったっけか……」
ぶつぶつと独り言を言いながらも、フレアはようやく一枚の地図を見つけた。
フレアはその地図を賢治に手渡す。
「ほらよ」
「ありがとう」
一言礼を言ってから、おもむろに地図を広げた。
「……」
しばらく地図を凝視する賢治。そんな彼の姿を、フレアはやはり怪訝な顔で見つめる。
「どうしたんだよ、おじさん」
「……」
話しかけられても、賢治は一向に黙ったままだった。
そして、
「……嘘だろ」
「あ?」
一言つぶやく賢治。その顔は、驚きというよりかは、唖然の表情をしていた。
「この地図は、本当にこの世界の地図なんだよな?」
「ん?あぁ、そうだよ。まず間違いはないと思うけど……それがどうしたんだよ?」
賢治の手に握られた世界地図。しかし、その地図に描かれていた大陸の形は、明らかに見たことのない大陸として描かれていたのだ。
(この地図が正しい世界地図だと?バカなことを言うな。俺をからかってんだろう?)
まるで子供だましのようだ。……いや、子供でも世界地図ぐらい見たことある。
(なら……こいつは一体どういうことだ……?)
記されていた世界地図には、大陸は4つに分かれており、四方にちりばめ にちりばめられた形で分布していた。
見たこともない世界地図。
否
見たことのない世界が、その地図に記されていたのだ。
「……まさか、異世界に連れてこられたってことか?」
真っ先に否定した考えが、まさか真実だったとは。賢治の頭の中は、初日同様に、真っ白になった。
賢治は思わず頭を抱える。嫌な汗が背中を伝う。
(ふざけんなよ……!こんなもん見せつけられて、俺にどうしろって言うんだ
よ!)
「おい、どうしたんだよ、おじさん」
(これは夢だ!悪い夢を見てるんだ!きっとそうだ!でなきゃこんなバカな話ある訳ないからな!)
「おっさん!」
(そう、これは夢……。疲れてバカみたいな夢を見てるだけなんだ……そうだ、そうなんだ……)
「人の話を聞けやおらぁぁああああっっ!!!」
「ふごぉぉぉおおおおっっっ!?!?!?!」
賢治の腹部に肘鉄をくらわすフレア。
賢治は腹を抱えて蹲る。
「ぬぐぅぅあ……っ!」
「一体何があったんだって聞いてんだよ!勝手に一人で抱え込むんじゃねぇよ!」
いったいこの子は、心配をしてくれていのか、ただ単に短気なだけなのかよく分からない。
「ぐぬぅ……た、多分、俺が話したところで君は信じないと思うんだが……」
「どりゃあああああ!!」
「へぐぅっっ!?!?!?」
今度は、頭に拳を振るったフレア。賢治の目が星になった。
「そんなもん、話してみなきゃ分からねぇだろうが。何女みたいなこと言ってんだよ」
女みたいって、お前が言うのかよ……
そんなことを思っても、口に出したらまた殴られると踏んだ賢治は、あえてその言葉を飲み込む。
「とにかく話せ。まずはそれからだよ、おじさん」
「……」
腕を組み、仁王立ちのフレア。どうやら、話さない限り許してはくれないようだ。
賢治は、少しうつむきながらことの顛末を話し始めた。
賢治の元の世界について。
気が付いたらここに連れてこられたこと。
何のために連れてこられたのか分からないこと。
元の世界に戻る方法が、分からないこと。
口下手なこともあり、話が長くなってしまったのだが、意外にもフレアは何も言わずにただ聞き手に回ってくれた。
時折質問をしてくれたこともあり、説明もいくらかはスムーズに行う事が出来た。
「……と、いう訳なんだが」
「……」
視線をフレアに向ける。フレアは、何やら考え事をしている雰囲気を醸し出していた。
「やっぱり、信じてはくれんよな」
賢治は、卑屈ぎみにそう呟く。しかし、フレアはその言葉を否定した。
「いや。信じるよ、おじさんの話したこと。こことは違う世界から連れてこられたことから、最後まで」
「え……?」
またも意外な返事が帰って来た。ただ口が悪く、すぐ手の出るとんでもない少女だと思っていた賢治にとっては、驚くべき反応だった。
フレアは、そんな賢治の気持ちに気付いたのか微笑しながら、
「別に、何でもかんでも悪く罵ったり、意味もなく暴力を振るったりなんてしないからな?私だって、普通の人間なんだからさ」
(意味もなく暴力を振るわない?)
賢治は顔をしかめた。
「何か言いたいことでも?」
「全然、全く、何にも、ありません」
背筋をピンと伸ばした賢治を確認してから、再びフレアは話を進める。
「それにさ、あんたは知らないと思うけど、意外とあんたみたいな人はいるんだぜ?」
「……え?」
「だからさ、あんたみたいに別に世界から来た人は少なくないってこと」
思わず食い入るように前に出る賢治。
「ほ、本当なのか、それは!?」
「あぁ、本当だよ。首都のフランベルグにでも行ってみなよ。たぶん見つかるよ」
「まじかよ……」
フレアの言葉に、大いに希望が湧いてくる。自分と同じ境遇の人に会える。
賢治は、もしかしたら帰り方を知っている人もいるかもしれない。そんな期待をも抱き始めた。
「じゃ、じゃあ!そこに行く方法を教えてくれないか!?」
賢治は、フレアの肩を無意識に掴んでしまうほど必死になる。
「あ、あぁ、別に構わないけどさ……」
フレアが少し渋い顔をする。
「何か……問題があるのか……?」
フレアの表情から、賢治は不安な思いがこみ上げてくる。
(まさか、行くことができないのか……?)
何の希望もない賢治にとっては藁にも縋る思いなのだ。賢治の雰囲気から、いやというほどそんな切迫した思いが伝わってくる。
フレアはポツポツと言葉を紡ぎだした。
「いや、すごく大きな問題ってのは無いんだけどさ……」
フレアから飛び出した言葉は、賢治には訳が分からないものだった。
それも、現実では必ず出てくるはずのない話題。
「おじさん、【モンスター】との戦い方って知ってるか?」
「……」
しばらく沈黙する賢治。フレアは、静かに賢治の反応を待っている。
「……」
まもなくして、口を震わせながら賢治は、精いっぱいの言葉で、素直な思いをフレアにぶつけようとした。
いや、
ぶつけたのだった。
「はいぃ?」
それはもう、腹が立つほどの煽り顔で。