相性の合わない二人
「俺が……死にかけてただって?」
「あぁ、そうだよ」
少女は、賢治の問いに即答する。
あまりの突拍子な話に、賢治は何とも信じられないといった様子だ。
「森の中で倒れてたんだよ。あんた、プリムの実を食べたでしょ。その実の毒にあたったんだよ」
「プリムの実?」
賢治は首を傾げた。そんな漫画みたいな名前の果物、聞いたことも無い。さては、寝起きだからと言って俺をからかってんだろ!
そんなことを考えていた賢治だったが、
「見た目が薄い桃色の実だよ。いい匂いがするやつ」
「あぁ~……。うん。食べた食べた」
あっさり受け入れた。実際に食べてしまったのだから仕方が無い。
一方、賢治のその言葉に、少女はより一層見下した目を向けた。
「あれって、猛毒な果実としてこの辺りでは有名なんだよ。症状は、全身に激痛が奔り、だんだんと体がマヒして言って、そのまま放置してたら確実に死ぬ。つまり、致死性の毒を含んだ死の実として子供でも知ってる果実なんだよ」
「致死性の……」
唾を飲み、顔が青ざめる賢治。危うく命が無くなるところだったのだ。嫌な汗が止まらない。
一方、そんな賢治の顔を見て、少女はけらけらと笑っている。
「まさか、プリムの実を食って倒れる奴がいるなんてな。あんた、顔もそうだが、中身もアホなんだな」
口の悪い女の子だこと。賢治はむっとしながらも、少女に問いかける。
「じゃあ、君が俺を助けてくれたってことなのか?」
話題を変えるかのように、賢治自身に何が起きたのか説明を求めた。
意外にも、少女はさらっと賢治の問いに答えてくれた。
「そうだよ。って言っても、あそこは私の私有地だからさ。そのまま放置してても良かったんだけど、死体の回収がめんどくさいからな。仕方なく助けてやったってのが真実だよ、アホのおじさん」
「む……そ、そうか」
棘のある言い方が癖なのだろうか。言葉の節々に悪意を感じる。
だが、話を聞く限りでは命を救ってくれたことには変わりはない。賢治は、素直にお礼の言葉を述べようとした。
しかし、
「命を救ってくれてありがとうな、お嬢ちゃん」
「フレアだよ。恩人の名前も聞かねぇでお礼を言うなんて、本当にアホなんだな、あんた」
「ふぐっ……!」
思わず青筋が浮き出る。賢治はのど元まで怒りの言葉がでかかったのだが、ギリギリのところで踏むとどまった。
何という口の悪いクソガキだ!
(い、いかんぞ!ここで苛立ってはだめだ、賢治!この子は口は悪いが……かなり口の悪いクソガキ、もとい女の子だが、命の恩人だ!落ち着けよ、賢治。大人の余裕だ。大人の余裕……)
自分を律する賢治。深く深呼吸をし、再び、賢治はお礼の言葉を述べ始めた。
「えっと、では【フレアさん】。この度は私の命を救っていただきありがとうございます。どのようなお礼の言葉を述べたところで、あなたが私に与えて下さったご恩はお返しできないことは重々承知しております。また、恥を忍んでお尋ねさせて頂きたいのですが、一体ここがどこなのか、そして一体どう言った状況に私は陥っているのかを御教授していただけないでしょうか?」
懇切丁寧に、まさに得意先の人と話をする時と同じ要領でフレアに言葉を向ける。
(ふふふ……!何年社会に出て働いていると思ってんだ!このぐらいの社交辞令は朝飯前よ!!)
思わず得意げな表情になる賢治。
ただし、正しい言葉遣いと言うよりかは度の過ぎた敬語であり、むしろ相手を馬鹿にしているのではと誤解を招きそうでもある。
まさに、完璧な空回りである。
一方のフレアは、先ほどの態度など全く揺るぎはしないものだった。
「初めからそう言えばいいんだよ。お礼もまともに言えねぇのかよ。ダメなおっさんだなぁ、あんた」
「ぬぅぅぅああぁぁぁああああっっ!!!!!」
大人の余裕など微塵もない。思わず上の服を引きちぎるところだった。
危ない危ない。
そんな賢治などほっておいて、フレアは言葉を続ける。
「まぁいいや。ここはダイルの村のはずれ。んで、ここは私の家だよ。つっても、そんな大層な家でもないけどな」
フレアは賢治に背を向けて、カップに何やら飲み物を淹れながら答える。
賢治は、フレアの言葉に更なる疑問を抱いた。
「ダ、ダイルの村だって?……じゃあ、ここは外国なのか?」
明らかに日本の地名ではない。しかし、外国にしても、英語も話せない賢治が会話をすることはできないはずである。
フレアは明らかに日本人ではない。賢治の頭が余計混乱する。
「外国って言われても……おじさんがどこから来たのか分からないしなぁ……」
フレアは頭を掻きながら、続けて説明をした。
「ダイルの村は、首都のフランベルグから30キロ離れた小さな村だよ」
「フランベルグ?」
またまた分からない地名だ。
「ミゼリオ共和国の首都だよ」
「ミ、ミゼリオ……?」
チンプンカンプンだ。
そんな賢治のリアクションに、フレアはあきれた様子で賢治の元へ近寄る。手には、コップの置かれた盆を持っていた。
「何だよ。毒で記憶もなくしちゃったのかぁ?めんどくさいな、ホントに……ほらよ」
「あ、ありがとう」
紅茶と思しき飲み物をフレアから渡された。賢治は一口飲んでから、再びフレアに目を向ける。
口の中に、フルーティーな風味が広がった。しかし、これまた一体何のフルーツを使っているのか分からない。未知の味だった。
気を取り直して、賢治は再び質問を続けた。
「じゃ、じゃあ……今日は、何月何日なんだ?俺が倒れてから、一体何日経ったんだ!?」
賢治の言葉に、フレアはさらっと答える。
「12月26日だよ」
「26日……そうか」
(つまり、倒れてから丸一日ってことか……)
それほど時間が経っていないことに少し安堵の表情をする。しかし、言葉はまだ続けられていた。
「あと、もうすぐ王宮でドラゴン祭が開催される時期でもあるな」
「そうか、ドラゴン祭が……」
賢治は言葉を止めた。
「……ドラゴン祭?」
全く聞きなれない祭りの名だ。
「要するに、調教されたドラゴンに芸をさせたり、捕らえたドラゴンの大きさを競ったりする祭りだよ」
「へ~……」
そうか、ドラゴンをねぇ……
「……は?」
賢治は、絶対に聞き流してはならない言葉に反応した。
(ドラゴンを捕まえる?調教する?どういう意味なんだ?)
賢治は目を点にして、フレアを見つめる。
「何だよ、ドラゴンのことも覚えてないのかよ」
フレアは大きなため息をつく。それほどまでに、ドラゴンという存在は普通なようだ。
その時、賢治は考えないようにしていた一つの答えを、頭の中に浮かべていた。
その答えは、ありえないはずだった。考えられない。バカみたいな答えだ。
言うなれば、【気でも狂ったのか?】と、人に心配されそうなほどの。
……だが、いよいよそうも言っていられないような状況となってきたことに気付いた。
(……確かめる必要がある)
「……あのさ、ちなみに【世界地図】ってこの家にはある?」