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この電車は異世界行です  作者: ナメタケ
2/23

全ての始まり

自宅から駅まで、徒歩10分

改札口を抜けて、駅のホームで待つこと5分

電車で会社の最寄り駅まで、30分

駅からバスに乗り、会社まで15分

合計一時間掛けて仕事場へと向かう。

そして午後8時になれば、また一時間掛けて自宅へ戻る。それが俺、『楠木賢治』の日課であり、日常だった。


そしてこの日も、俺は仕事を終え、帰路の電車に揺られ続けていたのだ。


アナウンスが、静かな駅内に鳴り響く。時計は、夜の11時を回っている。

エントランスには既に誰も残されて居らず、終電に慌てて乗車する賢治のみとなっていた。


「……やれやれ、ぎりぎり間に合ったかぁ」


崩れた背広をそのままに、倒れ込むかのようにして座席に座る。

辺りには雪がちらちらと舞っており、賢治の鼻先も真っ赤になっていた。


「はぁ……」


大きなため息をつくと同時に、扉が閉まり、電車がゆっくりと動き出す。

車内には、男が一人だけという何とも寂しい空間が広がっていた。


今日も疲れた。帰りにビールでも買って帰るか。


向いの窓からの景色を眺めながら、ぼーっとそんなことを考える。


今日は12月24日、世間ではクリスマスイブに当たる日。街はイルミネーションに照らされて、11時を回っても街は夜の色を見せてはいなかった。

意味もなく心躍るこの日に、どうやら賢治は遅くまで仕事をしていたようだ。


それもそのはず。


結局、部長に頼みに行ったものの受け入れてもらえず、


「責任を持って教育係である君が今日中に仕上げろ!」


などと怒鳴られた。そのため、後輩の武本とともに急ピッチで仕事に取り掛かったと言う訳である。


しかも、武本は用事があるからとか何とか言い訳をこじ付けて7時に帰宅。もはや賢治には、そんな彼を叱りつける気力は無かった。ただ、仕事に終わらせることに精いっぱいだったのだ。


「……」


まぶたが、次第に閉じて行く。仕事疲れに睡魔が襲ってきたのだろう、次第に寝息が聞こえるようになってきた。

虚ろな賢治の脳裏には、仕事とは別に、今朝の出来事が思い浮かべられていた。

実家暮らしである賢治の家では、主に母親と妹が家事全般を切り盛りしている。

5つ上の兄は結婚しており、都会に一軒家を購入して暮らしいるため、実家には父・母・妹。そして、賢治の4人暮らしだ。

そんな彼の実家内では最近、今年で30歳になる賢治に対しての結婚話が多く取り上げられるようになってきたのだ。

今朝も例にたがわず、母親や妹と結婚話で少し口論となった。

一方的に言い負かされた賢治は、逃げ出すかのように自宅を後にしたこともあり、自宅に帰るのが少し億劫でもあったのだ。


「……」


そんなことを考えて行くうちに、賢治はより深く眠りへと誘われていった。


完全に眠りに落ちた賢治。


車内では、しばらく賢治の寝息の音が響いていた。

腕時計に、11時32分が表示された。

電車はトンネルに入り、より一層夜の闇が濃くなっていく。

車内のアナウンスが流れる。


『次は、……駅……駅です』


「んぁ……」


詳しくアナウンス聞き取れなかったため、賢治は睡魔を取り払うため目頭をぐっと抑える。


「今はどこだ……?」


賢治一人しか乗車していないこともあり、人に聞くことも出来ない状況。賢治は、次のアナウンスを待つ。


「……」


5分……10分……


待てどもアナウンスは流れてこない。


15分……30分……


待てども、一向に電車はトンネル内を通過するだけだ。


「……」


ここで一度、賢治は一つの違和感を感じた。

疲れ切った体で、頭もよく回らない賢治だったが、その違和感の正体にはすぐに気が付いた。


【トンネル】を走ったままだって?


「っ……!?」


おかしい。電車で30分も続くトンネルがあるはずがない。いや、どれどころか帰路に


【トンネルなんてものは存在しない】はずだ。


そう、普段乗車する電車は平野を走り運行をしている。そもそも、トンネルなんてものがあるはずがないのだ。


「寝ぼけて夢でも見てんのか?それとも……」


賢治は力いっぱい手をつねる。……痛い。現実であることを悟った賢治は、しばらく茫然と窓を見つめる。


「何が……どうなってるんだ……?」


ただでさえ仕事で疲れた頭には、奇怪な現象を受け入れるための余裕はない。

取りあえず、運転席へ行ってみよう。

せめてもの希望として、運転手の元へと足を運ぶ。


「……」


延々と続くトンネルは、賢治の目から見て不気味以外の何物でもなかった。

とにかく人に会いたい。

誰もいない電車内は、男一人には広すぎるのだ。

少し早足になりながらも、ようやく運転席へとたどり着いた。


「あ、あの!すみません!」


硝子越しの運転席に向かって、大きな声で呼びかける。反応が無い。

今度は硝子を手のひらで叩いて呼びかける。

しかし、これもまた反応がない。


「気づいてくれよ……っ」


明らかに、賢治の顔には焦りの色が見え始めた。

なぜ何の反応もされないのか。

その訳には、賢治が焦りすぎたがために見落とした、ある事実が関わっていた。

訳は極めて単純。


最初からこの電車には、【誰も乗っていなかった】


つまり、運転手でさえも乗っていなかったのだ。


「……は?」


訳が分からない。賢治の頭のキャパは、もはや容量オーバー。今のこの状況自体、夢の世界なのではと考え始める始末だ。


パァンッッ!!


今度は、自らの右頬を思いっきりビンタした。


「いっ……てぇっ……!!」


夢じゃない。今のこの瞬間が現実であることを再び自覚したものの、今度は恐怖が襲い始めた。

しきりにあたりを見渡す。しかし、延々と電車はトンネル内を走っているのみ。トンネルの明かりがちらちらと見えるだけだ。

一向に、止まる気配が無い。


「何だよっ……!どうしろって言うんだよ、この状況ぉお!!」


顔は青ざめ、冷汗が止まらない。もはや賢治の頭の中は、恐怖によって支配されていた。


「もしかして……このまま死後の世界に連れて行かれるとかあるのかなぁ」


なんて、そんなふざけたことを呟く。


「はははっそんなことある訳……」


賢治の顔が、一気に歪む。


「うわぁぁあぁあああああああ!!!誰かぁあああ!!!誰か助けてくれぇええええ!!!」


もう一度確認しておくがこの男、今年で30である。30歳の男が、恐怖にもだえ苦しんでいる光景が、残念ながらここにはあった。


ピンポンパンポーン♪


突如、軽快なアナウンス音が鳴り始めた。全くその場の雰囲気に不似合いな軽快な音だった。


「……へ?」


賢治は頭を抱えて座り込んだ状態で、電車内にある電光掲示板に目を向ける。

賢治の今の状況を完璧に無視して、アナウンスは続けて声を発する。


『ご乗車まことに、ありがとうございます。次は、終点。終点です』


アナウンスの【終点】という言葉に、賢治は思わず耳を疑う。


「え……?終点だって?次、終点に止まるの?」


『お出口は、右側です。お気を付けて、お降りください。お出口は、右側です』


賢治の問いかけに反応するわけもなく、アナウンスは淡々と電車内へと鳴り響いた。


「ちょっ、ちょっと待てよ!こんな不気味な電車の終着駅って……まじでやばい場所なんじゃねぇのか!?おい!止めてくれよ!家に帰してくれよ!おい!!」


賢治の不安がピークに達する。


返事が返ってくるはずないのに


誰もいないはずなのに


男はとにかく言葉を発するしかなかったのだ。


『お出口は、右側です』


無情にも、帰ってくる言葉はアナウンスの声だけだった。

徐々に、トンネルの向こう側から明かりが見えてくる。あれだけ求めていた光が、今となっては恐怖の塊でしかない。


「や、やめっ……!」


最後の言葉を発するよりも先に、光は電車と男の両方を、覆い尽くした。

あまりにも眩しい光に、満足に目も開けられない。

自分は死ぬのだろうか。

賢治はそんな疑念を抱いたまま……

光を身体中に浴びながら、

男の意識は、その場で途絶えた。

………。

……。

…。


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