プロローグ
「おい!これは一体どういうことだ!?」
カタカタと、パソコンを打つ音が鳴りやまぬ社内で、男のひときわ大きな声が響き渡る。
男の視線の先には、なんとも覇気の感じられない若者が口をポカーンと開けて男を見つめている。
「えっと、何かあったんですか?」
若者が首を傾げながら男に問いかける。しかし、そんな彼の様子にますます男は声を荒げる。
「この資料のことだ!今日までに資料をまとめて、不備を添削して部長に提出しておけと言っていただろう!だのになんだこのざまは?全く!何も!手を加えてないじゃないか!!」
手に持っていた資料をバンバンと叩き、若者の机の上に資料の束を叩きつけた。
「そ、そんなこと頼まれた記憶がないんですが……」
机の上の資料を眺めながら、若者が頭を掻きながら答える。
「一か月も前にお前に伝えたんだぞ!?」
「そ、そうでしたっけ?」
「そうだ!!しかも、この作業は多く見積もっても2週間あれば誰だって出来る仕事だ!お前を急かして
仕事をさせるのも可愛そうだと思ったから、俺は早めに仕事をお前に任せたというのに……
男の怒りがピークに達する。
「お前には仕事をきちんとこなすという責任は無いのかぁ!!」
「せ、先輩……」
男はあまりにも感情的になりすぎて、最後の言葉を言い放ってから息を切らし始めた。
「はぁ、はぁ、どうなんだ、武本ぉ……!」
真剣な眼差しを向ける男に対して、若者もとい【武本】は『あ~…』とか『う~…』とか言った後に、男にこう答えた。
「た、たぶん、あります。はい」
「……たぶん?」
「は、はい」
「……」
男の表情が、より一層険しいものと化していく。唇は、小刻みに震え始めた。握りこぶしに、より力が入る。
『たぶんだと?ふざけるな!』『社会人舐めてんのか!』『100歩譲っても、もっと上手いやり過ごし方があるだろうが!』
諸々と男の頭の中に、言葉が浮かび上がってくる。
「先輩?」
一方の武本は、そんな男の気持ちを知ってか知らずか、キョトンとした顔で見つめてくる。
ブチっ
切れた。男の中で、何かが切れる音がした。
男の怒りは頂点に達し、矛先は若者へと向けられるっ……!!!
「……はぁ」
はずだった。
あまりにも情けない武本の姿に、男は見事に身体中の力が抜けてしまったのだ。
何を言ってもこいつには意味はない。
まさに枯れた木のごとく。その表情は、何とも形容しがたい切ない顔になっていた。
「あぁ、うん……。分かったよ。取りあえずこの件は、俺が何とかして部長に期限を延ばしてもらえるよう頼んでみるから、お前はきちんとその資料の添削をやっておくんだぞ……」
「あ、はい。先輩」
「……」
最後まで人の気持ちを考えない人間だったなぁ、アホ本は。
そんなことを思いながら、今日もまた男は、部長に頭を下げに行くのであった。
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