第二話 紅龍会と竜の牙 パートⅡ
時間は五分程度遡るが、アカツキはマイヤーが派手に暴れはじめる前に、静かに突入を開始した。彼のナイト・アーマー、通称『剛鬼』はNJCに加担した日本人兵器研究者が作り上げたという、曰くつきの代物だ。それも日本政府や自衛隊にとっては悪いことに、この剛鬼には自衛隊が次期新鋭機を選抜するために求めた、試作機の内の一つだった。つまりは現在のところ、最も性能のいい、尚且つ新しいコンセプトが盛り込まれた機体の一つなのだ。
その新しいコンセプトとは、従来のナイト・アーマーが『最前線にて歩兵の援護を行い、その頑強な装甲と、強力な攻撃力によって敵を殲滅する』ことを目的にしているのに対して、この剛鬼は『歩兵の助けを一切借りず、単独にて敵陣に突入、その機動力と運動性能を持って、敵を混乱せしめること。あるいは殲滅すること』を目的にしている。
つまり、単独で敵の大部隊に少数で対峙することが出来るように作られたのである。そのため、敵の攻撃にある程度は耐えられるように、マイヤーのナイト・アーマー『オーバーロード』までとはいかないまでも、例えばバズーカや対人ミサイルなどの余程強力な攻撃を受けない限りは耐えられる装甲を持っている。加えて、特筆すべきは運動性に機動性だ。俊敏な動きは敵に脅威と映ることは間違いない。
そして、この日も剛鬼が動き始めた。手始めに狙われたのは、まだ何者かの襲撃を受けている事にも気づいていない、不幸な見張りだった。彼は恐らく自分に何が起きたのかもわからないまま、地獄行の直行列車に乗せられただろう。
アカツキはまず、ジェットエンジンを使って軽々と鉄格子を突破。その勢いを駆って、近接戦闘用の装備である日本刀―――しかし侍が使っていたそれとは違う。何故なら最新技術で耐久性と切れ味を極限まで高められた日本刀は、戦車の装甲すら切裂く―――で、見張りの頭から股までを一気に斬り下ろした。血飛沫と共に二枚に分かれた人体が、物を言うはずもない。ただ地面に重い肉の塊が転がる音を立てただけだった。
更にアカツキは背中から折り畳み式のライフルを取り出す。それは剛鬼に装備されている、日本刀以外の唯一の武器だった。一式突撃銃、それがそのライフルの名前だ。
さて、次はこのライフルで派手に暴れてやろうかと思ったその時、マイヤーから通信が入る。
「何だ?」
『もう突入したか? 面白いものを見つけた』
「面白いもの?」
『今から見せる』
直後に大爆発が起きる。それは神田が見た光景と同じで、様々な破片が雨あられと降り注いだ。
「狂ってやがる! 何しやがった!」
通信機からは、マイヤーの悪魔のような笑い声が聞こえてきた。
そして同時刻である。
まず、マイヤーが何をしたのかを話す前に、彼が何故このような爆発を起こせたのかを、ナイト・アーマーの性能を紹介した上で説明しよう。
何故かって? それが重要だからだ。
まず、マイヤーのナイト・アーマー、通称『オーバーロード』は日本語に訳せば『絶対君主』である。剛鬼やパペットマスターに比べて、一回りアーマーも大きく、扱う武器の特性からして見れば見るほど筋肉質な外見をしている。それがジェットエンジンを使い、急激に接近してくる様は、オーバーロードの名に相応しい。
ちなみに兵装もミサイルランチャー『ヒュドラ』に加えて大口径のガトリングガンを装備しており、彼が現れた戦場は圧倒的な火力に支配された空間と化する。
そして、この日もオーバーロードが血みどろの戦いを夢見て攻撃を始めた。右肩で構えているのはヒュドラ、更には左肩に遠距離攻撃用のバズーカ砲を装備している。そこからは榴弾、及びに対戦車用の徹甲弾が使用できた。まずはこのバズーカ砲が、敵に標準を定めた。
口笛を吹きそうな表情で、マイヤーはバズーカ砲の引き金を引いた。
爆音と発射時の衝撃波が、まさか龍の牙の敷地外を狙っていたとは誰も思わなかっただろう。ところがこの日は運の悪いことに、近くの家を回っていたのかプロパンガスの業者がボンベを満載していたトラックを路上に駐車していた。
マイヤーはそれを狙ったのだ。衝撃波は敵の建物にダメージを与えるだろうし、心理的にも効果がある。それに自分が襲撃してきたことを確認すれば、敵はこちらに殺到してくるだろう。敵の注意を引きつけることが自分の目的なのだから、それが達成できるなら手段を選ばないのがマイヤーという人間だった。
『狂ってやがる! 何しやがった!』
アカツキの悪態が、マイヤーの耳に届く。
「プロパンガスを満載しているトラックを爆破した。大丈夫だ。無人だった」
『こちらからも見えているぜ。デカい花火だな。ところで、こんなにデカい花火だと、紅龍会からも援護が来るだろうな』
うっと、マイヤーは言葉に詰まった。そういえばそこまで、考えが及んでいなかった。
『おっと、不味いな。映像を送るぜ』
直後には則松から連絡が届く。
『先輩達不味いっすよ。紅龍会から兵隊がわんさか出てきてます』
『激マズだな』
「ふん! 殲滅するだけだ」
マイヤーはガトリングガンの引き金を引いた。高速で吐き出される弾丸は、次々と龍の牙の構成員達を薙ぎ倒していく。
『敵の援軍はこちらに任せておけ。適当に狙撃しておく』
パペットマスターの狙撃銃が火を噴き始めた。それ以上に圧倒的な火力は、まさに南側正面入り口をオーバーロードの独壇場にしつつあった。龍の牙の構成員達には、弾丸を這いつくばってやり過ごすか、死んで地面に転がるかしか選択肢がなくなり、その場にはオーバーロードに平伏す者しか存在しないかのように思われた。
だが、突如としてマイヤーの耳をアラート音が突き刺す。それは敵からロックオンされている時の危険信号で、ナイト・アーマーが敵からのロックオンなどを感知した時に鳴る。瞬時に反応したマイヤーは、敵の姿を探した。そして次に目に飛び込んできたのは、三方向から発射された三発の対人ミサイルだ。
「やばい」
ジェットエンジンによる緊急回避、更にガトリングガンによる応戦。それで二発はやり過ごしたが、三発目が接近してくる。それを寸でのところで撃墜し、マイヤーは自らのミサイルランチャー『ヒュドラ』から合計六発のミサイルを発射した。建物を陰に龍の牙の構成員達は応戦していたが、ミサイルの前には無意味だ。巨大な爆発と爆風で木端微塵に吹き飛ばされる。
「アカツキ、神田、気をつけろ。敵の奴らはどこかと戦争でもするつもりらしい」
『相手はどこだ? これだけの武器を持っていて、まさかマフィア同士で戦争ってわけでもないだろう』
「さぁな。しかし、敵は殲滅せねばならん。まずは謎解きの前に、俺達が生き残ることを考えようか」
『同感だ』
アカツキもマイヤーも、攻撃の手を緩めなかった。それは龍の牙の構成員達を二〇〇人から五〇人にまで減らすほど、冷酷さと激しさを極めていた。
アカツキとマイヤーが戦闘を継続している最中、神田は自らの任務である建物内への潜入を行っていた。その昔特殊部隊に在籍していた神田は、その訓練でチームでの敵地突入や、単独での敵地への潜入などの技術を習得していた。その特殊部隊の存在は、未だに日本では印象が薄く、周囲にも存在すら知らない人間もいる。
『特殊公安課』。
それが、神田がその昔所属していた部署であり、神田はその部署での戦闘部隊に所属していた。仕事の内容は犯罪組織の殲滅から、犯罪組織にとって重要な役割を持っている幹部を暗殺することなど多岐に渡る。
事前の調査で、ハッカーがハッキングしたデータから、以前に警察庁が強制捜査に使った龍の牙の本拠地の図面が出てきた。それを確認しながら、ほぼ建物の中央に位置するキョウの部屋に向かっていく。しかしこの時、本拠地の中は蜂の巣を突っつき回したような騒ぎで、次から次に構成員が銃を持って飛び出してくるため、神田はその対処に追われていた。一々物陰に身を隠さなくてはならない上、いつ見つかるかも分からない。現在見つかっていない状態が、殆ど奇跡に近かった。
「お前達、暴れすぎだ! これじゃあ身動きが取れん!」
『じゃあ、もう少し待ってろ。あとどれくらいかかるか分からんが、全滅させたら動きやすいだろう?』
マイヤーの能天気な答えに、神田はイラついた。怒りは極限に達していたが、今は外で暴れている二人に対して何もできない。
「くそったれめ!」
半ばやけくそ気味になった神田は、ついに鉢合わせした龍の牙の構成員を、問答無用で殴り倒す。銃の柄を使って思い切り殴打した。
「恨むなら、表の二人を恨めよ」
更に異変に気付いて走り寄って来た二人の構成員も、サブマシンガンで撃ち殺した。この騒ぎで、恐らく自分にも敵が寄ってくることを察した神田は、急いでキョウの部屋に向かった。
「待て、この野郎!」
追手は後方から更に接近していたが、神田と構成員を挟んだ通路で大爆発が起きる。
『一丁上がり。絶妙だったろう?』
こちらも能天気なハッカーだ。爆発の原因はパペットマスターの、小型ミサイルだった。
「そうか? 俺ももう少しでローストビーフになるところだった」
爆風で飛ばされ、しかも耳はキンキンと五月蠅く鳴っている。頭を振ってよろよろと立ち上がり、神田はキョウの部屋にたどり着いた。
「頼むから、まだ逃げてないでくれよ」
これだけ騒いだら、どんな凶悪犯罪者でも真っ先に逃げ出すことだろう。今のところ本拠地から逃走した車があったという情報は入ってないから、神田はキョウがそのまま部屋に留まってくれていることを祈るしかなかった。
部屋は明かりもついておらず、暗かった。カーテンも閉まっておらず、外から入ってくる炎の赤い光だけが、部屋を不気味に照らしている。ドアを開けて正面には、キョウがいつも使っているデスクがあり、そこに人影が見えた。辛うじて人影は、窓の方を向いて座っていることが確認できた。
「キョウ・セツゲンだな?」
神田はサブマシンガンを構えて、キョウににじり寄った。しかし、問いに対しての回答はない。
「答えろ!」
無言だった。外から聞こえてくる、銃撃音や爆発音以外には、何も聞こえない。
神田は気付いた。目の前の相手から、何か不気味な感触が語りかけてくることに。当人は何も喋らないが、周りの空気はじんわりと相手の状態を伝えてくる。殆ど獣に近い感覚を駆使しながら、神田はゆっくりとキョウに近づいた。そして、頭に銃を突きつけ、強めに押した。その頭は、かくんと前に落ちたきり動かない。
「大変だ、アカツキ」
『どうした?』
「作戦は失敗だ。キョウの奴は、もうこの世にいない」
『どういうことだ?』
「死んでる」
通信機の向こうから、アカツキの盛大な舌打ちが聞こえてきた。
その時神田は気付いた。通信機をつけている方の耳ではなく、神経を集中させれば、反対側の耳に聞こえてくる小さな電子音を。それは一定のリズムを保ちながら、一秒一秒の時を刻んでいた。
神田の頭には、二つのアラートを鳴らすシステムがある。一つは厄介な人物達から逃れるためのシステムと、もう一つは自らの危険を回避するためのシステムだ。二つ目のシステムは主に、敵の接近と爆発物に対して向けられる。そして今回のアラートは後者だった。
慌ててキョウの体を自分の方に向けてみる。そこにはベルトに括り付けられた爆弾があった。ちなみに時限式で、既に残された時間は一分を切っている。爆発の威力は分からないが、あれだけアカツキ達とドンパチやっているのだから、この建物自体に相当量の爆発物があるに違いない。
二階から一階に戻る時間はない。となれば、選択肢は一つしかなかった。
「ついてないぜ!」
窓をサブマシンガンで撃ち、更に助走をつけてぶち破った。防弾ガラスでないことが幸いしたが、今の神田にそれを幸運だと思う余裕はない。何とか受け身を取り、足の骨折は免れた。しかし衝撃で痛めた足を引きずるようにしながら、神田は正面入り口に向かう。
もう時間がない。
その時だった。助け船とは、このことだ。
「おい、大丈夫か? 派手に落ちたな」
アカツキが神田に肩を貸す。
「そんなことより、早くここから放れろ! 爆発するぞ!」
「何だと?」
しかし、アカツキの行動は早かった。今度は神田を抱え上げ、全力で走り始める。
「何でバーニア使わねぇんだよ?」
「ローストビーフにはなりたくねぇだろ!」
「でもお前、間に合わね―――」
ギリギリの時間だった。ラグビー的に言えば、まさに爆発の炎がアカツキの脱出へのタッチダウンを阻止するまで、本当にコンマ何秒かの差だった。だが、アカツキは幸運をつかみ、神田も再び体を打ち付けたとはいえ、何とか爆発に巻き込まれずに済んだ。マイヤーは一度炎に巻き込まれる瞬間が見えたが、オーバーロードの重装甲故に、死を免れた。
「しぶてぇな。生きてたか」
「簡単には死なんよ」
だが、装甲に包まれておらず、尚且つ建物の近くにいた構成員達は悲惨だった。炎に包まれながら、水を求めて逃げ回る者、手足を無くして、地面をのたうちまわる者、既に絶命している者、まさに地獄絵図だった。
「長居は無用だ。さっさと逃げるぞ。もうじき、警察が来る。これだけ騒いだんだから、奴ら飛んでくるぞ」
「同感だ。行こう」
決めたら行動は早い。三人はすぐさまトレーラーに戻り、発車させた。ハッカーとは途中の道で合流し、これもすぐさま拾い上げる。彼らの姿を見た者はいない。




