第二話 紅龍会と竜の牙
ところ変わって、二日後の移民街、アカツキにとっての行きつけの場所ホームシック。アカツキはその日の朝も、ライ麦パンのサンドイッチにパクついていた。ちなみにこの日は、スモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチで、朝方から食べるには少しばかり胃もたれしそうな内容だ。だからかどうかは知らないが、アカツキが本日サンドイット組み合わせているのは、黒々としたブラックのコーヒーだった。
新聞に目を落としていたアカツキの元に、バタバタと飛び込んできたのは神田と則松だった。荒々しくドアを開けたために、ラルフは一瞬強盗でも入って来たかと思ったらしい。すぐにカウンターに潜ませている拳銃を取り出して構えたラルフは、元米国諜報員としての腕は鈍っていないことを伺わせた。
「強盗じゃない。銃を下してくれ」
神田と則松は慌てて両手を上げた。知人の顔だと認識したラルフだったが、その表情が明るくなることはなかった。
「強盗の方がまだマシだ。最近は疫病神の来店が多くて困る」
相当な嫌われようだが、神田がラルフに何をしたのだろうか。それが気になってしょうがないアンナだった。
一方の神田はラルフの嫌味を露ほども気にかけず、アカツキの前に座った。
「美味そうなもん食ってるな?」
「お前も食えば?」
「そうさせてもらう。何しろ昨日から、碌なものを食ってない」
神田はアカツキと同じものをラルフに注文した。則松もそれに倣うかと思われたが、当の本人はそんな状況ではなかった。
「どうした? 食わないのか?」
「いや・・・・・食欲より、睡眠の方が―――」
直後に則松は落ちた。表現としては、『電池の切れた玩具のように』と可愛らしく表現したいものだが、どちらかといえば『睡魔というプロレスラー並みに強い敵に、長くしめつけられた上で苦しんだ挙句に気絶した』という表現が合う。突然首を前にガクンと折り、アンナが心配になるような勢いで則松は眠りについた。
「新人にとっては激務かな?」
神田は自分が新人だった時を思い出して、苦笑した。
「何、お前はタフな奴だから新人の時から一日二日の徹夜は楽勝だったろう?」
「ふん、俺を化け物みたいに言うんじゃない」
二人は少しだけ、声を上げて笑った。馬鹿笑いには程遠く、静かな笑いだった。
そして、波が去ったように二人の間に静かな時が訪れた。
「なぁ、アカツキ」
「何だ?」
「お前が日本を去ってから、去年帰ってくるまで、何年を海外で過ごしていたんだっけ?」
実は神田とアカツキが仕事以外の事を喋るのは、そうそうあることではない。神田はアカツキと古くからの友人だったが、元テロリストというアカツキの立場もあって、中々話をする機会も少なかったのだ。
「そういえばまだ、お前とはこんな話をしていなかったな。何だかんだで十八歳で国を出たから、十年は海外生活だ」
「その間日本の事を考えたか?」
「勿論。俺にとっては、良くも悪くも、人生の大部分を過ごした場所だ。それに俺は国を出た時はこの国が大嫌いだったが、外国にいればいるほど、自分が日本人であることを認識せざるを得なかった」
アカツキは十年以上、様々な国を回って来た。その殆どが紛争地や内戦地で、当初はテロリストではなく傭兵として世界を転戦していた。そこで、彼は自分自身も知らなかった『ある能力』を開花させることになる。それは彼を多くの危機から救って来たし、同業者から『アカツキ』の二つ名を持つ英雄に祀り上げさせた。
「ここに帰ってきて、ちゃんとあそこには行ったのか?」
傍目から見てもそれと分かるように、二人の間の空気が冷え切った。神田はアカツキをじっと見据えていたし、アカツキはそれから目を逸らすことが出来無いようだった。あのアカツキという男でも、神田には苦手な話を握られているらしい。だが、アカツキは動揺を表に出すこともない。彼は今まで、世界を股にかけた重要犯罪人なのだから。
「いや。行ってない。俺の周りには、今でも世界各地の諜報員が監視で張り付いている。昨日も勝手に俺の家に入ろうとしたイギリスの諜報員を追い返したばかりさ。そんな状態で、あいつのところには行けない」
「しかし、お前は長年の悲願を果たした。その報告くらいには行ってやったらどうだ?」
アカツキは自嘲気味に笑った。その姿が、何とも悲しげに見えて、アンナはそんな姿のアカツキを見て驚いた。
「あいつは俺のこんな姿を望んじゃいないさ。それに、その悲願とやらも、俺が勝手に決めたことだ。あいつの願いじゃない。こちらの勝手な願望で達成した悲願とやらを、あいつに報告したところで喜びはしないさ」
神田は溜息を吐いた。
「そうかもな・・・・・・」
その時ラルフが、神田が注文した料理を運んできた。神田はコーヒーを啜り、気を取り直したように仕事の話を始める。
「野暮な質問をしたな」
「いや、気にするな。お前の気持ちも、分かっているつもりだ」
「そうか。それじゃあ、気を取り直して仕事の話に入るぞ。二日前の件だが、これを見てくれ」
神田が封筒から取り出したのは、二日前にハッカーから提供してもらった、高井莞爾殺害にかかわった可能性がある容疑者達の写真だ。二日前は名前や個人情報などが一切不明だったが、警視庁のデータバンクで殆どが照合可能だったようだ。
「出るわ出るわ、こいつらの過去の犯罪歴から出身地、そんでもって勿論名前も」
総勢十二人。彼らの名前ははっきりしたため、今後はそれぞれに確保していく方針だという。その中に、中国系の男の写真があった。おもむろにアカツキは、その写真を手に取る。
「どうした?」
「いや、この男には見覚えがある」
アカツキはどちらかと言えば、人の顔や名前を覚えておける方ではない。何しろ、覚えていたのはターゲットの顔や名前ばかりで、その殆どが彼に消されているのだから記憶から消去しないほうがおかしい。しかし、今回の写真の人物は彼がターゲットにしていたわけではなく、今でもしっかりと生きている。
そして、少ないアカツキの脳内メモリーの中から、一人の男が取り出された。
「思い出した! こいつは龍の牙の構成員だ」
「龍の牙だと?」
神田も思わず、大声を上げてしまった。驚きは相当なものだったが、それ以上に面倒臭い匂いをプンプンさせる組織の名に、苛立ちが最高潮に達する。
「確かに奴らなら、高井莞爾殺害くらいはやって見せるだろうな。俺もガサ入れの標的として、考えなくもなかった」
「だが、上層部のオッケーが出ないだろうな」
「今や龍の牙と、その上部組織の紅龍会に関しては、俺達が抱えているだけで十個以上の案件がある。麻薬取引、武器取引、他組織との抗争、要人暗殺―――。エトセトラ、エトセトラだ。逮捕されるのはいつも龍の牙の面々だけ、それも下っ端の連中で、事件は闇に葬らされそうなものばかりときてる」
「それでお偉方も、ガサ入れには慎重になるわけだな」
龍の牙は紅龍会という中国マフィアの下部組織だ。
レッド・ポイントにはそれぞれの国からやって来たマフィアが多数存在するが、その中でも中国マフィアで力を持っているのが紅龍会だ。彼らが力を持つに至ったのには、大規模な麻薬交易と、武器密輸に関する成功があった。
その財力を持って立ち上げられたのが、中国系移民で日本に馴染むことに失敗した若者によって構成された、龍の牙だ。龍の牙は位置づけとしては紅龍会の下部組織に当たり、抗争や紅龍会幹部の護衛、更に自分達に盾突く政府要人などの暗殺に携わっている。特に昨今では実戦に優れた構成員が育ちつつあり、そのせいで神田達外管の警官達も頭を痛めているのだった。
「龍の牙に踏み込めば、こちらも損害が大きくなる事を覚悟しなくちゃならない。それと、何よりも龍の牙の頭は、紅龍会の幹部だ」
下部組織である以上、その組織は上層部が頭となる。ちなみに神田が頭を痛めているのは、紅龍会の幹部が龍の牙を指揮しているからではない。その指揮している人物が問題なのだ。
「キョウ・セツゲンだな」
「そうだ。紅龍会の実戦部隊で、一番厄介な奴だよ」
キョウ・セツゲンは紅龍会幹部で、実戦を指揮する男だ。元軍人だったという話もあるが、真相は定かではない。ちなみに警察や他のマフィアとの撃ち合いになっても全く怯まない上、一度戦いが始まると相手が全滅するまで戦いを止めないという、非常に冷酷な男でもあった。
「あいつが龍の牙の頭になってから、紅龍会や龍の牙が実行した殺人事件の件数は鰻上りだ」
「本当に登り切って、龍になっちまうかもな」
「上手く言ったつもりか? とにかく、これは厄介なことになった」
それからすぐに神田は外管に戻り、その時にはアカツキも同行した。神田のデスクの隣には、何故だか机の上に何もないデスクが置いてあり、そこにアカツキは案内された。
「お前の机だ。ここにいる時に座る場所もないじゃ、悪いからな」
「それはありがとう。しかし、ケツがむず痒いな」
ぞわぞわとするような感覚が、アカツキの尻から背中を伝って脳に達する。彼の尻は、安い革張りの古びた椅子とは相性が悪いのだ。それに警察署で鳴り響く電話の音と、バサバサと聞こえる書類の束の音は、アカツキの脳内を戦場の銃撃音以上に苛立たせた。
「しかし、何で高井は殺されたんだろうな?」
「そりゃあお前、移民廃止を訴える急先鋒だろう? だからに決まってるじゃないか」
「そんなに単純な理由かねぇ? 別にまだ法律として制定されるかどうかも、全然わからないようなことを言ってる爺じゃねぇか」
アカツキの疑問は解消されなかったが、神田にとってはそれどころではない。彼は先ほどアカツキから得た情報を、早速上層部に報告する。そして紅龍会と龍の牙を、同時にガサ入れする案を進言した。
それから上層部の返答が神田に来るまでに、たっぷり三時間はかかった。その間、神田とアカツキの吸うタバコの量は、傍から見れば致死量に達しているのではないかと思えるほどだった。うず高くできた吸い殻の塔は、待ちに待った電話に出た神田が拳で机をたたいた時の衝撃で、ガラガラと崩れ落ちた。
別に質問せずとも、アカツキには神田に対して上層部が用意した答えが分かった。
「ガサ入れは中止か?」
苛々している神田は、自分の胸の中にある怒りを堪えようとはしなかった。色々な書類が乗って、ただでさえ重そうな鉄製のデスクを、軽々とひっくり返す。
「ったく、何でこう、上司って奴らはそろいもそろって腰抜けばかりなのかねぇ! くそったれめ、腹が立つ!」
「宮遣いの悲しさだなぁ。まぁ、これ飲んで落ち着け」
アカツキの他人事は、本当に気に障る。神田はこれまで長いことアカツキと付き合ってきたが、今日ほど殺意を覚えたこともなかった。今にも自分を食い殺しそうな顔をしている神田を見て、アカツキは無理やり笑いを浮かべた。そして、神田の肩を叩いて、
「そう怒るなって。それよりも、俺にちょっといい考えがあるんだが? 話に乗ってみるつもりはないか?」
怪訝な顔をしている神田をよそに、アカツキは彼をグイグイと引っ張っていく。ついでにソファで惰眠を貪っている則松も、耳を千切れそうなほど捻り上げるという強制的でバイオレンスな目覚まし法で無理やり引っ張っていく。
「おいおい、どうするつもりだ? 俺はお前達のように自由には動けないんだぞ?」
「知っている。だから、俺の暴走とでも言っておけばいいさ。俺はお前と違って、いつでも自由の身なんだからな。それに、暴走した俺を監視したと言い訳しておけば、お前の株も上がるってもんだろう?」
「何するつもりだ? 一体?」
「そりゃあ、俺のアジトに行ってからのお楽しみだ」
そして更に一時間後、神田と則松の二人は思いもしない場所にいた。
神田にとっては友人の現在の自宅ということになり、則松に至っては直属の先輩の友人の自宅という、かなり微妙なポジションである。だが、二人が微妙な空気の中に放り出されているのには、もっと他の理由がある。
「先輩、ここって本当にアカツキさんの家なんですかね?」
「そう聞いている」
彼らの目の前に広がっているのは、元テロリストのアカツキが住んでいるとはあまりに考えにくい光景だった。想像以上に、小奇麗で快適な部屋に住んでいたのだ。
白い砂浜が広がっているような強烈な清潔感の白壁、更にフローリングの上には、フワフワの白い毛で覆われた絨毯が広がっている。なんともはや、これは昨今の若者に定着しつつあるような部屋のデザインだった。
「何か、全然イメージと違うんですけど?」
「安心しろ。俺もお前と似たようなイメージを持っていたはずだ」
神田はその昔、アカツキの家には何度となく遊びに行っていたことを思い出す。しかし、その時のアカツキの部屋は、そこかしこに小難しそうな本が散乱しており、部屋を散らかしていた。それは思春期の有り余るパワーがそうさせたのかもしれないが、その真相が別だとしても、今のアカツキの部屋はとんでもなく清潔だ。
いや、それ以上に問題なのは、彼の家が本当に普通の家だという事だ。アジトというからには、もっと何か特殊な装飾がしてあるものかと思っていた。
「よぉ、コーヒーでいいか?」
部屋の主は神田達の心の葛藤など露ほども気にせず、飲み物の種類などを聞いてくる。二人は生返事を返し、アカツキはそれに従ってコーヒーカップを三つ持ってきた。
「ハッカーの家ほど、悪趣味じゃないだろう?」
「あの家は特別だ。それよりもアジトと聞いていたから、もっと何か特殊な環境なのかと思っていた。少し拍子抜けしたぞ」
拍子抜けというよりは、ガッカリしたというような雰囲気を隠そうともせず、神田は言った。彼としては、元テロリストのアジトというくらいだから、警戒用のコンピューターや監視カメラの映像を何個も写し出す大画面のテレビがあると思っていたのだ。アカツキはそんな神田の想いを察したのか、ニヤリと笑った。
「大層な設備が無くて、がっかりしただろう。一応防犯カメラの映像は映るようになっているが、それ以外には何もない」
元テロリストとしてのアカツキは、今でも各国家の重要参考人であることに違いはない。それでも、今はテロリスト業務から足を洗ったと、本人は思っている。故に自分の平穏を崩されない程度には防御を固めているつもりだった。だが、その防御法とは、彼の部屋の前に設置されている防犯カメラだけで十分だったようだ。
「俺にはこれで十分なのさ。もしも俺が家にいる時に敵が襲って来たなら、真っ先にこの防犯カメラを狙ってくるだろうからな。もしもそんな奴がいたら、そいつは間違いなく敵さ。だから俺には、状況を伝えてくれる防犯カメラだけで十分なのさ」
そして防犯カメラは二人の人物を写し出した。それを見て、神田はギョッとする。何故なら、その内の一人は二日前に神田が一度は逮捕しようかと考えた人物だったからだ。ハッカーが防犯カメラに向けて、手を振っている。その笑顔が、また神田の癪に障った。
「開いてるぞ、入ってくれ」
もう一人の男は長身で、しかし神田は面識がなかった。
ハッカーよりは頭二つ分ほど背が高く、白人の男だ。坊主頭で目は柔和な印象を持つが、その眼光を見ればそんな印象は吹き飛ぶだろう。細い顔立ちだが、体は筋肉質で、野獣のようなしなやかさを併せ持っていた。
「神田、紹介しよう。こいつは初めてだったよな?」
「そうだ。お前が紹介してくれた中では、最も危険そうな奴だな」
「御明察」
アカツキは声を上げて笑った。しかし、『危険人物』呼ばわりされた男は面白くなさそうだ。神田と同じように、顔を獣のように歪めた。
「こいつは確かに、お前が言ったように危険な奴だよ。その昔は、よく命を狙われたもんだ」
「俺の暴露は、それくらいでいい。それよりも今回の話に入るべきではないのか?」
その言葉使いから、実直な人柄がうかがわれる。元どこかの国の諜報員である男は、自らの任務があるべき場所をアカツキに問うた。
「それもそうだ。それじゃあ、さっさと話を進めよう」
「話って何だ?」
今度は神田が問いかける番だ。彼はアカツキが何を言っているのか理解できなかった。話とは一体何のことだろうか?
「お前達の目的を、今一度確認しておきたい。今回犯人と思われる容疑者のガサ入れということでいいな?」
「そうだ」
「それで、唯一紅龍会と龍の牙の捜査令状だけが出ないと?」
「そうだよ」
神田はいい加減イラついてきた。この男との付き合いは長いが、昔から確信を言うまでにもったいぶるところは変わらない。それでも、昔よりは短くなったところを感じる神田だった。
「じゃあ、俺達で龍の牙に乗り込んでやろう。それが一番手っ取り早い」
「賛成だ! いいぞ、テトリスト!」
ハッカーに冷たい視線が向けられた。アカツキの冷静な突込みがその場を制する。
「俺はテトリストじゃねぇ。それにテロリストでもねぇ」
「そう、それが言いたかった。テロリスト」
「だから違うっつってんだろ?」
ハッカーと共にやって来た男が、ハッカーの後頭部を思い切り叩く。ハッカーは抗議の表情を見せたが、それに対して男の表情は今にもハッカーをかみ殺しそうなものだった。だから、ハッカーは黙ることにした。
「話を元に戻すぜ? 俺達だけで敵の根拠地に襲撃をかけるってのはどうだ?」
「ちょっと待て。よく考えてくれ」
神田は正直、アカツキの話についていっていなかった。更に横で話を聞いている則松に至っては、神田の後方一キロは話の理解度が遅れているに違いない。目が点で固まっているのだから。
「俺達だけというが、正直危険すぎる。お前分かってるか? 紅龍会に龍の牙だぞ? 潜入捜査だけでも面倒臭い上、それをやっている暇はない」
「分かってるよ。分かっているが、今回は俺の賭けに乗ってみないか? オッズは十倍以上、損はさせないぜ?」
どうしてもペテン師にしか見えないアカツキを、神田は信じることが出来なかった。友としては信じたくても、職務上信じることが出来るかどうかは、話が別だ。それにオッズなどと言われても―――。
「アカツキは嘘は言わん」
何と、アカツキを擁護したのは新しく加わった顔ぶれだった。気難しい顔をしているが、どちらかと言えば神田とは気が合いそうだ。それは職務上付き合っている人間と、同じにおいをかぎ分ける神田特有の感覚だった。黙って神田は、その男の話を聞く。
「ミスター・神田。君とは初めて仕事をさせてもらうな。俺の名はジョン・マイヤー。ジョンとでも呼んでくれ。君の実力はハッカーから警察庁のデータをハッキングしてもらって見せてもらった。信頼できる人間だと思っている」
今度は神田が獣のような顔をして、ハッカーの顔を見た。しかしハッカーは舌をぺろりと出しただけで、全く悪びれた様子もない。
「俺は元々、MI6にいた人間だ。要するに諜報員だが、俺はアカツキをハンティングするために訓練されていた。この男は、俺のような人間がいると知っている中で、確実に標的を狙い、暗殺してきた男だ。だからこそ、この男は予告通りの事を行い、それを実行に移し、成功させる」
マイヤーが所属していたのはイギリス諜報部のMI6だった。長年アカツキを追ってきた彼は、アカツキとの対戦経験も多いがそれ故に彼を知っている。
「それは忠告どうも。あんたがそう言うなら、俺も信じることにする。だがあんた、何でイギリス諜報部から追放された?」
「それは・・・・・・」
一瞬、マイヤーは話すのを躊躇った。しかし、潔くこの男は原因を喋りはじめる。
「それは、この俺が追っていたアカツキがテロリストから足を洗うと聞いたからだ! そうなれば、俺自身もMI6から足を洗わなければならんのだ」
「何故?」
「俺の存在意義がなくなるからだ。俺は最も強力で、最も危険な諜報員として育てられてきた。ジェームズ・ボンドよりもだ! だが、ライバルがいなくなってしまうと、俺の存在意義がなくなるのだ」
それは分かる。だが、もう一つの疑問点が生じた。
「それで今はアカツキの手伝いか?」
これにもマイヤーは一つの躊躇を示した。だが、再び潔く話しはじめる。
「背に腹は代えられん。金がなければ生活は出来んのだ。そんな時、アカツキから連絡があった。それ以降は奴を良き友と思っている」
何となく自分の無さをマイヤーに感じてしまう神田だったが、今の時代マイヤーの話を理解できないわけでもない。それにアカツキと組んでいる以上は、恐らく自らの持っている戦闘能力を存分に行使する場を与えられているのだろう。
「ま、それじゃあ決まりだな? なら作戦を説明しようと思うが?」
その場の全員が頷いた。どうやら、マイヤーを連れてきたのは正解だったようだ。アカツキは今のところ、作戦が思うように進んでいることに満足していた。
「よし、それじゃあ作戦を説明するぜ? とりあえず、決行は今日の夜だ。そんなに緊張するなよ―――」
アカツキの作戦説明は簡単そのものだったが、内容は通常の警察が行う捜査などとは比較にならないものだった。神田は頭を抱えたが、元テロリスト、ハッカー、元英国諜報員の三人はシャンパン片手に乾杯でもしそうな勢いだった。
だが、神田は思う。
正直なところ、今はこのアカツキの作戦に乗るしかないと―――。
そして、その日の夜間である。
まさに日は暮れ、黒一色のカーテンが世界を覆っていた。そのカーテンの中に、神は白く輝く幾多の装飾を灯し、人間達は神の真似事をするかのように、地上に同じような輝く装飾を灯していた。だが、その装飾も黒き世界を昼のように照らせるわけではない。
そして、その世界はアカツキや他の賞金稼ぎ、悪い事には犯罪者共が活動するには格好の場所だった。ちなみに、その中に一台、黒塗りの巨大なトレーラーが居座っている。傍から見ればこんなに目立つ物はないのだが、その外装には『町の塗装、何でも請け負います』というような意味合いの言葉が、何か国語かで書いてある。
しかし、そのトレーラーの中にはペンキやらモップやらが置いてあるわけではなく、とんでもなく凶悪な様々な武器が置いてあるのだった。
「これは何だ?」
神田は不審げな表情を隠そうともせず、アカツキに問いかけた。彼はまさか、自分が搭乗しているトレーラーに、こんなに武器が満載されているとは考えもしなかった。
「そういえば、神田にこれを見せるのは初めてだったな? これは俺達の仕事をするための車さ。俺とマイヤー、それにハッカーで購入した。俺達の職業も、最近は設備投資の時代でな」
確かに、武器以外にも様々な設備がある。数台設置されているテレビは、恐らくアカツキ達が敵地に侵入した際に、彼らが映している画像をリアルタイムで流すためのものなのだろう。それに、ハッキングした防犯カメラがあれば、その防犯カメラの映像を流して敵の居場所を伝えることも出来る。
「おかげで退職金が一気に吹き飛んだ。だが、退屈な隠居暮らしよりはマシだ」
マイヤーの言うことは、一々質実剛健だった。それでも神田には、彼に同調できるところがある。その点で、この二人は似たもの同士かもしれない。
「そんなことよりも、作戦は確認したな? どうする? もう一度確認しておくか?」
「いや、結構だ。何しろ単純でいい。お前とジョンが突入役、ハッカーは援護にまわる。俺は別働隊、則松が状況確認を報告。これでいいんだろう?」
「御名答」
アカツキは神田に向けて親指を突き出して見せた。そういえば、神田はこの光景を今までに何度か目にしたことがあることに気が付く。それは在りし日の神田とアカツキの姿に重なった。
「ところで、何で神田さんだけ別働隊で突入系なんですか?」
則松は抗議の声を上げた。どうやら彼も、活躍の場が欲しいらしい。しかしアカツキは冷静に答えた。
「それはな、神田が昔に特殊部隊に所属していたからさ。俺達は敵の注意を存分に引きつける。それを掻い潜って、神田は龍の牙に潜入する。弾丸が飛び交う中をな。お前に変わってやってもいいが、どうする?」
弾丸が飛び交うと聞いて、則松は首を横に振った。まさかそんな中に飛び込んでいくほど、度胸があるわけでもない。そして、そんな状況に飛び込んでいく神田を見て、彼に潜入を止めさせようとした。
「先輩、どう考えたって生きて帰れると思えません。ここはひとつ、龍の牙への突入は後日にしたらどうですか? 死んじまったら、元も子もありませんよ」
「お前の言いたいことは分かる。それに、本当ならそれが正解だ。だがな、今回は作戦変更は出来ない」
「だから、何でですか?」
神田はニヤリと笑った。
「それはな、もう既に他の容疑者に関しては突入が始まっているからだよ。なのに、龍の牙と紅龍会は危ないから慎重にってのが上層部の意見だ。そんなにもたもたしていたら、あっという間に龍の牙と紅龍会から、容疑者が隠されちまう。このタイミングを逃したら、全部お終いだ」
確かに、神田の言っていることは則松にも理解できる。だが、今回の一件は上層部に知られないわけがないし、その場合はお叱りだけじゃすまないような気もする。その点で則松は、まだまだ神田ほど老練になりきれてはいなかった。
「さて、それじゃあ最終的な準備に入るとしますか。お前らも忘れてないだろうな?」
「勿論だ。忘れるはずがない。メンテナンスも、しっかり済ませてきた」
マイヤーはトレーラー内でも一際大きな、赤いボタンを押した。それを押した瞬間に、トレーラーの奥だけが明るくなり、そこには三つの区画に分けられたゲージがあった。最初トレーラーを見た時には、神田も則松もえらく馬鹿でかいと思ったものだ。内部を見てみて納得はしたものの、トレーラー内で最も場所をとっているのがこのゲージと、その中に入っている何かに違いない。
「あれは一体、何ですか?」
「聞いたことないか? ナイト・アーマーだよ」
「ナイト・アーマーだって?」
神田は驚愕した。恐らく個人がナイト・アーマーを持っていると聞けば、それだけで誰もが驚愕する。
「何でそんな軍事機密を持ってるんだよ!」
ナイト・アーマーとは、遡ること十年前に日米が共同で開発した軍事用パワードスーツのことだ。防弾、防塵性の強化装甲で人間を包み込み、身体能力も飛躍的に向上させる。現在の日本でも採用されており、陸上自衛隊においては歩兵との共同作戦をとるための新兵種として注目されている。
ところがこのナイト・アーマー、日米双方の取り決めで軍事機密とされていたにも関わらず、米軍が管理していた軍事データから流出してしまう。それも開発の一年後という、極めて短い期間に。
故に、現在は各国がナイト・アーマーを所有しており、新鋭機の開発競争が起きている。究極的には無人化を達成したナイト・アーマーの開発を目指しているようだが、未だにそれは達成されていない。新鋭機の開発競争が起こっている昨今、ナイト・アーマーとは軍の一部か軍に開発を任された兵器産業の一部のみが詳しい情報を所有するのみだ。
だから、アカツキ達がその最高機密を持っているのは、驚愕に値する。
「どうやら、ここ数年、警察庁のデータは更新されていないな?」
「そんなことはない。特にお前達テロリストに対しての情報は、逐次更新されている」
「それじゃあ、NJCの情報もちゃんと更新されているか?」
「そのはずだが」
NJCとは、『ニュー・ジェネシス・クルセイド』というテロリスト集団の略称だ。集団の頭領たる『マスター』と呼ばれる人物が指揮し、彼がスカウトしてきた世界各国の軍人、反乱組織の構成員、マフィア、傭兵など様々な人間が所属している。NJCは世界中で活動しており、普段は一般市民の中に溶け込んでいる。なお、仕事の依頼はマスターを通して部下に手配され、メンバーがそれを遂行する。依頼達成率は高く、彼らは多くのパトロンから巨額の資金と武器を提供されているのだ。だが、NJC内の実情に関しては、まだまだ不明な点が多い。
「じゃあ、帰ったら調査を依頼しておけ。今やNJCはオリジナルのナイト・アーマーを開発できるくらいの力を持っているぞ。これは俺を再スカウトしようとしたマスターのオヤジが、俺によこした代物さ」
「お前、NJCと付き合いがあるのか?」
未だに付き合いがあるとなれば、アカツキは現役のテロリストであり、NJCのメンバーの多くが一般市民に溶け込んでいることを考えれば、神田は目の前の男を野放しにしておくわけにはいかない。
「待て待て待て! だから言っただろう。再スカウトだって。そりゃあ俺は、二年間だけNJCに所属していたこともある。下っ端としてだぜ? でもその後はNJCから足を洗っているし、去年に完全に足を洗うまでは独立してテロリストをやっていた。これはテロリストを止める二年前に、NJCが日本人の科学者を俺のもとによこして、勝手に置いていったものさ。また、俺の力を借りたかったんだと」
アカツキの言い分は、納得できるものだった。無論、嘘でなければという前提に立った場合だが。神田は他の二人を見た。
「俺はハッキング専門の悪党だぜ? 日本のデータベースをハッキングするなんて、ちょろいちょろい。データを盗んで、NJCに売ったんだよ。で、俺は見返りにナイト・アーマーを頂いた」
「それ以上話すな。逮捕するぞ」
ハッカーはおどけた様子で口を押えた。しかし今の話で、NJCにどうやって兵器の情報が供給されるのか、一部を垣間見た気がする。恐らくハッカーのような男に大量に依頼を送り、NJCは情報を得ているのだろう。
「最後に聞いておくが、ジョン。君は何故ナイト・アーマーを持っている?」
「言ったはずだ。俺はアカツキを抹殺するためだけに訓練されたと。そしてアカツキがナイト・アーマーを身に纏ったテロリストである以上、俺もそれを供給されたというだけだ」
「では、何でMI6から足を洗った君が、ナイト・アーマーを持ち続けているんだ?」
「これは俺の魂だ。誰にも渡さん。兵器庫から頂戴してきた」
神田は今日何度目か分からないが、頭を抱えた。
彼はこれまで、アカツキという男や周辺の彼の仲間達を理解しようと努めてきた。しかし、その努力の範疇を超えて、この男達は常識外れだ。
「まともな人間がいないのかねぇ。この世界には」
「まともなら、こんな仕事してねぇだろ?」
妙に納得できる答えを返し、アカツキ達三人はゲージの中に入っていく。ナイト・アーマーは普段は幾つものパーツに分解されており、出撃時にはコンピューター制御によって、人体にパーツを組み合わせていく。パーツ一つ一つは薄い鋼鉄のように見えるが、それらは一つ一つが強靭な合金製だ。ちなみにその重さも様々で、現在のところ重ければ重いほど重装甲で頑丈なナイト・アーマーが出来上がるが、その逆であれば機動力と柔軟性が確保できるものの耐久性は下がる。故に、各国の軍隊はこのジレンマを解消することに心血を注いでいるのだった。
トレーラーの中は意外に静かだった。時折ナイト・アーマーのパーツを固定するような、甲高い音が響く以外は、本当に静かなものだ。装着時の静寂は、見知らぬ装甲を身に纏った人間を知らない彼らにとって、多少の不気味さを印象付けた。
程なくして、ゲージの扉が開く。
奇怪な金属音を鳴らしながら開いたゲージに加えて、モーターが回転する音を短くしたような音が、一定のリズムで聞こえてきた。甲高く、耳障りな、これも奇妙な音だった。
やがてその音の正体が、姿を現す。
「待たせたな。いつでも行けるぞ」
頭から爪先まで、黒い装甲で覆われたアカツキが神田に話しかけた。スマートだが、全体的に角ばったフォルムは鋭利な印象を見る者に与える。どことなく戦国自体の甲冑をイメージさせるため、ナイト・アーマーと呼ぶには気が引けた。
更にその他二人のナイト・アーマーも、特徴的なフォルムをしている。ハッカーのナイト・アーマーは、赤く光る横一本のサングラスのような目をしており、全体的に丸みを帯びたフォルムをしている。無駄な装飾は一切排除した、すっきりしたイメージだ。
なお、最も見る者に圧迫感と威圧感を与えるのが、一歩を踏み出すごとに地響きでも起こしそうなマイヤーのナイト・アーマーで、その印象は二本足で歩く重戦車といったところだ。見るからに重装甲、または重武装のマイヤーのナイト・アーマーは、あらゆる破壊をもたらす存在だった。
「じゃあ、まずは俺から行くぜ。俺が位置に着いたらすぐに連絡する。則松、お前はその画面で俺が写し出す情報を注視しておけよ」
ハッカーがトレーラーから飛び出していった。ナイト・アーマーには地上走行用、あるいは高く飛び上がるためのジェットエンジンが装備されている。そのエンジンを吹かせば、強力な推進力で直ちに移動できるというわけだ。だが、そのエンジンを強力にすれば、その分ナイト・アーマーを身に着ける兵士は技量を要求される上、ナイト・アーマー自体の消耗も激しくなるため対応年数が短くなる。
ところがそんなことお構いなしに、ハッカーはトレーラーから飛び出した途端にジェットエンジンをフルパワーにして飛び去って行った。
「馬鹿が。あれでは敵に位置を示すようなものではないか」
マイヤーは侮蔑するように言った。性格が正反対の二人は、中々にそりが合わない。それでも共に仕事をすることがあるのは、奇妙な関係と言っていいのだろうか、それとも仕事のためのプロ意識から生じるものだと言っていいのだろうか。
「あいつらしいじゃないか。さぁ、俺達も行こう。まずは敵地の近くまで移動だ」
トレーラーは龍の牙が根拠地を構えるレッド・ポイントまで、一気に接近させる。
「俺達が攻撃を始めたら、ちゃんとキーをロックしておけよ。何、大丈夫だ。このトレーラーはロケットランチャーの攻撃も、二発までなら耐えられる」
則松に不吉なことを言いながら、アカツキは笑った。則松は恐怖心に対しての必死の抵抗からか苦笑いを見せながら、
「二発以降は?」
「大丈夫だよ、相手はそんなものまで持ってないだろうから。だけど仮に三発目が撃たれたら、その時は急いで脱出しろよ。じゃないと、これがお前の棺桶になる」
精一杯声を上げて笑って見せたが、則松のぎこちない笑いではアカツキに緊張していることが十分に伝わっただろう。
「それじゃ、しっかり監視を頼んだぞ。どこから敵が来るか、分かると分からないでは大違いだ」
直後にハッカーから連絡が入る。通信機を通して、報告が聞こえた。
『よぉ、ご機嫌いかが? 通信機はちゃんと作動しているか? こちらパペットマスター』
「パペットマスターって?」
則松の問いに、マイヤーが答えた。
「奴のナイト・アーマーの名前だ。ふざけた名前だな」
『聞こえてるぜ? お前だってオーバーロードって、ふざけたネームだろ?』
「アーサー・クラークを侮辱するのか?」
険悪な空気を量産する二人を、アカツキが止めた。
「喧嘩なら後にしろ。さっさと仕事を終わらせりゃ、酒の席ででも議論するんだな」
『へいへい、お前の言うとおりだよ、大将。おっと、コードネームは剛鬼だったな。それよりも配置についたぜ。今のところ敵はこっちの姿には気付いていない。今からもっと分かりにくくなるけどな』
「分かった。こちらも行動に移る」
トレーラーは停止し、アカツキが真っ先に外に出た。更にマイヤーと神田が続く。則松はそれを、緊張の面持ちで見ていた。
『ジャミングを開始する』
直後、アカツキ達の通信機に雑音が入り始める。そしてトレーラーの通信機器全般が、通信不能になった。しかし直後に再び復旧した。
『これで周辺の通信機器は全て使えないはずだ。無論、龍の牙の本部だけじゃない。辺り一帯の機器が使えないようになった。今通信が出来ているのは、俺達だけさ。それと小型偵察機を龍の牙本部周辺に向けて放った。これで敵の行動は筒抜けだ』
ハッカーのナイト・アーマー、通称『パペットマスター』は敵の通信機器やレーダーを無効にするジャミングを初めとして、極めて優秀な偵察機器を装備している。そして最大の特徴は自動制御装置のついている機械を、意のままに操れることだ。パペットマスターの前で自動制御装置のついた兵器などを投入することは、はっきり言って自殺行為だ。
「上出来だ。後はこっちに任せろ。もしも増援が来たときは、そっちで対処を頼むぞ」
『はいよ』
ハッカーとの通信が終わり、アカツキとマイヤー、そして神田の三人は顔を見合わせた。
「派手にやろう。俺は敵地に思い切り飛び込む。援護は任せたぞ、マイヤー」
「任せておけ。ゴミ共は処理しまくってやる」
「あまり殺すなよ。後で色々と大変な目にあう」
神田の言葉に、アカツキとマイヤーは肩を竦めた。
「無理な相談だな」
直後に二人は踵を返して、二手に分かれる。それを見送って、神田も龍の牙の本拠地に近づいた。
どこの悪党もそうだが、龍の牙も御多分に漏れず、立派な本拠地を築いていた。その昔はどこぞの国の領事館として機能していたようだが、今やギャング共の巣窟である。レッド・ポイントでの抗争が終わらず、いつまでも血を望み続けるのにはこういった化け物どもの力が不可欠だった。
「見張り一人発見、と」
神田が潜入を試みた場所は、龍の牙の本拠地の東側だった。今頃は西側にアカツキ、南側の正面入り口にマイヤーが到達している頃だ。
「そろそろ、花火が上がってもいい頃―――」
爆音と巨大な火炎が夜空を照らした。
驚いて空を見上げた神田は、火炎の柱に黒い斑点が動いていることに気付いた。それは徐々に大きさを増していき、気が付けば神田の目の前に迫って来ていた。慌ててサッカーボールほどの大きさがある黒い破片から逃れ、神田は悪態をついた。
「狂ってやがる!」
方角からしてマイヤーが何かを破壊したに違いない。しかし、その時は何を破壊していたのか、全く見当が付きもしなかった。再び建物の敷地内に目を向ける。そこでは何故だか通信機が繋がらないことに慌てる、先ほどの見張りの姿があった。
ここぞとばかりに、神田は目の前の格子を登っていく。外壁として聳え立っているのは、黒塗りの鉄格子で、四メートルは高さがある。普通ならそれだけで潜入は諦めるものだが、神田は違った。
まずジャンプ。そしてがっちり掴んだ鉄格子を、足と手を使って器用に登っていく。そして、頂上に着くと一気に見張りに飛び掛かった。まさかの場所から襲撃を食らった見張りは、神田の飛び蹴りをまともに顔に受けて卒倒した。
「これは借りていくぞ」
見張りの男が持っていたサブマシンガンを手に、神田は建物内部への潜入を開始した。




