賞金稼ぎたちの夢
プロローグ
その日は冬の一日にしては珍しく、空は美しい水色に覆われていた。その中に白い雲が転々と浮き、空からは優しい太陽の光が降り注いでいる。風は冷たいものの、これだけ晴れた時は何となしに体も温かく感じるものだ。道行く人にも笑顔が多いように見えた。
どこからともなく飛んできた小鳥たちは朝の目覚めを告げるように歌いまくり、そこかしこをピーチクパーチク飛び回る。いつもは喧しいと感じるそれも、この日に限ってはカラスの声などが気にかからない程に楽しげに聞こえていた。ここに至って人々の心は、朝の爽やかさと楽しげな空気を全身で感じて、緩やかな気持ちの向上を迎えていたに違いない。
そう、ただの一発の銃声がなければ・・・・・・。
静寂を破ったのは、ただの一発の銃声だった。空を突き抜け、人の命と血潮を全て奪い去るために放たれた弾丸が、一人の人間の命を奪った。凶弾に倒れた老人は、出がけのスーツ姿のまま、自宅の入口で倒れ伏していた。
銃声が強制的に爽やかな人々の朝を中断してすぐに、その場を支配したのは救急車の音とパトカーの音だった。しかし救急車は勇み足で怪我人を助けに来たものの、既に撃たれた老人は傍目から見ても絶命したのが分かるほど青ざめており、救急隊員は一応死亡を確認することしか出来なかった。去っていく救急車の悲しげなサイレンを聞きながら、次に現れたのが白黒パンダのような色彩を施したパトカー達だった。
パトカーから飛び出してきた警官達は、すぐに現場の確保に取り掛かる。ブルーシートに囲まれた事件現場は、瞬時に警察官達が支配する隔離世界へと変貌した。
ブルーシートの外を更に立ち入り禁止のテープで封鎖し、物々しい雰囲気の警官たちが立ちふさがる。さすがに野次馬達の中に、その門番を突破してまで中身を見てみようとする奴らはいなかった。
そこに一台のセダンがやって来て、現場近くに止まった。中からはスーツ姿の男が二人降りてきて、門番よろしく現場の警護に当たっている警官に警察手帳を見せた。
「外国人街管轄署の神田だ」
「同じく則松」
「ご苦労様です。どうぞお入りください」
立ち入り禁止のテープを潜り、警官二人は中に入った。現場になっているのは豪邸の入口で、でっかい鉄製の門についている小さな入口付近に、老人が倒れていた。ここは閑静な住宅街で、滅多と犯罪など起きない。特に近年はセキュリティが堅固な家が多く、金持ち世帯が中心に住んでいる住宅街では泥棒すら珍しい。それが今回のような銃撃事件が起きて、周りの人々は動揺を隠しきれなかった。
「よう、ご苦労さん」
スーツ姿の男の内の一人、神田信吾は現場を調査していた鑑識に声をかけた。神田の姿に気が付いた鑑識の男は、若干慌てた様子で彼に向き直る。
「これは神田さん。相変わらずお早い到着ですな」
「俺は周りの同期と違って、やることがあまり無いんでな」
神田信吾は警察内に置いて、能力の高い警官だった。犯人検挙率は高く、警察官に必要な精神的条件、身体的条件も申し分なく満たしている。特に精神面においては、その正義感で右に出る者はいない。
ところが彼自身は、ある理由が災いして周りの同期よりも昇進に恵まれなかった。それが原因なのか、彼はいつもどこか脱力して見える男だ。見た目も身長も申し分ないのだが、外観から漂うオーラがそれでは、女が寄ってこないのも頷ける。
「先輩、自虐ネタはそれくらいにして、現状を聞きませんか?」
「お、そうだな」
神田と行動を共にしているのは、まだまだ警官としては新米の則松翔太だ。最近やっと交番勤務から脱出し、改めて神田の部下として配属されてきた。教育係の神田には人間的に好感を持っていたが、仕事の上司としては少しばかり抵抗を感じている則松である。
本人は新人特有のリフレッシュさを有しており、それがあらゆる人間に好感を齎している。まだまだ経験の浅い則松には、それが最大の武器であるかもしれなかった。
鑑識から現状の報告を受け始めた二人は、自らの手帳に話をメモする。
「被害者は高井莞爾、お二人もご存じでしょうが、昨今国会で議席を伸ばしつつある極右政党の長です」
則松が思い出したかのように呟く。
「確か、東亜の曙とかいう政党ですよね?」
「その通り。お若いのに、よくご存じで」
極右政党『東亜の曙』。
日本で移民法が施行されて以来、政府の手落ちで始まった移民と日本人との間に起きている問題を取沙汰して勢力を拡大している政党である。彼らの発言は尤もで真っ当な事を言っている時もあるが、大部分は過激で日本人の権益を守ることを重視するものだった。故に多くの移民達から疎まれているが、人口の大部分を占める日本人には人気がある。
そして今回の銃撃事件の被害者が、この東亜の曙の党首である高井莞爾だった。
「銃撃事件が起きたのは、朝の七時一〇分前後のことです。当時救急車を通報した通行人から確認が取れていますが、犯人の目撃者はいません」
「用意周到だな。恐らく、高井が外出する時を狙い澄ました犯行なんだろうな。そして、素早く銃撃したら集まって来た野次馬に紛れて逃走する」
「本官もそのように思いまして、今周りの住人に目撃情報と防犯カメラの映像提供を呼び掛けているところです」
神田と同じことを考えていた鑑識の男は行動が早く、さっさと役に立ちそうな情報をいかにして集めるかを考えていたようだった。確かに現在の状況を考えるに、犯人を目撃しているのは人間ではなくて、無機質な視線を常に周囲に向けている防犯カメラの映像しかないように思えた。
「まぁ、その証拠になりそうなものを集める作業については、お前さん達と他の連中に任せるわ。俺は少し思い当たる節があるんで、そっちを当たってみることにする」
「また独自の行動ですか? 署長に怒られちまいますよ」
則松は嫌そうな顔をしたが、神田はどこ吹く風だ。
「嫌なら他の連中と一緒に捜査してろ。ただ、俺は今回の件に関してもっと詳しそうな人間を当たってみる」
「誰ですか、それ?」
「移民街に住んでる奴だよ。今回の事件、恐らく移民街の人間が関与しているぞ。真っ当な線を考えりゃ、恨みを持つのは八割方移民達だ。こいつ、移民に関しちゃ殆ど容赦が無かったからな」
高井莞爾の悪名は、移民間でこそ高い。それに移民達にとっては有効になるはずの法案も、移民排除を目指す東亜の曙の議員によって否決となったことが多々あるのだ。だからこそ恨みを持ち犯行に至るのは、移民の可能性が高いと神田は踏んでいた。
「また独自の情報網を使うんですか? あんまり良いことないですよ? だってこの前もそれで事件が解決したのに、結局始末書書かされたじゃないですか」
そうなのだ。
神田が出世から程遠いのは、その正義感から来るものかどうかは別として、彼の事件解決の仕方に問題があることも確かだった。良くも悪くも、彼の場合は事件解決に向けての手段を選ばないのだ。だから事件はスピード解決するにしても、その情報源と解決した方法を揉み消すことに上層部は躍起になる。
「始末書くらい、いくらでも書いてやるよ。それじゃあな。後で署長には俺から報告する」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 分かりましたよ、俺も行きますよ!」
神田がニヤリと笑った。どうもこの笑顔を見ると、則松は自分が神田の掌で踊らされているような気がして面白くない。犬も蛇も、そして調理方法としては煮ても焼いても食えないこの男には、当然上司たちも手を焼いているのだった。
先ほどから神田と則松が話している中で出てくるキーワード、移民街とは何のことなのか読者諸兄には説明の必要があるだろうか? 恐らくこの日本に住んでいる人々に説明する必要は皆無かと思われるが、他の移民には中々疎いという国の人々にはお話ししておく必要もあるだろう。
この日本では、二〇二〇年に移民法が施行され、今や多くの移民が流入してきている。この移民政策に関しては、過去十年と言わず叫ばれてきた少子高齢化を解消するために行われた施策だった。しかし、これは言わば諸刃の剣ともいえるもので、移民を受け入れることによって労働力の確保は出来たものの犯罪が増えてしまうという負の側面ももたらした。無論、これは日本政府の手落ちによるものだったが。
しかし、このことによって日本人と移民との間に、少なからず亀裂が走っているのも事実で、施行から数年たった移民達の生活は未だに苦しいものだった。特に神田が住んでいる福岡県では、未だに若松の埋め立て地付近から移民達が居住区を広げられていない状態にあったのだった。
ともあれ、移民達は一部を除いては日本人との生活に馴染んでいる者もいる。それらが架け橋となり、日本での生活に必死に馴染もうとしている姿が見られた。神田達がやって来たのは、そんな移民達が住む移民街と呼ばれる場所だ。
移民街は、風が吹けば海が近いために潮風を運んできて気持ちがいいようにも思えるが、その海には砂浜がないために海水浴など出来ない。ちなみに日本海側に面しているため、冬はめちゃくちゃに荒れる。その上吹き付ける風は粗末な建物を激しく揺らすのだった。
「今日は風が強いな」
移民街の一角、どちらかと言えば日本人達が住む町に隣接している区画に建っているのは『ホームシック』と言う名のカフェだった。マスターはラルフ・ロナウドというアメリカ人の男で、彼も移民法制定以降に日本に渡って来た。禿げ上がってぽっちゃりとした体つきをしている。
入口の扉がベルを鳴らす。来客を告げるベルだ。
「よぉ、豪。今日も相変わらず陰気そうな顔してるな」
ラルフが声をかけたのは、豪と呼ばれた日本人だった。移民街には賃貸物件の部屋の安さから、低所得層の日本人達も住み着いている。ちなみに犯罪に巻き込まれる危険性はお墨付きで、自分の身を自分で守れない人間は蛇の巣窟に住むネズミのようなものだった。
「ほっとけ。それよりもいつもの奴をくれ。それと、今日の新聞を頼む」
「日本語か?」
「何語でも構わんよ」
大和豪と言うのが、ホームシックに入って来た男の名だった。長い黒髪を後ろで縛り、がっしりした体つき、尚且つ左頬には長い切り傷が入っているのが特徴だ。黒のレザージャケットにジーパンという服装に加えて、このような顔の特徴が醸し出す表情は決して近寄りやすいものではなかった。
「紅茶はどれにする? オレンジペコ? それともアールグレイ?」
「アールグレイで。今日は、そんな気分だ」
上質の茶葉に適温のお湯を注げば、豪の鼻を柑橘系の香りがくすぐる。それは朝の微睡から抜け出せない脳みそを、しゃっきりと目覚めさせる香りだった。アールグレイの香りでなくても、紅茶達が演出する様々な香りはその日の気分に合わせて自分の一日を最高のものに変えてくれる。
「ほら、それとサンドイッチだ」
「ライ麦パン?」
「嫌いだとは言わせんぞ。俺のおふくろは、常にライ麦パンだった」
ライ麦パンに挟まれたパストサラミにクリームチーズ、更にレタス。嫌いなチョイスではないが、豪はライ麦パンが苦手だった。しかしラルフに言われて文句を言わずにサンドイッチにかぶりつく。最初の一口を飲み込んだ後紅茶を飲み、彼は次に新聞を広げた。
「しかし今時活字か? 世の中はデジタルの時代だぞ? お前もスマホ持ってるんだろ?」
「持つには持っているが、あまり使いこなせていない。前職じゃスマホを使える環境にもなかったんでな。だから俺はもっぱら、紙媒体の活字に読み慣れている。元CIAのあんたとは違うのさ」
ラルフの前職は米国の諜報機関CIAの局員だった。今の外見からは想像できないのだが、元々は世界中を又にかけて暴れまわるスパイだった。移民街には意外と、こういった類の人間達が多くいる。その多くは不況で解雇された外国の諜報員達だ。
「ねぇ、豪の前職って何なんですかマスター?」
興味津々で聞いてきたのは、ホームシックでバイトとして働いている女性店員アンナ・ウィリアムズだ。今年二十二歳になる彼女は、その外国人然たる容姿でホームシックの看板娘だ。絵にかいたような金髪のブロンドに細身の体、長い脚。更にエメラルドグリーンの瞳とくれば、同郷出身者でなくともくらっと来るのは当たり前だと思われる。現在大学に通学しているアンナは、若い女の子達と触れ合う機会もあってか非常に好奇心旺盛な女性だった。
「知らないほうが幸せということもあるもんだ。特にこの移民街ではな。だからアンナ、豪の過去も探らないほうが賢明だぞ」
おどけて言って見せたラルフだが、それはある意味では的を得ていた。特に豪の素性を知っている人間なら、彼の過去を見なかった方がよかったと後悔することが常なのだから。
「ふうん、まぁいいですけど」
言った先からアンナは豪に近づいていく。彼と同じようなジーパンを穿いているアンナだったが、細身のそれが一層アンナの姿をセクシーに見せた。彼女は豪の目の前の席に座って、じっと顔を覗き込んだ。
「何だ?」
対して興味なさそうに、豪は紅茶を啜った。それは八歳も年下のアンナに対しての、兄のような姿でもあった。
「調子はどう?」
どこかぎこちなく、アンナが豪に問いかけた。
「別に、いつも通りだ。見てわかるだろう?」
「そうね、別に特別なことがありそうには見えないわ」
豪は少しだけ微笑んでアンナを見たが、再び新聞に目を落とす。アンナはそれを見て、一度視線を彼から逸らし、言いかけた言葉を飲み込みかけたが、意を決したように豪に言った。
「ねぇ、豪? お願いがあるんだけど」
「何だ? 内容によるぞ」
相変わらず素っ気ない返事に対して、アンナは怯まずに自分の願いを要求した。
「今度の土曜日か日曜日、暇? どこかに連れて行ってほしいんだけど」
「何で俺が―――」
豪は言いかけて言葉を飲み込んだ。そういえば、アンナはこの街に一人きりで、全く身寄りがないのだった。言うなれば天涯孤独の身と言うやつだ。
「そう私、家族がいないから。それと、まだ日本に来て日も浅いから、友達らしい友達もいないのよ」
若干の嘘を織り交ぜつつだったが、豪には効果があった。それにラルフの後押しもあった。
「連れて行ってやれよ、豪。お前どうせ、いつでも暇人だろう?」
「うるせぇな。分かったよ。仕方ねぇな」
面倒臭そうだったが、豪の顔は苦笑いだった。それは彼を知っている人間にしてみれば、どちらかと言えば好意的な笑顔だったという風にとって間違いないものだった。
「やった! それじゃあ、どの日がいいか連絡してね。待ってるから」
「分かった。連絡するよ」
仕事へと戻って行ったアンナを見て、再び新聞に目を通し始めた豪だったが、彼に対しての来客はそれだけでは終わらなかった。
再び扉のベルが鳴り、来客を告げる。店に入って来たスーツ姿の男達を見て、ラルフは眉間に皺を寄せた。それは彼にとって、あまり歓迎しない来客の到来だった。
「えらく面倒なのが来たな。いらっしゃい疫病神様」
「どうもマスター。コーヒーを頼む」
フンと鼻を鳴らしたラルフを尻目に、疫病神と呼ばれた神田は豪の向かいの席に座る。神田に豪自身も気づいたようで、彼はラルフとは異なる友好的な笑顔を向けた。
「よぉ、珍しいな」
「久しぶりだな、アカツキ」
神田は豪の事を本名では呼ばない。
『アカツキ』それがこの街でも、あるいは世界共通での豪の二つ名だった。どちらかと言えばこの名を知っている人間の方が、世界的には多いかもしれない―――以後、豪の名はアカツキで表記する―――。
そしてアカツキと呼ばれた豪の顔が、突然笑顔を消した。自分がその名で呼ばれる時がどんな時か、彼自身も分かっている。
「俺をその名で呼ぶってことは、何か案件でも持ってきたか? 刑事殿」
アンナはアカツキの言葉から神田の職業が明かされるまで、何故ラルフが渋そうな顔をしているのか理由が分からなかった。しかし、よくよく考えてみればこのカフェにスーツ姿の男が来ることの方が珍しい上、日本人でスーツを着て来店する人間など、警察以外にはいないことに思い当たる。同時に、これは厄介事だと気づいた。
この街には日本の警察官を目の敵にしている輩も多い。こんな朝早くから警察をターゲットにした銃撃戦に巻き込まれるのは御免だった。店全体に、ピリリとした空気が充満した。
かといって、そんな空気を生み出す原因を作っている神田がそのことを意識しているわけではない。彼は自意識という面だけで言えば、恐らく何者にも邪魔をさせない傍若無人だろう。
「お前に会うのは一年ぶりだな」
「そうだ。一年ぶりだ。この一年間音沙汰なしだったな」
「お互い様だろう?」
短い会話の中で、二人は過去の事を確認し合った。傍から聞けば何の話をしているのか、誰にもわからないだろう。
神田は更に続けた。
「あの事件以来だ」
「そうだな、俺とお前が初めてタッグを組んだ時以来だ」
「追う側と追われる側を超えた時以来になる」
沈黙が流れた。
そこにコーヒーを持ってくるラルフの、なんとも気まずそうなことか。特に彼はアカツキと神田の関係を知っているため、彼自身が感じている緊張感も並大抵ではなかった。
「それで、もう一度聞くが本題は何だ?」
神田はコーヒーを一口啜った。独特の苦みが口に広がる。
「高井莞爾が死んだ。今日の朝、自分の家の前で撃たれてな」
「そりゃあ、明日は新聞一面を賑わすなぁ」
神田とアカツキは静かに笑みを浮かべた。
「政府の大物が死んだとあって、警察内では早速大々的に動き出している。まだ十分に手がかりも見つかってないのに、お偉方は犯人を見つけ出すのに躍起だ」
「特に高井は警察に顔が効くらしいじゃないか? お得意さんを殺されちゃあ、上層部の何人かは面白くないだろうよ。それで、お前はこの事件の犯人をどう見ている?」
神田が再びコーヒーを啜り、ゆっくりとアカツキを見た。
「俺はこの犯行を、移民者の犯行とみている」
ホームシックに充満する険悪な空気が、更にどす黒さを増したように思えた。真っ黒なそれは明らかに、神田に対しての敵意となって向けられていた。しかしアカツキは至って冷静な表情で、神田の考えを歓迎した。
「まぁ、これまで散々移民達を差別してきた男だからな。移民から恨みを買って殺されたと考えるのが妥当なのは分かる」
「ただ、この移民街を捜査しようとすると必ず邪魔が入る」
「特に奴に対しての怨恨は深い。皆喜んで犯人を匿うだろうな」
「そういう事だ。そこで移民街に顔が効くお前に、協力を要請したい」
冷たい二人の視線が交差した。神田もアカツキも、互いに腹の中を探り合うような視線だった。二人とも互いに友人関係ではあるものの、お互いの友人が一癖も二癖もあり、尚且つ一筋縄ではいかないことをよく知っている。
だが、最終的にアカツキは再び笑顔を浮かべた。
「いいよ。協力してやる。報酬ははずんでもらうからな」
「俺が払うわけじゃない。だが、上にはしっかりと掛け合っておいてやる」
神田は一気にコーヒーを飲みほした。それを横で見ていた則松も、慌ててコーヒーを飲み干す。そしてチップを含めたコーヒー代を支払って、彼らはホームシックを出た。
暖房のきいた部屋を出ると、それを見計らったかのように北風に晒される。則松は体を縮めた。
「おい則松。車回して来い。署に戻るぞ」
帰りの車の中で、則松は車を運転しながら神田に尋ねた。
「先輩、今日のアカツキって男ですけど、一体何者なんですか? 見たところ日本人みたいですけど」
「お前警官だろう? その質問を今更するか?」
バツの悪そうな顔で謝る則松を見て、神田は出来の悪い後輩を見る目で溜息を吐いた。
「帰ったら確認しておけ。世界中の重要人物、特にテロリストの項目を見るんだ。そしたら、奴の名前が出てくる」
「は? テロリストですって?」
「何度も言わせるな」
再び謝る則松、しかし彼の疑問は尽きなかった。
「しかし、何で先輩は逮捕しないんですか? テロリストなら俺たちの逮捕対象者でしょう?」
「これは暗黙の了解なのだがな、あの男だけは日本の警察だけではなく、ICPOやイギリスの諜報機関、更にアメリカの諜報機関も手が出せない。あいつが起こした事件の数々は、主に戦場で起こっている。
だが、それで殺されたのは民間人ではなく、主に影で戦争を操っていた悪人ばかりさ。ちなみにあいつがその情報をどこで得ていたのかは不明だ。不明なのに莫大な情報源がある。各国の政府機関はアカツキを何度も殺そうとしたが、いつも返り討ちさ」
「それで、何で今は狙われないのですか?」
「どこの国の機関も、莫大な犠牲を払ってもアカツキを片づけることが出来ない。しかし、どこの国にも、あるいは犯罪機関にも所属していないアカツキをスカウト出来ないまでも味方につけることは出来る。更に絶対に奴に邪魔されたくない任務ならば、アカツキに妨害をしないように要請した方がリスクが低いことに気付いたのさ。だから、あいつは今、世界で最もアンタッチャブルな人間なのさ」
則松は神田の話を本当に信じていいものかどうか、かなり疑っていた。彼自身ゴシップ記事は嫌いじゃないし、都市伝説も嫌いじゃない。それでも真横でそんな話を大真面目にされて、今すぐ信じろと言われて信じられるほど純粋でもなかった。
「まぁ、今のところその話を信じられるかどうかは、五分五分くらいですね。ところで、最後の質問ですけど、先輩とアカツキって人は一体どういう関係なんですか?」
「友人だよ。高校からの同級生だ」
「へぇ、何だか信じられないっすね」
薄いというか、本当に苦々しい苦笑と言うのだろうか。則松は自分自身でもどんな顔をしていいのか表情が定まらなかった。
「本当だぞ。信じていい」
「・・・・・・信じましょう」
「疑い深い野郎だな」
車は国道を抜け、真っ直ぐに警察署に向かっていた。




