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パジャマ姿のヨル

記録

 面接日:20××年12月17日

 面接時間:午後1時~3時(計2時間)

 ※今回はクライアントの希望により、面接時間がいつもより長く設定されている。


内容

 前回までは口を噤んだまま話そうとしない日も多かったクライアントだが、本日は気分がいいとのことで饒舌に語ってくれた。クライアントの述べるとおり、本日はいつもより笑顔も多く、その表情はいきいきとしていた。自分が『多重人格者である』という供述も認められた。

 以下、本日の記録である。出来る限りクライアントの口調に近い形で記す。





 ――家庭環境? 俺が知ってるかぎりは良好。ごく一般的な家庭だね、問題なんてねえよ。

 じゃあどうしてこうなったんだって訊かれると、多分小学校でのいじめが原因だろうな。


 小学校でいじめられてた人格? それは俺じゃなくて、あいつの方だ。主人格ホストのヨル。


 彼女はさ、昔からファッションに興味がなかったんだ。いや、興味はあった。ただ、お洒落をするのを酷く恥ずかしがってたんだ。自分の顔にすげーコンプレックスがあってさ。「自分みたいなブスがお洒落して、からかわれたらどうしよう」なんて言ってた。親もファッションには興味ない人物だったからさ。気づいたらヨルは、冴えないトレーナーだの安物っぽいジーンズだの、オバサンみたいな服ばっかり着る子供になってた。

 ところが、それのせいでかえっていじめられるようになったんだ。服装がダサいってな。

 ヨルはそれを気にして、どんどん人目に出るのを避けていった。放課後遊ぶのをやめた。休日出掛けるのをやめた。ついには、学校に行くのも辞めた。気づけばヨルは、引きこもりになっちまったんだ。

 ――ここら辺までは、どうせヨルの親から聞いてんだろ? あんたが知りたがってたのは、こっから先なんだよな?

 いいぜ、話してやる。今日はなんだか気分がいいんだ。久しぶりにな。



 引きこもりになったヨルは、毎日パジャマばっかり着てた。出かけることが一切なかったからな、パジャマでも問題なかったんだ。白い生地にピンクのドット模様のパジャマを好んで着ていた。よく考えりゃ、ヨルが着てた服の中じゃ、あれが一番可愛かったんじゃねえかな。可愛いのがパジャマってのもあれだが。

 ヨルは毎日一人で、空想の世界にふけった。そこではさ、自分は全く違う性格なんだ。元気ハツラツでとにかくポジティブ、服のセンスがよくて皆に褒められて……。

 そんなことを考えてるうちに、ヨルはそれが本当なんじゃないかと思いだしたんだ。

 自分がいじめられていたというのは嘘で、パジャマしか着れないなんてこともなくて、本当はどこにでも行けて誰とでも話せて、色んな服を着ることができて――。すべてを都合のいいように捏造するようになりはじめた。


 やがて彼女は親に頼んで、色んな種類の服を買ってきてもらった。フェミニンな服はもちろん、ボーイッシュなものやカジュアルなもの、ゴスロリやパンクなんかもあった。

 そうして彼女はまた想像した。フェミニンな服を着ている時は、気使いができる女の子らしい自分。ボーイッシュな時はさばさばしていて、でも根はやさしい子。カジュアルな服の時は、誰に対してもナチュラルに接することのできる人間。ゴスロリやパンクの服を着ている時は、少し攻撃的で、でも仲間には優しくて――。


 そうして彼女は、様々な人格を生み出したのさ。

 いわゆる、多重人格ってやつだ。そうなんだろ? 先生。


 ――最初に生まれたのは、フェミニンな服を着た女だった。名前は『みき』。一言で表すなら気使いを忘れない清楚な女だ。まあ、『そのために生まれた』んだけどな。……ん? ああ、俺とは相性が悪かったかな。俺は少なくともあいつのことも嫌いじゃなかったんだが。


 次に、ボーイッシュ。……あ、ばれた? そう、俺のことだ。俺はあくまでも『男』の人格として生まれた。だから一人称はあくまでも『俺』だ。顔や身体と一致してねえかもしんないけど、改めるつもりはないね。

 俺が生まれた理由? ――ヨルを守るためだ。ある意味どの人格もこの理由を背負ってはいるが、俺が一番強く思ってたと思う。ま、男だしな。


 あとは……露出度の高い服ばっかり着る人格もよく出てきてたな。『りさ』だ。あいつはだらしない人格として生まれて、ちゃんとその役割は果たしてたが……ほんと、はしたないやつだった。あいつが『表人格』になった日は最悪で、一日中援交してたな。ヨルは処女だったが、そうじゃなくなったのは『りさ』のせいだ。だから俺は、『りさ』が嫌いだった。


 カジュアルな服装の時に出てたのは『しょうこ』だ。笑うに子供で、笑子って書くらしい。その漢字ぴったりで、彼女はよく笑ってた。はっきりした性格でな、俺は結構あいつのこと気に入ってた。話しやすかったしな。


 副人格はこんなもんかな。ヨルがどうやってその人格を設けたのかはさっぱりと分かんねーけど、『フェミニンな服を着た時』は『みき』が、『ギャル系の服を選んだ時』は『りさ』が、『カジュアルな服着た時』は『しょうこ』が顔を出すようになった。そう、つまり、ヨルが選ぶ服のジャンルによって、どの人格が出るのか変わってくるってわけ。

 ヨルが男っぽい服を選んだら、彼女はたちまち身体の中に引っ込んでしまう。で、かわりに『ボーイッシュ』の俺が外に出れるんだ。あ、外に出るって意味は分かるよな? ヨルの身体を自由に使えるようになるってことだ。


 俺が外に出た日は、ヨルのことを笑った奴らを片っ端から殴りに行った。許せなかったんだよ。だって俺はヨルのこと――。いや、なんでもない。


 ……ヨルが着る服? パジャマだよ、さっき話してたドット模様の。彼女は、パジャマを着ている時しか『ヨル』として行動できなかった。あるいは裸の時か。

 え? ああ、ちょっと語弊があったな。裸になった時は、『裸になる前に外に出ていた人格』がそのまま反映されるんだ。だから、パジャマを着ていたヨルが裸になればヨルのまま風呂に入れるし、『りさ』が男をたぶらかして裸になる時は、『りさ』のままでセックスできる。なかなか厄介な身体だろ。

 でもな、俺たちは全員、ヨルを守るために生まれた存在だったんだ。

 ヨルが望む通り、女の子らしく振る舞ったり、男性と交際したり、誰かと気軽に話したり……そいういうのを、俺たちが代わりにやってただけなんだよ。この身体の本当の持ち主はヨルだって、全員ちゃんと分かってた。けれど彼女が引きこもっている間は、俺たちがその『代わり』を果たしていただけだ。


 ヨルはしょっちゅう、俺たちを呼び出しては外に出かけた。ヨル自身は外に出れないからな。俺やほかの人格もそうだったんだけど、自分以外の誰かが『表』に出てるときも、そいつの目線で外の風景やそいつがやってることを見ることができるんだ。だから、ヨルもきっと、それを見ていたんだと思う。

 ヨル自身は、毎日部屋にこもってパソコンするかゲームするか……。親だって、腫れものを扱うみたいな態度だったから、ヨルは何も相談できなかった。そんな生活が三年くらい続いたのかな。



 そんなある日、ヨルはブログを通して一人の男と知り合った。

 ハンドルネームは良平。年齢はヨルと同じで、当時十六歳だった。

 最初はさ、ヨルのブログにコメントをくれるだけの存在だったんだ。ヨルのブログは基本的に内容が暗くて、「今日も一日引きこもってた」ばっかり続く感じなんだけどさ、それに対してすごく優しいコメントをくれる人間だった。「早く外に出ろ」とか「学校に行け」とか、ヨルが傷つくようなことは絶対に言わないんだ。いつも、励ますようなコメントばかり残してくれてたよ。

 ヨルはだんだん、その男に惚れていった。

 ブログはやがてチャットに代わって、チャットはやがてスカイプになった。今の時代って便利なんだな、パソコンだけでもあらゆる手段でコンタクトを取れるんだ。


 スカイプで話し始めて一か月がたった頃、むこうがぽつりと言った。「会ってみたいな」って。

 言った後、むこうは色々とフォローしてくれたよ。「でも焦る必要はない」とか「いつでも会えるんだから」とか。そりゃ、三年以上引きこもってるヨルからすれば、「会ってみたい」って言葉は一種の爆弾さ。自信のない自分の顔と身体を、相手に晒すことになるんだから。

 それに問題はもう一点あった。おしゃれをすると、人格がかわっちまうってことだ。

 ヨルは、パジャマ以外の服で『表』に出ることを許されない。……あいつがこの身体の持ち主なのに、行動範囲が誰よりも狭められちまってるんだ。

 彼女は迷った。男慣れしてる『りさ』に出てもらうか、フレンドリーな『しょうこ』に出てもらうか。それとも男性が好みそうな『みき』に出てもらうか……。


 けどさ、スカイプの相手が望んでいるのは、『ヨル』に会うことなんだ。


 もちろん俺たちは、ヨルのブログの内容からスカイプの内容まですべて把握してる。言ってしまえば、ヨルのふりをしてその男に会うことだってできるんだ。だけどさ、そうやって俺たちの誰かがヨルのふりをしてその男性に会って、それで本当に互いが満足できると思うか? 少なくとも、俺は思えなかった。


 ヨルは長い時間をかけてよく考えた。声とハンドルネームしか知らないような相手でも、初めて会ってみたいと思えた男性なんだ。けれど、自分はパジャマしか着ることが出来ない。そんな人間を見て、彼はどう思うだろう。彼に恥をかかせてしまうだろうか。昔のように、哂われてしまうだろうか。それとも、こんな自分を見ても、好きだと言ってくれるだろうか――。


 俺たちは助言もせず、ただヨルの決断を待った。待ち続けた。



 そして、ついにその日が来たんだ。


この物語は、『ハッピーエンド』『バッドエンド』『トゥルーエンド』をお選びいただけます。

一度もくじに戻っていただき、お好きなエンディングをお選びください。


このまま『次の話』へ進んでいただくと、ハッピーエンドに繋がります。

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