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004 : "そっか。じゃあ、ウチ来る?"

「ほな、行こか」

「うんっ」

 次の日の放課後、紗夜たちは連れ立って近隣のショッピングセンターまで行くことになっていた。でも、なぜか先導するのは美汐ちゃん。まあ、ある意味いつものことだけど。

「なに買うか決めたん?」

「お菓子かなぁ、とは思うけど……いきなり小物とか渡されても困るしね」

「指輪?」

「高音ちゃんもいきなりなにを言い出すのよ……」

 微妙に紗夜に恋人つくろう計画は継続中らしい。自分にはそんな気まったくないのに。

 わいわいと電車内でのほかの人に迷惑にならない程度に会話に勤しむ。

「そういや、後輩にませた男子がおったよな?」

「ませた男子って……」

 紗夜が呆れた表情をするのに美汐ちゃんはにやりと笑う。

「だってそうやろ? 他校の女子高生と付き合うてるっちゅう噂の」

「ただの通訳って話」

「……ネタばらしすんなや。これから紗夜ちんからかおうと思っとったのに」

「ゴメン」

 あまり空気を読まなかった高音ちゃんにより、美汐ちゃんの目論見は潰れた。ナイス、高音ちゃん。きっとなにも考えてなかっただろうけど。

「さて、着いたでー。最初はどこ行くん?」

「どこって言われても……そのへんぶらーっと」

 ダブルで呆れた目を向けられた。

「紗夜ちんの天然さは美徳でもあるんけどなぁ、こういう時はも少し計画性ってもんを――」

「そんなことより、行く」

 プチ説教が始まりそうだったのを、すぐに頭を切り替えた高音ちゃんが切り、二人の手を掴んで歩き出す。

「まあ、こういうのは高音ちんに任せるのが吉やね」

 引きずられるがままに進むと、やがて奥まったところにある小ぢんまりしたお店に。

「お、カワエエな」

 洋菓子店なのだが、美汐ちゃんの言うとおり可愛い。バレンタイン商戦はすでに終わっているが、そういうのとは全く関係なく綺麗にラッピングされた単品の焼き菓子や洒落たデザインの小箱に入ったセットなどが見受けられる。

「ココはオススメ」

「ありがと、高音ちゃん」

「ん、どういたしまして」

 しかし、これはこれでいろいろ目移りしてしまいそうだ。まあ、男の人にあげるのだし、可愛すぎるのもどうだろう。値段的にもあまり高額だと、かえって迷惑になりかねないし。

「どれがいいかなぁ……」

 陳列棚とにらめっこしていると、

「これなんかどうや」

 美汐ちゃんが一つの商品を指した。どれどれ、と見てみると『冬景色』という商品名だった。冬の風物詩などに見立てた焼き菓子の詰め合わせ。値段も手頃。

「これいいね」

「他は見ないでええんか?」

「うーん。でも、出会いは大切だし、なんかピンときたからこれにする!」

「さよか。恋もこのくらいピンと来てくれればええんやけどな……」

 ぼやく美汐ちゃん。それとこれは全く別の話だと思うけど。まあ、いつものことだしいいか。

 紗夜はその商品を持ってレジへ。混んではいなかったので、すぐに会計を済ませることができた。

「いい買い物だった。ホントにありがとね、高音ちゃん」

「いいってことよっ」

 なぜか美汐ちゃんが威張った。ジト目で見ると、

「なんや、わしだってちゃんと貢献したやないか!」

「うんうん、ありがとねー」

 棒読み。「紗夜ちんが冷たい」、と高音ちゃんに泣きつく。散々からかってくるお返しだもんね。

「まあ、それはさておき」

 立ち直りが早い。

「どうかしたの?」

「百均に寄ってええか?」

「うん。まだ時間あるし、あたしの買い物も終わったから付き合うよ」

「同じく」

 駅前まで戻り、商店街の百円ショップに。そして、美汐ちゃんの下心に気がついた、というよりも遭遇した。

「あ、ませた男子やん」

 え、第一声がそれってどうなの、と思う。ほら、後輩君もなんか固まってるよ。

「えっと……なんですか?」

「ゴメン、少年。シオは少し頭おかしいから気にしないで」

「あ、はい」

 いや、そこはいって言っちゃうの? 案の定、美汐ちゃんは首根っこを掴まれて抑えられているにもかかわらず、腕を振り回して少年に殴りかかろうとする。

「えい」

 鮮やかな手刀を首筋に一発。あ、大人しくなった。というよりもこれは気絶かな。少年の方も状況に対処しかねるのか、オロオロしている。すると、奥から外国人の綺麗な少女が現れた。艶やかな栗色のウェーブした髪。そして、すらりとした華奢な足を見せつけるようなミニスカート。タイツは足を隠すというよりも、そのラインを際立たせるためのアイテムでしかないようだ。

 軽やかな発音で彼女は少年の名を呼び、ついで何かを話しかけた。学校で英語を習っていても、いかに実地で役に立たないかを思い知らされた。

 ミツと呼びかけられた少年はどう説明したかも困ったように紗夜たちとその少女を交互に見ている。そこへ、復活した美汐ちゃんが流暢な外国語で彼女に話しかけた。英語ではないみたいである。

 外国の美少女が話す言葉と速度が明らかに変わった。多分、そっちの方が母国語、または英語よりは使い慣れた言語なのだろう。

「なんて言ったの?」

 ひと段落したところで、美汐ちゃんに聞いてみると、

「いやぁ、わしがミツ少年に失礼なことを言ったことと、そのミツ少年の先輩であることをかい摘んでな」

「ふーん……」

「なんやその目は?」

「美汐ちゃん、英語以外も話せたんだ?」

「まあ、一応な。家の方針、ってやつやけど」

 確か、美汐ちゃんはどこかの大きな家の分家、とか言ってた気がする。そんな大金持ちには見えないけどね。態度とかも偉ぶったところないし。

 美少女――リナというらしい高校生――は美汐ちゃんに早口で何かをまくし立て、笑った。あ、チェシャ猫みたい。思わず言葉に出しそうになり、慌てて飲み込んだ。

「なんて?」

「買い物に付き合ってくれんか、だって」

「そゆこと。なら行ってきたら?」

「紗夜ちんが冷たい。これは浮気の兆候かいな?」

「はいはい、美汐ちゃんアイシテルよー」

 棒読みで言ってあげると、彼女は唇を尖らせて拗ねてしまった。

「でも、言葉きちんと通じるのシオだけだし、行ってくるといい。私たちは後ろから背後霊のように付いてくから」

 グッと親指を立てる高音ちゃん。いや、だから無表情でやられると怖いって。

「まあ、そうゆうことならええか」

 美汐ちゃんも納得し、リナさんに何かを話しかける。再びチェシャ猫の笑い。

「えっと……ミツくん?」

「え? あ、遊佐三貴って言います。先輩、ですよね?」

「うん、あたしは三年の冬月紗夜だよ」

「同じく、宮下高音。ヨロー」

「はい、よろしくお願いします」

 前を歩く二人に付いていく。

「えっと、あちらの先輩は?」

「ああ、美汐ちゃん? 苗字は花巻って言うの。頭いいんだよ。まあ、ドイツ語? もできるとは思ってもみなかったけどね」

「はあ……すごいんですね」

「変人、だけど」

 高音ちゃんの言葉に、遊佐くんは困り顔で苦笑した。リナさんのことを質問すると、

「ああ、リナ姉はスイスからの交換留学生で、ホントは別の家にホームステイする予定だったんですけど。急遽うちに来ることになって」

 家の中では会話ができるのが英語が多少できる彼だけだったらしく、通訳としてあちこち付いて歩いていたようだ。ちなみに、リナさんは百円ショップでの買い物が趣味らしい。

 やがて彼女も気が済んだようで――百円とはいえ、大量の物品を買い込んでいた――美汐ちゃんはややげんなりした様子で戻ってきた。

「予想以上やわぁ……」

「なにが?」

「んー、まあいろいろとやな。買い物の量とか、服の趣味とか……」

「ああ……」

 うん、見ればわかる。だが、美汐ちゃんはそれだけでないのか、遊佐くんと共に去っていく後ろ姿を見つめていた。

「まあええか。決めるのはわしじゃないし……」

 意味深な呟き。だが、彼女はなぜかにやりと笑うと、

「実は年下の方が好みなんか、紗夜ちん?」

 無言でげんこつ。何でもかんでも恋愛に結び付けないでよ。

「で、これからどうする?」

「先輩の家に激突や!」

「サヤ、どこか行きたいところとかは?」

「うーん、特に決めてなかったし、買い物がこんなに早く終わるとは思ってもみなかったから……」

「そっか。じゃあ、ウチ来る?」

「じゃあ、お邪魔しようかな。で、美汐ちゃんはどうするの?」

 なぜだか知らないけど拗ねている彼女に声をかけると、

「わしも行ってええのか? 本当にええのか?」

「じゃあ、決定」

 勝手知ったる、というべきか、お互いの家の場所は知っている。誰がともなく、歩き出す。あ、美汐ちゃんの家は知らないんだった。なんか、連れて行きたくないらしく、拒否されている。

 駅は紗夜と同じなので、いったん電車に乗ってもどる。

 高音ちゃんの家はごく一般的なマンションの最上階だ。エレベーターの中で痴漢してこようとしてくる美汐ちゃんを二人がかりで黙らせ、高音ちゃんは彼女を引きずるようにして運んでいく。

「ただいま」

「おじゃましまーす」

「邪魔するでー」

「はいはい、いらっしゃい」

 奥から高音ちゃんのお母さんが現れた。何回も来てるから顔見知りだ。それにしても、綺麗なのもそうなのだが、年齢以上に若く見える女性だと思う。

「寒かったでしょ? 今暖かいお茶淹れるから」

「ありがとうございます」

 パタパタとスリッパを鳴らしながらキッチンに入っていった彼女を見送り、紗夜たちはリビングを抜けた先にある高音ちゃんの私室に向かう。

 マフラーをほどき、コートを脱ぐ。

「ぷはぁ、落ち着くわぁ」

 美汐ちゃんは早速いつもどおりにベッドにダイブして枕を抱え込んでいる。

「ヨダレ垂らしたら殴るから」

「せぇへんよっ」

 これまたいつもどおりの会話。

 紗夜自身もカーペットに身を転がしてくつろぐ。

「で、お礼自体はいつ行くん?」

「できれば明日かな。早いほうがいいと思うし」

「そだね。部活は休みだし」

 試験の採点の関係で、顧問が部活を見れないという理由で今週は休みなのだ。

「というか、来る気満々なんだね?」

「そらそうやろ。こんな機会滅多にあらへんしな」

「だよ」

「はいはい」

 一回の遅刻がなんだかおおごとになってきた。でも、多分明日の一回きりなんだろうな、その刹那先輩という人と話せるとしても。って、自分こそ目的を履き違えちゃいけない。

「入るわよ」

 高音ちゃんのお母さんがトレーに人数分の紅茶とお菓子を載せてやってきた。

「いただきます」

「ごゆっくり」

 ひらひらと手を振って彼女は去っていった。

 それから紗夜たちは他愛もない世間話や試験の問題の答え合わせをしたりして過ごした。

「おじゃましました」

「また来てね」

 玄関まで見送りに来てくれた二人に手を振り、紗夜と美汐ちゃんはエレベーターに乗り込む。二人きりでブレーキ役がいないからといってテンションを落とす美汐ちゃんでもない。紗夜は彼女の言葉に時には相槌を打ち、時には聞き流しながら駅へと向かう。美汐ちゃんは紗夜たちとは別の駅なのだ。そして、彼女を駅まで見送るのはいつものこと。

「ほな、また明日な」

「うん、また明日。ばいばい」

 改札を潜る彼女の小柄な背中を見送り、紗夜も自宅へ向けて歩き出した。気の早い一番星が瞬く東の空を見上げ、紗夜は白く曇る息を吐き出す。

「寒いなぁ」

 マフラーに顔の半分を埋め、足元から這い上がってきた冷気に体を震わせた。

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