そのにっ!
友達を注意するという、何とも言えない背徳的な感情を引きずりながらも、美子は放送部の部室の前に来た。
「一体何故、『放送部』なのにパソコンルームを占領しているのだろうか」
真新しいパソコン室の前。妙にきれいな字で、放送部部室と書かれた張り紙が貼られたドアを睨む。
先生からもらった情報によると、二年が二人、一年が二人の計四人の部活らしい。ちさとを抜くと三人が初対面の人だ。部長は校則を変更するときの会議に出席していたような気もするが、全くもって思い出せない。
そんな印象の薄い部長、二年鈴木空雅を筆頭に、同じく二年の武内瑞稀、一年の春川ちさと、そして辻龍騎。ちさと以外は全く聞いたことのない名前だ。
そこまでボーっと考えていると、中から興奮したような大声が聞こえてきた。
「ちょ、先輩、待ってくださいって! 確かに美子ちゃんっぽいですが、まさか美子ちゃんが信じられませんって!」
「いや、見た目で人を判断するな春川。意外にあっているかもだろ?」
「とりあえずお前は落ち着け。それに、もし違ったらどうすんだ」
「謝る」
「誰かこいつ麻縄で縛り付けといてー」
「どうぞ、先輩」
「え、なんでそんなん持ってんの龍騎! この子怖い! そしてその麻縄構えてる瑞稀も怖い!」
「兎に角まずはその江川美子って子を保護しに、」
がら。
あっけなく空いたドアから、麻縄を手に持った男子生徒が現れた。ネクタイの色からして、三年生だ。
身長は美子をようやく抜かす程度。黒縁のメガネで真面目そうな印象だが、次に目についたのは白色のヘアピン。制服に着崩しは特に見られない。強いて言うなら第二ボタンまで空いた胸元と、申し訳程度に下げられたスラックス。思わず服装に目を光らせてしまうのは、風紀委員としてだろう。
先ほどの会話から察して、きっとこの人が放送部部長に違いない。
「……あ、ごめん。えっと、江川美子さん……だよね?」
慌てて手に持った麻縄を背中で隠しながら、メガネをかけた男子は美子に聞く。
「はあ、そうですが。にしても、なんで私の名前……」
「ああ、この前の風紀委員と生徒会での合同会議。あそこに出てたでしょ。俺、一回だけ出たことあるから」
一回? 会議は全部で六回やったはず。
「あれ、確か放送部の部長の、鈴木空雅先輩ですよね……?」
その瞬間、彼の口から笑いが吹き出た。
「あっはは! あーあ、おい聞いたかよ空雅! 俺が部長だってよー」
「あれ? えっと……」
なにか間違えただろうかと視線を泳がせていると、もうひとり男子生徒が出てきた。
何やら不機嫌そうな顔をしているものの、それでもわかるくらい整った顔立ち。ブラウンのセーターをワイシャツの上から着て、一段とラフな格好だ。一応メガネの生徒と同じ色のネクタイはしているものの、明るい色の髪の色といい、腰まで下がったスラックスといい、どこか不抜けた印象だ。
一体コイツは誰なんだという顔をしていたらしい。額に青筋を浮かべながら、その男子生徒が怒鳴る。
「鈴木空雅ですがなにか? あのさあ、俺あの会議に出てた! ちゃんと放送部部長って名乗ったよね? なのになんでそんな印象ないの俺。」
「ちなみに俺が出た一回は空雅が休んだ時ねー」
未だ納得がいかないように唇を尖らせている鈴木の横から、にこにこと人の良さそうな笑いを浮かべてメガネの男子生徒――三年は二人しかいないので、必然的に武内瑞稀となる、は自分を指差しいう。
何か、絶対武内先輩の方が部長っぽい……。
心の端でそう思い、一応会議のことを思い出してみる。
「そう言われればいたような気も……」
詳しくは思い出せないが、確かあんな髪の色の先輩はいたことだけ思い出した。地毛か染めたものか少し考えたような気がしなくもない。
あえて「あ、はい、思い出しました鮮明に!」と強調するが、むすっとしたような表情は戻らない。
「……それで、えっと放送部の皆さんはお揃いですか?」
残るはちさとと一年の辻龍騎のみだ。ちなみに辻、という苗字は何人もいるものの、龍騎、という珍しい名前は聞いたことがない。
「……ああ、いるよ。どんな用事でここに来たの? やっぱ廃部の事だろ?」
パソコンルームの奥に声をかけながら、鈴木が美子に聞いた。なんともない顔で「はい」と答えると、明らかに顔をしかめられた。
「ああそうだ。俺もお前に聞きたい事があってな、」
「美子ちゃぁぁぁぁん!」
鼓膜を破れさせる勢いの大声をあげながら、こちらに走ってきた黒髪の少女。彼女を胸でキャッチしながら、美子の方も「ちさとぉっ!」と歓喜の声を上げる。
美子の胸の中のちさとは、女子と比べても小柄な方だ。余分な脂肪分など一切ないと思われる体に、大きめの瞳、ポニーテールにした長めの髪。いかにも可愛らしい女の子のようだが、人間恐怖症の彼女は、人間に触れられることは勿論、話しかけられても殴りかかってしまう。
「ああちさと! お前人殴らなかったか?」
「ううん。でも今日は三人だけだったの!」
「おおそうかそうか! すごいなちさと!」
「ちょっと、二人の会話おかしいから」
いつの間にかそばにいた武内がそばでツッコミを入れてくるものの、二人の世界に入った美子とちさとにその声は届かない。
しばし歓喜に浸っていると、奥の方から気だるげな呻き声が聞こえてきた。
「あぅー……。折角寝てたのに……くぁ」
頭を掻きながら出てきたのは金髪の男子生徒。ブレザーのしたにフードを着て、そのフードで顔を半分隠している。前髪とそのフードでよくは見えないが、細長い瞳の色はきっと翠だろう。スラックスの裾を折っていて、上級生に目をつけられそうな格好をしている。
気さくな鈴木や武内とは違い、随分儚いイメージの人だ。金の髪も少し濁ってはいるが、強く染めたわけでもないだろう。
それにしても綺麗な人だなー、女の人みた、
「あんた誰」
「前言撤回だ馬鹿野郎」
性格悪いなおい。
心の中でそっと毒づく。
「それにしてもお前、」
「辻龍騎だ馬鹿野郎」
「んだとやるのかこら! ……その頭地毛?」
「俺元々金髪なの。両親両方外国人ー。だから金髪で目が翠なのね。俺もできれば外国行きたかったけど、母さんも父さんも日本オタクだから、日本に住んでて日本人みたいな名前なの。流石に苗字は変えられないけど、ひいばあちゃんが日本人だからひいばあちゃんの苗字借りてるの。あ、生徒手帳にはちゃんと本名が書いてあるから安心していいよ」
ふうん、と納得した時、じっと辻が美子との距離を縮めてきた。
目の前に端正な顔が広がり、額に妙な汗が浮かぶ。前髪の奥から射抜くような視線が突き刺さり、思わず後退していた。
「……な、何?」
「いや、お前が江川美子かぁー、って」
「どう言う意味だよ」
「『みいこ』」
「うわああああああ――――――っ!」