第四幕 約束と誓い
少年は幼少の頃から騎士に憧れ剣を振るった。腕は良く、とある武道大会の剣術部門で幼くして優勝したその才を認められ、晴れて少年は王国付き騎士団見習い育成施設にはいる事を許された。少年は親元を離れ、その施設で自分より年も体格も上の人達と昼夜を共にした。騎士団に入りたいものは誰もが通る道。ここで適性を見極め、それぞれが一番輝ける部隊に配属される。適正なしと判定されれば即追い出される。皆がみな、自分を磨き認められるよう努力した。
少年もまた、年齢などに屈せず我が身を磨いた。体格で負けるなら、食事をバランス良く摂取し筋力トレーニングを人の倍行えばいい。剣の才能なら誰にも負けない。少年は今までの自分と近い年齢の中での特訓ではなく、自分より圧倒的に強いものの中での特訓に恐怖より向上心が優った。自分を本当に磨ける場、そしてもっと上へいけるという希望。少年は驚くべき成長を見せた。
一年が経ち、少年は大きくなった。見た目はもちろん、心もまたそうであった。決して筋肉質というわけではなく、他に比べればまだ小さいが、その腕にはしっかりと一年分の努力が刻まれ、体格差などでは屈しなくなった。相手が大きくても、素早さや動体視力、反射神経、瞬時に物事を判断し自分の優位な方に持って行く思考力は引けを取らない。何より、剣才はとどまる事をしらず、日を重ねるごとに上達していった。剣の扱いで少年に勝てるものはいなくなった。
半年後、少年は施設をあとにした。平均三年は居なければならないと言われる育成施設を一年半という短期間で、齢十という史上最年少若さで、騎士団最強と言われる第四部隊に配属されたのだ。少年は未来への希望だった。
少年は騎士団に入ってもなお腕を上げ続けた。最初はなめていた他の団員も次第に少年の力を認めるようになっていった。また少年は力だけでなく勉強もした。剣のこと、医学、文字、その他。努力した分成長すると少年は信じて疑わなかったのだ。そんな少年に団員も刺激を受け、全体の指揮も上昇した。
そんなある日、少年は騎士団の任務に始めて参加させてもらえることになった。内容は単純で、とある学院で重大な会議が行われるから学院の警備をしろとのことだった。きっと重役が沢山集まるのだろう。
今まで第四部隊が任務中は騎士団の屯所で留守番だった少年は、初任務に向けて気を引き締めた。
しかし少年の出る幕はなかった。
護衛なんてものは大人たちで十分事足りたのだ。
少年が今回連れて行かれたのもそのためだろう。結局少年は学院内でも一目につかないところで素振りをするしかなかった。
しかし少年は諦めない。努力して努力して、皆に一人前として認めてもらえるよう頑張った。たとえ素振りでも、一振り一振り気を抜かずに。
剣を振り続けていったい何時間経ったのか。早朝には学園についていたが、今はもう陽が真上に到達していた。
少し休憩をしようか、そんなことを考えていると、少年の近くにある茂みが不自然に揺れた。
誰かいる。
少年は直感した。
なるべく足音を立てないようそっと近づく。もし不振な人物だった場合、騒いで逃がしてしまうより捕らえたほうが良いと判断したからだ。もしかしたらわざと騒がせてこちらに人を誘導させる作戦かもしれない。
少年は慎重に茂みに近寄ると、一気に飛びかかった。
「……誰」
少女の声がする。
「あっ、わっ、ごめん!」
少年が捕らえたのは小柄な少女だった。馬乗りになるようにして少女を押し倒していた少年は思いがけない人物に慌てて離れる。
「誰」
少女は再び尋ねた。体を起こして少年の袖を掴む。
「えっと、王国付き騎士団第四部隊所属レリーズ・ライン、皆からはレイルと呼ばれています。だから、決して怪しいものでは……」
「レイル、私に感情を教えて」
「えっ?」
レイルと名乗ったその少年は思いがけない少女の言葉に間抜けな声を出してしまう。少女の姿を凝視してある違和感に気づいた。
「制服を着ているってことは、君はもしかしてこの学院の生徒かい?」
少女は頷いた。
「でも、今日は学院内に生徒は立ち入り禁止って隊長が……全員寮に居るんじゃ」
少女はしばらく考えるようなそぶりを見せて、そして少年の腕を取ると走り出した。迷うことなく近くの森に入っていき道無き道をただひたすら走った。一体この森はなんなのか、さっきまでこんなものあっただろうか。少年の頭は疑問符だらけだったが、少女に尋ねたところで詳しいことはわからないだろうと思いおとなしく走り続けた。
やがて、一部だけ不自然に開けた場所に出る。
少女は歩調を緩めると開けた場所の中央を指差した。そこには太陽の光を全身に浴びて輝く立派な木造の家が建っていた。
「ここが君の家なのか?」
少女は頷く。
「随分と立派な家だ。でもなぜ学院内に」
そこまで言って少年はあることに気づく。自分の身長の倍はあるだろうか、大きな門の左に木を切り出して装飾された表札があり、そこには学院長といった意味の文字が彫り込まれていた。
「まさか、学院長の娘さん! だからこんなとこに家が、一人だけ寮にいないことも納得がいく」
「この森は普段人の視界に入らないよう魔法がかけられてる」
「なるほど、だから俺はこの森に気づかなかった訳か」
感嘆し頷く少年を少女はじっと見つめた。少年は視線に気づくと少女にどうかしたかと尋ねる。
少女は何も言わずにただ見つめた。
少年が不思議そうに首を傾げ、そして大切なことを忘れていたことに気づく。慌てて顔をしかめると咳払いをして続けた。
「えっと、そう、いくら学院長の娘さんだからと言って今日は学院内に立ち入り禁止だから、家にいなきゃダメだよ。俺とはもうお別れだ」
少女は首を縦には振らなかった。終始無表情の少女だが、少年にはなんとなく今の少女の気持ちがわかるような気がした。
「不満……なのかい?」
「あなたは沢山の感情を知っている。お願い、私に教えて」
どうやら出会ってすぐのあのセリフは本気だったらしい。少年はたじろいだ。
「えっと、感情を教えろと言われてもなぁ….…。どうしたら良いのか」
「先生は教えてくれない。クラスの人は私には感情がないんだと遠巻きに言う。私は知らないだけなのに」
感情を知らないとはどういうことなのか。今まで表情が全く変わらないのも感情を知らないからだというのか。
「でも、そんな急には無理だよ」
少年はいたたまれずに少女から視線を外した。
「感情って、やっぱり幼い頃から時間をかけて得ていくものだからさ、そんないきなりは無理だよ」
「そう、でも時間さえあれば分かるのね」
「うん、力になれなくてごめ」
そこまで言いかけると突然少女が少年に抱きついた。
「えっ、なに、どうしたの?」
慌てる少年に対して少女は相変わらずの無表情だ。
「じゃあ、いつか教えて。いつかあなたに会いに行く。その時は時間も沢山ある」
「うーん……分かった。また会えたら、その時は君に感情を教えるよ」
「約束」
少年は笑って少女の頭を撫でた。
「分かった、約束だね」
それから二人は日が暮れるまで話したそうな。少女が少年にべったりとくっついて離れないし、少年は一人ぼっちの孤独な少女をほおっておけなかった。
少年は自分が体験した様々な話を話して聴かせた。少女は無表情でも興味を持ってくれてるんだなということが、なんとなく少年には分かった。
少年は最後にこんな話をした。
「愛ってね、すごく大切なんだ。愛がないと人は生きれない。愛があるから俺は今まで生きてこれたんだと思う。愛にはね、形はないんだ。でもちゃんとそこに存在する。親や周りの人々から愛を注がれて人は育つんだ。君だって、学院長から愛をもらってるはずさ。愛は暖かくて尊くて優しいものなんだよ。って、全部両親の受け売りなんだけどね」
少女は分からないと首を振った。
「そっか、まぁいきなりこんなこと言われても難しいよな。俺だって理解するのに時間が必要だったし」
「いつかじっくり教えて。私も頑張る」
少女の目は真剣だ、と少年は感じた。
「分かった。いつかまた会えたら必ず。でも今日はそろそろ帰らないと、隊長に怒られるな。良かったら最初にであった場所で案内してくれないか?」
少女は頷くと行きと同じように手をとった。しかし、走ろうとはしない。まるで少年との別れを惜しんでいるかのようだ。
やがて森を抜け、少女は静かに手を離した。
「今日、ここで私達が会ったことは秘密にして欲しい」
「そりゃ、勝手に家抜けてきちゃったもんな。分かった、誰にも言わないよ。じゃあまた」
少年が手を振ると、少女も真似しててを振った。きっとともと別れる際に手を降るこの挨拶も少女は経験したことなかったのだろう。心なしか嬉しそうだと感じた。
少年はその日の夜遅く、学院を後にした。少女がその後どうなったかは全く分からない。
数年が経ち、少年は最年少にして歴代最強の騎士となり、次期騎士団長だと噂されるほど立派に成長した。第四部隊の隊長は、自分がまだ現役であるにもかかわらず少年にその座を譲り、自分は補佐として第四部隊に残った。二人のおかげで第四部隊は更なる成長を遂げる。
少年の未来は眩しいほど輝いていた、はずだった。まさかあんなことが起こるなんて、一体誰が予想できただろう。
しかしそれは、別の話。
「そうか、レイルがあの時の……ずっと探していたんだ。やっと会えた」
フードを深く被った声の主はレイルと呼んだ少年に向かって体を乗り出した。その体をそっと抑えながらレイルは寂しげに微笑んだ。
「ごめんなミリア。気づいてたのに言わなくて」
ミリアと呼ばれたフードの少女は静かに首を振る。そんなことは気にしていないと言っているようだ。
「約束、覚えているか」
「もちろん。片時も忘れたことはない」
「私は、その約束だけは覚えていた。先生には余計なことは忘れなさいと常に言われてきた。だから、段々あの時のことも思い出せなくなっていた。けど、約束だけは私の中でずって生きていた」
珍しいミリアの熱弁に、レイルはたじろいだ。そして、真剣なミリアの瞳を見ていられなくて目をそらした。するとミリアは心配そうにレイルの顔を伺う。
「駄目なのか」
とそれだけ問いた。
レイルは揺れていた。自分がここでミリアを拒絶すれば、今後このミリアはどうなってしまうのだろう。力も実力も確かにある。だからみすみす殺されるようなことはないだろう。しかし魔導師に見つかったら? 逃げてここまで来たのにまた連れ戻されてしまうのだろうか。そうしたら今度こそミリアが幼い頃からずっと求めてきたものを見つけられずに散ってしまうだろう。約束も、果たせないことになる。
しかしレイルにも譲れない思いがあった。レイルが旅にでた訳は分からない。しかし、レイルには強く心に決めた誓いがあったのだ。もうなにも護るものは持たない。約束を果たせばその誓いを破ることになる。二つに一つ。どちらもという道は既にない。
しかし、ふとレイルはミリアにあの出来事を話そうとした時の、自らの気持ちを思い出した。
そうだ、話そうと思ったその時から道は決めていたじゃないか。
レイルは意を決してミリアを見つめた。無表情でも感情がないわけじゃない。レイルはミリアの純粋な思いが分かる気がして、同時にこの少女がとてつもなく愛おしい存在のように思えた。
約束か誓いか……そんなもの。レイルはミリアをそっと抱き寄せる。
「駄目なわけないだろ。やっと出会えたんだ、ゆっくりゆっくり教えてやる。感情も愛も全部全部、ミリアが知りたいこと教えてやる」
ミリアはその思いに答えるかのようにレイルの背中へと腕を回した。
少しして遠くからなにやらたくさんの人々が迫ってくるような音が聞こえた。まだ姿も見えない程遠いが、その音が近づいて来ていることは確かだ。
「まずいミリア、移動するぞ。ここは危険だ」
ミリアは頷いて立ち上がるレイルの手を握った。
「しばらくは街に入れないと思う。それくらいのことを俺らはやってしまったんだ。……ついてこれるか」
「レイルがいれば」
ミリアは即答した。そしてゆっくり歩き出す。
二人の影は、太陽の向こうに消えた。
この話ではお久しぶりになります。中々更新が遅れてしまってすみません。
今回は回想がメインで展開された少し今までと違う雰囲気でした。謎解きに入りにかかったというところでしょうか。
これからもどんどん進んで行く予定なのでよろしくお願いします。
ではまた。
2013年 4月25日 春風 優華




