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第三幕 騎士と魔導師

周りを見渡せば砂ばかり、遠くの方にぽつぽつと何か見えるような大地をひたすら歩く二人がいた。

一人は背の高い、体格のしっかりした男性。腰に剣を提げた片手剣士風情。長いマントを纏っている。もう一人、その胸のあたりまでしか背のない全身をローブで覆った人は、男性の半歩あとについて進んで行った。

「話に聞いた限りだと、あと少しだ。ミリアは何か感じるか?」

男性が小さい方に話しかけた。どうやら小さい方はミリアというらしい。

「あぁ、嫌な力を感じる。気をつけた方がいい」

ミリアはなるべく言葉少なに答えた。声や名前から察するにこの子は少女である。

「そうか、本当に行くのか」

「迷ってなどいられない。私はもう決めたのだ。レイルだって今更引き返すつもりはないだろう」

「まぁな」

レイルと呼ばれた男性は少しかなしそうに笑って、歩く早さを早めていった。


やがてたどり着いたそこは、周りを高い壁で囲まれた、城のような雰囲気を醸し出す怪しげな街だった。それにしても大きい。

門前で手続きを済ませ二人は中へ入る許可を得た。

「あまり長居は勧めないよ。必要なもの買ったらさっさと出て行った方がいい」

門衛は年寄りの女性と若い男性がいたが、若い男性の方が街に入る寸前レイルにそう耳打ちした。ますます怪しい。

「やっぱりここも何かあるみたいだな。見た限り、表向きは普通の都市化した街だが、裏でどんな力が働いていることか」

レイルが呟くとミリアは小さく頷いて、かぶっていたフードを更に深くまでかぶり直した。

「じゃあまずは宿探しだ。今は昼だが、時期に暗くなる」

そう言うとレイルは一段と声音を低くして言葉をつけたした。

「何があるか分からない。絶対に離れるな」

ミリアは有無を言わずただそっとレイルの着ているマントの裾を掴んだ。レイルはそれを確認した後、ゆっくりと人の波を縫うように歩いていった。

やがて一件の宿屋に辿り着く。

「門衛さんに渡された地図だとここが一番街外れでひと気もなく、安価な宿だ。ま、むしろ危険とも言えるがおれらにはちょうどいいだろ。貧乏な旅人だと思わせれば怪しまれもしない」

レイルは迷いなく戸を開けて受付らしきとことへ向かう。人がいないので奥に声をかけた。

「すみません。誰かいませんか」

はーいと奥から声が飛んできたのでレイルは安心した。誰もいなかったらしばらく待つか、移動するしかなかったためだろう。しかしミリアにそんな様子は一切みて取れなかった。逆に、何かを警戒しているようにすら見える。とは言ってもミリアは終始無表情だったが。

ばたばたと慌ただしい足音が段々と近づいてきて受付に四十代くらいの女性が現れた。顔に笑顔を貼り付けた明朗快活な女性。商売には向いた性格なのだろう。

「宿泊ですか?」

「はい、二人一部屋で」

「はい、ではこちらに代表者のお名前をご記入ください」

レイルは慣れた手つきで渡された用紙に名前を書き込む。何やら複雑な構成の文字、書かれたのはアルス・スタイルスという名。

「何泊かはお決まりですか?」

「決まってません」

「分かりました、ではまた後ほどお伺いしますね。部屋は一番奥右側になります。こちらは鍵です」

女性から容易に似たものを作れそうな鍵を受け取り、二人は部屋に入った。

「何か感じるのか」

部屋に入り、扉とカーテン閉め、荷物を落ち着けてから、レイルは、深刻な面持ちで尋ねた。

「街外れなのに、力が強い気がする」

「なるほど、やっぱりか。ここにしたのは間違いだったかな」

「いや、むしろ好都合だろう。この魔力にうまく紛れ流ことが出来れば相手にこちらの存在が知れることはない。それに最初から懐に飛び込んでしまえば得られるものも多いだろう」

ミリアはゆっくりとした動きで質素なベッドに腰を落ち着けた。

「確かに。どちらにせよことを長引かせるのは良くないしな」

しばらくの間、狭く暗い簡素な部屋に重苦しい沈黙が流れる。やがて、空気が振動して音を伝え出した。

「明後日。それまでに終わらせよう」

それはミリアの言葉だった。レイルは驚きのあまり言葉を失った。

「そんなに短い期間で、どうにかなるものなのか」

やっとのことで口を動かすと、心を落ち着けるためか大きく息を吸った。

「まぁ、あくまでそう出来たらいいな程度だが。さっきレイルも言ったみたいに長居は無用。私も早く終わらせたいんだ」

「具体的にはどうするんだ」

「とりあえず明日は朝から人に話を聞こうと思う。少しでもいいから情報が欲しい。それで明後日には……というのが望みだ」

レイルは唸った。本当に明日一日聞いただけで必要な情報は集まるのだろうか。それに、集まったとして、ミリアはどうしたいのか。

「なぁ、一つ、訊いていいか」

ミリアは不意に口を開くと、そんなことを言い出した。いきなりの疑問口調にレイルは焦る。まさか、自分の考えていたことが。

「レイルは、この街にわたしを置いて行くの」

どうやら違うらしい。ほっと胸をなでおろした。

「なぁ、レイル?」

「ああ、あ、安心しろ。そんなことはしないよ。たとえ平和になったとしてもここはあまりにも危険だろ」

「ありがとう。でもやはり、仲間にはしてくれないんだな」

そこを疲れると痛かった。レイルにとって、それはどうしても譲れないこと。今のミリアと同じようにレイルも昔、あることを決意したのだ。しかし、仲間にするのを拒み続けるのは今となってはもはや意地の問題だろう。

「ごめんな、でも、置いて行くとしたら絶対にミリアが信用できる平和な街にするから。約束する」

「分かった」

また沈黙。そして今度はどちらも口を開かない。しかし、ある瞬間ミリアが動いた。

「そんな辛そうな顔するな」

ミリアはずっと向かい側に立っていたレイルを唐突に抱き締めたのだ。

「ミリア……?」

「私には、表情とか感情とか分からない。けど、何と無く、今のレイルは辛そう。私のせい、何だろ。レイルにそんな顔は似合わない。私のことは気にするな、自分でなんとかする。だから、ごめんなさい?」

レイルはこの時、分からないながらに精一杯思いを伝えようとするいたいけな少女をどう使用もなく愛しく思えて、そんな少女を心配させてしまったのだなと自分が恥ずかしくなった。なら、今すべきことは一つだ。

「そういう時は、ごめんじゃなくてありがとうだよ。心配させて悪かった、俺は大丈夫だから、ミリアはミリアのやりたいようにやれ。俺はついて行く。約束は果たす。絶対にミリアを護るよ」

ミリアに目線を合わせてフード越しにその頭を撫でた。ミリアは相変わらずの無表情だが、何かをこらえるようにレイルのマントを握る手が震えていた。

「あり、がとう」

「どういたしまして」

小さくて無垢で健気な少女を、レイルは包み込むように抱き締めた。

「その髪留めと首飾り、とても似合ってるよ。大切にしな」

ミリアはレイルの腕の中で小さく頷いた。

またあの頃のように、強く、なれるだろうか。レイルの中ではそんな思いが芽生え始めていた。


翌朝、二人は朝早く目覚めると携帯食料を簡単に食べて準備を整えた後、部屋を出た。不安だからだろうか、レイルは部屋に旅荷を置いて行こうとはせずに背負っている。

鍵と一言添えた紙を受付に置いて、二人は早速街中心部に向かった。

「やけに人が多いな。何かあるのか?」

レイルは軽い足取りで人の波をよけていくが、ミリアはレイルについて行くのでも大変そうで、時折人にぶつかってはよろけていた。背も高くないので人の目につきにくいのもあるのだろう。レイルはどうしようかと考え、そして動いた。

「よっと。大丈夫か」

前にしたのと同じ、いわゆるお姫様抱っこだ。レイル的には一番楽なのだろう。ミリアも自然と首に腕を回した。

「ありがとう」

「どういたしまして。じゃあ改めて行くぞ」

レイルは歩き出す。まだ街の中心部までは一キロ程残っていた。

人がいよいよ増えてレイルですら歩くのが大変になって来た時ミリアが何か感じたねか急に硬直する。

「どうした….…まさか」

「魔力が近い。いや、むしろ魔力を秘めたものが近づいて来ていると言った方が正しいか」

「まさか、ばれたとか」

それはないとミリアは首を振るが、しかしやはり不安なのかフードを引っ張って更に顔を隠した。

少ししてレイルの耳元に囁き声が届く。内容は、もうすぐそこ、だけど逃げるな、と言ったものだった。分かったと伝えるために軽く首を動かす。まさにその時だった。

「おやおや、これはこれは。あなた達が昨日来たという旅人さんかね?」

全身真っ黒の布で身を隠した長身の男性が声をかけて来た。

「はい。少しの間ですか、この街で休養をと思いまして寄らせていただきました。ご迷惑おかけします」

レイルは悟った。こいつがきっと、その魔導師だと。しかし、まだ何処か他に、魔導師がいる可能性がある限りここで何か問題を起こす訳にはいかない。

「いやいや、ゆっくりして行ってくれ。もうすぐこの街は街ではなくなるだろうから、気軽にはいれるのも今のうちさ」

あやしげな言葉を残して去ろうとするその人間にレイルは思い切って訊いてみた。

「あの、それはどういう」

「気になるかね? まぁ当たり前か。しかし今話す訳にはいかない。ま、旅をしていればいつか耳に入るだろう。ふふふふ」

背筋が凍った。悪寒が走る。それはまさに、嫌な予感というものが頭をよぎったからだ。

黒の人間が見えなくなったのを確認して、レイルは横道に入りミリアを下ろした。

「あいつか」

「違う」

意外な程の早さで返され、レイルは言葉を失った。

「あぁすまない。あいつが魔導師であることに変わりはないが、あいつは私があの村で感じた嫌な魔力の持ち主ではない、ということだ。あいつにはさほど強いものは感じなかった。まぁ下っ端の一人だろう。宿屋で感じたのもまた弱かった。一つ、気になることがあるとしたら」

ミリアは視線を落とした。レイルは戸惑いながらもそっと尋ねる。

「あると、したら?」

「うん。……さっき話しかけて来たあいつ、根元が同じだ」

一瞬、レイルには何のことか分からなかった。だが、理解してからは深刻な面持ちに一変する。

「まさか、ミリアと同じ白の」

「そう、白魔法だ。つまり今ここには、私を除いても白と黒二種類の魔導師が存在していることになる。それが少し、心配だ」

目を瞑り、何か考え込んでいるのだろうか。レイルはまだ魔法に関しては詳しくないのでなにが大変なのかが分かっていなかった。訊きたいが、ここは抑えるべきなのだろうかと思い悩む。そんなことを考えているうちに何か思いついたのかミリアが目を開いた。

「多分、戦争になることはないだろう」

唐突にそんな壮大なことをいうので、レイルは目を見開いた。

「そうか、これは魔導師間の問題だから知らないよな。まず、白と黒は普段互いに干渉しないよう心がけているんだ。中が良いわけではないからな、まだから話し合いの場を設けたりするわけだが。干渉しないようにしても不意にあってしまうことがある、すると大抵は戦闘を始めるんだ。殺し合いまではいかないが、どちらかが動けなるなるまでは、とかな。どちらも傲慢なだけに顔を合わせたら必ず言い争いになるから、それで済めばいいんだがそうはいかないのが魔導師なんだ。力を見せつけないと帰れない、というか。それが他の魔導師まで巻き込み出すと、戦争に発展する。そこまで行くとこんな街くらい一瞬で姿を消すだろう。けど、ざっと見た限りこの街にそんな魔力がぶつかりあって崩壊した場所とかは見当たらなかったし、街の雰囲気もそこまで張り詰めたものではなかった。話しかけてきた男、変なこと言ってただろ。あれは多分、この街を潰すとかではなく独立させる気なんだ。それで周りからたくさん貢がせて国王にでもなる気だろう。白と黒が争っていないのも、利害の一致で協力しているとかそんなところか」

そこまで一気に話して、疲れたのか深く呼吸をしている。あまり喋らないミリアだ、こんなに長いことを続けて言ったのは初めてだろう。レイルはそっと頭を撫でた。ほとんど無意識の行動だ。

「それはあまり、よろしくないな」

少し間を置いてミリアを休ませてから、レイルは話を再開した。

「ここが独立なんてことになったら、またあの村に無理難題を突きつけるだろう。この街は他にもたくさんの街や村と商売をしているらしいから、関係する場所すべてそうなるな。断ってあの嫌な力を使われたらたまったもんじゃない。一つ村でも潰してしまえばその噂が広まって、ここら一帯はもう言いなりだろう。しかも裏で白と黒二種の魔導師が組んでるとなれば」

「すべての魔導師が関わっているとは限らないが、徐々に人を増やしたりされたら、魔導師まで闇に染まる。それは、止めなければならない。やがて世界中を力で支配するようになれば」

「そんなことにはさせない!!」

レイルはいきなり言葉を荒げた。さすがに驚いたのかミリアの肩がびくっと跳ねる。

「わ、悪い」

慌てて平静を取り戻すとレイルは申し訳ないとミリアを軽く抱き寄せた。

「大丈夫だよ、レイル。私がそんなことにはさせない。魔導師を闇に染めたりしない。普通の人も魔導師も救ってみせる。決めたんだ、もし世界で私だけになってしまっても、この力は最期のその時まで善に使うって」

抱かれながら、その胸の中で自らの意思をあらわにするミリアに、レイルは囁いた。

「俺が、一人にはさせない」

まだ揺れるレイルの胸の内で、それだけは硬く決められたことなのかもしれない。


さて、その後も二人の聞き込み調査は続き様々な情報を得ることが出来た二人だが、そんな中であることに気づいてしまった。

「花屋の女性いわく、街長(マチオサ)に任せとけば何の心配もない。八百屋の男性いわく、街長に友達が出来てその友達ながなかなかのやり手だ。通行人老婆いわく、街長もその友達もしっかりしていて私達により住みやすい街を作ってくださっている。……と、どれもこれも危機感のない、と言っちゃあ難だが現状の深刻さを理解していない意見ばかりだ。街長さんとやらを信頼し切っている証なのか人柄か、単に抜けてるのか……どちらにせよこっちにとっては悪い条件だな」

一旦宿に戻ってやや遅い昼食を摂りながら情報を整理する二人だが、レイルはあからさまに苦い表情をしていた。

「でもまぁ、悪くない情報もある。噂話程度だがまず、街長さんは中央の街役場付近に豪邸があって、そこに友達の部下数人と暮らしてるらしい。あと、友達は街の中心よりもっと離れた場所に住んでいて、二人が会う時は街長自身が直接その友達の家を訪れる、らしい。そういえば街長が友達の部下と街を西南に歩いて行くのを見たことがるあという証言あり。友達の姿を見れるのは街長が行う演説の時のみ。それも影に隠れるよう街長の後ろに立っているので性別すらも分からない。友達とその部下はみな全身真っ黒の衣類に身を包んでいる。とか、怪しさたっぷりだな。俺は信用して見る価値はあると思うが、ミリアは?」

部屋に入ってから一言も発さなかったミリアだが、レイルに振られ初めて口を開いた。レイルもメモを見てまとめながら話したんだ、少し疲れただろう。

「私も、同意見。それに街の西南という情報は興味深い。今調べてみたが、確かにそちらの方から強い魔力を感じる。多分必死に抑え込んでいるから今までは気がつけなかったのだろう。けど、相手も自分抑えるの必死で私のことなんかに気を回す余裕はないから、こちらのことは知れない。それと、嫌なこと一つ」

「嫌なこと?」

「うん。あくまで推測だけど、あの村にこの石を置いて行ったのは“友達”とやらではない。友達の側近と言ったところか。そこまで露出を嫌うのならわざわざ村まで行ったとは思えないからな」

ミリアはさり気なくどこから取り出したのか、例のあの石を手のひらに乗せ転がしていた。

「この石の魔力分析は終わった。だから側近の魔力はどんな程度か分かる。ただ、“友達”とやらのが掴みにくい。でも、この程度の魔力を抑えきれないようじゃ私には勝てない。明日、終わらせよう。今日中に感じることの出来る魔力すべての解析を終わらせておく」

レイルはただ驚いていた。目の前にいるまだ小さな少女はそのウチにどんな力を隠し持っているのだろうか。魔力解析というのは、そんなあっさりできてしまうものなのか。街の西南というと今いる位置からほとんど逆方向だが、そんなところの魔力をどうして感じることができたのだろうか。もしかしたら、今この街にいる全魔導師が彼女の手中にあるのではないのか、いや魔導師以外の人ですらその手に。

そう考え出すとレイルは急に恐ろしくなった。目の前の女の子は、実はものすごく強大な力を抱えた人物なのではないか、少女というのはただの見せかけではないのか。

しかし、そんな少女が自分に仲間になってくれと何度も言ってくる姿を思い出すと、それはそれは異様で、不思議で、でもなんとなく辻褄があっているような気がしてきた。少女はその力のせいでか今までずっと一人ぼっちだった。やっと、仲間と呼べるべき人ができそうで、必死になっているとしたら……そこには恐ろしさのかけらもないじゃないか。むしろいたいけで、ほおっておけないではないか。

「レイル? どうかしたか」

ふと気づくと、ミリアは石も何処かにしまっており、難しい顔で考え込むレイルの様子を伺っていた。レイルは慌てて手を振った。

「いや、何でもないよ。ちょっとぼーっとしてただけさ」

「そう、ならいいが」

「それより……」

レイルは目の前の少女を抱き締めた。

「明日はミリアが主役だ。頑張ろうな」

君は俺が護る。

そう、心に刻んだのだった。


その日は二人とも早めに眠った。とはいっても、“友達”と言われる魔導師がいると思われる家に向かうのは夕方からと話し合って決めていた。これはミリアの希望で、朝からだと長引けば人の目に付くし、街の人はどうやら魔導師達の真の目的や、今商売をしている街村にどのようなことを申しつけているのか知らないのか、完全に街長を支持しているため現状ミリア達の敵になるからだ。街長は魔導師に騙されているだけかもしれない。それでも今この短期間で街の人達に真実を話して聞き入れてもらえるとは到底思わなかった。聞き込みをしていて分かったように、人々は街長以下魔導師達を信頼し切っている。これらを崩すには決定的な証拠や事件、今まで支配していた力をはるかに上回る強大な力がなければいけないということは、二人とも理解している。もちろん、二人の方が強いという可能性はかなりあるが、やはり力でどうにかしてもいいことなど一つもないので、もともとそんな野暮なことをする気はなかった。

今はとにかく、悪役に徹するしか術はない。せめて一人でも、理解者がいてくれれば二人は救われるだろうに。しかしそれは、届かぬ願いなのだ。


翌朝、昨日より少し遅く目覚めた二人は、軽い運動と朝食を済ませ、今晩迎えるであろう戦いの準備を整えると、怪しまれないよう街の中心に向かった。昨日散々見て回りながら今日は部屋にこもりっきりというのは、かなり不自然な行動であるからだ。適当に時間を潰し、ある程度の時間になったら部屋に戻り直前の打ち合わせをする予定だ。

ミリアは相変わらず抱かれており、レイルも相変わらず大きな荷物を背負ったままの、少し不思議な観光風景。流石商売を盛んにしているだけあってか、市には珍しいものがたくさん並び、街の風景も普段見慣れないもので溢れていた。

昨日色々な人に声をかけたせいか、今日は逆に向こうから声をかけられる。一日にして旅人の存在は街中に広まったらしい。旅は面白いかとか、危険なのかとか、珍しい話を聞かせろとか、握手してくれとか、どこから来たとか、なんで旅してるとか、この街は素晴らしいだろうとか。それはまぁ尽きることのない質問や自慢が四方八方から飛んで来て、レイルはそれをすべて丁寧に受け流した。笑顔を貼り付けて無難な答えを返す人形にでもなっているかのようだ。

ミリアはというと、やはりこういう人々は苦手なようで、終始レイルの肩に顔をうずめて動かなかった。時折フードを引っ張っては顔が出るのを気にしていたようだ。

しかし、そんな面白みも何もない街人の中に、飛び抜けて面白いやつが一人いた。

それはやっと人の塊から抜け出し、裏道で少し落ち着いていた時のことだった。

レイルはミリアを気にかけており、抱いたままフードの上から頭を撫でて、大丈夫か無理するなよと心配を示す言葉を投げかけていると、突如彼の足元にさほど重くない衝撃が走った。何事かと足元をみるとリサより少し小さいであろう男の子がいた。

「お前らもこの街をしはいしに来たのか!!」

威勢良く叫んだその声の主は言うまでもなくその男の子だ。男の子は真っ直ぐにレイルを見上げながら睨んでおり、よく分からないが害はなさそうなのでしゃがんで視線を合わせてあげることにした。

「どうしたんだ、君」

レイルが子ども扱いしたのが気に障ったのか男の子ははち切れそうなくらい頬を膨らませた。

「お前らも悪いやつなんだろ!」

「まぁ、君らからしたらいいやつじゃないかもしれないな。感じ方は人によって違うからね」

余裕のレイルに男の子は激しく足踏みした。全身で怒りをあらわにする姿は怖いと言うよりむしろ微笑ましい。

「そいつだって、すごく悪いんだ!」

そういって我関せずと言わんばかりにただレイルに抱きついていたミリアを男の子は非難し、勢いに任せて殴りかかろうとした。

「こらこら、ダメだよ君。この子は俺の大切な人なんだから」

レイルは変わらず笑顔で、いや、しかしさっきまでとは何か違う裏に静かな怒りを込めた笑顔でその小さな手を止めた。男の子もその異変に気がついたのだろう。慌てて手を引っ込める。何か言いたそうだがどうしようかと迷っているみたいだ。沈黙が続くか、と思いきや、それは意外な人物により案外早く破られた。

「やりたいようにやらせればいい」

ミリアが突如動き出しながらそんなことを言った。

「こんな小さいのに何かされたくらいで痛がるようなやわな体はしてないさ」

レイルから離れ、その傍に立って続けた。男の子は再び怒りをあらわにする。

「うるさい! 僕だって強いんだぞっ」

「分かったから静かにしろ。とりあえず、お前の言い分を聞いてやるから。何で私達を襲って来た」

難しい言葉だらけで何を言ってるかよくわからないが、何やら話を聞いてくれそうと男の子は悟り、急に静かになると小さい頭を懸命に使用しながらことの経緯をゆっくりと話してくれた。

「黒いやつらが言ってたんだ! この街を“しはい”するって。僕に“しはい”って言葉が分かんなかったからお父さんに聞いてみたんだ。そしたらお父さん、それは悪いことだよって教えてくれた。だから、悪いことはいけないことなんだろ? お前達もそれをしに来たんだろ!」

なるほど、この男の子は勘違いをしているようだが、しかしかなり真髄をついている。

「そうさ。“しはい”っていうのはお父さんの言ったとおり悪いことだよ。けど、俺たちはそれをしに来たんじゃない」

レイルがなるべく簡単な言葉を選んで返答する。男の子はわけがわからないと言ったように首を捻った。

「でも、お前達悪いやつなんだろ?」

「それは、この街の大人からみたらね。君、“しはい”の意味を聞いた時、黒い人達のことも言わなかったかい?」

「言ったよ! 黒いやつらが“しはい”っていうのをするって話してたって。けど、お父さんもお母さんも笑って僕の話を信じてくれないんだ。きっと覚えたての言葉を使いたいだけだろうって。でも、僕だって諦めなかったよ。そしたら急に怒って、恐い顔でそれ以上言うと追い出すぞって……。本当なのに。嘘じゃないのに」

男の子は悲しそうに方を落とした。親に自分のいうことを信じてもらえないというのは子どもにとってとても辛いことだろう。レイルは男の子の肩に手を置いて優しい眼差で言った。

「俺たちは信じるよ。実はな、ここだけの話俺たちは黒い人たちの“しはい ”を止めに来たんだ。けど君のお父さんやお母さんみたいにこの街の大人はみんな“しはい”のことを信じてくれないんだ。だから俺たちは皆に内緒で、その“しはい”をやめさせる。俺たちの言うこと、信じてくれるか?」

少年は一瞬で瞳に迷いの色を滲ませたが、やがて晴れやかな笑顔をすると大きく頷いた。

「分かった。お兄さん達は僕の言うこと信じてくれたから僕もお兄さんの言うこと信じるよ。それにお兄さん、良い人だから!」

「ありがとう。君も、とっても良い子だ。だからひとつお願いがある」

男の子は不思議そうに首を傾げる。

「あのね、もし俺たちがやろうとしていることが皆に見つかっちゃうと、逆に俺たちが止められちゃう。それは、何と無くわかるね」

「うーん、つまり皆は“しはい”を知らないから?」

「そう。たぶん分かってもらうには時間がかかっちゃうと思う。時間がかかればかかるほど“しはい”は来ちゃうから、俺たちはすぐに動かなきゃいけないんだ。だから、今日俺たちと話したことは“しはい”を止めるまで内緒にしてくれないか?」

男の子は何度も何度も頷いた。あまりに激しく頭を振るもんだから、髪が乱れまくりだ。ふと、レイルの傍にいたミリアがゆっくりとした足取りで歩き出したかと思うと、男の子の前に立ちその細い指先で乱れた髪を整えてあげた。突然の行動にレイルは驚かされたが、男の子は満更でもないように顔を赤くして俯いた。

「あ、あの、お姉さんもごめんね。酷いこと言って」

しどろもどろ言葉を発する男の子にミリアはいいよと呟いた。そして視線を合わせて語りかける。

「綺麗な目をしているな。きっと君は、良い大人になる。君みたいな人が増えてくれると信じてるよ」

言いたいことだけ言って、返事は待たずにまたレイルの傍へと戻るミリア。レイルは頭を撫でて何やら褒めている。

「じゃあな! また何処かで会えることがあったら、その時はまたお話ししよう」

ミリアを軽々持ち上げてレイルは男の子に手を振った。男の子は心ここに在らずといったようだったが、手だけはしっかりと振り返した。

「君、この名を覚えておけ。我が名はミリア」

ミリアは道の向こうに消える寸前、凛々しい声でその薄暗い裏道に言い放った。


日の光が柔らかくなり朱で街全体を染め始めた頃、二人は宿を出る準備を整えていた。とはいっても、もともと荷物は持ち歩いていたのでそうすることはない。ただ書き置きと、宿泊料だけを部屋に残した。間も無く時間だ。

「出るぞ。場所は分かるな」

レイルがなんの変哲もない腰高窓に手をかけた。普通に入り口からいくと受付で見つかる可能性があるからだろう。ミリアは頷く。

「よし、まず俺が先に降りるから、ミリアは後に続け」

レイルは窓を開けるとサンを軽く乗り越え地面に降り立った。さして落差はないので簡単だ。ミリアはレイルの真似をするわけではないが懸命に片手を使ってサンに乗り上げ、レイルに向かって飛び降りた。レイルは見事ミリアを受け止め、そのまま昼と同じよう抱き上げる。何故片手なのかはもう分かるだろう。

「まずどっちだ」

ミリアは細い裏道を指差した。そこは夕陽すら差し込まないような場所だ。

「なるべく、目立たない方がいい」

呟いてミリアは自分を降ろすよう付け加えたが、レイルはミリアを抱き上げたまま走り出した。ミリアはそれ以上抵抗することもなくやはり静かに抱かれていた。

ミリアはたんたんと指示を出す。レイルはそれに従って走り続ける。果たして、一人の少女をだいた状態でずっと走っていて疲れないのだろうか。レイルは苦しそうな顔一つせず、むしろ楽しそうに走った。額に少し汗を滲ませて笑顔を見せる姿は、どこか無邪気に遊ぶ少年を思わせ、今までの大人な態度から錯覚しそうになるが、まだ彼は少年であったことを思い出させた。

レイルはミリアの体が強張っていくの腕の中で感じていた。無表情なミリアだが、体は十分に緊張というものを感じているらしい。彼女は感情を身体を駆使して表すことができないだけで、心は充分に様々なものを感じているのではないかと考える。考えて、今はやめた。今は、目の前に迫っていることに集中するんだ。レイルは逸る心を落ち着けた。

「ミリア、大丈夫だ。お前は強い、それに俺がいる。お前の力にを見せつけてやれ」

「魔力は、人を傷つけるものではない……」

「分かってる。だからこそ、悪用してるやつを止めるんだ。俺らの目的は止めること、倒すことじゃない」

ミリアは目をつむり何か言葉を飲み込むと顔をあげた。

「つく」

いきなり道がなくなった。感覚的にはまだまだ細い道が続いているような気がしていたが、とレイルは不思議な感覚に囚われる。

「あの家、なのか」

辺りを急に霧が覆い始める。さして寒くもないのにどうして。何か、嫌な感じだ。

「余計な目くらましを」

ミリアが一括していつの間に出していたのか、自らの背丈程ある大きな杖を大きく霧を割くように振るった。

「今のも魔法なのか」

「とてつもなく弱い、な。こんなの、自分の腕に自信のない奴がする悪あがきだ」

何と無く、ミリアの雰囲気が変わった。見た目は何も変わらないのに生き生きしているというか、楽しそうというか。口数も外なのに多い方だろう。

「お出ましだ」

霧が晴れ、家の全貌がよくわかるようになる。木造の質素な作り。さほど大きくもなく、かと言って小さいわけでもない絶妙な安定感を誇った家だ。扉はちょうどこちらを向いていた。そして、ゆっくりと動き出す。重低音が聞こえてくるようだ。

レイルは身構えた。出てくる瞬間というのは、一番何かをしかけやすい。

案の定だった。扉が半分程開いたところで鋭い矢のようなものがレイルに向かって飛んできた。

「危ない!」

珍しくミリアが叫んでるな、と呑気に思いながらレイルはあっさりそれを剣で弾いた。いや、剣を使って軌道を逸らし受け流したと言うべきか。その方が剣に負担がかからないのだろう。

「ふむふむ、貴方は剣士でしたか。で、そちらが魔導師と。なるほど」

ついに中から人が姿を現す。それも、二人。レイルは二番目にでてきた人に違和感を感じだ。

この感じ、覚えがある。

「そう、あの奥に控えてる奴、石の魔力の持ち主だ。そして……」

「おっと、二人で仲良く話してないで、私たちともお話しようじゃないか」

ミリアの言葉を遮るかのように声をあげたのは、最初に出てきた方の魔導師だ。

「んだよてめぇ」

レイルはそいつを睨んだ。それだけで怯んだのかそいつは情けなくよろめいて一方後ろに下がった。

「お、お前達は、私に用があったんじゃないのか!?」

「いや、知らん。でも何と無くお前じゃない。それより後ろでこそこそ隠れてるやつ、姿現せよ。お前の方だろ、攻撃したのは」

「なっ……」

明らかにうろたえたのは前にいるやつだ。なぜわかる、と言う疑問と恐怖に満ちた目をしていた。やはりなとレイルは微笑む。

「レイル、なぜ分かった」

すぐそばで杖を構えていたミリアが視線は真っ直ぐ奴らを見据えたまま尋ねてきた。

「なぜってそりゃ、長年の勘かな。それに、あんなへらへらしたやつに初手を取られたとは思いたくないし。実際どうなんだ? 強いのは」

ミリアは頷いた。つまり、奥の奴が強い。だが手前にいる奴は怯えながらも不満げな声をあげた。

「お前ら! 勘違いするんじゃないぞ。こいつは私の側近だ、つまり私の方が偉いんだ。街長に付け入ってるのもこの私だぞ!」

「あぁ? そんなん関係ないよ。強いか強くないか、それだけだ。それから、側近とか言ったな。村を闇に染めたのはお前だな」

レイルは一蹴してはなしをあっさりと変えて見せた。彼にとって常に本題はそこなんだろう。街を守るのはそうだが、村の仕返しにきたのが一番の目的だった。

「ミリア、どうする。ちょうど一体一だが」

レイルはミリアの様子を伺った。気を詰めているように見えるが、大丈夫だろうかと心配なのだろう。レイルはずっと旅をしていたからこう言ったことにも慣れているのだろうが、ミリアは果たして。

「二人とも私がやる」

強張った身体がはっきりとそう言った。

「俺にも多少出番くれよ。弱い方でいいからさ。それに、一番村のお返しをしてやりたいのはミリアだろ」

「しかし、相手は魔導師だ。それに弱いとは言っても奴も中々の使い手だぞ」

その言葉から、レイルの身を案じているのが伝わってくる。

「大丈夫。ミリアは奥の奴に集中しろ。あんま硬くなるな。肩の力を抜いて、落ち着いてな。俺はへらへらした方の気を引きつける。任せろ、上手くやるさ」

一際力強く、優しく、安心させるような温かみを含んだ声音で語りかけた。ミリアはそのおかげか、少し楽になったように伺える。

「おい、へらへらのにーちゃんよ、俺と遊ばないか?」

「あぁ? ちょっと驚いただけで調子に乗りやがって、いい気になるなよ!」

あっさりと挑発に乗るあたり、やはり強いとはいい難いな。しかし、これでミリアは奥の奴に集中できる。

「ふん。すぐ楽にしてやるさ」

そういうとへらへらの方は早速手のひらを前に突き出して攻撃の体制を整えた。光の玉のようなものをたくさんその手の内から飛ばしてくる。しかし、レイルはさも簡単にそれを避けながら一気に距離を縮めた。

「甘いな。その早さじゃ俺に勝てない」

レイルは剣でそいつを下から斬りあげた。そいつはさすが魔導師と言うべきか、咄嗟に魔力で壁を作り攻撃は上手く受け流したが、反動で後ろに大きく転がった。

実は、これがレイルの狙いでもあった。少しでもミリアが戦いやすいよう、自分たちはなるべく離れること。レイルはあえて真っ正面からではなく横に回り込んで斬りあげたのだ。そうすれば、反動で敵をミリアから遠ざけられる。

「その程度?」

ここでさらに挑発する。レイルの表情は、笑みへと変わっていた。余裕からか、それともそう見せる演技か。しかし、心底楽しんでいるようにも見える。それは相手からしたら、恐怖以外の何物でもないだろう。

ミリアはというと、しばらくの睨みあいから、どちらからともなく交戦状態へと移行した。お互い、その場を一歩も動かずにただ自らの魔力の塊を投げつける。しかし、単純な光の球ばかりではなく、もっと攻撃力のありそうな形をしたものや、矢のように細長く速いもの、重そうで破壊力の高いものなど様々だ。どちらも相手の攻撃を魔力壁で受けながら一歩も引かない攻防戦となった。これは、体力と集中力が勝負の延期戦になりそうだ。

レイルは、やはり一方的に攻めるだけの戦いへとなっていた。魔力壁があるせいで中々当たらないようだが、受けるだけも大変なのだろう、明らかに相手は消耗していた。すると隙が生まれる。レイルは冷静にそこを狙っていった。持ち前の速さで回り込んだりして相手を翻弄させていく。そして、攻撃させる隙を与えなかった。あまりにも一方的で、相手は可哀想になるほど怯えた。しかし、そこはレイルの強さであり時に弱さとなるところか、決して本来の目的は違わなかった。殺そうとは一欠片も思わない、致命傷を与えず、急所も狙わず、ただ恐怖と全治一ヶ月程度の軽傷を与え続けた。相手にとってはやはり恐怖心と言うものは精神に響くらしい。傷よりも恐怖で繊維喪失していた。顔は真っ青に、手足の震えは止まらないという様子だ。

レイルが、そろそろ終わりの合図をしようと口を開いた時、相手の方が先に声をあげた。

「悪かった! もうこんなことしない! この街からは手を引くし、せ、世界征服とか考えないから!! 許してくれ」

「本当か? じゃあ教えろ。トップは誰だ。まさかお前が全て考え二種の魔導師を争はせず集めたとは言わないだろ」

そいつは口籠った。やはり、上がいる。

「な、なにいってんだ。わわわ私が指導者に」

「嘘をつくな」

レイルは静かに剣を突き立てた。そいつは膝から崩れ落ちて倒れこむ。

「や、やめてくれぇ」

「いやそれは、その」

「口止めされてんのか、なるほど。まぁ普通そうだな。言え」

無茶苦茶だ。レイルにそんな面があるのかと驚くべきなのだろうか、しかしそんな余裕のある環境ではない。

ミリアは以前攻防戦を続けているし、レイルも余裕ぶってはいるが気を抜けるような状態ではない。

その時、レイルの背後で短い悲鳴が聞こえた。

「ひゃうっ……けほ」

「ミリア! 大丈夫か」

一瞬、レイルがその悲鳴の主であるミリアに気を取られ、背後を振り向きかけたその時。まさにそんな時を待っていたかのように倒れこんでいた魔導師が全身から醜い色をした煙を発し、レイルを包み込んだ。

「ははははは! 残念だったなぁ。私の魔法は実は攻撃が主力じゃなくてねぇ、私の得意とする魔力形態は霧。お前らも見ただろう? 始めここにきた時に現れたあの霧を。あん時はすぐに嬢ちゃんが消しちまったが、今度はどうかな? 私の霧は時に幻覚を見せ、時に呼吸を困難にさせ、時に人を惑わせる。霧があれば私はなんだって出来るのだ!!」

「レイルっ!」

ミリアは戦っている魔導師の攻撃から必死に身を守りながら、レイルの方を見た。そこには嫌な色の、煙ではなく霧が立ち込めているだけで、レイルの姿は見当たらない。飲み込まれた、ミリアは一様に真っ青な顔をする。思えば始めての表情の変化なのかもしれない。瞳には水が。

「まぁ魔導師相手に剣士風情が頑張ったものだと褒めるべきかな」

つい先ほどまでへらへらしていたのに今では勝ちを確信したからか踏ん反り返って得意げにしている。ミリア自身もまだ勝負の最中で動けず、レイルは助けられない。

「ここで終わり。この経緯をそして街は支配したと皆に知らせればきっと私も出世出来る。もしかしたら白の学院長にご拝謁願えるかもしれない」

“白の学院長”という言葉にミリアの肩が揺れた、ように見えた。明らかに動揺した、しかしすぐに戦闘へ意識を集中させたのでもしかしたら気のせいかもしれない。そんな時、誰もが目を向くような出来事が起こった。

「へー、その“白の学院長”ってやつが真の指導者なのか」

声は一点から、飄々と聞こえた。

「中々言わないから笑こらえるの必死だったよ。いつまでこんな気持ち悪いのに隠れてなきゃいけないのかってな。ま、結果聞き出せたから問題なしかな」

あの醜い霧の中から、男が現れた。そう、少し前霧に囚われたあの男、レイルだ。

「わぁぁぁぁあああ! な、何で生きてるんだっ」

この出来事には流石のミリアも戦っていた魔導師もへらへらの魔導師も一様に驚いたらしい。皆レイルの方を見つめる。

「その程度の魔法、俺には効かないさ」

「なっ、そんなことが……」

レイルはまるでその言葉を待っていたかのように、高々に名乗りをあげた。

「この名を、知らないか。俺は元王国付き騎士団第四部隊隊長、レリース・ラインだ。又の名を、『魔斬り』」

身震いした。ミリアの瞳に溜まっていた水はいつの間にか引いていた。ただその場にいる全員がその凛々しい声に衝撃を受けた。

「魔斬りだと……そんな、まさか! た、確かに第四隊は騎士団の中でも一番力が長けており屈強な身体を持った強者揃いと聞くが、しかし、なぜそんな男がここに」

レイルはその言葉を聞いているのか聞き流しているのかわからないが、ゆっくりとした動きで歩き出した。向かうは勿論ミリアの元。

「俺はしばらく前に騎士団を辞めた。もう何も護るものは持たないと決めた、はずなんだがな。まぁ、驚くのも無理ないだろう。何せ俺は若いながらその体質と剣才を見込まれ騎士団に入り、次期騎士団長になる男と噂されてたくらいだからな」

「だが、そ、それと魔法が効かないのにななななんの関係が!?」

「だから言っただろう、体質だと。まぁ、本当のところ、俺の一族に代々続く呪いなんだがな」

「魔力を弾く、呪いだと……そんなものが」

「あるんだよ。現に、ここに」

レイルはミリアの側にしゃがみ込むと、その透明な壁に触れた。途端壁に亀裂が走り、あっさりと粉砕される。

「な、言っただろう。俺は魔法を受け付けないんだ、だからこんなことも出来る」

と、その時魔法壁が割れたのを確認してからか、戦っていた魔導師がすかさず攻撃をしてきた。

「だから大丈夫って言っただろ? 嘘はつかないよ」

レイルは素早く立ち上がると、そのナイフのような形状をしたそれを手で掴んで消し去った。そして小さく呟く。

「効かない」

再びミリアに向き直り、彼女を軽く抱きしめて囁いた。

「本気、出していいぞ。俺は俺でなんとかするから、あいつはミリアに任せた。あいつの魔法は、調べ尽くしてるんだろ?」

その言葉でミリアの気配が変わった。何も感じないほど弱々しいものから、覇気のある勇ましいものに。

「さて、へらへら君。君はどうする? 俺はもう聞きたいこと聞けたし充分なんだけど」

「ふざけるなぁ! そんなの反則だ。そ、それに、お前らを生かして返すわけには」

レイルは動いた。また、風のように素早く見雨しなるほどの勢いで。

「まぁ、上の名を口走ったんだもんなぁ、そりゃ帰すわけにはいかないよなぁ」

けど、残念だったな。という言葉が胸に圧力をかけた。実際に言葉として口から発し振動を起こしていないにもかかわらず、その言葉を感じたのだ。

現に衝撃を与えられたものもいた。

へらへらの魔導師は一度調子に乗ったものの、やはりレイルが生きていたと分かった辺りからずっとへらへらしていて、そして今、レイルに胸を突かれた。

後ろに思い切り吹っ飛ぶ。もう魔法で壁を作る余裕なんてなかった。ま、それも無意味かつ既に速さで負けていたがな。

「安心しろ、剣つってもちゃんと柄の部分でやったさ。気絶してるだけ、しばらくすれば目覚めるだろうよ」

倒れたへらへらな魔導師の前に立ち、誰に言うでもなく呟いた。

一方ミリアはというと、互いに本気を隠してたらしく更に戦いは激しさを増していた。

しかし、何かおかしい。レイル違和感に気づいた。

ミリアが杖を使っていない。あえてそうしているのは一目で分かった。なら相手はどうだ。相手もまた同様に片手のみを駆使して戦っていた。つまり、両者とも力を蓄えながらの攻防戦と言うわけだ。

これから駆け引きが始まる。

レイルはここで乱入するのは無謀だと考え、倒れた魔導師の様子を伺いながら観戦することに決めた。

ミリア感じていた。相手が得意とする形に魔力が蓄えられていることを。なら自分はどうだ。ミリアは、相手の得意な魔力形態が一番苦手とするそれを創造して力を蓄えた。もし全く別のものをぶつけあえば酷い爆発が起こるだろうことは容易に想像がつく。ならば、対局の位置にあるものなら、上手く相手の力を相殺し余った威力で相手のみを攻撃出来るかもしれない。いや、もしくは相手のその力を利用できるかもしれない。

その時はすぐに訪れた。

相手が動いた。今まで使っていなかった方の手を前に出し、両手を合わせたのだ。

そして始めて、口を開く。

「揺れよ震えよ伝えよ。今ここにその三つが集い、そして破壊を導け!」

両手から何かが放たれた。形のない、しかし確かにそこにある何か。木々が揺れ、地面が震え、空気が伝える。その速さはいわば音速。一瞬でミリアに到達する。

「あなたの得意とする形、それは揺れ。ならそれを吸収してしまえば問題はない」

ミリアは振動が自らに伝わるその瞬間、蓄えていた力を解放した。杖の先にある水晶が眩い光を放つ。レイルにまでその予兆が伝わってきた揺れは瞬時に飲み込まれ消えていく。

そして向こうには家の壁に思い切り叩きつけられ呻いている魔導師がいた。

レイルはすぐさまミリアに近寄る。

「なに、したんだ?」

ミリアは両手をレイルに向けて伸ばした。レイルはやれやれといった様子でその小さな身体を持ち上げる。

「対したことじゃない、あいつの得意とする魔力形態は石からつかんでいた。力を蓄え出した時、すぐにその形で何かを仕掛けてくると思ったから、その形と一番相性の悪い形を私が作り出したまでだ。あいつが得意とするのは振動。振動を吸収するならば単純に考えて柔らかいものがいいだろう。けどそれでは受けるばかりで攻めにはつながらない。ならば、受けるのではなく吸収して放てばいい。弾力、私は魔力で空気を一部弾力性に変えた。そうすれば後はなるがまま、あいつは自分の放った魔力で今倒れているんだ。単に攻撃を弾くのではそれで終わりだが、吸収して放つことによりその威力をそのまま相手返すことが出来るからな。まぁ、全てに使えるというわけではないから、今回は振動ということもあって良く効いただけだがな」

「へー、意外とそういうのは自然なんだな」

レイルは素直に感心していた。

「魔法ってもっとこう、不思議なものだと思ってた」

「まぁ自然というか、そういうところは世の理に関与できないだけだな。柔らかいのに痛いというのはあり得ないだろう。世界を改変する力でもない限りそんなことは……」

ミリアはどこか悲しげに視線を落とした。何か心当たりでもあるのだろうか。

「無理しなくていい。今はそれだけで充分だ。また、話したくなったら言ってくれ、いつでも聞く」

「ありがとう。まぁ、魔法なんて自然なことの方が、少ないよ。これは貴重な例、本当は不思議なことばかりさ」

「そうか。でもミリアはミリアで、変わったとこなんてない普通の少女だよ」

レイルはミリアを腕に座るような形でしっかりと抱き、ゆっくりとした歩調でまだ呻いている魔導師の側に向かった。

「意識あるんだろ。お前らに要求がある。この街から早急に出ていけ。勿論他の魔導師全員連れてな。それからもうこんなことするな、いいか」

「うぐ……それは約束しかねるな。だが、こんな街にもう用はない、散々お前らに荒らされたし、怪しまれても面倒だ。ここからは出てってやるさ」

「分かった、今はそれで手を引こう。でも今言ったことは、必ず守れよ。もし噂で少しでも耳にしたら……覚悟しとけ」

見下ろす角度からこれ以上ないほどの冷たい目をした。その瞳に情という文字は見当たらない。ただ怒りと蔑みに満ちたような、そんな色をしている。あまりにもミリアにする態度との違いによもや別人なのではないかと思えるほどだ。

「わ、分かったから、さっさとどっか行け! たく、こんな強い力を持った魔導師が他にいるなんて聞いてないぞ。ほとんどの魔導師はこちらか側についたというのに……」

ふと、ミリアが相変わらず唐突に口を挟んだ。

「私はあなたを知っている。あなたは強い。だから、会えるんだろう」

魔導師は怪訝な顔をした。

「会えるって……ていうかお前一体」

「学院長に伝えろ。私はあなたを止めて見せる、もうあなたの言いなりにはならない。とな」

不満げな顔が一気に蒼白になった。

「まさか、お前は….…」

「レイルもう行こう。日が昇る」

「あ、あぁ」

後ろ髪が引かれるが、きっとミリアがレイルには知られたくないと思っていることが明かされようとしてたのだろう。レイルはなにも聞かずに街の外へと歩き出した。

「待ってください! お嬢さ」

「私はお嬢様なんかじゃない。ただの普通のミリアだ」

魔導師の追いすがる言葉を遮るかのように、ミリアがレイルの耳元で呟いた。

「そうだな」

レイルはただそれだけ、答えたのだった。


さて、街を出るとは言ったものの、どうやって出るかまでは考えていなかった。この街には立派な門があり通るには門衛に声をかけねばならない。するとどうしても目立ってしまう。なるべくなら、誰にも見つからずに去りたい。

レイルは考えながら歩いて、不意に空を見上げた。正確には、空を見たわけではなく、空を遮るかのように存在する木々と街を囲う壁を見たのだ。

「なんだ、こんなとこに抜け道が」

「どうした……」

「あぁ、しっかり掴まってろよ。ちょっと乱暴なことするから」

レイルはミリアをしっかり抱き締めると片手で楽々一本の木に登って行く。なるべく上部そうな枝を選んでそこを渡ると、壁がすぐ近くまできていた。

「うん、これならいける」

レイルは一歩下がって、思い切り枝を蹴った。

「よっと、大成功だな。大丈夫かミリア」

「平気、だけどあまり無茶なことは」

「大丈夫、これくらい楽勝さ」

無事木から壁への飛び移りが成功したレイルなミリアに微笑みかけた。そして街の外側へ飛び降りようとしたその時。

「待って!」

呼び止められた。レイルは反射で振り向くとそこにはあの男の子がいた。街の人に見つかろうと逃げ切れたには逃げ切れたが、あとあと面倒なことになりそうだったのでほっと安心する。

「どうした? 何か用かい」

「あの、お姉さんにお兄さん、ありがとう。街を助けてくれたんだよね。だから僕も、頑張ることにしたんだ。このままじゃきっとお姉さんとお兄さんが悪い人になっちゃうんだよね、だから僕、みんなに二人はいい人だって分かってもらうように頑張る! 何年かかるかわかんないけど、頑張る! だから、またここに来てね。その時にはみんなで二人をお祝いできるようにするから!」

「ありがとう。嬉しいよ、なぁミリア」

ミリアは頷いた。それは男の子にも見えたはずだ。

「もう、行っちゃうんだよね」

「あぁ、けど、君みたいな人がいてくれて俺らは救われたよ。必ずまた来る。勿論二人でな」

「うん! 待ってる。元気でね、またねっ」

男の子は涙を流しながら笑顔で手を振った。レイルもあいている方の手で振り返す。

「僕、僕の名前はアスだよ! 覚えててね」

「分かった、アス。俺はレイルだ。じゃあまたな」

レイルは高い壁から何のためらいもなく飛び降り、外の世界に消えた。

「ミリアに、レイル」

男の子アスは朝日に照らされながら一人その場で壁の向こうにいる二人の旅人を見送った。


「それで、ミリアは何で泣いてるんだ」

街を出てしばらく、街は地平線の彼方に消え、太陽は容赦なく二人を照らし出した頃レイルは不意に尋ねた。

「まぁ、泣きたい時には泣けばいいさ。大人になると泣きたくても泣けない時が来る。今のうちに泣いとけ」

「そうか、これが涙というやつなのか」

そう、ミリアは泣いていたのだ。顔を歪ませ、とめどなく流れる涙を必死に抑えようとしながら。

「“白の学院長”とやらか」

ミリアは首を振った。

「分からない、分からないんだ!」

「よしよし、無理するな。ちょうどあそこに木陰がある。あそこで少し休もう」

レイルは早足で木に近づくと、ミリアを木にもたれかかるようにして降ろし、自らは泣き続ける彼女の隣に腰を落ち着けた。

「悲しいことがあったのか」

「悲しいと涙は流れるのか」

「悲しくても、苦しくても、辛くても流れるよ。けどな、楽しくて仕方ない時、たくさん笑った時、驚いた時なんかにも流れるんだ。そう言うのは、嬉し泣きって言う」

ミリアはしばらく、無言でただ泣き続けた。レイルはただその隣で寄り添っていた。

不意に彼女は嗚咽を漏らした。それから堰を切ったように激しく泣き出す。

「わかんないよ。だって、先生が悪いことしてるのは気づいてたし、だから今私はここに居るんだし、今更悲しいとか思わないし、もともとあの人に情なんてなかった。あの人は私の力に興味があっただけで、だから私を育てて、でも何も教えてくれなかった、私の知りたいこと何も教えてくれなかった。私は、愛がなんなのかずっと知りたかったのに、みんな私には、感情がないんだって……知らないだけなのに、誰も教えてくれない、知りたかった、感情って、愛ってなんなの? でも、そんなことじゃないの、違うの! 私は……私はっ」

レイルは泣き叫ぶミリアを抱き締めた。小さな身体を包み込み、フードの上からそっと頭を撫でた。肩をしっかりと支え、自分から離れないようにする。

「分かった。分かったから……もう充分だ、安心しろ。辛かったな、寂しかったな。大丈夫、ミリアが知りたいこと俺が教えてやるから。だから、無理するな。少しづつでいいんだよ」

「レイル……。私、分かったかもしれない。あの時レイルが私のせいで死んじゃうと思って、護られっぱなしで何も返せなかったって。無理言って一緒にいさせてもらったのに、なのに私……私は何も出来なくて。レイルが傷つくことを考えたら、とてつもなく胸が痛むんだ。これが、悲しいってことなんだろう」

レイルははっとした。まさか自分のことを思ってこの少女はこんなにも涙を流していたとは。なのに自分は何をやっている。

「ありがとうミリア。教えてなくてごめんな。俺には強い魔法しか効かないって。実はな、出会ったあの日、驚いたんだ。だって、俺の怪我を治せるほど強い力を持った魔導師が俺の仲間になりたいっていうんだから。それもまさか、君だったとは」

「えーーー」

「次は俺の番、俺のことを話すよ」

そっとミリアを身体から離して、その顔をじっと見つめた。

「俺は君のことを知っている」

今回はいつも良い少し長い? そんなわけで三幕目終了いたしました。相変わらず重い。ちょっと息抜きに楽しい話もいれるべきかな。けど、現場ミリアが笑わないんじゃ、ねぇ。

けど、幕間を読んで何と無く察していただけたかと思いますが、今回晴れてミリアちゃんが感情を表に出してくれました! 拍手!!

こんな感じでこれからも進めたいなと思っております。


更新は不定期となりますが、今後ともこの初々しく若々しい活気に満ち溢れた? 旅人二人を宜しくお願い致します。


2012年 11月7日 春風 優華

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