『想い』
「さよなら」
彼女は涙を流す訳でも無く、絶望する訳でも無く、たださよならと書かれた文字を読むかのように最後の別れを告げた。
「…そうか…」
別れたくない!なんで?嫌だ!嘘だと言ってくれ!
言いたい言葉は山ほどあったが、出た言葉は思いとはかけ離れたものだった。
僕もわかってたんだ。
いつかはミキとの別れがくる事を。
ずいぶん前にやめたはずの煙草を片手に目的も無く町を歩いた。
何も考えられないのか、何も考えたくないのか、そんなことはどうでもよかった。
「…」
空も町も馬鹿にしているかのようにいつも通りで、なのに僕はいつもと違って…
思考回路は麻痺しているくせに、何処か一箇所だけはっきりしてる。そんな感じだった。
煙草の煙がカラダの熱と一緒に生気も奪っていく気がした。
このまま全て終わるのも悪くないのかもしれない…
「ねぇ」
?
気がつくと根元まで燃えた煙草を片手にミキに告白した思い出の公園のベンチに座っていた。
「ねえってば!」
目の前に小さな女の子が立っている。
「な、どうかしたのかい?」
慌てて煙草を踏み消して煙をパタパタと他所へやる。
「それはこっちのセリフ!
動かないから死んでるのかと思ったじゃない!」
少女はにかっと笑って足元のボールを抱き上げた。
「で?なにしてるの?」
少女はにごりの無い大きな目で覗き込む。
「これから独りでどうすればいいか考えてた…かな?」
なんとなく嘘を言えなかった。
少女からは懐かしい感じがしたから。
「どうして独りなの?」
と少女は聞いた。
「そんなのどうでもいいだろ!」
…と叫ぶ元気も無かったので、
「大人には色々あるんだよ」
と遠い目をしてごまかした。
ふーん、と納得したのかしてないのかよく分からない返事をしてから、またにかっと笑い、
「ひとりなんでしょ?じゃあ私が一緒に遊んであげる!」
と、持っていたボールを押し付けた。
あっけに取られていたが、早くと急かされボールを投げた。
それをまた少女が投げ返し、ただそれだけを繰り返した。
面白いとかではなく、ただ、少女が笑ってボールを追いかけ、それを力いっぱい投げ返す姿が懐かしかった。
幼馴染のあいつともよくボールで遊んだ。
ずっと一緒に居たのに…
いつからかすれ違っていたのかな。
緩んだ涙腺を隠すように、うつむいてボールを見つめる。
「すれ違ってないよ。」
ハッとして少女を見上げる。
少女は高校生位の年になっていて、こっちを見ていた。
「君は…」
その子は驚く僕を気にもせず、隣に座って話を続けた。
「一緒にいるって簡単じゃ無いでしょ?
一緒にいれば居るほど別れるのは簡単じゃ無いんだよ?」
と、少し恥ずかしそうに言った。
「何を知った風に」
「知ってるよ」
少女は言葉をさえぎった。
「すれ違ったと思ったなら、なにか思い出のある物をプレゼントすればいいんじゃない?」
また少女は少し大人になっていた。
「渡す相手がもう手の届かない所にいてもか?」
「当然!」
少女はスッと立ちあがって、
「思い出の品を貰って喜ばない人はいないよ。」
と言った。
「あいつも俺なんかといて幸せだったのかな。」
僕は泣きそうな顔を隠そうと、頭を抱えながら訪ねた。
「じゃなかったら50年も一緒にいる訳ないでしょ?」
老人はバッと顔を上げたが、暗くなった公園にはもう誰もいなく、ボロボロのボールが花壇の前に転がっていた。
「お前は言いたいことなんでもいう性格だったよな。」
老人は妻の墓に水をかけながら話しかける。
最後の言葉を聞いてからもう半年経っていた。
墓の掃除が一通り終わり、手を合わせる。
「でも、まさか居なくなってから注文つけるなんてな。」
目を開けてつぶやく。
「覚えててくれてありがとう」
老人が立ち去った後のミキの墓には、公園に咲いていたコスモスの花が添えられていた。
結構前に書いたショート小説です。
きっと歳をとるということは思い出が増えると言うこと。
その思い出をプレゼントすることはとても嬉しいこと。
…プレゼントくれる人がいたら良いなぁ。