エンドロール
前に進むだけがすべてじゃない。
時には振り返っていい。
涙を流して、立ち止まったっていい。
でも、あなたは立ち止まったままで、泣いてばかりいて、踏み出すことを考えたことがある?
慰めてもらうことが当たり前の世界に、いつまで閉じこもっているつもり?
いつまで、泣いてるの?
もう、昔の恋で今の自分を苦しめないで。
―コラムを読みながら凹む。ながら凹みだ。
もう、あれから五年がたつ。時の流れってもんは速いもんだ。
高校の時の彼氏。隼と別れて、隼に彼女ができてから私は、五年の間何をして生きてきたかをあまり明確に思いだせない。
何もしていなかった気もするし、忘れようと無理に動いてきたのかもしれない。
記憶がない、と言えるほど病的な五年間でもなかったはずだから、きっと人並みに生きてきたんだろう。
今日は快晴だ。
星空が、この町の街頭に負けない勢いで光っている。
ピンポーン
「はい」
宅配便でも来たのかと、急いで玄関へ駆けた。
でも、確認なしで開けたのがまずかった。
それは棗だったから。
「おまえは、いつもいつも!玄関開けるときはきちんと確認してから開けないと不用心だって、ちょっとは心に響いてくれよ」
「ごめん、お兄ちゃん!本当に今度から気をつける!」
まったく。と、棗は靴を脱ぎ棄て、リビングへ勝手に入っていった。
実の兄だったら許せる行為でも、棗は許せない。
私に兄はいないから。
兄と呼ぶだけで兄でない。
兄に近い存在の男友達、それが棗だった。
大学のサークルで出会ってから親しくなって、でも、不思議と恋愛には結びつかずに今の関係を保っている。
「棗お兄ちゃん」「雪那」と呼び合う姿は、周りから見たら少し滑稽だろう。
「お兄ちゃん、今日は散らかってる!あ、ビール飲みかけ!って飲まないで!」
「雪那、失恋でもしたのかよ?こりゃやけ酒の量だ。悪い酒は俺が飲んでやる」
「返せビール代ドロボー!」
そう言いながら、棗はベットの上に散らかる手紙達を乱雑に片づけ始めた。
「おい、雪那」
「何よドロボー」
「つまみ作って。俺、ないと飲めない」
「はいはい、じゃあそのへん片しといてー」
私が言う前にもう片づけは半分終わっていて、やはり優秀な兄が来てくれてよかったと都合のいい事を考える。ビール代は払ってもらうつもりだけど、おつまみくらいはただでサービスしてやってもいいかもしれない。
「雪那、まだ隼をひきずってるわけ?」
パソコンをカチャカチャいじりながら、女性向けコラムを読み始める棗は、あっという間に片づけを終えていた。
「何。悪い?」
「いや、まぁ悪い」
不機嫌そうな顔をしてみると、棗は手紙の束を再度ばらまき、私を呼んだ。
「ここに、6枚の手紙達がおります」
棗はトランプのように白い便せんを片手で持った。
「そうですね」
「全部隼からのものです。しかも五年前のが5枚」
そして5枚を私に引かせる。ババ抜きみたいだ。1枚が残る。まるでジョーカーだ。いや、これは正真正銘のジョーカーだ。
「一枚は先日です」
「…雪那、これだけなんで開けてないの」
このジョーカーを開けられない理由はない。
あるとするなら、恐怖だけだ。
「読まないの?」
「結婚しますとか書かれてたら嫌じゃん」
「別れました、もう一度やり直そうとかは?」
「考えたけどなんか嫌だった」
いやいやって、駄々っ子か。と小さな突っ込み入りで怒られる。棗はちょっと笑いのセンスが古い。
でも、開けることができないのは確かにわがままな気もするから言い返せなかった。
「じゃあ俺が開けてもいい?」
「お兄ちゃんが?」
「うん。妹の元彼から来た手紙を兄が見る。なんだか波乱の幕開けじゃないか」
冗談は少しドラマの見過ぎだった。
「別にいいよ。一生見ないのも気が引ける」
そういうと即座に棗は封を切った。遠慮ってものはないらしい。
「拝啓、西村雪那様…」
「え、読むの?」
「やだ?」
「やめて」
うん、口をとがらすのもやめて。
そして、棗は黙々と、軽々と、二枚半にもわたる手紙を読み終えた。
「結果、聞きますか?」
「聞きません」
また突っ込みを入れられた。わき腹に無言で。
「なんか、ひたすら謝罪だったよ」
そう言って棗は少しぬるめのビールを一気に飲み干した。
「他の5通と変わらないじゃん」
「他のも読んだことあるよ、でも違う気がする。ほら、自分で読め」
押し付けられた手紙は小さな文字がぎっしり詰まっていた。
「痛い過去で自分だけが苦しんでるなんて、バカなこといつまでも思ってるな」
それはひっくっりかえすと、隼も苦しんでるぞってことだろうか。
「ねぇ、棗も?」
「当たり前だボケ」
その一瞬、棗が兄に見えなかった。のは内緒にしておこう。
「じゃあいつまでもみんなが苦しまないように、私、新しい恋でも始めようかな?」
「ご勝手に」
この不器用な優しい男を好きになるのも、別に悪くない。
捨てるならきっと今だ。
長い間ずっと刺さっていたとげを抜いて、私はいつかまた笑えるだろうか。
恋に笑う日が来るだろうか。
昔好きだった男の幻影に手を振って、私はまた、おつまみを作りにキッチンの明かりをつけた。
棗がつけたテレビドラマはエンドロールが流れていた。
END
約10分ほどで書いた直感型です。