僕だけの星空
こんにちは、こんばんは!
鬼子と申します!
この作品は冬の童話企画用として執筆させていただきました!
楽しんでいただけると幸いです!
あたりには何もない。
街から離れた村に住む牛飼いの娘は、芝生に寝転がりながら柔らかな風を全身に浴びる。
「天気いいなぁ」
牛飼いの娘は独り言のようにそう呟き、雲ひとつない快晴の空を見上げていた。
直後、ザリザリと砂を蹴る音が小さく耳に入る。
牛飼いの娘は人より数倍耳がいい、日常の生活で特に役立ったことはないが、この瞬間だけは少し良かったと思える。
「おじさん!」
牛飼いの娘が芝生から飛び上がり、音の正体を確認したあと、大きく手を振る。
おじさん......牛飼いの娘が放ったその言葉は、一人の足を止める。
「おじさんじゃないだろ!まだ三十代前半だ!」
無精髭を生やし、眉毛は濃い。
口を大きく開けガハハと笑う姿は、とてもじゃないが三十代前半には見えなかった。
「今日も冒険?」
牛飼いの娘は走り出し、冒険者の男の近くまで寄って声をかける。
身長は高く、背中に携えた剣も大きい。
到底、人間が扱えるような代物ではなかった......。
だが、冒険者の男の腕は太く、その剣を振るに値する筋力を有しているようにも見える。
「まぁなぁ、近くでゴブリンが出たってよ。この村は街から街道に出るまでずっと続いてるからな、魔物が出ることは少ないだろうが、嬢ちゃんも気をつけろよ〜」
冒険者の男はそう言ってガハハと笑う。
「で、何してたんだ?また地面に寝転がって空を仰いでたか?」
「地面じゃなくて、芝生ね、芝生!わかる?」
冒険者の男が話した言葉に、牛飼いの娘は腰に手を当てながら頬を膨らます。
「あんまり変わらねぇだろ」
「変わるって!」
冒険者の男はガハハっと笑いながら、そう話す。
この何も生まない、生産性のない会話が、冒険者の男も、牛飼いの娘も気に入っていた。
殺伐と世界で、唯一の楽しみでもあったのだ。
「少し時間あるなら、おじさんも寝転がってみてよ!」
牛飼いの娘はそう話しながら冒険者の男の手を引く。
冒険者の男は苦笑いをして、首を振る。
「悪いが今日はダメだ。明日なら休みを取ろう。約束だ」
冒険者の男の言葉に、牛飼いの娘は落胆し、ゆっくりと手を離す。
「約束......?」
「あぁ、約束だ」
冒険者の男は、牛飼いの娘の頭を優しく撫で、歯を見せて笑う。
鎧が頭にあたり、ガチャガチャと音を立てる。
触れられた感触はいいものとは言えないが、牛飼いの娘は、心が軽くなるのを感じていた。
「夜はダメ......?あのね、あのね、星空がブワァって綺麗なの......」
牛飼いの娘は、冒険者の男の瞳をしっかりと見つめてそう話す。
これに絆された冒険者の男は、あっさりと首を縦に振ってしまった。
「じゃあ、夜。必ずここに来るからな」
「うん、待ってる」
初めての約束。
いつもは声をかけ、少し話をして、見送るだけ。
これは小さくも大きな一歩だった。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「おう、任せろ!」
冒険者の男は歯を見せながら笑い、手を振る。
小さくなる背中を見つめながら、牛飼いの娘も小さく手を振っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
そして夜、牛飼いの娘はあの冒険者が来るのを待つ。
まだ村の近くを通ったのを見ていない。
何かあったのだろうか、まさか......。
嫌な思考に支配される瞬間、それを遮るように声が聞こえた。
「おーい!来たぞぉ!」
右手を大きく振り、ガチャガチャと鎧を擦らせ近づいてくる大柄の男。
間違いない。冒険者の男だ。
「おじさん!」
「待たせたか?」
「待ったよ!何かあったの?」
「依頼と違って、案外数が多くてなぁ。まぁそんなことはいいや」
冒険者の男はそう話しながら、夜空を見上げる。
それに釣られるように牛飼いの娘も視線を上に向けた。
街道の真ん中、一組の男女が夜空を見上げる。
澄んだ空気のおかげか、小さな星がいくつも見えた。
「星が綺麗だ」
冒険者の男はそう呟く。
その言葉に、牛飼いの娘は視線を下げ、冒険者の男を見つめた。
「すごいでしょ?」
「あぁ、すごい」
「もっと綺麗に見える場所があるよ!」
牛飼いの娘は腰に手を当て、まるで自慢をするかのように胸を張った。
冒険者の男はその姿を見て優しく笑い、言葉を続けた。
「なら、案内してくれ。お前がそこまで言う景色が見たくなった」
冒険者の男は無精髭を撫でながらニヤリと笑っていった。
まるで、俺はもっとすごい景色を知っているとでも言いたげだ。
牛飼いの娘はその表情にムッとして、冒険者の男を睨む。
それは勝負心を含んでいるようだ。
「いいよ、案内してあげる」
牛飼いの娘はそう話し、冒険者の男の手を強く引く。
冒険者の男は、牛飼いの娘の背中を見ながら優しく笑った。
そして、周りには何もない芝生の中心に来る。
街道からあまり離れていない、街と村は両方とも視界に収まり、魔物も出現しないだろう。
冒険者の男はそんなことを考えながら、手を引く牛飼いの娘を見る。
「ついたよ!」
牛飼いの娘はそう言って振り返る。
彼女に見られた冒険者の男は警戒を解き、空に視線を向けた。
視界に映ったのは、まるで作り物のように無数の星が輝く空だった。
キラキラ......なんて言葉じゃ言い表せないくらいの絶景と言ってもいいだろう。
「こっち!寝転がってみなよ!」
牛飼いの娘がそう言って、冒険者の男より先に芝生に寝転がった。
あたりは暗く、足元さえ見えない。
冒険者の男はランタンに火を灯し、近くに置く。
そして、牛飼いの娘の隣に寝転んだ。
「これはすごいな......」
「でしょ!」
冒険者の男が呟いた言葉に、牛飼いの娘は嬉しそうに話した。
「ここはね、僕しか知らない場所なんだ。この時間は魔物が活性化するから、みんな家に入っちゃう。こんなに綺麗な景色、見ない方が損だよ」
「魔物が出るなら危険だ。でも、まぁ、言いたいことはわかるかな」
冒険者の男は、牛飼いの娘の言葉を否定も肯定もせずに小さく笑う。
「でもよ、俺も知ったから、お前しか知らない景色じゃなくなったな」
冒険者の男がそう呟くと、牛飼いの娘は眼をパチパチとさせた。
「そうじゃん!うわぁ、失敗した!」
悔しそうにそう話す牛飼いの娘を見つめ、冒険者の男は起き上がる。
「なら、俺が本当の星空を見せてやる」
冒険者の男が言ったその言葉に、牛飼いの娘は素早く起き上がる。
まるで、僕の星空より綺麗なものがあるのかと、そう言いたげな表情をしていた。
そんな表情を見て、冒険者の男はニヤリと笑う。
直後、腰に巻かれたポーチから、手のひらサイズの小さな瓶を取り出した。
牛乳などを保管する用の瓶だろうか。
中にはジャラジャラと一見価値のないガラスの破片や、壊れた鎖などが敷き詰められていた。
「......それは、ゴミ?」
「失礼だな。これは、俺だけの星空だ」
牛飼いの娘の問いに、冒険者の男は苦笑いしながら近くにあるランタンを取り、瓶の近くに寄せる。
直後、ランタンの光を反射させ、中に敷き詰められたものがキラキラと光る。
それは、満天の星空には劣る輝きだが、何故か目が離せなかった。
「綺麗だろ?」
「......うん」
瓶の輝きに釘付けになっている牛飼いの娘を見て、冒険者の男は優しく笑い、話し始めた。
「これはな、良いことがあるたびに硬貨や、キラキラ光る物を一つずつ入れていくんだ。誰も死ななかったら一つ、怪我をしなかったら一つ、約束を果たせたら一つ」
そう言いながら冒険者の男はランタンを置き、瓶の蓋を開ける。
そうして、硬貨をポーチから三枚取り出した。
そして、それを一枚ずつ瓶に入れる。
「一枚目は、今日も無事に依頼が終わった事」
チャリンと音を立て、一枚目の硬貨が瓶に入る。
「二枚目は、お前との約束を果たせた事」
チャリンと音を立て、二枚目の硬貨が瓶に入る。
「三枚目は、この景色を見れた事」
チャリンと音を立て、三枚目の硬貨が瓶に入る。
そして蓋を閉じ、近くにあるランタンを拾い上げ、瓶に近づけた。
「どうだ、綺麗だろ?これはな、俺が作った、俺だけの星空だ」
キラキラ光る瓶を見つめ、牛飼いの娘は微笑む。
それは世界の何よりも綺麗に見えた。
「作ってみるか?」
冒険者の男はそう話しながら何も入っていない空の瓶を取り出す。
そして、それを牛飼いの娘の前に出す。
「作るって......?」
「お前だけが作れる、お前だけの空だ」
そう言いながら、冒険者の男は瓶の蓋を開ける。
「これから先、数年、数十年......嫌なことがたくさん起こる、その中でも小さな良いことを見つけて、一つ、また一つと瓶に詰め込むんだ」
冒険者の男はそう話しながら牛飼いの娘に瓶を手渡す。
初めは瓶に触れることを戸惑っていた牛飼いの娘だが、冒険者の男に手を引かれ、仕方なく瓶を受け取った。
「小さなこと?」
「そうだ。料理がうまくできた。怪我をしなかった、牛が出産をした。お前にとって少しでも良いことを見つけて、少しずつ詰め込む」
冒険者の男はそう話すと、牛飼いの娘は少し考える。
「......嬉しいこと?」
「まぁ、急には難しいよな。なら、一緒に考えよう」
冒険者の男の言葉に、牛飼いの娘は小さく頷いた。
「じゃあ、まず一つ、今日を無事に生きられた。明日の朝は、生きて朝を迎えられた......これで二つ。何か思いつくか?」
冒険者の男そう話しながら、牛飼いの娘を見つめる。
牛飼いの娘は少し考え、口を開いた。
「今日もおじさんと話せた、おじさんが約束を守った、星空を見れた......かな?」
「それで五つだな。何かあるか?小さなガラクタでもいい、多少光る物だ」
冒険者の男の言葉に、牛飼いの娘はポケットを漁る。
でてきたのは、硬貨が数枚と、銀色の髪留めだった。
「よし、五つ以上あるな。なら、それを瓶の中に入れてみろ」
冒険者の男の指示に従い、髪留めと硬貨を瓶の中に落とす。
甲高い音が静かな夜に溶け、ランタンの光で小さな輝きを放つ。
「どうだ、綺麗だろ」
瓶の中の小さな星空を見つめ、冒険者の男の言葉に、牛飼いの娘は頷いた。
冒険者の男は、その表情を見て優しく笑い、立ち上がった。
鎧の音が夜に響き、牛飼いの娘は冒険者の男を見つめる。
「今日は帰るか」
「帰るの?」
「また明日だ」
冒険者の男はそう話しながら優しく笑う。
「また、明日話せる?」
「話せる。約束だ」
牛飼いの娘の問いに、冒険者の男はしっかりと答え、ポーチの中から硬貨を取り出す。
そして、それを牛飼いの娘に投げた。
「うわっと......急に投げないでよ」
「案外反応が早いな。持っとけ、明日会ったら、お前の瓶に詰めろ。それは、明日の星だ」
そう言いながら、冒険者の男はランタンを拾い上げ先に歩き出す。
「明日、絶対に来てね!」
牛飼いの娘は小さくなる背中に声をかけ、右手に握られた硬貨をさらに強く握りしめる。
冒険者の男は振り返らず、右手をあげヒラヒラと軽く振っていた。
それを見て、牛飼いの娘は優しく息を漏らす。
頬は緩み、口角が少し上がる。
「約束......」
牛飼いの娘は、預かった硬貨をポケットに押し込み、別の硬貨を取り出し、瓶の蓋を開けて中に落とした。
蓋を閉めて、星空に翳すように瓶を空に向ける。
「これが......僕だけの星空」
牛飼いの娘は小さく呟き、優しく笑う。
そして、下ろした瓶を大事そうに抱えた。
「明日も頑張ろう!」
牛飼いの娘はそう言って、家族が待つ村まで小走りで走っていく。
きっと、彼女の瓶は、世界で最も美しく、最も大きい星空になるだろう。
僕だけの星空......完
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では!




