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第8話 死者の舞踏

 小石川村研修所。


 小学校五年生の夏休み、森宮 わたると神崎 さやかは、そこにいた。


 二人は別々の班。


 小学校の卒業式。

 体育館で声を合わせて最後の合唱。


 さやかは歌う。

 しかし、そこに、わたるの姿はなかった……


 彼は、卒業式を病院のベットの上で過ごしていたのだ。


 今、神崎 さやかは職員室にいる。

 リズミカルな寝息。


 そして寝言。

「うそつき」そして「大嫌い」と彼女は言った。


 わたるしずくの二人は廊下に出た。

 窓ガラスは、外の風景をうつしていない。その代わり、黒い鏡のように廊下をうつす。


 階段の方から男の子と女の子、小さな人影が二つ。

 たけるとこのはが現れた。


「お兄ちゃん、本当は、受肉した死人なんでしょ」

 たけるは、発声練習のようにファの音階を方で奏でる。


 ガラスが振動した。

 さらに、1オクターブ高い音階で、そして腕を振る。


 彼の腕の動きに合わせ、そして、わたるたちの方へ、順番に窓が砕けて弾ける。


 ガラス片が宙を舞う。


 わたるには、しずくが無防備に見えた。


 宙を舞う輝く凶器。

 細かく砕け、鋭く尖ったガラス片。


 彼は、それらを背中で受けるように。

 そして、しずくをかばうようにして抱く。


 それは、反射に等しい動きだった。


 廊下のガラス全てが割れた。


 床の上に散らばる破片。

 それ以上、ガラスのない窓からはなにも入ってこない。


 外は、暗く、意外なほど静か。

 雨の気配はない……


 それにしても怖いもの知らずな子ども達だ。

 わたるは、思う。


「抱き心地いいでしょ」

 しずくが、彼の腕の中で、ニヤッと笑った。


 慌ててしずくを解放したわたる

 彼の広い背中に残ったガラス片をしずくは、優しく払う。


「こんなことしても無意味だ」

 彼は、そう言いながらふところから数珠じゅずを取り出す。そして構えた。


 覚悟を決めた退魔士には、何を言っても声は届かない。

 この場合、単なる思い込みかもしれないが……


 どうせ、荒事になる。

 なってしまう。


「そんなこと言っても、お兄ちゃん、やる気まんまんじゃん」

 たけるは嬉しそうにグーを前に突き出した。


 床の散らばったガラス片が、わずかに振動したのを、わたるは見逃さない。


 彼は、錫杖しゃくじょうを握り、数珠じゅずを構える。


 油断はしない。

 臨機応変に対応するつもり。

 相手を傷つけないよう細心の注意だってするつもりだ。


 それにしても……


「なんでって? お兄ちゃん、小石川村大霊災の生き残りでしょ? しかも、お兄ちゃんのいた班って……」


 いつも、たけるの背中に隠れるようにしている、このはが顔をのぞかせると、ファの音階を奏でる。


「お兄ちゃん以外、全員死亡。入院中も面会謝絶だったなんて」


 散らばった破片が浮き上がった。

 たけるは、指揮者のように動く。


「受肉した死人が記憶の隙間に入り込むやり口そのものなんだよ」

 男の子が燕尾服を着た大人の男性へ……


 姿をいつわっていた?

 なんの目的で?

 わたるの頭の中に様々な疑問が駆け巡る。


 姿をいつわるが出来る、相当な手練。

 渉は、とにかく、今は、そう思うことにした。


「さて、今宵の観客は、二人。死人のわたるくんと、その使い手、森宮 しずくさん、コンサートの開演でございます」


 拍手喝采の幻聴。


 死人使い。

 そんなものの存在をわたるは、知らない。


「なお、観客の皆さまは、耳をふさぎ、まぶたを閉じ、五感を塞いでも、今宵の音色は、ねじ込みますので、ご安心を」


 わたるしずくは、全身を包み込む大歓声に襲われる。それだけで、わたるは、立っていることがつらい。


 数珠じゅずをしっかり握れ。

 錫杖しゃくじょうで床を突き鳴らす。


「このは、奏でなさい」


 彼女は女の子まま。

 生気がない。

 肌の血色が白く体温を感じさせない。


 ファの音階が上がる。

 上がる。


 音階が上がる。


 黒板をひっかく爪の音。

 耳障りで甲高い嫌な音。


 廊下の壁に亀裂。

 燕尾服姿のたけるの指揮に合わせガラス片が動く。


 白い雲のような塊。

 それが意思をもって、わたるたちを正面から襲う。


 わたるの背中にはしずく


「南無三!」

 わたるの気合い。同時に、錫杖しゃくじょうを体の中心線に沿う位置に置き、そこに全体重を乗せ、そこに念を込める。


 ガラス片が塊となった雲が吹き抜ける。


 渉の頬が切れる、僧衣がガラス片に裂かれていく。


 吹き抜けた一瞬。

 そこで、わたるが前に出る。


 錫杖しゃくじょうは、彼の体重を乗せたまま斜め前に傾く。つま先が廊下を蹴る。


 距離がつまる。


 至近距離、錫杖しゃくじょうの一撃で、たけるの意識を奪う。それが狙い。


 燕尾服のたけるの指揮に合わせガラス片の雲が動く。

 しずくは、それを尋常でない動きで交わしてみせた。


 わたるは、背後での出来事を感覚で知り。

 安堵を覚えると共に「ちぇっ」という舌打ちをしてしまう。


 激しい動きの最中、思考が回る。

 それは、心臓の鼓動が大きくなり、血流が速くなったせいか……


 一瞬が長い。

 彼にとって、それが迷いを生む。


 だから、隙が生じる。


「舞い踊れこのは」

 女の子のこのはが舞う。


 それは、木の葉のようにヒラヒラと、なのにはやい。


 彼女は、いつの間にか両手に刃物を持っていた。

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