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第3話 雫

 彼らは、人に紛れる。

 それが、化け物ならやっかいだ。


 善悪関わらず、彼らは、容易に人になりすます。


 からす神父の問いかけに、少女は動じる気配はない。


 それどころか、

「かーくんたらっ、こんな美人をわすれちゃったの?」

 少女は堂々と言い切った。


 かーくんって誰?

 一堂の脳裏によぎる疑問。


 もちろん、からす神父と少女は、初対面。


 ……のはず。

 わたるは、驚くとともに、何かをかいま見た気がした。


 からす神父の隣にいたシスターは、不機嫌な表情。

 わたるにとって見慣れているはずのそれも、どこか違う色が入っているようだ。


「自分のことを美人ですって……」

 とシスターの方が眉間みけんにしわを寄せている。


 子どもたちはといえば、興味がなさそう。だが、少女と目が合うと、頭を下げるだけのお辞儀だけはする。


 からす神父は、必死に遠い記憶(とはいえ、大学生なので十年ほど前)をさかのぼって、何かと結びつけた様子。なのに、名前がのど元で詰まり、映画はいゆうのような整った顔を少しゆがめ、言葉が出なくて苦しそう。


 少女は、わたるの背中をたたいた。

「遠い分家のしずくです」


 遠い分家ってなに?

 わたるによぎる疑問も、皆はスルーをする様子。


 からす神父とシスター、そして、男女の子ども二人、彼らの頭の中では、森宮もりみや しずくという名が浮かんでいた。


 からす神父は、何かに思い当たった。

 彼は、良い笑顔をする。

 異性なら彼のその評価にほほを赤らめてしまう。

 そんな人当たりの良い笑顔を見せた。


「昔、わたるくんとよく遊んでた、あの女の子」


 などと言い出すが、わたるには、そんな幼なじみはいない。なので、彼は、あわあわとするが、しずくは、

「そうそう」

 などと、臆することなく能天気に返事した。


 わたるは、その度胸に関心しながら、ハラハラしてしまう自分を不思議に思う。


 思い出。

 誰のそれも、曖昧な部分がある記憶。

 空いた隙間は、気がつけば、別の何かが補完していく。


 そんな誰しもが持っている大切な思い出。


 その隙間に、しずくが染みていく。


 からす神父は、とても自然に、慣れた手つきで、

「久しぶり、ずいぶんと綺麗になって」

 としずくの方へ手を差し出した。


 あいさつで握手。

 日常では、実は、あまりない光景も、からす神父がすると、やらしさはなく、当たり前に見えてしまう。


 キザなセリフや態度にやらしさがない。


 女性なら誰もが尻尾をふるはずの握手も、くうを切った。


 代わりに、わたるの背中に二度目の衝撃が走る。

 パンパンとお気楽で重い音。


 しずくは、わたるの都合などお構いなしに、力一杯だ。


「ほら、君は、もっと堂々となさい」


 彼女が歯を見せて笑う。


 祭の夜。

 人混みから離れた場所。

 例えば、立木をはさんだ、屋台の裏。そこに流れる空気感を思わせる雰囲気。


 雑踏を背景に流す、その場の雰囲気は、楽しさの中に緊張がある。


 そこに一人、たたずむと……


 暖かな空気の中に、孤独を感じ、優しさを恋焦がれ、触れ合い求めてしまう。


 だから、わたるは、彼女に苦笑いをしてしまう。


 その彼の様子にシスターが眉を動かす。

 実は、彼女、わたるの同級生で同じ教室に席に並べる間柄だ。


 神崎かんざき さやかは、わたるとの関係は良好ではない。


 神崎かんざき さやかは、わたるが嫌いだ。


「そんな根性なしに、期待しても無駄よ」

 彼女の声は、小さいが、氷のように冷たく尖っていた。


 しずくは、なぜか、とても嬉しそう。

「さやかちゃんたら、わたるから、聞いていたとおり、かわいい」


 さやかの片眉が二度、ひくひくと小さく動く。

 とても器用。


 その無自覚な反応は、ちゃん付けで呼ばれたからか……

 それとも、わたるが、彼女のことをどう話したか……


 そのどちらか片方? それとも両方?


 それは、さやかですら、知らないことだ。


 彼女は、それでも馴れ馴れしい、しずくの態度には釘をさすようで、

しずくさんだったかしら、姓は森宮? どちらでも良いけど、初対面よね」

 と、なぜか、腰に手を当て、仁王立ちをしてみせた。


「あらあら、初めまして、さやか()()()

 しずくの方も、胸を張る。


 セーラ服の胸の丘にあったリボンが風に流れた。


 子どもたちのヒソヒソ話。

「さやかお姉ちゃんの負けだよね」

 男の子の声。

 女の子は、ウンウンとうなずいた。


 さやかが、子どもたちをにらむ。

「たける! このは!」


 彼と彼女は、からす神父の影に素早く隠れた。


 からす神父は、手を叩いて、場の空気を正す。

 ピーンと張った緊張が戻ってきた。


「まあまあ、あいさつは、ここまでということで」


 彼は鍵を取り出すと、校門の錠前を外した。


「邪をはらい、場を整える」

 校門の重い扉。ガラガラと戸車の音をたてながら、からす神父は、その扉を押していた。


 それを、わたるも手伝う。


 地面に打たれたコンクリートに二本のレールが現れる。


 扉は名一杯まで開かれると戸当たりにぶつかった勢いでガタンとなった。


「空気をはらい清める。小一時間程度の簡単な仕事です。直ぐに終わらせて帰りましょう」

 からす神父は言った。


 夜の中学校に渉たちが入る。


 彼らが全員、敷地に足を踏み入れて、しばらく、背後で校門が閉まる音がする。


 ガチャリ……


 錠前の音。


 中学校の玄関から人影が出てきた。

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