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壁の神話

作者: 雉白書屋

 箱のような部屋があった。

 白く、全方位が壁。入口がなければ出口もない。

じっと見つめているとそれが上なのか横なのか

自分がどこにいるのかわからなくなるといった錯覚に陥る。

照明がないのに適度に明るい。壁自体が発光しているかのよう。

 彼はそこにいた。膝を抱えてたったひとり、裸で座っている。


 起床したばかりの時のように頭の中がぼんやりとしていたが

それは時間が経っても変わることはなかった。

 そもそも彼は時間の概念を知らない。

 そして睡眠も必要としない。

 飢えることもなく、排泄も、何も知らない。

 たまに立ち上がってみるものの何をしたらいいのかもわからない。

 壁を触ると、その感触を珍しがるような、そうでもないような、ただぺたぺたと触った。

たまに蹴ったりもした。殴りもした。体当たりしたり、舐めてもみた。

声を出し、手を叩き、その音を確かめるような真似もした。

部屋を歩き、走り、ジャンプし、そしてまた座った。

 

 色々試した彼はそのうち自分の手を眺め始めた。

 傷一つない手だ。壁を殴っても痛みはなく、血も流れなかった。

グッと手の平を指で押すと赤みが差した。でもまた白くなった。


 そして、彼はこんな風なことを思った。

 もしも、この赤みが手の全体に広がったら?

 この指がもう一本増えたら?

 皮膚の下のこの青い血管がもっとたくさんあったら?


 無論、彼は『手』も『指』も『赤』も何もかも知らない。

こんな風なこととはそういう意味だ。そのうち自分で名付けるが今は何もない。

 やがて彼は、その『もしも』ばかりを想像するようになった。

 指だけの生き物。

 その歩き方や移動速度。性格、生態。毛虫やイソギンチャクのような姿を。

 自分の顔を触り、口というものの形を理解したら

その想像上の生き物にも口をつけた。

 やがて鼻や耳。目もつけた。

 他にも想像した。

 足だけの生き物や手だけの生き物。

 部屋を飛び回るものや壁に張り付くもの。

 

 彼は想像し続けた。他にすることは何もない。

想像物を合わせ、離し、また新たな物を思いつき、色を生み出し、世界を想像した。

とは言え、素材となるのは自分の肉体だ。

ここにはそれしかないのだから、そうなる。

ゆえに想像した世界は地面も空も木も生き物も肉肉しい、悪夢のような世界であったが

この部屋のように固い地面を想像しなかったのは

彼がこの部屋を嫌悪していたからだろうか。


 彼が想像した生き物たちはそこで自由に暮らした。

 つまり食い、争い、繁殖し続けた。

やがて滅び、それを繰り返しては彼はその過程で新たな色や概念を想像した。

 

 途方もない時間。彼はただ座ったまま想像し続けた。

 想像の世界ではありえないなんてことは存在しない。

 こういうことがあればこういうこともあるはずだ、と

そうやって彼は鉛筆でマス目を書いてはそれをまた塗るように

可能性と想像を広げていった。


 そして知性の無い、半ば機械的であった彼の想像物たちは自我なるものを持ち始め

他の者と会話などコミュニケーションを取り、成長し続けた。

無論、争い合うこともあったが、彼らは破壊よりも遥かに多くのものを創造した。

 彼はそれに時折『こうしたらどうなるか』など実験するようにちょっかいをかけたが

そのうち、手を加えずただ眺めるようになった。

 彼がこの部屋で最初に抱いた感情『退屈』は感じなくなった。







「完成ですね、博士……」


「ああ、完璧な不老不死の人間だ」


「彼は今、あ、壁を叩き始めましたが」


「問題ない。彼の皮膚は頑丈であの程度で怪我をすることはない。

おまけに回復力も凄まじい。食事も睡眠も必要なく、完璧な存在だよ」


「ふふ、まさに神様みたいですね。それで、彼は今なにを考えているのでしょう?」


「さあな。実験体だ。知識も何も入れてない。

無垢な赤ん坊のようなものだからな。想像もできんよ。

その壁がマジックミラーでその向こうから我々が見ていることも想像つかないだろうな」





 長い長い旅路のような世界の創造と観察の果て。

その会話を想像をした彼は今、ハッと目を見開いて立ち上がり、壁に手を触れた。

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