犯罪者ギルド『白い教会』に捕まってしまった!
「……ですから……」
「……ああ……」
暗い世界の中でぼんやりと誰かの話し声が聞こえてくる。
「……そこは治安が悪い。それにあいつらはだいぶ好き勝手やっていて四方から恨みを買っている。暴漢の仕業と思われるだけだろ。」
少しずつ頭がはっきりとしてきた。
「こいつ起きんの遅えな。」
ペしゃっと冷たい液体を頭にかけられた。エラは目を開いた。
視界の中に飛び込んできたのは金髪にバンダナを巻いたノドムの青年だ。青年がコップを机に置いた。コップの中にあった水をかけられたらしい。エラはやっと、意識がはっきりしてきた。
暗いどこかの建物内にいた。そこには何人かの人がいて、大半は男だ。そして、エラの手前には大きな机を挟んで、あのバンダナ頭の青年がいた。青年は椅子に腰掛け、足を机に乗せていた。たしか『針鼠』と名乗っていたか。近くから見ても針鼠はやはり細身でエラと同じくらいの身長だ。そこらを歩いていてもなんら違和感のないただの若者だ。だが、さっきの惨劇を目の当たりにしたエラには針鼠が怪物のように恐ろしく思えた。
エラは椅子に座って眠っていたらしく、思わず立ちあがろうとした。だが、体が動かない。
エラの手足が椅子に縛り付けられていた。エラが動くと、周囲の人々は警戒してどよめいた。エラはすぐに自分の醜い顔を思い出し、顔を隠したくなったが、腕が動かない。これでは見せしめのようだ。恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じた。
人々が動揺している中で針鼠だけが面倒臭そうにため息をつくと、「おい。」と隣にいた茶髪のノドムの男に声をかけた。茶髪のノドムは何も言わずにうなずくと、エラがさっき街で顔を隠すのに使っていたカゴを取り出し、エラにかぶせた。
「お互いこっちのがやりやすいだろ。」
針鼠は心底面倒臭そうに言った。エラは無性に嫌悪感を感じた。周囲の人間もそうだが、今目の前にいる針鼠が特に嫌悪感が強かった。人をまるで人のように扱っていない。他人なんてどうでもいいようだ。
そういえば、最後に路地で気絶したとき、腹に強い衝撃が走った。針鼠はエラを殴って気絶させたのだ!
「……ここはどこ?」
「うるせえ。」
「……わ、私を殴っ」
「うるせえ、静かにしろ。質問をするのは俺だ、女イシ。」
針鼠はエラをつまらなそうに見た。特段、彼は凄んでいる訳でも威嚇している訳でもない。ただ、少しでも針鼠の気分を害せば殺される、とエラは直感した。それだけの威圧感が彼にあった。
「名前は?」
「……エラ・ド・ホール。」
「ホール……?ああ、あの没落貴族か。」
「……。」
「お前のその顔、女王の呪いか?」
エラはうなずいた。周囲は再びどよめき、針鼠は満足気な笑みを浮かべた。
エラはここでようやくある事に気がついた。『歩く月』の男達と針鼠との会話で言っていた事だが、確か、針鼠は犯罪者ギルド『白い教会』のリーダーらしい。
(針鼠は一年前に死んだと『歩く月』の男達は言っていたわ。でも、もし、今目の前の針鼠が本物の『白い教会』のリーダー『針鼠』だとしたら、ここにいる人達は『白い教会』のメンバーって事…?)
エラは思わず唾をのみこんだ。エラは今、凶悪な犯罪者集団に囲まれているのだろうか。
「ねえ、私を一体どうす……」
ガンッ!!と針鼠が乱暴に机を蹴った。
「おい、質問していいのは、俺だけだ。何故弱小貴族のお前が女王の呪いを受ける?女王に会えるのは限られた人間だけのはずだ。」
針鼠の理不尽さへの憤りと恐怖で頭がパンクしそうになった。エラは最大限の自制心をもって震える体を抑えた。
エラはここまでの経緯を話した。姫との偶然の出会いから『お世話係』になった事や、ダンスパーティーに行った事、そこで、レナードとの仲を疑われて女王を怒らせてしまった事を話した。
「この呪いは『体の大切だと思っている部分を徐々に奪っていく呪い』だと女王様はおっしゃっていたわ。最後には髪の毛一本残さずに奪われて、存在していた事すら誰も思い出せなくなるって…。こ、こうしている間にも、私から何か大切な部分が奪われているのかもしれない!目には見えなくても体の中で何かがなくなってるのかもしれないわ!こ、こんなのいっそ死んだ方がマシよ!!」
最後にはエラは目に涙をためて吐くように言った。
しんっ……と静まり返る。
エラはもう大勢に見られている事なんて気にせずこの場で大泣きしてしまいたかった。だが、ホール家の娘であるというプライドがそれを許さなかった。
「ここにはお前達貴族に恨みがある奴ぁ沢山いるんだ。同情なんてしねえぞ。」
針鼠は相変わらず、どうでもよさそうな表情だった。
(貴族に、恨みがある……?)
エラは周りを見渡す。皆真顔で何を考えているのか読めない。
「なるほど、確かに昨晩から女王の様子がおかしいという情報は入っていた。フィンドレイ家の息子がそんな事になってたってんなら合点がいく。これは良い話を聞いた。まだ、一部の人間にしか知らされてないんだ。」
針鼠は余程エラの情報に満足したのか嬉しそうにニヤニヤしている。
「レナード・リー・フィンドレイと言えば女王の『お気に入り』の一人…だったよね?まだ若いのに、死んでしまうなんて……。」
茶髪に青い瞳の女の子が悲しそうに俯いた。ノドム程ではないが耳が尖っていて、優しそうな顔つきだ。一見子供に見えるが、4頭身のホビットでおそらく見た目程若くないだろう。エラはこの女性だけはまだ話が通じるように感じた。
「ただの『お気に入り』じゃない。フィンドレイ家の次男と言えば、あのマクファーレン校主席で、しかも金髪美青年という女王の好みドンピシャの男だ。おまけに年齢の割に人格者だったらしく、不安定な女王にとって精神的な拠り所になっていたそうだ。それを昨日女王自らの手で殺してしまった!これほど愉快な事があるか!」
針鼠はケラケラ笑っている。ここにいる大半の人間が針鼠と同様に笑った。一方で数人はホビットの女性と同じように微妙な表情でいた。この組織も一枚岩ではないようだ。
「しかも時期が良い! 嫌な事は立て続けに起きた方がダメージが大きいだろ? ここで俺たち『白い教会』が計画を実行すれば、奴は立場だけでなく精神的にも追い込まれるはずだ。それに、あの腰抜けのフィンドレイ公爵も息子が殺されたとあってはさすがに黙ってないだろ。接触を図る価値は十二分にあるはずだ。」
エラは息をのんだ。
_俺たち『白い教会』
針鼠はそう言った。
やはり、エラを拉致した彼らは『白い教会』___つまり、国を揺るがす犯罪者集団だったのだ!
「あ、あなた達『白い教会』なのね?あの、犯罪者ギルドの……」
エラは頭が混乱して咄嗟に思った事を口にしてしまった。
「……『犯罪者ギルド』……?」
さっきまで様々な反応を見せていた全員が一斉にエラを凝視した。
エラは口を抑えて顔を真っ青にした。
「『白い教会』は犯罪者ギルドなんかじゃ……!……ううん……他の人たちから見ればそんなもの、だよね……。」
ホビットの女性が悲しそうに顔を曇らせた。ホビットの女性の肩にもう一人の女性が手を乗せた。
その女性は黒髪黒目の___エラと同じイシ族だった。イシの女性は髪を短く切っていて男の服を着ていた。エラよりも随分背が高く一瞬男かとも思ったが、豊満な胸が彼女の性別を主張していた。
「『白い教会』は正義のギルドだ。犯罪者ギルドなんかじゃないさ。」
(……?)
エラはあれ、と思った。イシの女性の声に聞き覚えがあった。しかし、どこで聞いた声だったかが思い出せない。
「私達は女王の_今の王政府の蛮行を止めたい。」
「……蛮行?」
イシの女性は頷いた。
「6年前女王が王位について以来、増税に増税を重ねて、多くの平民が苦しんできた。特にここロウサでは慢性的に食糧が不足している。とりわけパンの急騰には多くの人々が苦しめられた。しかし2年前の歴史的な小麦の不作に見舞われた時、王政府は構わず民から金を巻き上げた。」
「……」
「どれだけ多くの人間が餓死したか、パン一欠片を手に入れるのにどれだけ苦労したか、お前達貴族は知らないだろう!私は2年前母さんを失った!たった一人の家族だったのに!」
イシの女性は怒りで目をカッと開いてエラを睨んだ。エラは絶句した。周囲の人間も憎々しげにエラを睨んでいる。
エラは平民の暮らしがそんな状況になっている事を知らなかった。気にもしなかった。毎日、如何に貴族の娘として立派に振る舞うか、そればかりを考えて生きてきた。
エラはイシの女性や他の人々の視線が耐えられなかった。
「そして、今、女王は南の国ヒートンと大きな戦争をしようとしている。今までにない、とても大きな戦争を、だ。とんでもない事だ。民はいまだに困窮した生活を強いられている。それもお構いなしに、王政府は自由なギルドを廃し、兵力増強のためにまた新たな税を課した。これ以上は限界だ。私たちは女王を止めなければならない。」
「そ、それって……!」
エラは緊張で胸がバクバクと鳴った。
「___『白い教会』は犯罪者ギルドじゃない。革命軍だ!!」
「!!」
エラは雷に撃たれたような衝撃が走った。
犯罪者ギルド『白い教会』。
彼らはただ悪事を繰り返すだけの犯罪者集団などではなかった。
彼らは、本気で国をひっくり返そうとしているのだ!
「あ、あなた達は、女王様をこ、殺そうとしているの?」
「ああ、そうだ。」
エラは頭がおかしくなりそうだった。もし、本当に万が一彼らの革命が成功すれば、国は今とは全く違う形に生まれ変わってしまうかもしれない。この国が変わる?ありえない!
「そんな……ありえない……。王家やそれに近しい人々は女神様の血を受け継いでるのよ? そんな方達を弑してあなた達ただの平民が万一政権を握った所で、他の民や貴族は従わないわ。貴族達が政権を巡って争いを起こし、国が崩壊するだけよ…。平民による反乱の可能性だってあるわ。あなた達は今度は同じ平民同士で殺し合う事になるかもしれないのよ?」
「__『白い教会』はただの平民の集まりじゃないさ。いや、私達はそうなんだが……。」
イシの女性は首をふった。そして、ここまでの長い話の中でようやく初めてエラから視線をはずし、顎である方向を指した。エラはその方向を見る。
その先には針鼠がいた。針鼠はやはり、全てがくだらない、という表情でおもちゃの短剣を手の平で回転させていた。
「針鼠はこの国、ローフォードの王子だ。」
「………………………え?」