導入ここまでです!長くてすみませんでした…汗
「レ、レナード様……?」
女王の手には魔法の杖が握られていた。床に転がるレナードの首からドクドクと赤黒い血が流れていた。
_レナードは女王の魔法で首を掻っ切られたのだ!
レナードはピクリとも動かない。大貴族の子息が倒れているというのに、その場にいる誰もが動こうとしなかった。皆、目の前の惨状が理解できずに凍りついている。
だが、レナードに駆け寄るまでもなく、彼の首からもう手遅れな程の血が溢れ出ている事が分かった。
女王は今度は杖をエラに向けた。エラは咄嗟に逃げようとした。
「衛兵!」
女王は警備していた兵士たちに怒鳴った。兵士達は慌てて、エラを取り押さえた。周りの貴族達は信じられない物を見たという表情で固まっている。
「レナードを最初から誘惑する気だったのね。だから、下級貴族でありながら場違いのパーティーに来たんだわ!」
エラは自分の体内にある、ありとあらゆる全ての物を吐き出しそうになった。呼吸が乱れて身体中に酸素が行き届かず、頭がおかしくなりそうだ!
レナードの事を嘆いている余裕は今のエラにはなかった。自分自身の生命がおびやかされる恐怖だけがエラを支配していた。
「そ、そんな……。私がレナード様とお会いしたのは偶然です..….!ひ、姫様が!!偶然私とレナード様を引き合わせただけで……」
「……姫が……?」
この時、ようやく初めて女王はエラの言葉をまともに聞いた。
怒りで我を忘れていた女王は初めて『恥』という感情が表情に表れた。そもそもレナードと女王は公の関係ではないのだ。レナードを他の女にとられて怒り狂っていたが、それは醜態以外の何ものでもなかった。
更にそれが元を辿れば自分の娘が引き合わせた事が原因とあっては恥晒しもいいところだ。
女王は正気を取り戻したかのようにゆっくりと周りを見た。
貴族たちは皆奇異な物を見つめるような目だった。珍しい大型動物でも見物しているようだ。
女王は貴族たちの中からやっと自分の娘を見つけた。姫はこれ以上にないくらい顔を真っ青にした。
「そんなの嘘よね?」
「……!」
「仕方なく……そうよ、脅されて仕方なくあの女に紹介したのよね?」
「あ……あの……」
姫は今にも倒れてしまうんじゃないかという程、弱々しく震えていた。長年親しくしてきた友人が目の前で倒れているのだ。しかも、このままではもう一人の大切な友人も失ってしまうかもしれない。
もちろん、姫は本当の事を話そうとした。自分がレナードと仲がよかったから、偶然彼をエラに紹介しただけで、エラはそれまでレナードの事を知らなかった。
そもそも姫は女王の『お気に入り』の存在を知らなかった。姫は近親者なのでレナードとは何度も遊んだり、お茶したりしてきた。だが、女王とレナードが直接話しているのを見た事がなかった。やっと、今の話を聞いていて、女王とレナードが何か特別な関係にあるのだという事を察したのだ。
姫はうるむ目をしばたたかせ、そして、口を開いた。
しかし、姫が何かを言おうとする前に女王は静かに言った。
「私に、恥をかかせないで。」
この瞬間、姫の中に迷いが生じた。
_姫が本当の事を言ったら、女王はどうなるのだろうか。自分の物でもない男が他の女と仲良くなって怒り散らした挙句、大貴族の子息を手にかけたのだ。的外れな言いがかりをつけて。
そんな話が広まったら今度こそ女王は周りの貴族から白い目で見られる事になるだろう。
その時、姫の目の前の世界が変化した。
女王が手のつけられない獣から一人の小さな子供に変わったのだ。むしろ、恐ろしい獣は周りの貴族達だった。
女王が_自分の母親が、獣に囲まれて子供のように寂しく震えている。自分のせいで、あるいは今から言う自分の返答のせいで、獣達は母の弱い部分に噛みついて母を苦しませ次第には全てを飲み込んでしまう。そんなふうに感じたのだ。
姫は震える声で言った。
「……は……はい……そうです、お母様……。」
「……!!!」
「なんてかわいそうな私の子!この女は恐れ多くも私の娘に友人を引き合わせるように強要した挙句、その責任を姫に押し付けようとした!!」
その途端、一気に場の形成が逆転した。
この場の『悪者』が、言いがかりをつけて怒鳴り散らす女王から、姫を脅して罪をなすりつけようとしたエラに変わったのだ。
貴族達の目の色が変わった。
「まあ、なんて傲慢な女なの!」
「この売女!」
「死んでしまえ!!」
皆ここぞとばかりに口々にエラの事を好き放題罵倒し始めた。
まず、元々下級貴族がこのパーティーに参加しているのが気に食わなかった者や、女王に気に入られたい貴族達が口汚くエラを罵った。
次第に、周りに同調して様子見したい者、『悪者』を排除して気分良くなりたい貴族らも加わり、その場の貴族達が一斉にエラを攻撃し始めた。
「……わ、私は……悪くないわ……。」
エラは罵声の中力なく呟く。
「この悪女を育てたホール家の連中もロウサからつまみ出してしまえ!!」
「…………叔父様達は何も悪くないわ……。」
大切な肉親の恐ろしい罵倒まで聞こえてきて、エラは思わず耳を塞いだ。力なくその場でへたり込んだ。
「衛兵!」
女王が再び叫ぶと、兵士達がエラの両腕を抱え込み無理やり立ち上がらせて抑える。さっきまで意気揚々と罵倒していた貴族達が一斉に口をつぐんだ。緊張感が一気に高まる。エラは身体中から滝のように汗が流れた。
「呪ってやる……!思いつく限り、最も恐ろしい呪いをかけてやる……!」
女王が「エラ・ド・ホール」と言い放つと、彼女の持っている杖がポウッと禍々しく紫色に光る。女王が何事か理解できない言葉を放った。
突然、エラの視界が真っ暗になり、何も見えなくなった。
身体中が熱い!!
しかし、それもすぐに収まり、次第に、闇が晴れた。
エラは自分に何が起きたのかわからなかった。痛みはもう何もない。普段のように手も足もついている。黒い髪は相変わらずふわふわとついているし、息もできる。
_女王の魔法が失敗したのか?
一瞬エラの中に希望が生まれた。しかし、周りの貴族達はエラを見て唖然として固まっている。
女王はエラをみて愉快そうに鼻をならすと、また、理解できない言葉を呟く。すると、そこら中のテーブルの上に置かれたグラスの中から液体だけが浮き上がって、エラの前に集まり出した!液体は集まるにつれてだんだんと透明感を失い、鏡のように目の前にあるものを映し出した。
エラは、絶句した。
鏡の中には、周りの貴族達やホールが映し出されている。ならば、その中心には、他でもない彼女自身の顔が映るはずだった。
しかし、__
それは、到底、人の顔とは思えなかった。
「___アア……ァ……あ………!」
エラは絶叫した。
顔には無数の切り傷が刻まれ、皮膚が所々焼け爛れたように捲れ上がっていた。彼女の本来の美しい顔を知っている者なら、今の顔を見て息を呑まないものはいないだろう。
「……ァ……あ……」
エラはその場で崩れ落ちた。女王は心底愉快なものを見る目でエラを見下ろした。
「いい気味。豚でももっと可愛げがあるかしら。その呪いはね、体の大切だと思っている部分を徐々に奪っていく呪いなの。最後には髪の毛一本残さずに奪われて、存在していた事すら誰も思い出せなくなるわ。」
固まっている兵士たちに女王は怒鳴り声で命令した。
「何をしているの!この者をフリン牢獄の地下深くに閉じ込めてしまいなさい!最期まで死なせないように。ああ、でも人間の食べ物なんて与えてはダメよ。この女狐には畜生の餌で十分だわ!」
兵士達は冷や汗をかきながら女王の命令に従う。
エラは声を失った訳ではないが、もはや声が出なかった。
抗う力もなく、兵士たちに引きずられるようにホールの外へ連れて行かれた。
ホールを出ると、一台の車がエラ達の前まで走ってくる。車輪のついた台の上に腰掛けと、鉄格子でできた小さな牢屋が乗った簡素な作りの車だ。馬のような引き手はやはりいなくて、魔法で勝手に動いている。エラはその牢屋の中にぶち込まれた。兵士も車に乗ると、動き出した。
エラはその中から、自分がロウサ城の入口を抜け、上級街まで移動しているのを眺める他なかった。現実を受け入れきれず、涙すらでなかった。
上級街のはずれまで車を走らせた頃、遠くの方に大きな建物があるのが見えた。エラは初めて見るが、あれが女王の言っていた『フリン牢獄』なのだろう。フリン牢獄はエラでも名前だけは聞いた事がある。生きて出てきた者はいない『死の牢獄』だそうだ。エラは身震いした。まさか、そんな恐ろしい牢獄に自分も入る事になるなんて!
しかし、牢獄よりももっと今自分がかかっている呪いの方が何十倍も恐ろしい。女王は『体の大切だと思っている部分を徐々に奪っていく呪い』と言っていた。大切なものを奪っていく?最初に奪われたのは顔だ。エラにとって今一番大切なものは顔だったのだ。また、時間が経てば、エラの、2番目に大切なものが奪われるという事なのか。それが、数年後かもしれないし、明日になったら、もう既に全てが奪われて、皆誰もエラの事を思い出さなくなっているかもしれない。
_ああ、死ぬんだ、私!
エラはようやく、今ある現実を受け入れて、わっと涙がこぼれた。
信じられない! ちょっとレナードと仲良くしただけで、この仕打ちはあんまりだ! しかも、周りの貴族はさも当然という目で見過ごした! エラをおぞましい言葉で罵った!エラが彼らに何をしたというのか!
それに姫は嘘をついた! エラを悪者に仕立て上げたのだ! 優しい方だと、信じていたのに! 友達になろうと言っていたくせに!
エラは腹の底から叫んだ。泣いて、泣き喚いた。こんなに泣いたのは幼い頃以来だった。
「おい、静かにしろ!」
兵士が注意する。兵士は槍の柄でエラをぶった。それでもエラは泣き止まない。兵士はもう一度エラをぶとうとする。
しかし、その時、異変が起こった。
「?なんだあれは。」
徐々に近づいて見える建物はフリン牢獄のはずだ。しかし、そのフリン牢獄が今、赤く光っていた。エラも兵士も目を疑った。エラはよくよく目をこらしてフリン牢獄を見た。
_違う、燃えているんだ!!
状況がわかってもなおエラは自分の目を疑った。フリン牢獄は国で最も大きく、恐ろしい牢獄だ。エラでもその名を知っているくらいだ。それが、今、目の前で燃えているのだ!
「スピードをあげろ!はやく!」
兵士が怒鳴ると、車輪が速度を増した。あっという間にフリン牢獄の前まで走った。しかし、どんなに近づいても牢獄は確かに燃えていた。そして、牢獄の兵士達の声か、やたらと叫んでいる声が聞こえる。
「賊だ!襲われてるんだ!……くそ!」
エラをここまで連れてきた兵士は叫ぶと、牢屋にいれられたままのエラを残して、牢獄の方へ走っていった。状況を把握しに行ったのだろうか。
エラは怖くなった。こんな所に一人になっては、その悪い賊に殺されたりしないだろうか。もし、そうじゃなくても、牢獄の火が飛び火してエラの牢屋が燃えてしまったりしないだろうか。
しかし、すぐに、誰かがやってきた。兵士じゃない、一般の女性のようだった。フリン牢獄の方から走ってきたので、火をつけた賊の一味に違いない。
その女性はエラに気がつくと、すぐに近寄ってきた。
「その顔……。女王の仕業か。なんて冷酷な……。……とにかくお前も出ろ!」
女性は牢屋の木でできた簡素な錠を、短剣で乱暴に壊して扉を開けた。エラに対して攻撃するそぶりはなさそうだった。それどこか、彼女はエラを逃そうとしてくれているようだった。
だが、エラは動かなかった。
「どうした。兵士がくる前にさっさと逃げた方がいい! それとも、大人しく捕まって死ぬまでここで残酷な仕打ちを受けたいのか?」
女性は訝しげにエラを見た。
「で、でも、ここで、模範的な生活を送っていれば女王様が許してくださるかもしれない……。」
エラは震える声で言った。思い切って逃げる勇気がなかった。今の状況は女王の思い込みと勘違いによるものだ。もしかしたら、女王が一旦冷静になってくれさえすればもう一度弁明するチャンスが巡ってくるかもしれない。この呪いも解いてくれるかもしれない。しかし、ここで逃げてしまえば、今度こそ本当に国の反逆者になってしまう。
女性は心底、がっかりしたようにため息をついた。
「あの人面獣心女が、普通の人間のように他人を許すなんて思考は持ち合わせていないだろ。お前は最後のチャンスを逃して、後悔しながらここで朽ち果てるだけだ。」
「で、でも……」
「ここにいるかどうかはお前が決めろ!私はもういく!」
「待って!」とエラは叫んだが、女性は振り向かずにさっさと去ってしまった。
女性の後ろ姿とは少し右の方角から、さっきの兵士が戻ってくるのが見えた。兵士が、あっと声をあげた。エラの牢屋が開いている事に気がついたのだ。緊張でうるさすぎるくらい胸が鳴った。
気がついたら、エラは走り出していた。「待て!」と兵士が叫ぶ。兵士の手が伸びてくる。すれすれの所でエラを掴み損ねた。エラは一瞬転びそうになったが、片足で踏ん張る。いつの間にか履いていた靴が片方なくなっており、もう片方の靴を投げ捨てた。
エラは自分がどこに向かっているのかも分からずに、人生で初めて、全力で走った。
<作者フリースペース>
ここまで読んでくださってありがとうございました!
とりあえず今回はレナードの解説入れときます↓
レナード・リー・フィンドレイ(19)
大貴族フィンドレイ家の次男。長めの金髪を後ろで縛っていて、赤目。耳の長いノドム族の青年。ノドムは感情が耳の動きにも表れるけど、姫と比べて耳が動く描写をあまりいれていません。ポーカーフェイスならぬポーカーイヤーです。ちなみに、エラの紹介で入れ忘れましたが、エラも19歳です。同い年です。今回の物語のイケメン枠になるかと思いきや、導入でリタイアする形となってしまいました…汗。一応この後ヒーロー(?)ポジションのキャラが出てくるので楽しみに(?)していてください。
一点だけ、レナードがエラの手の甲にキスをしたシーンなのですが、もしかしたら引っかかる人もいるかもしれません。レナードは冷静で頭が良いキャラなので、普段の彼ならば、絶対に女王が見てるかもしれないような状況でキスしないはずです。何故その時はキスしてしまったのか、彼のそれまでのセリフや表情の描写とかで察してくださると嬉しいなと思います…汗