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レナード様って失礼な方!

 レナードはエラに手を差し出していた。が、


「どうされました?」


「……あなたとは踊る気になれません。」


 エラはプイっとそっぽを向いた。


(話がつまらないだの、ダンスが酷いだの、…本当の事かもしれないけど、直接言う事ないじゃない!しかもヘラヘラと笑いながら!)


 気弱なエラにだって、言われて癇に障る事はある。それに、面と向かって侮辱されてもなお相手に媚びへつらうのは、ホール家の娘としてのプライドが許さない。


「男女二人でペアになっているのに踊らずにいるのは不自然ですよ。」


「それなら、ペアを解消すればいいだけの話です。レナード様だって、ご学友の元に帰って話に花を咲かせていた方がとても有意義な時間になりますわ!」


「もう、パーティーも終盤ですから、俺の友人も他の貴族達も皆相手を見つけて踊っているはずです。お互いにこの曲が終わるまでぼうっと立っている事になりますよ?」


「結構です。」


 エラがさっさと去ろうとする。


「まあまあ、そう言わずに。」


 レナードは慣れた手つきでエラの腕を軽く掴んで引き戻し、重心を動かしてダンスの体勢に戻してしまった。


(……なんて強引なの……!?)


 レナードは最初にあった時と同じ爽やかな笑顔でいるが、すっかり印象が違って見えた。この男は猫かぶっているだけで、本当は自分勝手で失礼だ。優秀な分、たちが悪い。さっきまで感心していた自分が馬鹿らしくなった。


 弦の音色が軽やかに三拍子のリズムを刻む。


 周りの貴族の目がある。これ以上騒いでもみっともないだけだ。

 仕方なしにエラは前へ後ろへ体を動かし始める。


「ダンスなんてうまくなくて良いんです。今この場の主役は音楽です。踊り手はただの装飾音符にすぎない。」


 レナードはうっとりと目を閉じて曲を聴く。

 この曲_『愛の歌声』は、同じ楽器で、同じ演奏者が弾いているはずなのに今までの曲とはどこか雰囲気が変わっているようにエラは感じた。


「……何故私が音楽が好きだと思ったのですか?」


「なんとなくです。あたってましたか?男の勘も馬鹿にできませんね。」


「……。」


 レナードはハハッと笑った。


「他のワルツの曲は三拍子の一音目が強調されているのに対して、この曲は前2音が強調されています。奏者によっては明らかに2音目と3音目の間をあけている所もあるんですよ。この曲は少し踊りにコツがいるんです。俺の動きを真似してみてください。」


 エラはまだ機嫌が直っていなかったが、言われた通りにレナードの動きを真似した。


「うまいうまい。」


 レナードは満足気だった。


「……ずっと不思議に思っていましたわ。この曲は他とはどこか雰囲気が違うなって。何故、作者はこんな、_変な三拍子で曲を作ったのでしょうか?」


 エラはなんとなくぽつりと呟いた。


「変、ねえ。実をいうと、北の国リードではむしろこっちの方が一般的なんですよ。」


「……え!」


 割と独り言のつもりで呟いたのだが、レナードが答えてくれた。


「およそ200年前にこの曲、『愛の歌声』は作曲されたと言われています。作ったのは当時リードから来ていたベン・ケンプです。」


「ちょ、ちょっと待ってください、それって……」


「ええ。ベン・ケンプはあなたと同じイシ族ですよ。」


 エラに衝撃が走る。

 エラ達イシ族は世界的にも数が少ない存在だが、そのルーツはリードにあったとされている。そのリードにさえ、今では同胞が少ない。


 ___エラの一番好きな曲を作ったのはエラと同じイシ族だったのだ。


 ここ数年で最も衝撃的だった。

 同種族に会う事がほぼないエラは、そのせいで、幼い頃からずっと寂しさや孤立感を感じていた。それが、エラの後ろ向きな性格に拍車をかけていた。


「200年前リードでは7つの民族に別れて内戦状態となっていました。混乱の最中故郷を追われてロウサに移ったベン・ケンプは二度とリードの地に足を踏み入れる日は来ませんでした。この曲_『愛の歌声』は彼の晩年、最後に作曲されたものです。」


「……。」


 なんとなく、エラにはベン・ケンプの寂しさがわかる気がした。


「『愛の歌声』はきっと故郷の愛する人を想って作った曲なんだわ!」


 エラは思わず声を張り上げた。レナードはにこりと微笑んで頷いた。


「俺もそう思います。彼がどのような思いでこの曲を作ったのか、明確に記された書簡などは発見されていません。ですが、今まで彼が手がけた曲とは違い、この曲は明らかにリードを意識しています。そして、楽譜の裏には『最愛のあなたへ。』と書かれています。『あなた』が恋人なのか、家族なのか、友人なのか、はたまたリードそのものを指しているのかはわかりませんがね。」


 レナードの話を聴いて、エラはますますこの曲が愛おしく感じた。

 エラはすっかりレナードへの怒りを忘れてしまっていた。もっとこの曲について知りたいと感じた。


「レナード様は音楽史にも精通しているのですね。マクファーレン校ではそんな事も習うのですか?」


「いえ、スクールではなく、自分で勉強したんですよ。求められれば、この曲でも他でもなんでも語り尽くしますよ。好きな事はとことん調べ尽くして研究するのが性分なんで。もしエラ様が興味あれば、今度一緒に勉強しませんか?」


 レナードの自由さにエラは驚く。

 あの優秀なマクファーレン校に通いながら、自分の趣味にも没頭しているのだ。エラだったら、授業についていくだけで精一杯だろう。というか、今の学校でさえついていくのがやっとだ。


 エラはまた、レナードに対するムカムカが蘇ってきた。

 今まで努力して色々な物に追い立てられるだけだった自分の人生を嘲笑われているような気分だった。同時にレナードの自由さが妬ましくも感じた。


「……レナード様はとても優秀な方だからそんな風に自由に振る舞えるんですわ。」


「え?」


「だって、私だったら、マクファーレン校なんて優秀な学校にいたら、毎日周りに置いてかれないように授業の勉強ばかりすると思います。自分の趣味を追究する余裕なんて、今の私にさえないもの。」


「ふむ。確かに、成績が悪いと言ったら嘘になりますね。でも、エラ様だって殿下からとても優秀だと聞きましたよ。」


「誇張ですわ。本当は必死に毎日勉強して、全体の中程度ですのよ。とてもではありませんが、他事にまで手が回りません。」


「……俺が言うのもなんですが、スクールなんて最低限卒業できれば良いと思いますよ。それよりも、若い内にいろんな事に興味をもって好きだと思える事に触れてみた方がよほど良い経験になると思います。」


「勝手な事を言わないで!」


 エラは思わず怒鳴った。周りにいる貴族が何人か驚いてこっちを見る。冷静なレナードも驚いて押し黙ってしまった。


「私はホール家の娘なのよ。今は零落しているけれど、それでも名門の貴族である自負はあるの。最低限卒業できれば、なんて適当に生きていたら一家の大恥よ。それに私の人生は私だけのものではないわ!私にはホール家の一人娘として家を再興させる使命があるのよ。皆が私に期待しているわ。全力で努力しなければ、おじさんにもおばさんにも、迷惑がかかるわ!」


 ここまで一息に言ってしまって、エラはしまった、と口をふさいだ。フィンドレイ家の子息に大声で怒鳴ってしまった。さらに、周りの貴族たちに見られてしまった。エラの顔が青くなり、赤くなり、そしてまた青くなった。エラはレナードの顔が見られず、下を向いた。


「これは、出過ぎた事を申してしまいました。不躾をお許しください、エラ様。」


 レナードはすんなりと非礼を詫び、頭を下げた。その声はとても落ち着いていた。


「抱えている物は人それぞれです。自由に生きるなんて、誰もができる事ではありませんね。俺たち貴族なら尚更だ。」


「い、いえ、私の方こそ、大きな声を出してしまって…申し訳ございません。」


 エラは最後には顔を真っ赤にして、頭を下げた。

 レナードとエラがお互いに謝った時に、奇妙な事に、しんっと静まり返った。


 曲が途絶えたのだ。

 貴族たちのダンスもそれに合わせて一斉にピタリと止まる。


 そして、静かに、_とても静かに、ある一つの低い音が鳴り響いた。他の弦奏者が楽器を下ろし、チェロだけがその低弦を響かせた。

 その音色は甘く、歌うようだった。


 『愛の歌声』の最も有名なフレーズだ。


 周りの貴族達もこの美しい音色とダンスに夢中で、もはや、エラ達を気にしている者はいなくなっていた。レナードは、まだ顔を赤らめて俯いているエラの手をとって、気を取り直して踊りませんか、と言わんばかりにウインクした。

 エラは何も言わずに力なく微笑んで、ダンスを再開した。


 しばらく二人は無言で踊り続けた。気まずさもあったが、エラもレナードもこのチェロのソロパートが好きで聴き入っていた。

 もう一度、チェロが同じフレーズを弾いたとき、レナードはつい鼻歌でメロディを口ずさんだ。


「あら、思ったより……」


「思ったより?」


 エラはすぐに口を閉ざすがレナードが促してくるので、続きを吐いてしまった。


「下手だな……と。」


 しまった、と思ったのとレナードが吹き出したのが同時だった。


「ははっ、こればっかりはどうにも俺には向いていないようなんです。」


 レナードは笑いながら恥ずかしそうに頭をかいた。


「エラ様はどうですか?」


 エラは少し迷ったが、小さな声で歌を歌う。このチェロのソロの部分は有名なフレーズで、公式なのかはわからないが、歌詞があるのだ。小さい頃からよく歌っていたので、考えるまもなく、さらっと口から出てきた。


「__驚きました。とてもお上手なんですね。」


 レナードは目を丸くして感嘆した。エラは得意げに口角をあげた。


「こんなの、貴族としてなんの役にもたちませんけれど。幼い頃、父に『音楽なんてボウシ族がやる雑事だ!』と叱られてからは人前で歌わなくなりましたわ。」


「勿体無いです。あなたの歌声をもっと多くの人が聴ければ良いのに。」


 そんな日は来ない、とエラは首をふった。

 悲しいとか悔しいという感情はなく、それが当たり前だというような表情だった。


 レナードは少し悲しげに目を細めた。


「……もしも人生が、自由を諦めるものならば、生きる意味があるのでしょうか。」


 レナードは呟くようにいった。エラに向けて言っているというよりは独り言に近いように思えた。


「あなたはまるで物語の主人公のようですわね。」


「え?」


 エラの唐突な言葉にレナードは目をぱちくりさせた。


「巨人と戦い金銀財宝を手にする冒険家も、姫を助けドラゴンを倒す騎士様も、世界中の人々を救う勇者様も、皆あなたのように快活で、自由で、なんでもできるような人がふさわしいですわ。弱くて、周りに振り回されるだけの私とは大違いです。もし、これが……」


「……」


「___もし、これが物語ならば……絶対に私は主人公ではないでしょうね。」


「……あなたは変わりたいのですか?」


「無理よ」


「可能かどうかを聞いているのではありません。変わりたいのですか?」


「……」


「人間、変わるにはきっかけが必要です。エラ様にとって今日がそのきっかけになればいいと思っています。」


 弦の音色が静かに消えていった。

 それと同時に、ガヤガヤと周りの貴族たちが一斉に喋り出す。

 今度こそ、曲が終わったのだ。


 予定通りならば、このダンスパーティーでは次で最後の曲となるだろう。外庭にいた貴族達が全員ぞろぞろとホールに入ってゆく。最後は皆ホール内で相手を見つけて踊るのだ。


 『初めて会った貴族は2回以上一緒に踊ってはならない』


 このルールがあるため、エラとレナードはそれぞれ新しくペアを探さなければならない。外庭で『なんちゃってダンス』を踊っていただけの仲であってもそのルールは適用されるのだ。


「終わってしまいましたね。」


「……。」


 曲と曲の間は短い。さっさと相手を見つけに行かなければ、今度こそホールの端に所在なさげに立っている事になるだろう。ダンスパーティーのフィナーレで女がそれをやるのははしたない。


 だが、エラはなんとなくレナードの手から離れ難かった。

 レナードもエラを催促したり無理やり引き剥がすような事はしなかった。


「レナード様、お願いです。もう一曲、最後の曲を共に踊っていただけませんか?」



<作者フリースペース>


ここまで読んでくださった方、ありがとうございます!


そして、途中の音楽の描写長ったらしくてすみません…汗

というか、導入なかなか終わらなくてすみません…汗


主人公が呪われてからどうなるかがメインのお話となるので不必要な部分はどんどん省いて書いていけたらなと思います^^;

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