朝の弱い針鼠を起こしにいくと…
<あらすじ>
王都に戻った針鼠とエラは『白い教会』の生き残り達を助けた。彼らは女王を復讐しようとするエラ達の仲間に加わった。
<人物紹介>
エラ(20)…黒髪黒目のイシ族の美女。下級貴族ホール家の一人娘。女王に『体の大切な部分が徐々になくなっていく呪い』をかけられてしまう。現在顔、視力、髪、片肺を奪われている。醜い顔を隠すため頭にカゴを被っていてボウシ族と間違えられる。また視力はないが、魔法で「どこに何があるか」はわかるようになった。更に、対象物の『内包的なもの』もわかるため、人の感情、物の役割、本の内容などもわかる。周りからは『イシ』『女イシ』と呼ばれている。
『白い教会』•*¨*•.¸¸☆*・゜
針鼠(16)…金髪碧眼で、耳の長いノドム族の男。壊滅した『白い教会』のリーダーで元王子。常に、頭にバンダナを巻いている。
弟ドラ(39)…大柄な虎頭の獣人。気性が荒い。
蜘蛛(25)…茶髪のノドム族。針鼠の側近。冷静沈着。
神父(35)…白髪で耳の長いノドム族。白い教会の神父。
翡翠(12)…緑髪のドワーフの少年。寡黙。
白銀(40)…翡翠の父。
次の日の朝、まだ空が暗い内にエラは目が覚めた。
廊下の方からドタドタという複数の足音が聞こえて起きたのである。リビングに行くともう既に針鼠以外の人たちが起きていた。
「おう、起きたか、女イシ。虎である俺達の目的のためにこれからちょっと伝手に話をつけに行く所だったんだ。」
「なら私もついていくわ。」
弟ドラは、いらねえよ、と首をふった。
「戦いに行く訳じゃねえ。交渉しに回るだけだ。お前は魔力を回復するためにもここで待ってろ。」
エラは少し不満気だった。翡翠まで一緒に連れていこうとしているのに、エラだけ役立たず扱いされている気がしたからだ。
「針鼠はまだ起きてこねえのか。」
「ガハハハ!! 鼠太郎がこんな朝早くに自分で起きれる訳ねえだろ!」
「誰かが……犠牲にならないといけませんね……。」
蜘蛛達が表情を曇らせる。
「あら? それなら私が起こしに行くわよ。」
男達は驚いて一斉にエラを見た。
神父が何か言いたげだったが、エラは気づかず針鼠の部屋の扉を開ける。
「針鼠。少し早いけど朝よ、起きて。弟ドラさん達が出かけるって。」
エラは針鼠の体を揺さぶる。
「うぅ……。」
しつこく揺らし続けると、長い耳がピクピクと動いてむくりと上体を起き上がらせた。目がうっすらと開いたり閉じたりを繰り返す。エラが引っ張ると素直に立ち上がった。
「あ……う……。」
寝ぼけているのか、ドアの角に額をぶつけて壁に後頭部をぶつけ、ベッドに倒れ込んだ。
「もう何やってんのよ。あなたってやっぱり朝弱いのね。」
エラがまた針鼠を起こす。『魔法使いのうろ』では針鼠はずっと寝たきりだったため無理に朝起こす事がなかったのだが、朝が苦手なやつだな、とは薄々思っていた。
「う〜……。」
針鼠は寝ぼけて今度はエラの胸に額をこすりつけた。そして、また、すーすーと寝息を立て始めた。普段は嫌味なやつなのに、寝顔は意外と可愛らしい。エラはつい針鼠の頭をさわっと撫でる。長い耳は安心しきっているのかペタンと垂れ下がった。
(い、いや、可愛いなんて思ってはだめよ、エラ……! こいつは針鼠、こいつは針鼠。)
エラはブンブンと頭を振った。
ドアの向こうで蜘蛛達がこそこそと何事か話しながら様子を伺っていた。
「暴れた?」
「暴れてない。幸せそうに女イシの胸に顔埋めてる。」
「てか、あいつ絶対起きてるよな……?」
彼らの会話はエラには聞こえなかった。
その後なんとか針鼠を起こすと、エラ以外全員出かけてしまった。
彼らが帰ってきたのは夕方ごろだった。エラは心配していたが、彼らの交渉はうまくいったらしい。まず収穫として食糧や武器装備を手に入れてきた。何をどうやったのかはエラは知らない。とにかく、皆それぞれいつもの武器を装備し、満足気だった。
「さて、どうやって女王の元まで辿り着くかについてなんだが、__」
一通り情報の共有が終わり皆が落ち着いた頃、蜘蛛が口を開いた。
「この間みたいにロウサ城に抜け道から侵入する事はできない。」
「一回使っちまった手だからあいつらも警戒マックスだもんな。」
「それもある。だが、エルフ連合教会の連中がまだいるから警備が更に厳重になっているというのもあるんだ。」
蜘蛛の言葉にエラは、え!と驚く。
「まだ大司教様がいらっしゃるの? いつもだったら2、3日程度で行ってしまうわよね?」
「それなんだが、大司教がまだ去っていない理由は__あくまで噂だが、まだ本物の『王家の指輪』が見つかっていないからだそうだ。」
これには一同が騒然となった。
「どういう事だ? 盗んだ『王家の指輪』が偽物だったって事は虎である俺達が城に侵入する前に女王が偽物と本物を予め入れ替えていたって事だよな? 『白い教会』を罠にはめた後、本物の指輪を別の賊に盗まれた事にしといて後々見つかったって周りに言えば済む話だろ。なんでまだ本物を出さないんだよ。」
「……わからない。なんらかの理由で大司教を足止めしたいのか、本物の『王家の指輪』を表に出せない理由があるのか。どのみち、あくまで噂だ。」
弟ドラの疑問に蜘蛛は首をふった。
「とにかく、そういう事情なのでこの間とは別の方法でロウサ城に忍び込もうと思う。___明日『劇場車』に乗って城に侵入するんだ。」
「!」
劇場車というのは、その名も通り大きな劇場に車輪がくっついている、移動式の劇場の事だった。
エラは思いがけず出てきた単語に困惑する。
「さっき話した通り、何故か大司教の滞在が長引いている。従って、女王は国が豊かである事を見せつけるために更になんらかの催しをして大司教らをもてなす必要がある。そこで、導入されたのが劇場車だ。劇場車は明日、上級街と下級街の境にある中心区で公演をし、その後ロウサ城に入城するそうだ。大司教だけじゃなく民達にも見せる気前の良さを大司教に見せつけたいんだな。」
「……民達が求めているのは娯楽でなく衣食住だというのに……。」
神父は珍しく吐き捨てるように言った。神父の険しい顔を尻目に針鼠が立ち上がる。蜘蛛に代わり針鼠が説明を続けた。
「……俺達は劇場車に入り、関係者のふりをして中に侵入する。劇団団長は『白い教会』と縁のある人間なんだ。俺と蜘蛛で奴とはもう既に話をつけてきた。」
「さっすが二人がいるととんとん拍子に話が進むなあ! ガハハハ!!」
白銀は大声で笑い、針鼠の頭を大きな手で撫でようとしたが嫌がられた。
「劇場車が使われるのは一回きりだ。つまり、これが、城に侵入する俺たちの最後のチャンスだ。」
針鼠の言葉に男達はコクリと力強く頷いた。エラはごくりと唾をのむ。
_『白い教会』、そしてエラにとって最後の作戦が始まろうとしていた。
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(いよいよね……。)
エラは一人緊張しながら孤児院の廊下を歩いていた。夕食を済ませ、近くの川で水浴びをしてきた所だ。
針鼠達の作戦通りならば、明日劇場車に乗ってロウサ城に忍び込む。今日が骨を休められる最後の晩となるだろう。
「……?」
エラが孤児院に戻るとリビングの方が妙に騒がしい。エラは扉を開く。
「あ!やべっ……帰ってきちゃった。」
顔が赤くなった白銀がエラを見て笑いながら叫んだ。
___見ると、エラ以外の全員で酒盛りをしていた。
「……えええ……。」
エラは愕然とした。
「悪いなぁ、イシ。酒の量そんななくてさぁ、イシがいない間に飲んじゃおうって話になったんだ!」
白銀が悪びれる事なく、ガハハハと高笑いする。
「いや、私は別に飲まないけど……あなた達明日最終作戦なのよ?そんなの飲んじゃったら作戦に支障が出るわ。」
「なぁに、景気づけに飲んでるだけよ!そんなに沢山飲んでる訳じゃねえ!」
「……顔真っ赤じゃない。……っあ!!」
エラは急いで針鼠の腕を掴む。針鼠は今まさに酒に口をつけようとしていた。
「なんだよ。」
「あなた16歳でしょ!?」
「だから?」
「……『だから』?!_この国の法律ではお酒を飲んでいいのは20歳からなのよ!」
「女王に復讐しようって奴が今更法律とか気にすんなよ。それに、法なんてものは破るためにあるんだぜ?」
「少し前まで王様になろうとしていた奴のセリフだとは思えないわね……。」
「おねえちゃん、酒が飲みたいんなら俺のを分けようか?」
「いや別に飲みたいなんて一言も言ってない……ってああああ!!!」
エラは猛ダッシュで翡翠の腕を掴んだ。翡翠もまたジョッキを持っていた。
「だめ!! それだけはだめえ!!!」
「……あ。」
エラは翡翠からジョッキを取り上げる。翡翠は12歳だ。
「……おねえちゃんお願い。……返して。」
(お、おねえちゃん……。)
翡翠がうるうると緑色の瞳を潤ませてエラをじっと見つめる。エラは、うっと怯む。針鼠の『おねえちゃん』は明らかにエラを馬鹿にした呼び方だが、翡翠の『おねえちゃん』はエラの中でくるものがあった。
「おい、翡翠真似すんなよ。」
「真似……? イシは年上の女だからそう呼んだだけだ。」
何が気に食わなかったのか針鼠は不機嫌そうに翡翠を睨んだ。
「……ダメよ。返さない。針鼠がたとえ病気になろうと、急性中毒になろうと、依存症になろうと、もうそれはしょうがないことだけど_」
「おい。」
「_翡翠は絶対だめ……!」
エラは被っているカゴを少し上にずらしグビっと飲んだ。
「おおー!!」「一気にいったなあ。」と白銀と弟ドラが勝手に盛り上がる。
初めて飲む酒の味は、正直うまさがわからない。ひたすらに苦い感じがして、薬を飲んでいる気分だった。エラは一気に飲み干すと、途端に気持ち悪さが身体中を駆け巡る。
「うぇっ……ッ……ちょっと……行ってくる。」
どこに、とは特に言わなかったが、急いで部屋を出ていくエラを男達は気にしない。酒がなくなり落ち込む翡翠を白銀が笑いながら慰めた。だが、自分の分は渡す気がないらしく、結局翡翠は飲まずじまいだった。
「しっかし、呪われさえしていなけりゃ、イシはぜってえいい女だよ。ガハハハ!」
「突然なんの話ですか?」
白銀の突然の話題に神父は困惑した。
「恋バナだよ、恋バナ!」
「私達いいおっさんじゃないですか。」
「いいじゃねえか! 最後の晩酌にはうってつけだろ。なあ、翡翠もイシはいい女だと思うよな?」
「おっぱいでかい。……いい女だと思う。」
「流石俺の息子だ!」
「……。」
白銀は翡翠の頭を乱暴になでまくる。神父は微妙な顔で酒を一口飲む。
「呪いが解けりゃ、元の姿に戻るかもしれねえんだろ?大体こういう時ってべっぴんさんが出てくるもんだ。」
「呪いにかかった時、一番最初に奪われたのは顔だって聞きました。という事は相当の美人だったという事ですよね。」
「逆にいうと、それ以外取り柄なかったって事だろ。」
盛り上がる白銀達に針鼠は水をさす。
針鼠はさっきから何故か不機嫌そうだ。
と、いう事を察しているのは白銀以外だ。
「ガハハ! なあに言ってんだ。美人でおっぱいがでかくて魔法が使えて教養があって、笑わねえが気立てはいい。これだけそろってりゃいい女だろ。なあ、蜘蛛、確かお前とイシ、年齢が近いよなあ。呪いが解けたら貰ってやったらどうだ?」
ぐびぐびと酒を飲んでいた蜘蛛が、突然話をふられて少しこぼしてしまう。蜘蛛が酒を飲み込んで何か話そうとする前に、針鼠が口を挟んだ。
「あのなあ、イシは俺の女だから他の男にくれてやるつもりはねーよ。」
「ガハハハハハハハ!! ………………………………………………え?」
白銀の目が点になる。
一瞬、場の空気が静まり返った。
針鼠の頭の中では、
『あなたは私にとって一番大切(byエラ)』→『じゃあイシは俺のだな』
という思考回路なのだが、そんな事情は知らない他の男達は表情を凍りつかせる。
「あら、なんだか盛り下がってるみたいね。どうしたの?」
ガチャリと扉を開けて、エラが中に入ってくる。
「い、いや、えーと。恋バナしてたんだ。イシは好きな人とか……いるか?」
慌てふためいた白銀がさっきまでの会話の流れでとんでもない質問をする。全員が固唾をのんで見守る。
「___。別に、私が誰かを好きになったって……。というか、そもそも私が女だろうが男だろうが誰にとってもどうでもいい事でしょ。」
エラは震える声で静かに言った。全員息をのんだ。この話題は今のエラにとって禁句だったようだ。
「ごめんね。私先に寝るわ……。」
エラは居てもたってもいられず部屋を出て行った。
「……呪いで顔が醜くなった事も髪がなくなった事も相当響いてるみたいだな。」
蜘蛛が言うと、さっきまでぼーっとしていた弟ドラがやっと思考が回り出したのか、口を開いた。
「おい、針鼠。」
「……んだよ。」
「女が傷ついてるんだ。お前が慰めてやるんだよ。」
弟ドラは右手の人差し指と親指で輪っかを作り、左手の人差し指を輪っかにさした。
「するかよ。ボケナスが。」
針鼠は立ち上がってさっさと出て行ってしまった。
「……なんだよ。『俺の女』とか言っといて、結局ヤる勇気もねえのかよ。」
針鼠のいなくなった部屋でぼやく弟ドラに神父は言った。
「……大切すぎてどうすればいいかわからないんですよ。針鼠は強いし頭がキレるし頼りになるリーダーだけど、あれでもまだ16歳。子供と大人の境を延々と彷徨い続けているただのガキなんですよ。」
<作者フリースペース>
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