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敗走し、『迷いの森』に迷い込んだエラ。瀕死の針鼠を助けることができるのか

<あらすじ>

革命に失敗し、針鼠と共に崖から落ちたエラ。なんとか助かったものの、崖下に広大に広がる森_『迷いの森』を彷徨い歩くことになる__


<人物紹介>

エラ(19)…黒髪黒目のイシ族の美女。下級貴族ホール家の一人娘。女王にかけられた呪いで不細工になっているので頭にカゴを被っていてボウシ族と間違えられるようになる。目が見えなかったが、魔法で「どこに何があるか」はわかるようになった。『白い教会』の人達からは『イシ』『女イシ』『捕虜』と呼ばれている。


『白い教会』•*¨*•.¸¸☆*・゜

針鼠(?)…金髪碧眼で、耳の長いノドム族の男。『白い教会』のリーダーで元王子。常に、頭にバンダナを巻いている。事ある毎にエラに嫌味を言う。

チビ(9歳くらい?)…ボウシ族の子供。三頭身程度の大きさで真っ黒なマントに身を包む。頭は大きな帽子を深く被って顔が見えない。中身は黒い体毛に覆われている。

昇り藤(20)…ホビット族の女。茶髪に青い瞳、耳が尖っていて4頭身。捕虜であるエラの監視役。

黒目(27)…エラと同じ黒髪黒目のイシ族の女。エラの監視役。髪をベリーショートにし、常に男のような身なりでいる。『白い教会』で唯一の魔法使い。




 『迷いの森』は王都ロウサを取り囲む自然の防壁だ。

 『迷いの森』には不可思議な魔力がたまっており、一歩でも足を踏み入れた者を迷わせ、二度と外に出さない。


「……はぁ……は……は……」


 エラは針鼠をほとんどひきずって、『迷いの森』の中を進んでいく。

 エラが一歩進むごとに、虫達がそわそわと地を這う。虫達はどれも見たことのない奇妙な形だった。体の上下に頭がついている虫、クラゲのように透明で中に生きた幼虫が蠢いている虫、綿毛に昆虫の足がついた虫なんかがいた。この森に入って最初の内は足元を見ては背筋がゾワリとした。が、この中を長い間歩いた今となっては、最初の時よりは慣れた。今のところは脅威となるような生き物に遭遇していない。何匹か、リスっぽい小さな動物や犬と猫の中間のような動物を目にしたが、すぐ逃げて行った。

 どれだけ歩いただろうか。何時間も歩いた気がするし、まだ数分しか歩いていないような気もする。太陽はずっと同じように照っているから1日も歩いてはいないはずだ。白い蝶は、今のところは消える様子がなく、時々エラ達を待ちながら飛んでいた。

 それにしても『迷いの森』の生態があまりにも理解できない。

 エラ達の真上の木々は蜘蛛の糸が折り重なって袋状になり、それが無数にぶら下がっていた。その中には皮がむかれたバナナが丸ごと入っている。何かをはめるための何かによる罠なのかな、ぐらいにしかわからない。


 途中、草と木がない開けた空間に出たことがあった。その場所は、ぼこぼこと所々が凹んでいた。凹みの中心では、エラが見たこともないような甲虫が交尾している所もあれば、エラの拳程の大きさの赤い蛙の死骸がある所もあった。エラは何がなんだかわからず吐きそうになる。


「___っ」


 その時、突然、白い蝶が赤くなった。エラは目が見えなくて物の場所などしか頭に入ってこないが、蝶の色だけはわかった。エラは息をのむ。


「__あなた、赤く……っ」


 赤い蝶はエラの顔に急に近寄ってぐるぐると飛んだ。ゴゴゴゴッ……と地響きがなる。


(声を出すなって事……?)


 しばらくすると、地響きがおさまる。蝶は再び白くなった。


「もしかして、赤い蝶もあなただったの……?」


 エラは蝶を凝視した。昔から悪い事が起こりそうな時に、時々赤い蝶を見る事があった。その蝶と、魔法を使う時に見える白い蝶は同じだったのだ。


 その後もエラは森の奥へと進む。すると、ふいに、ポタッ…と何かが落ちた音が聞こえた。エラのすぐ横_針鼠の頭の上に巨大な蜘蛛が落ちたのだ。


「ヒッ……」


 エラは短く悲鳴をあげて、咄嗟に針鼠から蜘蛛を払い落とそうとした。すると、また、白い蝶が赤く染まった。


(動くなって事……?)


 エラはピタッと体を静止させた。蜘蛛はモソモソと針鼠の肩と頭を行き来する。そして、ついにはエラの体に渡ってきた。


「……っ……ぁ……っ……」


 エラは心臓がはりきれそうだった。耐えきれずに動こうとしたら、また赤い蝶に止められた。蜘蛛はエラの肩に乗る。そして、服の襟から中に入ってきた!


「……はぁ……っ……」


 エラの鼓動が益々早くなる。なんとか体を動かさずに永遠とも思える時間を待っていた。やがて、服の裾から出てきて、どこかへ行ってしまった。赤い蝶が白に変わる。


「はあ……はあ、はあ……!」


 身体中からどっと汗が吹き出した。


______ゴゴゴゴゴッ…


 だが、安心したのも束の間、再び地響きが起きた。白い蝶は再び赤に変色する。


 蝶だけじゃない。

 ただの湿った土だった地面が急にエラ達の真下だけ真っ赤に染まり出した。エラには色の違いがわからないが、地面そのものがエラ達を捕食しようとしている事が頭に伝わる。赤い蝶が今度こそやばいと言いたげにエラの頭の周りをぐるぐると回る。


「危険な事くらい……分かるわよ!!」


 エラは足に力を込め、逃げた。エラがさっきまでいた所がどんどん赤くなった土がモコモコと盛り上がっていく。そこだけでなく土も木も何もかもが赤く染まって行った。エラは針鼠を引きずるようにして猛ダッシュで走った。赤い蝶はエラを先導するように前を飛び続ける。

 ある時、エラの足が止まった。眼前に沼が広がっていた。つまり、行き止まりだ。後ろからどんどん『赤』が近づいてきてエラ達を飲み込もうとする。蝶は白くなって沼の真上すれすれの所をしきりに飛んでいた。


「まさか、ここに入れって事……!?」


 沼の水は完全に灰色に濁っていて、所々泡ぶくがあった。明らかに毒っぽいし、何らかの危険な生物もいそうだった。エラは目が見えないので色や細かい泡ぶくは見えない。だが、魔法で世界を見ているエラにはもっとあの沼が危険に見えた。絶対に何かやばい物がある、という情報のみがエラの頭に流れてくる。しかし、白い蝶は相変わらず沼の上で飛び続けるし、『赤』はもうすぐそこまで迫っていた。


「……ッ……わかったわよ……!……入ってやろうじゃないの……!」


 エラは針鼠を担いだままドボンと沼の中へ入った____




____




「……??」


 入った瞬間、不思議な事に上下の感覚が逆になった。液体の中に入った、という感覚がない。エラは鼻で息を吸ってみた。空気が吸える。


 いつの間にか、エラ達は草原の上で座っていた。エラの目の前には綺麗で透明な湖が広大に広がっていた。エラの視界には草原と湖と瀕死の針鼠のみで、森が跡形もない。白い蝶もいつの間にか消えていた。遠くの方は白い霧の壁があり、何も見えない。

 あまりにも、今までの現実と乖離した光景に、エラは一瞬、ここは死後の世界なのかと思う。だが、ゴゴゴッ…という音が、湖の方から聞こえてくる。エラは湖を覗き込んだ。さっきまでいた森が湖の中に広がっている、とエラの頭に伝わってきた。あの沼はこの空間へと続く入口だったのだ。エラはゆっくりと背後を向いた。大きな、大きな木が立っていた。エラの何十倍もの大きさの木だ。そして、その木の根元には人間一人が入れるんじゃないかと思える程の大きさの大きなうろがあった。しかし、ただのうろではない。()()にはしきりのように薄い布が入口を塞いでいた。


 誰かが中にいるのだろうか?


 エラは再び針鼠の片腕を担ぎ上げると木のうろ目掛けて急いだ。

 誰かいるのなら助けを求められるかもしれない。


 だが、うろの入口の布をめくりあげて、エラは今度こそ目を丸くした。お城のような美しい部屋が広がっていた。床は赤い絨毯がしきつめられていて、天井にはシャンデリアがある。エラ達が中に足を踏み入れると、暖炉やシャンデリアなどの明かりに火がつき、中の方が見えた。窓は一切なく、奥の方を見るともう2、3部屋ありそうだった。明らかに外から見た以上に広大な空間が広がっていた。


(『魔法使いのうろ』だ!!)


 エラはピンときた。

 昔、姫から聞いた話なのだが、旅の魔法使いは木のうろに魔法をかけて、生活しながら世界中を旅しているらしい。まさか、一度入ったら出られない『迷いの森』にさえ魔法使いのうろがあるとは思わなかった。誰か魔法使いがここにいた、もしくはいる、という事だ。エラは針鼠を連れてゆっくり警戒しながら奥へ進んだ。ここを作った強力な魔法使いに出くわす可能性が十分にある。そしてその魔法使いが必ずしも友好的とは限らない。

 ドアを開けて奥へと進む。


 魔術書なのか、怪しげな本や煌びやかな調度品が大量にある。。生活感があり、キッチンなどの部屋もあるようだった。旅の魔法使いにしては色々ここに置きすぎなような気がした。旅というよりは___


「__ここを自分の最期の場所に決めたのね。」


 エラは呟いた。

 エラの目の前には大きな天蓋ベッドがあった。ベッドには折れた杖と大量の灰があった。独り身の魔法使いは死ぬ時に死体が一人手に燃える魔法を自分にかけて杖を折るらしい。これも姫から聞いていた事だ。知り合いの年老いた宮廷魔法使いがある日突然そうやって死んでいるのが見つかって深く悲しんでいた。


 エラは心の中で、ごめんなさい、とつぶやくと、ベッドから灰を払い落とした。折れた杖を近くにあった円机に置き、針鼠を寝かせた。針鼠はさっきよりも顔色を更に悪くし、呼吸も異常だった。エラは急いで他の部屋からナイフと清潔そうな布を持ってきた。続いて、物置からバケツを持ち出して、湖まで戻り水の匂いや味を確認する。エラには煮沸という知識はなかったが、湖の水が安全である事が頭に流れてきた。きっとあの魔法使いもここの水を使っていたのだろう、とエラは思った。エラはバケツに水をくんで針鼠の所まで戻った。針鼠の服を脱がそうとしたが、深く傷ついた左腕を動かす勇気がなかったため仕方なく上半身はナイフで切って脱がした。ズボンも脱がし、下着のみを残した。布を湿らせ、簡単に血を拭う。体中強打したようにあざと傷だらけで見るに耐えない。エラは傷口を布で縛り付けて出血を抑えた。


「こ、こんなんでいいのかしら……?」


 エラは誰もいないのに、独り言をいう。貴族として育ってきたエラは瀕死の人間の応急処置の仕方など知らない。とにかく血を止めて安静に寝かせておく事ぐらいしか、対処法が思いつかなかった。針鼠の顔色は相変わらず悪く、額に汗が滲んでいた。エラはハラハラと見つめている事しかできなかった。


(そ、そもそもなんで私がこんな奴のためにあくせくしないといけないのよ。)


 エラは急に我にかえる。

 黒目は、エラの寿命が残りわずかである事を告げた。そして、その寿命を何に使うか、自分自身の頭で考えろ、と言った。それなのに_1分1秒が惜しいのに、針鼠を助けるために『迷いの森』に落ちてしまい、針鼠の治療までしてやっている。

 そこまで考えて、エラは深くため息をついた。


(私、本当に死ぬのかな……。)


 死の宣告を受けたのに未だに冷静でいる自分が信じられない。今まで、何度も何度も危険な目にあってきた。その度にもうダメだ、自分は死ぬんだと思った。それでもなんとか切り抜けてきた。


_自分は心のどこかで本当は助かるんじゃないか、と考えているのではないだろうか?


 エラは首を振り、また深くため息をついた。今はもうこれ以上考えないようにしよう。


 針鼠には一通り自分にできる事はした。だから、もう彼をここへおいて、またあの白い蝶を呼んで、『迷いの森』から脱出する術を探した方がいいんじゃないか、と思った。エラにはこれ以上針鼠の面倒を見る義理はない。

 だが、その時、また昇り藤の最期の顔が脳裏をちらついた。彼女は、エラに針鼠を頼むと言っていたのだ。彼女だけじゃない。昨日の晩、『白い教会』の人々は針鼠に幸せになってほしいと願っていた。彼らはきっと、魔獣にほとんど殺されてしまっただろう。ひょっとしたら、全員死んでしまったかもしれない。針鼠を助ける事が彼らの最期の願いだったのかもしれない。

 エラは近くにあった小さな木の椅子をベッドの横まで運ぶとちょこんと腰掛けた。


「皆に感謝しなさいよ、針鼠。私はあなたなんかどうなったって構わないんだから。」


 エラは手持ち無沙汰に針鼠の寝顔を眺めた。今はいつものバンダナを巻いていない。金髪の知らない青年が目の前で眠っているようだった。


「___ッ……」


 ここで、エラは針鼠の異変に気づいた。


「息……してないじゃない……!!」


 いつの間にか、針鼠の荒々しい呼吸が静かになっていたと思ったら呼吸が止まっていたのだ!


(なんで気づかなかったのよ……! 私のバカ!!)


 エラは何をどうすれば良いのかわからなかった。エラは無我夢中で杖を針鼠に構えた。スッと白い蝶が何匹か現れた。


「治れ!! 治れってば……!!」


 やはり、杖からは何も魔法が出てこない。


(落ち着いて、思い出すのよ……。昔、心肺蘇生のやり方を習った事があるわ……!)


 エラは針鼠の胸に両手を重ねて、思い切り力を込めて圧迫する。早く強く何度も押し込む。元々疲労状態だったエラの体に限界がきていたが、我慢して押し続けた。

 何回かそれを繰り返した後、胸から手を離す。針鼠の額を押さえもう一方の手で顎先を持ち上げ軌道確保する。思い切り息を吸い上げ針鼠に人工呼吸をした。胸がわずかに上がるのを確認し、再び息を吹き込む。そして再び心臓マッサージ。これを何度も繰り返す。


(お願い……! きて……!)


 エラは祈りながら何度も心肺蘇生を繰り返した。

 やがて、


「……ッ……ぁ……はあ……はあ……」


__針鼠が息を吹き返した。


 針鼠は再び苦しげに呼吸を繰り返した。エラは心の底からホッと安堵した。『白い教会』の人たちの事を抜きにしても目の前で針鼠が死ぬのは嫌だった。針鼠は相変わらず痛々しげな顔だったが、呼吸をしていないよりはましだ。


 その後もエラはずっと針鼠を介抱していた。『魔法使いのうろ』のあるこの不思議な空間でも時間の概念はあるらしく、どんどん日が傾いてゆく。夕方になった頃、針鼠は高熱を出した。針鼠の頭に水で湿らせた布をのせる。さっきみたいに何かあっても対処できるようにエラはその後一晩中針鼠を見ていた。



 次の日の朝。日が大地に顔をだし真っ黒だった夜空が紅くなった時には、針鼠の熱も下がり、規則的に胸が上下していた。エラはホッと一息つくのと同時に、ドッと体中に疲れがのしかかった。


「眠い……。私も……体を休めないと……でも、喉がかわいた……水……お腹も空いた……。」


 そんな事をブツブツと独りごちながらエラは椅子に腰掛けてベッドに顔を埋めて眠りについた。



 次に目をさました時には太陽が天頂を通過した後だった。

 エラはベッドに埋めたまま同じ姿勢でずっと眠っていた。エラは急いで針鼠の様子を確認する。針鼠は相変わらずベッドで静かに眠っている。静かすぎて、また呼吸が止まってるんじゃないかと心配になる。


「い、生きてる……よね?」


 エラはそーっと針鼠の頬を触った。


「……お前なあ、大怪我した人間の上で寝る奴がいるかよ?」


「きゃっ……!?」


 エラは思いがけず針鼠が喋り出して短い悲鳴をあげた。針鼠は枕に頭を乗せたまま体を動かさず目だけがエラを見た。表情を崩しバカにしたような顔になる。


「お、起きてたんなら言ってよ! びっくりしたわ!」


 エラは今カゴを被っていない事を今更ながら気にして、手で顔を隠した。


「それに寄りかかっていた訳じゃないわ! ちょっと腕があなたのお腹に乗っちゃっただけよ。というか、開口一番にそれ? 私、あなたを安全なところまで連れて行って介抱までしてやったのよ? もっと私にいう事があるんじゃないの?」


「……。」


針鼠はお礼の言葉も述べずにツーンとそっぽを向く。


「……まあ、あなたに期待なんかしてなかったけど。」


「おい、状況を説明しろ。ここはどこだ。」


 さっさと話題を変える針鼠にエラは苛立ちを感じた。だが、一方でエラは気分がよくなっていくのも感じた。処刑場から逃げてきて以来ここまでまともに話す相手がいなかった。まだ仲間の死だって受け入れきれていないし、これからどうすれば良いのかもわからない。今のエラにとって誰かと話ができるというのはとても貴重な事だった。針鼠の憎まれ口ですら今は耳心地良いと感じている。

 エラは状況を説明した。

 崖から落ちる針鼠を助けようとしてエラも一緒に落ちてしまった事、なんとか魔法を使って落下死せずにすんだ事、白い蝶の導きで『迷いの森』で魔法使いのうろを見つけた事、そこで針鼠の介抱をした事を話した。

 一通りの説明を終えると、エラは処刑場の話に話を戻した。エラはそこで、チビや昇り藤、黒目が死んでしまった事を話した。エラは意図せず声が震え、再び涙が込み上げてきそうだった。

 しかし、それに対して、針鼠は「そうか。」と答えるだけだった。エラはさすがにカチンときた。


「そうかって……。チビ達はあなたの作戦が失敗したせいで死んでしまったのよ!? そ、それをそうかの一言で済まさないでよ!!」


 仲間や罪のない人々を殺したのは女王だ。頭ではわかっていてもエラは針鼠を責めずにはいられなかった。


「……。」


 針鼠は無表情でただ黙っている。


 普通の人間ならば、針鼠が何を考えているかわからない。ただ、エラには針鼠の感情がながれてきていた。


(……!)


 悲しみとも怒りともとれない___激情だった。エラは混乱した。こんなに激しい感情を持っている人を見るのは初めてだった。しかもそれが、あの針鼠の感情なのだから、信じがたかった。二人は沈黙した。重い空気がエラにのしかかった。耐えきれずエラが口を開いた。


「……『王家の指輪』が偽物だったっていう事は女王様はあなた達の作戦を全部わかっててわざと本物と偽物をすり替えておいたって事よね?処刑場に魔獣を放った事といい、女王様には作戦が全部筒抜けだったって事?」


「そういう事になるな。」


 エラは大きなため息をついた。

 女王は自分達より何枚も上手(うわて)だったのだ。自分達はそんな相手と渡り合おうとしていたのだ。


 ふいに針鼠がベッドで上体を起こそうとした。だが体が痛むのか苦痛に顔を歪めた。エラは針鼠の頭を支えながら水を飲ませた。


「しばらくは動かさない方が良いわ。」


「クソッ……おい、女イシ、魔法で治せないのかよ。」


「試したけど無理だわ」と言ってエラは首をふった。魔力はどうやら戻りつつあるようだったが、単純に「治れ」と叫んで治る程、回復魔法は簡単ではないようだった。魔力の込めかたやイメージにコツがいるのではないかとエラは思った。


「あなた起き上がってどうしたいのよ。」


「決まってる。復讐をとげにいく__女王を殺すんだよ。」


「……。」


 エラは口を閉ざした。

 実をいうと、針鼠がまだ復讐を諦めていないというのはわかっていた。

 仲間を失ってもなお、この男は立ち止まる事はないだろうと思っていた。王子である事を証明できなかった今となっては、『王になる』という目標は絶たれた。だから、これから針鼠は『女王を殺す』事で彼の復讐を果たそうとしているのだ。

 針鼠は苛立ちながら体を動かそうともがく。


「……あなたその体じゃ無理だわ……。」


「……。」


 エラを無視して針鼠は全身に力を込める。しかし、苦痛に顔を歪めるばかりで体は動かない。


「……ねえ、あなたの復讐の理由を教えてよ。」


「は? なんで。」


「私には聞く権利があるわ。命懸けであなたを助けたのに、あなたはその命をまた危険にさらそうとしているのよ?」


「……。」


 針鼠は少し考えるそぶりを見せた後、エラに目を向けた。エラには見えないけれど、突き刺すような鋭く力強い碧い瞳だった。その瞳には決して消える事のない復讐の炎が燃えていた。

































































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