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追い詰められた女王

<あらすじ>

エラ達『白い教会』は、城から『王家の指輪』を盗み出す事に成功した。一方、女王の様子は…


<人物紹介>

エラ(19)…黒髪黒目のイシ族の美女。下級貴族ホール家の一人娘。女王にかけられた呪いで不細工になっているので頭にカゴを被っていてボウシ族と間違えられるようになる。目が見えなかったが、魔法で「どこに何があるか」はわかるようになった。『白い教会』の人達からは『イシ』『女イシ』『捕虜』と呼ばれている。


『白い教会』のメンバー•*¨*•.¸¸☆*・゜

針鼠(?)…金髪碧眼で、耳の長いノドム族の男。『白い教会』のリーダーで元王子。常に、頭にバンダナを巻いている。事ある毎にエラに嫌味を言う。

チビ(9歳くらい?)…ボウシ族の子供。三頭身程度の大きさで真っ黒なマントに身を包む。頭は大きな帽子を深く被って顔が見えない。中身は黒い体毛に覆われている。

昇り藤(20)…ホビット族の女。茶髪に青い瞳、耳が尖っていて4頭身。捕虜であるエラの監視役。

兄ドラ(42)…弟ドラの兄。虎頭の獣人。温厚な性格で、捕虜であるエラにも友好的。


貴族•*¨*•.¸¸☆*・゜

レナード・リー・フィンドレイ(19)…金髪赤目で、耳の長いノドム族の男。大貴族フィンドレイ家の次男。金髪をいつも後ろで縛っている。女王の1番のお気に入りであったがエラに恋してしまい、女王に魔法で殺された。

女王(36)…金髪赤目で、耳の長いノドム族の女王。綺麗な女性だが、周りの貴族とうまくいかず常に精神不安定である。エラの事を、レナードを誘惑したと思い、深く憎み呪いをかけた。

大司教(?)…エルフ連合教会の大司教。どの国にも属さず中立の立場。長い時を生き、3、4年に一度眠りから覚めて各国を視察する。


「なっ……『王家の指輪』が盗まれた!?」


 女王は、ヒステリックな叫び声をあげた。


 華の街ハリスは、王都から半日馬車を走らせた所にある。その中心にあるアイアンズ城にて、エルフ連合教会の大司教御一行を歓迎するために女王は滞在していた。昨晩は城で歓迎の宴が盛大に催された。

 今朝には支度をし、大司教らと共に王都にむけて出発する予定だった。朝食をとっている最中に『王家の指輪』が盗まれたという知らせが来て、女王は怒りで爆発しそうになった。この場には大司教がいた。客人の目の前で、盗賊にまんまと国宝を盗まれるという恥をかき、益々怒りで我を忘れそうになった。


「『王家の指輪』は国の財産なのよ? それを盗賊ごときにまんまと盗まれた……? お前達……うじ虫にでも変えられたいのか?」


 状況報告をしていた兵士たちは顔を真っ青にして怯えた。女王は一人の兵士の腕を引っ掴むと兵士の頭に杖を突きつけた。女王が何か呪文を唱える。兵士は、ヒッ……と小さく悲鳴をあげた。杖の先から出た光が兵士の頭を通り抜けた。だが、兵士の体が変化する事はなく、光が空間を散漫して立体的な映像を形作った。

 映像はロウサ城の様子を映し出していた。兵士の記憶を元にした映像だ。女王の私室が荒らされた様子、魔獣が何体も倒れている様子、一部大規模に焼け焦げている様子などが映し出された。


「これは残念じゃ。王都についたら『王家の指輪』の鑑定をしようと思っていたのに、肝心の指輪がないんじゃあ……」


 大司教は残念そうに首をふった。女王は目を見開いた。


「なんですって……!? 指輪の鑑定? そんな話、私は聞いていません!!」


「それはそうじゃ。貴女にはわざと知らせていなかったのだから。」


「な、何故そのような事を……?」


「なに、最近貴女の国で、ある噂が流れているという話を耳にしましてな。なんでも、『今の女王は正統な王位継承者ではなかった。先王と亡き王子を出し抜き、偽の指輪を造って王位を奪ったのだ』と。」


「____っ」


 大司教の信じられない話に、女王は顔色を失った。


「……そ……そんな事、誰が噂していたのですか?」


「下級街の平民達じゃ。1ヶ月前に王都に行った視察隊がそのような噂を耳にしたんじゃよ。それが一部の貴族にも伝わってるようじゃ。」


「……なっ……」


 女王は怒りで一瞬言葉を失った。

 つまり、少なくとも1ヶ月の間、女王の知らない所で噂が王都中で流れていたという事だ。しかも平民だけでなく貴族まで噂している者がいたのだ。ひょっとしたら王都だけでなく国中に広まっているかもしれない。女王は恐怖と怒りで顔を真っ赤に染め上げた。


「一体誰がそんなくだらない話をいいだした!? ただの平民風情が女王である私を愚弄するだなんて!!全員捕らえて首をはねてやる!! それに大司教猊下! 貴方も貴方です!そのような戯言を信じて私を疑い、あまつさえ指輪を鑑定するなんて、あまりにも馬鹿げている!」


「指輪の鑑定は女王様にとっては屈辱かもしれん。だが、儂はこの国の初代王との契約により、王位を正当な者が継承している事を確かめなければならないんじゃ。まあ、それが盗まれた今となってはできなくなってしまいましたがね。__もっとも、貴女が指輪の鑑定の話を()()()()()で、賊に盗まれたと偽って指輪を隠したというのなら話は別ですじゃ。」


 エルフの大司教は垂れた白い目でじっと女王を見た。

 女王はやっと、自分が疑われている事に気がついた。大司教からすれば抜き打ちで鑑定をしようとしていた所、偶然指輪が盗まれたのはあまりにも()()()()()()()()()()。まるで女王が指輪を隠したように見えるのだ。


「この火の魔法……。」


 大司教は女王が魔法で映し出した映像を見た。ロウサ城内の道や建物が一面焼け焦げていて魔獣が数匹倒れている映像だ。


「単純な現代魔法ですが、魔力が尋常じゃないのう。こんな強力な魔法、果たしてただの賊にできましょうか。国内でも指折りの魔法使い……いや、それ以上の、強力な魔法使いにしかこのような魔法を放つ事はできないじゃろう。例えば、貴女のような……」


「ぶ、無礼者……! 大司教の分際で女王である私を疑うっていうの!?」


「先ほど申し上げた通り、疑うのが儂の仕事なんじゃ。貴女にやましい事がないのなら何も心配する事はない。」


 女王はほぼ反射的に杖を取り大司教に向けた。だが、大司教は平然としていた。


「儂に貴女の魔法は効かないですぞ、女王様。それに儂に逆らうという事は初代王の意向に逆らうのと同じじゃ。それでも儂に害を及ぼすというのならエルフ連合教会、更には周辺の諸国を一挙に敵に回す事になりますぞ。」


「こ、この私を脅すというのね……!?」


 女王は怒りでわなわなと身体を震わせた。


「脅しでなく忠告じゃ。やれやれ、貴女と会話するのは骨が折れますじゃ。エミリアならばもっと円滑に話ができるというのに。」


「___っ」


 女王は頭が真っ白になった。

_『エミリア』

 彼女にとって、その名前は禁句だった。

 エミリアは女王にとって最も憎くてたまらない女___今は亡き、先王の王妃だ。今になって、『エミリア』の名前を聞く事になるとは思わなかった。


「罪人の女と私を比べるなんて……なんて屈辱なの……。それに、あんな馬鹿な女に女王なんて務まらないわ!」


「罪人だろうと、王だろうと、儂にとっては皆平等な子供達じゃ。」


「平等? あんな田舎出の、大した取り柄もないような女と私が同じだっていいたいわけ?」


 女王は大司教に詰め寄った。もはや指輪の事が二の次になっていた。どうしても、エミリアと同等だという大司教の言を撤回させたかった。


 先王には王妃が二人いた。現女王とエミリア・リー・ロエだ。二人は同じ王妃として対等な関係だった。そのため、王妃時代の女王にとってエミリアはずっと目の上のたんこぶだった。先王も二人に同じだけ愛情を注いでいた。その事もまた女王を苛立たせた。女王は西の国ハワースの第一王女として生まれた。この国ローフォードと長年親交があるハワースで王妃になる教育を受けてきた。一方、エミリアは田舎のぽっと出の貴族だった。同じだけ愛するなんてありえない。女王はずっとそう思っていた。だが、先王はとうとう最後の瞬間までどちらかに愛情を傾けるという事はなかった。


「……女王様は少々、人を……。」


 大司教は残念そうに顔をゆがめた。大司教の態度に女王は腑が煮えくりかえった。


「何? あなたまで私を悪者にしようとしてるの? 私が上でエミリアが下なのは当たり前の事よ! 私はねえ、生まれた時から王妃になるためにずっと厳しく教育されて、努力してきたのよ!王妃にふさわしくなるため必要な知識を身につけ、優秀な成績を残してきた! 顔だってエミリアより私の方が美しいと皆からもてはやされていたわ! それなのに、頭も悪ければ器量もなく、毎日ヘラヘラ笑ってるような女と同じですって!?そんなはずないじゃない!!」


「……。」


「……皆、皆私を悪者にするわ!私が女のくせに王なのが気に食わないの? それとも若いから? そうやって寄ってたかって私をいたぶって一体どうしたいっていうのよ!?」


 女王は一通り叫んだあと、嗚咽を漏らし始めた。


本当は、女王は学問において全体として並より少し上くらいのレベルだった。それでも女王の自尊心を高めたのは、魔法だった。ハワースにおいて魔法は貴族階級の学生たちの必修科目で、女王は同年代の誰よりも強力な魔法使いだった。しかし、ローフォードに来て女王は愕然とする。この国は魔法に対する知識があまりにも乏しい。それどころか魔法に関する法整備すらまともにできていないのだ。自分の魔力の凄さを語っても、周りの人間は物珍しいものを見るくらいの反応だった。女王はローフォードに来て初めて自分の信じてきた世界が崩れるような感覚を感じた。女王のプライドは深く傷ついたのだ。


黙って聞いていた大司教はやっと口を開いた。


「そんなに怯えなさんな、ノドムの子よ。儂は貴女をどうにかしたいとは思っておらん。味方じゃないが、敵でもない。儂はあくまでも中立の存在ですじゃ。」


 大司教は静かに女王の肩に手をおいた。


(やれやれ、王がこれではこの国も行く末が厳しいのぅ。国の経済状況に、国際関係、民の貧困。南の国、ヒートンと全面戦争になればこの国の未来はないじゃろう。我が友、初代王ヴィクターが生涯かけて築き上げた国が今、終わりの時を迎えようとしておるのやもしれん……。……じゃが、儂は儂の役目を果たすまでじゃ。)


 大司教は胸の内でため息をついた。


「とにかく、『指輪を受け継いだ者に王位が継承されているのを見届けて欲しい』という初代王との契約がある以上、教会としても『王家の指輪』を探すのを手伝いますぞ。……____っ……!!!」


 大司教は途中で言葉を失った。


 いつの間にか、女王の周りに白い蝶が集まっていた。蝶は一匹、また一匹と集まって、女王の周りを飛び回った。


「……っ……そう……ああ、……そう言う事……じゃあ……のね……」


 女王は一人でに何かブツブツと喋っている。まるで、蝶達と会話しているようだった。大司教は垂れた目を大きく見開いた。








.☆.。.:.+*:゜+。 .゜・*..☆.。.:*・°.*・゜ .゜・*..☆.。.:*・°.*・゜ .゜・*..☆.







 その日の夜、エラは一人で『女の部屋』にいた。今は一人なのでエラは頭のカゴを外して窓から顔を出し静かに夜風にあたって涼んでいた。


(いよいよ明日ね……。作戦は本当にうまくいくのかしら……。)


 エラは不安げに夜空を見上げた。距離の問題なのか、月や星の存在までは頭に流れてこない。ただ、遠くで鳴く虫の声と木々のさざめき、そして、頬を静かになでる冷たい夜風がとても心地よかった。


 今日も、エラの呪いは進行する事はなかった。エラはこれ以上何かを失いたくなかった。それに叶うならやはり元の体に戻りたかった。それがもしかしたら明日叶うかもしれないのだ。それに叔父さん夫婦も一分一秒でも早く助けたい。そう思うと、はやる気持ちが抑えきれなくなる。だが、作戦がうまくいかなかったら『白い教会』の人たちが危険な目にあってしまうかもしれない。エラにとって彼らはとても大切な存在になりつつあった。チビや昇り藤、黒目には特にお世話になった。


(明日は彼らに何もなければいいのだけれど……。)


 エラはため息をついた。


「あー!!」


「わああああ!!」


 突然、耳元で子供に叫ばれてエラは叫び声をあげてしまった。咄嗟に手で口を塞ぐ。夜だが、大部屋ではまだ何人かが談笑している。うっすらと兄ドラのバイオリンの音も聞こえた。叫び声を聞かれなかったか心配した。エラはすぐにカゴを頭にかぶった。


「お、脅かさないでよ、チビ。」


「あうー!」


 チビはいつものように母音を叫び、エラに、()()を渡した。


「え、もしかして、これ、私にくれるの?」


「あうあ!」


 チビは元気に頷いた。贈り物を手にとって、チビと交互に見た。


「ど、どうやってこれを手に入れたの?」


「あうぁぁいうあううあ!」


「わからないわ……。」


 チビは、()()を持つエラの右腕を思いっきり上に押し上げた。どうやら身につけて欲しいようだった。戸惑っていたエラは思い切って、頭に被っていたカゴを外して()()を身につけた。


「あー♡」


 チビは嬉しそうに飛び跳ねた。エラの腕をグイッと引っ張る。


「ちょ、ちょっと待って! カゴが!」


 エラはカゴをかぶり直す事ができないまま、チビに引っ張られた。途中、チビがエラを大部屋に連れていこうとしている事に気づくと、エラは本気で抵抗した。大部屋にはまだ人がいる。エラは顔を見られたくなかった。引き返そうとするエラをチビも負けじと思い切り引っ張る。


「チビ! 私、人に顔を見られたくないの! や、やめて!」


 エラは大声をはりあげた。二人の力は拮抗していた。大人であるエラは相手を傷つけないように無意識に加減しているのに対して、チビは無遠慮に体中のありとあらゆる力を振り絞ってエラを大部屋に連れていこうとする。互角の引っ張り合いをしている内に、エラとチビは大部屋のドアにぶつかった。ドアは内開きで、バタンッ……と開いて二人は中に入った。エラ達は大部屋にいた人々から一斉に注目を浴びる。


「え、えっと、これは……その……。」


 エラは慌てて手で顔を隠した。カゴなしにこんなに人に見られたのは久しぶりだった。エラは恥ずかしくて消えてしまいたくなった。エラの醜い顔を見てきっと皆ドン引きするだろう。信頼する彼らに冷たい視線を向けられたらエラは二度と立ち直れない。


「リボンつけたの?可愛いね。」


「……!!」


 兄ドラが微笑んだ。


 チビがエラにくれた物は、紺色のリボンだった。

 今はそのリボンで、エラの髪を後ろで縛っている。エラの長い黒髪は絹のようにきめ細かで綺麗だが、白い教会に来てからは特に縛ったり飾ったりする事がなかった。環境的にも精神的にもそんな事をする余裕はなかったのだ。チビのくれた紺色のリボンはエラの黒髪によく似合っていた。


 エラは手で隠しながら恐る恐る顔をあげた。

 予想に反して、人々はにこやかだった。


「うん、すごく可愛い! 手で顔隠さなくたって良いんだよ? ずっと思ってたけどイシちゃんは今のままでも十分かわいいよ!」


 昇り藤が大袈裟にエラを褒める。それに続けて、黒目や神父など他の人もうんうん頷いて口々に「可愛い」と言ってくれた。エラは顔が熱くなるのを感じた。エラは、少しだけ顔を見せてみようかな、と手を顔から放しかけた。


__だが、エラが安心するのも束の間、すぐに場の空気が悪くなった。


「……皆気ぃつかってるだけだろ。全っ然似合ってねえし、どんだけ着飾ってもブスはブスだ。勘違いしてんじゃねえよ。」


 針鼠の冷たい言葉がエラの心を突き刺した。エラはショックで何も言えなくなった。針鼠は小馬鹿にしたように笑うと、さっさと大部屋から出ていってしまった。


 しばらく、沈鬱な空気が続いた。皆気まずそうに何も喋らなかった。


「……針鼠は私の事が嫌いみたいね。」


 耐えきれなくてエラは震える声で言った。


「いや、鼠太郎は割と誰にでも冷たい態度とるよ。あーでも、確かにイシちゃんには少しあたりが強いねえ。」


 兄ドラが困ったように、頭のふわふわの毛並みをかいた。


「針鼠は弱い人間が嫌いだわ。だから貴族の令嬢として育ってきた弱い私が気に食わないんだわ。それにあの人にとって、家族のため、家名のため、って言ってる私が、いかにも自分に陶酔している馬鹿な人間に見えるのよ!」


「イシちゃん……。」


 昇り藤が心配そうな顔をした。エラは、今だけは昇り藤と目を合わせる事ができなかった。昇り藤は針鼠の事が好きなのだ。昇り藤の前で針鼠を悪く言うのは抵抗があった。昇り藤への申し訳なさと針鼠への怒りが頭の中で拮抗した。


「悪いなぁ、イシちゃん。あいつ、悪い奴じゃないんだけど、ここ最近は荒れてるんよ。昔はもっと……こう、なんていうんだ_」


「_可愛げがあった?」


 神父が言うと、兄ドラはパチンと指を鳴らした。


「そうそう、可愛げがあったんだよ。それが仲間の死を目にする内にどんどんやさぐれちまった。」


「そんな訳ないじゃない!針鼠は自分の事しか考えていないわ!仲間が死のうがどうでもいいはずよ!というか、そもそもあなた達の事を仲間だと思っているかどうかも怪しいわ!」


 エラはつい大声で叫んだ。


「イシちゃん、虎であるオレが思うに、あいつは『多くの人を死なせてしまった自分には誰かに愛される価値がない』って思ってるんじゃないかな。だから周りに冷たくあたってるんだ。」


「え……!?」


 あまりにも予想外の言葉を聞いて、エラは開いた口が塞がらなくなった。冗談かとも思ったが、兄ドラは大真面目な顔をしていた。


「あの自己中心野郎がそんな事思ってるはずないじゃない! 針鼠の事、何もわかってないのね!」


「少なくとも、イシちゃんよりはよくわかってるよ。もう2年以上もの付き合いだもん。」


 エラはまじまじと兄ドラを見た。針鼠と『白い教会』が出会ったのは2年ほど前だと黒目が言っていた。つまり、兄ドラは初期の頃の『白い教会』のメンバーだったという事だ。


「鼠太郎はあれで結構繊細でさあ。ずっと、闘いの中で傷つく人たちを見て、自分自身も傷ついていた。絶対に顔に出さなかったけどな。」


「でも、針鼠は、自分の復讐のために周りを犠牲にするような奴よ!」


「その周りのせいであいつの背負う復讐は膨れ上がったんだよ。死んでいく仲間には、鼠太郎に意志を託す者もいれば、そうでない者もいた。罪もない人々が死ぬ事だってあった。あいつはそういうのを全部ひっくるめて自分の復讐として背負ってんだよ。」


「……。」


「あいつが女王との間に何があったのかは誰も知らねえ。だが、自分がどうなろうと仲間がどうなろうとも、もうやめられない復讐である事は確かだ。でも、一方であいつは、心の底で怯えてるんだ。大切な人間がまた死ぬのが怖い。だから人を好きになるのが怖い。好かれるのも怖いってな。」


 エラは言葉がでなくなった。正直、兄ドラの話は到底信じられなかった。針鼠は嫌な奴だ。そんな繊細な心を持っているはずがない__と、エラは思った。あるいはそう思いたいだけなのかもしれない。


「イシちゃん、無理にリーダーの事を好きになろうとしなくていいんだよ?それに、私の事なんて気にしないでね。でも、やっぱり私はリーダーの事が……好きだよ。リーダーにはできれば私たちの事を気にせず、幸せになってほしい……。」


 昇り藤が言うと、周りも頷いた。


(本当に皆、針鼠の事が好きみたいね……。)


 エラは正直ショックだった。憎い針鼠が皆から好かれているのが納得いかなかった。


「さて、そろそろお開きとしようかい。明日はいよいよ俺たちの待ち望んでいた日だ。さっさと寝て明日に備えよう。」


 結局、その夜はそのまま解散となった。

 エラは、針鼠に対するもやもやよりも、明日への緊張感が一気にぶり返してきた。『女の部屋』でもう一度窓を開け夜空を見上げるとお祈りをした。そして、すぐにベッドの中に入った。ベッドの中でエラはまたお祈りをした。

_おじさんとおばさん、『白い教会』の仲間達がどうか無事でいますように。

 そうしている内に、眠りについた。





_眠るエラの頭上で赤い蝶がちらりと飛んだ。












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