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女王のペット

<あらすじ>

『ある物』を盗み出すため、ギルド『白い教会』の男達と共に城に忍び込んだエラ。順調に内部に侵入する事ができたものの、エラは信じられない物を目にする_


<人物紹介>

エラ(19)…黒髪黒目のイシ族の美女。下級貴族ホール家の一人娘。女王にかけられた呪いで不細工になっているので頭にカゴを被っていてボウシ族と間違えられるようになる。目が見えなかったが、魔法で「どこに何があるか」はわかるようになった。『白い教会』の人達からは『イシ』『女イシ』『捕虜』と呼ばれている。


『白い教会』•*¨*•.¸¸☆*・゜

針鼠(?)…金髪碧眼で、耳の長いノドム族の男。『白い教会』のリーダーで元王子。常に、頭にバンダナを巻いている。事ある毎にエラに嫌味を言う。

黒目(27)…エラと同じ黒髪黒目のイシ族の女。エラの監視役。髪をベリーショートにし、常に男のような身なりでいる。『白い教会』で唯一の魔法使い。

弟ドラ(39)…大柄な虎頭の獣人。気性が荒い。

兄ドラ(42)…弟ドラの兄。虎頭の獣人。温厚な性格で、捕虜であるエラにも友好的。

神父(35)…白髪で耳の長いノドム族。白い教会の神父。

蜘蛛(25)…茶髪のノドム族。針鼠の側近。冷静沈着。

翡翠(12)…緑髪のドワーフの少年。寡黙。王政府に捕まった父親を助けたい。


 夕闇が、どんどん夜の暗さに変わってゆく。

 欠けた月と星々が徐々にその光を強めていった。もっとも、明暗のわからないエラには何も見えなかった。


 今、エラ達はロウサ城内にいた。

 ロウサ城内へはエラが昔姫から聞いていた抜け道から入る事であっさり中に侵入する事ができた。

 女王に呪われた日、エラは絶望の縁に立たされていた。それが、まさか数日後には城に戻ってくる事になるなんて思いも寄らなかった。ロウサ城の中には限られた者しか知らない巨大な街が広がっている。その美しい景色は今のエラの目では見えないはずだが、ありありとその情景が目に浮かんだ。


 ロウサ城侵入作戦は驚く程順調に進んだ。

 黒目、針鼠と分かれて、地図とエラの記憶を頼りに、警備の目をくぐりつつロウサ城内最奥の王家の城へと侵入した。


「猫の見た目をした魔獣がいるんだ。それが、目下最も注意すべき魔獣だ。」


 茶髪のノドム族の男_蜘蛛が言った。

 エラはロウサ城の入口を守っていた、目の見えない老猫の事を思い出した。エラが見たときはあまり脅威ではなさそうだったが、侵入者を目の前にすると恐ろしい姿に変化すると言う。蜘蛛曰くそれが王家の城にわんさかいるらしい。


「強いの?」


「強いなんてもんじゃない。」


 蜘蛛は首をふった。エラはごくりと唾をのんだ。


 王家の城にも_エラは知らなかったが_隠し通路があり、そこから侵入した。途中、数人の警備に見つかってしまったが蜘蛛達が手慣れた手つきで倒してしまった。魔獣には会う事もなく中に入り込む事ができた。部屋を一つ一つ確認していく。


_女王の執務室にたどり着いた。


 女王の執務室は奥に寝室が続いていた。大きな部屋だが、今は主が不在のため、召使いや警備もいなくてガランとしている。


「あった……! これだ……!」


 弟ドラが奥の寝室で、小さな声で叫んだ。

 壁にエラの手のひら程度の小さな丸い蓋がついていた。どうやらこの蓋を開けると目当ての物が入っているらしい。だが、蓋は紫色の霧のような物に包まれていて、まだ魔法で封印されているようだった。弟ドラが力づくで開けようとしてもびくともしない。


「チッ……針鼠の奴、手こずってるな……。」


 弟ドラは苛立って舌打ちをする。

 この蓋の封印を解くのは針鼠と黒目の役目だ。彼らがロウサ城内聖堂の地下にある魔法の封印を解く事でこの蓋が開くようになるらしい。


「誰か応援に行くべきでしょうか?」


 神父が心配そうに言った。


「いや、あいつが万一にも抜かるこたねえだろ。下手に動いた方がかえって危険だ。待とう。」


 そう言って弟ドラは持っていた斧を下ろして地面に座った。他の面々も動く様子がなく、ただ黙って待機した。


 エラはその間に執務室にある女王の机を探った。机の上には書類が大量に散らばっており、それをまとめ上げた。目が見えていた時程ではないが、なんとなく文章が頭に入ってくる。エラは「ホール家」という単語がないか一枚一枚目を通した。あまりにも書類が多いので、兄ドラあたりに手伝ってもらおうかと思ったが字が読めないようなので、一人で黙々と読み進めた。

 読んでいる途中、ふと、背後で物音がした。エラは気のせいかと思いつつも振り返る。すると__


「_プッ…ギーィー!」


 豚の鳴き声が聞こえてエラに何かが乗っかってきた。


「魔獣か!?」


 『白い教会』の男達がそれぞれの武器をもって構える。


「いいえ、ただの動物のようよ。」


 エラは落ち着いて答えた。エラに乗っかかってきたのは豚だった。エラぐらいの身長はある。他にも何故今まで気づかなかったのかわからないが、犬や猫、ポニーなど、様々な動物がやってきた。


「女王のペットだ。奥の方で隠れていたみたいだ。」


 蜘蛛が教えてくれた。


と、その時、バチバチッ……という音が聞こえて蓋の紫の霧が晴れた。兄ドラが緊張したように蓋に手をかけて、取手を握る。

 ギイイッ……という音が鳴り、蓋が開いた。『白い教会』は小さな声で歓喜の声をあげた。

 針鼠達が蓋の封印を解いたのだ!


 蜘蛛は無言で中にある物を取り出した。

 蜘蛛が手にした物は、_____指輪だ。

 それがただの指輪でない事はエラにもわかった。


_あれは()()()()()だ。


 王位に就いた者が代々受け継ぐ宝物だ。『白い教会』が盗み出したかったのは、王家の指輪だったのだ。


(あれを盗んで針鼠達はどうしようっていうのかしら。)


 指輪を盗んだ所で針鼠が本物の王子である事の証明にはならない。女王が盗人に指輪を盗まれたと騒ぎ立てるだけだ。

 ふと、エラは疑問を感じた。


(宝物庫は別の場所にあるわよね……?宝物庫ならば近衛騎士団が厳重に警備しているはずだから、もっと安全なはずなのに、何故女王様はこんな所に隠していたのかしら?)


 色々エラには腑に落ちない事があった。だが、エラが今気にすべき事はそこではない。指輪を手に入れた蜘蛛達が早々にここを立ち去ろうとしている。


(なんでもいい……! 何か叔父様達に少しでも関係した書類はないのかしら?)


 エラは急いで書類をめくる。だが…


「_プギー!!」


 さっきの豚がエラに体当たりしてきた。


「な、何……!?」


 エラは流石に様子がおかしいと思って、豚の様子を探った。


 エラの中に豚の感情が流れてくる。

 とても、悲しい感情だ。



(………………え?)





_そうして、エラは、ある恐ろしい事に気づいてしまった。



「捕虜、早くしねえと置いてくぞ!」


 弟ドラが急かしてくる。が、エラは聞かない。エラは目の前の事実に目を背けられない。




「お、叔父様……?」




 今にもここから出ていこうとした蜘蛛達が驚いて一斉にエラを見た。エラは女王のペット達を見回した。彼らの感情が一気にエラの中に流れ込んでくる。悲しみや怒りの感情だ。


「間違いないのか?」


「ええ…...! 皆、元は人間だったみたいだわ! 女王様の魔法でペットにされてしまったのよ!」


「おい、お前ら簡単に信じてんじゃねえよ。捕虜が嘘ついてるかもしれねえだろ。それか頭がイカれちまったか。」


 弟ドラはまともに取り合っていないようだった。


「いや、どうでしょう。この動物達から知性を感じます。おそらく彼女の言っている事は正しいかと思います。」


 神父が反論した。弟ドラは面食らったように手近な子犬を抱え上げてしげしげと観察した。

 もう一匹、豚がエラに近寄ってきて悲しげにエラを見上げた。


「お、叔母様なのね……。叔父様はホール家の当主なのよ? こ、こんなの……あんまりだわ!」


 エラは自分の中で湧き上がる怒りの感情で身震いした。だが、他はそんなエラに同情している余裕はなかった。


「おい、こいつらが元人間だっていう話、確かに衝撃的だけどよ。今はそれどころじゃねえ。さっさとずらかるぞ!」


「ま、待って! せめて叔父様達だけでも連れていきたいわ!」


「そんなでけえ豚二匹連れて城から逃げられる訳ねえだろ!」


 弟ドラが苛立って怒鳴った。本物の虎が目の前で吠えているようで迫力がある。


「豚じゃないわ!」


 エラは負けじと声を張り上げた。他の人達も弟ドラと同様に、ここをすぐに立ち去ろうとしていた。エラはなんとか彼らを引き止めたいと思った。


(ただ、感情のままに叫んでは誰も話を聞いてくれないわ! 何か……彼らが食いつきそうな話を……そうだわ……!)


 そこまで考えてエラはふと思いついた事を口にした。


「フリン牢獄襲撃の際に捕まったあなた達の仲間がこの中にいるかもしれないわ!」


「父が……?」


 この時、今までずっと無言だったドワーフの少年、翡翠がエラの話にくいついた。


「女イシ、この中に父がいるのか?」


「ま、まだわかんないけど、もしかしたらいるかもしれないわよ……。」


 エラはざっと女王のペットを見回した。まだ奥に動物に変えられた人々が隠れていたようで、どんどん出てくる。20匹以上はいそうだった。エラが、女王のペットが実は人間であると見破った事で、自分達が助かると思ったのかもしれない。一匹一匹確認するのは骨が折れそうだ。


「クソ、厄介なのが向こうについた。」


 弟ドラは面倒臭そうに舌打ちをした。


「おい、翡翠。仮にこの中に親父さんがいても連れていく余裕は……」


 弟ドラの声が途中で止まった。

 弟ドラの視線の先には、老猫が疲れ切ったように寝ていた。ついさっきまでいなかったから少し驚いたのだ。猫は目が見えないのかずっと目をつむったまま、弟ドラ達を見上げていた。


「チッ……魔獣かと思ったぜ。お前も動物にされた女王のペットか?」


「んぁああ。」


 弟ドラは老猫の首根っこを掴んで乱暴に持ち上げた。

と、その時___





「__ァ…ぁあアアッ…ー」



 老猫の身体中から、ビキビキという嫌な音が鳴った。弟ドラは驚いて老猫を放り投げる。老猫は投げられ、地面につくまでのわずかな時間の間にどんどん、どんどん、体が膨らんでいった。ブロンドの毛並みがどす黒くなっていき、牙が鋭く大きくなっていった。


「魔獣だ……!」


 神父と虎兄弟、蜘蛛が同時に武器を構える。が、__


「翡翠、危ない……!」


 弟ドラ達の前にいたはずの魔獣が、翡翠の前に現れ、彼に噛み付いた!


_魔獣は2匹いた。


 弟ドラ達の前に一体、エラと翡翠の前にもう一体いて、いつの間にか二体に挟まれる形となってしまった。

 翡翠を噛み付いた魔獣は彼をそのまま上に持ち上げた。翡翠は苦痛の叫びをあげる。一方、もう一匹の魔獣の方も他の人たちに攻撃していて、仲間はすぐに翡翠を助ける事ができなかった。

 翡翠は左手を噛まれた状態で、右手で腰のダガーを抜くと、魔獣のマズルの部分をありったけの力を込めて刺した。一回、二回、三回、と刺すが、魔獣は一瞬ひるむが、翡翠を離そうとしなかった。


「今助けるぞ!」


 兄ドラが長い槍で魔獣の脇腹を切り裂く。魔獣は苦悶の表情を見せた。


「__ッ……!!」


 翡翠は、魔獣の口角から頬まで斬りつけた。やっと魔獣は翡翠を離し、翡翠は小さな体をくるりと回転して地面に着地した。


「あなたその腕……。」


 翡翠の噛まれた左腕には見るに耐えない大きな穴があき、ドクドクと血がでていた。エラは恐ろしくて気を失いそうになった。


「問題ない。ただ、ダガーを一本取られてしまった。」


「も、問題ないって……。」


「話してる余裕はないよ、イシちゃん!早く逃げるんだ!」


 兄ドラは叫んで、エラを右肩に担いだ。


「は、離してよ、兄ドラさん! 叔父様達がまだ……!」


 エラは魔獣が現れたこの土壇場でもおじさん達を連れ出す事を諦められなかった。女王のペット達は悲鳴のような鳴き声をあげながら、奥の方へ逃げて行った。だが、豚2匹はまだ逃げきれずにじっとエラの方を見ていた。


「今イシちゃんの叔父さん達を連れて行っても危険な目に合わせるだけだよ! ここは辛いだろうけど、逃げるんだ! 翡翠も、すまんが今は諦めろ!」


 翡翠は無言でこくりと頷いた。

 エラは兄ドラに担がれながら遠くで悲しげにエラを見つめる豚を見た。すると、豚2匹は諦めたかのように寝室の奥の方に逃げて行った。丁度、神父が大剣でもう一匹の魔獣を薙ぎ払った。すぐに立ち上がりそうだったが、その隙に彼らは間をぬって部屋を飛び出した。


(必ず助けます。叔父様、叔母様……!)


 エラも為す術もなく兄ドラに担がれたまま、部屋を後にした。


 女王の執務室を出た後も、魔獣達は追いかけてきた。抜け道を通り、王家の城を抜けてもなお追いかけてきた。その数は少しずつ数を増やして行った。魔獣は何度もエラ達に襲いかかり、蜘蛛達はその度に応戦した。兄ドラも途中からエラを担いでいる余裕がなくなると、エラを下ろして応戦した。


「クソッ……予想した中では最悪の状況になったな!!」


 弟ドラは大きな斧で魔獣を斬りつけた。だが、すぐに魔獣の傷口が治って行った。


「流石に女王の魔獣です……! この程度では傷一つつけられない!」


 神父が叫ぶ。魔獣は傷がどんどん回復するのに対して、『白い教会』側はかなり傷を負っていた。特に、途中で神父が負った腹の傷が深くて、神父の顔から血の気が引いていた。呼吸も荒かった。エラは、さっき翡翠が負った左腕の傷も心配だった。翡翠の服は既に左腕から流れた大量の血で染まっていた。


「蜘蛛! 指輪を持って先に聖堂に行き針鼠達と合流するんだ!」


 兄ドラは蜘蛛に向かって叫んだ。エラは血の気が引くのを感じた。


__この状況で蜘蛛に先に行かせようとするのは自分達を犠牲にしようとしているという事だ。


 他の人達も皆、兄ドラの意見に賛成するように頷いた。


「イシちゃんも蜘蛛と一緒に行くんだ! 守ってはもらえないだろうが、ここに残ってるよりはまだ安全だ!」


「ま、待ってよ、兄ドラさん! まだ諦めないでよ! 皆で逃げようよ!」


 エラは必死になって兄ドラ達を説得しようとした。ここまでで何の戦力にもならなかったエラの言葉は説得力がなかった。

 兄ドラはエラの肩に大きな手を乗せた。


「いいかい、イシちゃん。皆、自分の命より大事なもんのために闘ってるんだ。それを守るために、死ねるんなら本望なんだよ。」


 こんな時であるにもかかわらずに、兄ドラさんはエラに優しく微笑んだ。エラは泣きそうになった。


「イシちゃんはイシちゃんで譲れないもんがあるんだろ?だったら他なんか気にせずに、自分の為すべき事を果たせ。」


 兄ドラは、ぽんっとエラの背中を叩いた。数日しか一緒に過ごしていないが、エラはこの大きな手で弾いていたバイオリンの音が恋しくてたまらなくなった。きっと死ぬまで忘れられないと思った。

 兄ドラは再びにっこりエラに微笑むと今度こそエラに背を向けた。


「あ、諦めるのはまだ早いわよ……。」


 エラはまだ食い下がった。







「___その通りだ。()()()獣にくれてやる程お前らの命は安くねえぞ!」




 その時、声がした。凛々しく鋭い声だった。

 全員が、あっと声をあげて振り返った。


ドゴォッ!! というけたたましい音と共に一匹の魔獣が吹き飛ばされる。倒れた魔獣の奥から、ロングソードを携えた青年が姿を現した。


「針鼠!」


 碧い瞳をもち、金髪にバンダナを巻いた青年___針鼠が立っていた。





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