城侵入作戦決行
エラ(19)…黒髪黒目のイシ族の美女。下級貴族ホール家の一人娘。女王にかけられた呪いで不細工になっているので頭にカゴを被っていてボウシ族と間違えられるようになる。目が見えなかったが、魔法で「どこに何があるか」はわかるようになった。『白い教会』の人達からは『イシ』『女イシ』『捕虜』と呼ばれている。
<『白い教会』のメンバー>•*¨*•.¸¸☆*・゜
チビ(9歳くらい?)…ボウシ族の子供。三頭身程度の大きさで真っ黒なマントに身を包む。頭は大きな帽子を深く被って顔が見えない。中身は黒い体毛に覆われている。
昇り藤(20)…ホビット族の女。茶髪に青い瞳、耳が尖っていて4頭身。捕虜であるエラの監視役。
黒目(27)…エラと同じ黒髪黒目のイシ族の女。エラの監視役。髪をベリーショートにし、常に男のような身なりでいる。
針鼠(?)…金髪碧眼で、耳の長いノドム族の男。『白い教会』のリーダーで元王子。常に、頭にバンダナを巻いている。
兄ドラ(42)…弟ドラの兄。虎頭の獣人。温厚な性格で、捕虜であるエラにも友好的。
<貴族>•*¨*•.¸¸☆*・゜
レナード・リー・フィンドレイ(19)…金髪赤目で、耳の長いノドム族の男。大貴族フィンドレイ家の次男。金髪をいつも後ろで縛っている。女王の1番のお気に入りであったがエラに恋してしまい、女王に魔法で殺された。
女王(36)…金髪赤目で、耳の長いノドム族の女王。綺麗な女性だが、周りの貴族とうまくいかず常に精神不安定である。エラの事を、レナードを誘惑したと思い、深く憎み呪いをかけた。
姫(17)…金髪赤目で、耳の長いノドム族の姫。ふくよかな体型で、顔にそばかすがある。友達のエラの事を大切に思っていたが、母親である女王を優先し、エラが呪いをかけられるのをただ黙って見ていた。
「___だが、これで、城の案内をさせる事ができるな。」
急に背後から声がして、エラ達は振り返った。いつの間にか、食堂の出入り口に針鼠が立っていた。
「地図だけでは心許ない。女イシをロウサ城侵入作戦に直接連れて行けるのならそれに越した事はない。」
黒目達が驚いていると、「あんだけバイオリン鳴らしてたら起きるよ。」とイライラしたように兄ドラを睨んだ。
「女イシにはロウサ城内にある王家の城の執務室まで道案内をしてもらう。」
「ちょっと待て! 作戦にイシを連れていくなら、本当に見えるようになったか、もっとちゃんと検討してから……」
「そんな時間はない。誰かが勝手にフリン牢獄を襲撃したせいで、捕まった奴らの公開処刑までもうあとわずかだ。」
「……。」
「私、行きたいわ!」
エラは意気込んで叫んだ。
「女王様の執務室に行けば、書類とかが見れるかもしれないわ。文字も目が見えるとき程じゃないけど、なんとなく頭に入ってくるの。書類を読めば、ホール家の処遇について何かわかるかもしれない!」
「決まりだな。」
黒目がまだ何か言いたげな顔でいたが、針鼠は頷いてさっさと食堂を出ていってしまった。これでエラはもう後には引けなくなった。
その日の夕方、一通り家事を終えると、エラは白い教会の近くの木の下に来た。今は監視がついておらず、一人でいた。信頼されているのか、まだ一人で遠くまで行く能力がないと思われているのかはわからない。
エラは木の下で座った。明暗は未だにわからないので今が夕方かどうかは認識できない。だが、ひんやりと額にあたる風の感触が、1日の終わりを告げていた。
目が見えなくなって以来、エラは外が怖くて、外出する事はなかった。それどころか、寝室と食堂の往復でいっぱいいっぱいだった。だが、今日は、目が見えていた頃と同じとまではいかないものの、ほとんど普通の人と同じくらいに動けた。長い間、縛られ牢獄に閉じ込められていたのが解放されたような気分だ。嬉しくなって今日は一日中働き続けた。普段話しかけないような人にまで話しかけて何か仕事はないか聞いて回ったくらいだ。針鼠には流石に話しかけなかったが。
「あー!」
木の下で休んでいると、チビが寄ってきた。この数日間、チビには精神的にも多くを助けられた。自分の苦しみを理解してくれる仲間がいるというのはエラにとって心強かったのだ。エラは相変わらず子供が苦手だったが、チビは好きだった。
「あら、チビ。いらっしゃい。」
エラはカゴの下でニッコリ微笑んだ。チビは「あ」と「う」を連呼しながら身振り手振りでエラに何かを伝えようとした。
「一緒に追いかけっこしてほしい?」
エラはチビに追いかけっこのジェスチャーをした。
「うー。」
チビは頭をふった。
「ご飯早くたべたい?」
エラはご飯を食べるジェスチャーをした。
「うー。」
チビはまた頭をふった。その後もいくつかやりとりをしてチビが何を伝えたいのか考えた。チビの動きがちゃんと見える訳ではなかったが、チビがエラに何かをしてほしいという感情なのが頭に伝わっていた。
「歌を歌ってほしいとか?」
質問を繰り返す内に、何の気なしに言ったのだが、この言葉に(というよりジェスチャー)に大きく反応して、
「あー!」
と嬉しそうに叫んだ。前に昇り藤とチビとエラの3人の時に、昇り藤が「イシちゃんは声が綺麗だからきっと綺麗な歌声だろうなぁ。」と言っていた時の事をエラは思い出した。チビは会話は聞こえないはずだが、なんとなく内容が伝わっていたのかもしれない。
「歌って言ったってあなた耳が聞こえないじゃない。」
チビは毛むくじゃらの小さな手をエラの口に押し付けた。エラはずれ落ちそうになったカゴを慌てて右手で抑えた。ワクワクと昂ったチビの感情がエラの脳内に伝わってきた。しかたなしに、エラは歌を歌う事にした。
(なんの歌を歌おうかしら……。)
エラが選曲に悩んでいると、ふと、ある曲が頭に浮かんだ。
_『愛の歌声』だ。
エラの一番好きな曲。過去にレナードと踊った曲だ。正直この曲はダンスパーティーの事を思いだしてしまうのでエラとしては複雑だった。だが、今は、なんとなく歌いたい気分だった。
エラは静かに、静かに、その歌を歌い始めた。チビの手が口に押し付けられていて歌いづらかったが、あえてチビの手を避ける事はしなかった。口元の空気の振動を手で感じようとしているのかもしれない。チビは、歌が聴こえていないはずなのに、うっとりしてギョロ目を閉じた。
(容姿も身分も家族も友人も目も奪われて、もう自分には何もないとおもってたけど、残された物が確かにあったのね……。)
エラは歌っている内に、目から一筋の涙がこぼれた。どんどん、気持ちが昂ってくる。最初は遠慮してささやくように歌っていたのが段々と声を大きくしていった。
『愛の歌声』の作曲者、ベン・ケンプは故郷の誰かを想ってこの曲を作ったらしい。今ならエラはベン・ケンプの気持ちが痛いほどわかった。
(叔父様、叔母様……。不甲斐ない私をお赦しください。どうか、ご無事でいてください。)
エラは最後には祈る気持ちで歌を歌った。
.☆.。.:.+*:゜+。 .゜・*..☆.。.:*・°.*・゜ .゜・*..☆.。.:*・°.*・゜ .゜・*..☆.
翌日、『白い教会』は城侵入作戦決行の日を迎えた。
白い教会の中央の広い部屋に、今回ロウサ城に侵入する数人の選ばれたメンバーが集まっていた。昇り藤曰く彼らは『白い教会』の最強の精鋭らしい。
黒目が手短に彼らの紹介をしてくれた。
まずは弟ドラと兄ドラ。エラは彼らとは既に面識がある、虎頭の獣人兄弟だ。弟の方はエラが『白い教会』に連れてこられた日以来、事ある毎にエラの事を馬鹿にする針鼠と一緒になって嘲笑っていた嫌な奴だ。一方兄の方は温厚な性格で、随分親しくしてもらった。
次に神父だ。神父の服装に似合わない大剣を装備している。30代くらいの白髪の男で、長い耳を持つノドム族だ。虎兄弟に負けず劣らず大柄だった。聞けば本当に、ここ白い教会の神父らしい。エラは会った事がなかったから白い教会には住んでいないようだ。
次に蜘蛛だ。彼は針鼠によく付き従っていた茶髪のノドム族だ。彼は冷静沈着な性格で、エラが嫌いな針鼠の取り巻きに属していたが、彼がエラの事を嘲笑っている所は見た事がなかった。というか、ずっと無表情で常に『白い教会』の作戦の事ばかり考えていた。
最後に翡翠という、緑髪のドワーフを紹介された。小柄で、両腰についた鞘にダガーが収まっている。ドワーフなので体が小さいのは当たり前だが、翡翠はどう見てもただの少年に見えた。下手したらチビと同い年くらいかもしれない。
「最強メンバーって……。子供がいるんだけど……」
「……。」
翡翠はさっきから無表情で特に何か言う気配はない。エラの事を警戒しているのかと思ったが、元からそういう性格だと黒目が言った。
「翡翠はまだ幼いが、優秀な戦士だよ。『白い教会』に留めておくのがもったいないくらいだ。父親もとても強かったんだが、……先日のフリン牢獄の襲撃で捕まっているんだ。彼のためにもなんとしても公開処刑を食い止めなければ……。」
その話を聞いてエラは同情したが、翡翠は依然として無表情のままだった。
黒目はエラにメンバーを紹介し終えると、エラでも扱えるようなナイフと予備の魔法の杖を1本持たせてくれた。杖に関しては、エラは結局ちゃんとした魔法を使う事が出来なかったが、一応という事で渡してくれた。
「作戦の確認をするぞ。」
退屈そうに椅子に腰かけていた針鼠が立ち上がった。腰に下げたロングソードがカチャリと音を立てる。今回はあのおもちゃのような短剣ではなく、本物の剣を装備していた。
(作戦の確認って……。私まだその作戦をちゃんと聞いた事ないんだけど……。)
エラは一人モヤモヤと苛立つ。いくら捕虜とはいえ、これから命懸けの作戦に協力するのだ。早めに説明して欲しかった。
「例の物はロウサ城内の王の城の執務室の奥にある金庫で魔法によって封印されている。封印を解くには別の場所_聖堂に行く必要がある。弟ドラ、兄ドラ、神父、蜘蛛、翡翠は執務室に、俺と黒目が聖堂の地下に忍び込む。女イシ、お前は執務室に向かう奴らに同行するんだ。詳しい段取りは蜘蛛が指示する。」
(黒目と針鼠は別行動なのね……!)
エラは内心驚きつつも、こくりとうなずいた。
「黒目の魔法で聖堂の封印が解けたら盗み出して速やかに執務室を出ろ。その後俺らと聖堂で合流し、脱出する。」
「女王様の執務室に忍びこめって……簡単に言ってくれるわね……。」
エラは表情を暗くした。
『白い教会』は抜け道や警備の状況など、エラが補完せずともかなりの事を把握していた。だが、それでも王家の城に侵入するのは至難の業だ。警備を通り抜けられた所で女王と遭遇する可能性だってある。女王はとても強力な魔法使いだ。出会ってしまったが最後だ。
「女王は今不在だ。それに伴い、警備も手薄になっている。」
「……え、なんでよ?女王様がお城を留守にされるなんて滅多な事ではないわ。」
エラにいちいち説明するのが面倒なのかイラだち始めた針鼠の代わりに黒目が答えた。
「イシはずっと外に出ていなかったから知らないんだな。エルフ連合教会の大司教が4年ぶりに目を覚ましたんだよ。それで、女王は大司教を歓迎しに王都を出ているんだ。外ではすっかりお祭り騒ぎだよ。」
「!! 大司教様が!?」
エラは驚愕した。
エルフ連合教会というのはどの国からも独立し中立な立場のエルフ達の教会で、エラ達の国_ローフォードとも対等な関係を築いている。エルフ連合教会の大司教もやはりエルフで、エラでは想像もできない程長く生きているらしい。大司教は常に眠りについていて、3、4年に一度目を覚まし、各国を訪問するのだ。毎回大司教がこの国を訪問するときは王都中がお祭りムードに包まれる。そんな街の雰囲気にエラ自身も毎回興奮していたものだ。
(ここしばらくは白い教会に引きこもっていたせいで、外がそんな事になっているなんて知らなかったわ。なんだか変な感じ。)
「話を戻すぞ。そういう事情で女王は明日になるまで帰ってこない。城に侵入するのは女王不在の今がチャンスだ。いいか、今回の俺達の作戦は、フリン牢獄襲撃で捕まった奴らだけじゃなく、『白い教会』、ひいてはこの国に住む民達全員の未来に関わる! 抜かるんじゃねえぞ。」
針鼠は獣のような低く唸る声で仲間を鼓舞した。皆一斉に頷く。
(よく言うわ。他の人の事なんかどうでもいいくせに。)
心の中で毒づきながらエラも頷いた。