目が見えなくなってしまったエラ。これからどうするか?
『_ただ、あなたはもっと自由に生きて良いのよ。』
『……?』
『自由って……? 突然何の事?』
『いいえ、なんでもないわ。とにかく、ダンスパーティーは行っても良いわ。ねえ、あなた。』
『うん、良いと思うよ。』
叔父様が快く頷くと叔母様が「今日はもう寝なさい」とにっこり笑った。
部屋を出ると、二人の声が聞こえた。好奇心が勝り、私は足を止めざるをえなかった。
『__あの子の事が心配だわ。』
『ダンスかい?』
『あの子自身がよ。……少し良い子すぎるわ。ずっと私達に気を使ってる。』
『気を使わずにはいられないんだよ。ずっと父親に厳しく叱られ、否定され続けてきたのだから。親に認められずに育つ子は少なからずああなる。自分が世界にとってマイナスな存在だと思っているんだ。どんなに良い相手と結婚しようともどんなに成功しようとも必ず自己否定がつきまとう。だから、幸せになれない。』
『かわいそうよ……。』
『……そうだね。でもこれは、僕たちでも、他の誰かでもなく、あの子自身が自分で乗り越えるしかない事だよ。』
……
…………
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「そんな重要な事……なんでもっと早くに言わなかったんだ!」
エラは誰かの怒鳴り声で目が覚めた。と言っても、視界は真っ暗なままだ。自分の目なのに開けたのかどうかがよくわからない。
「昨日は……本人も混乱していて、とてもそれどころじゃなかったんだよ!?」
昇り藤の声だ。彼女も切羽詰まった声で叫んでいる。だが、この部屋ではないようだ。声は廊下を響かせてエラの耳に届いていた。
エラはおそるおそる起き上がる。誰か周りにいないか見渡すが、視界は暗いままで見えない。だが、誰も声をかけてこないあたり、エラが今いる部屋には誰もいない事がわかる。エラはすぐに自分に新たな異変が起きていないか確認した。だが、それもわからない。エラは体を触ってひとまず見た目は顔の傷も含めて昨日と変わっていないことを確認すると、枕元を探った。思ったよりもすぐにカゴが見つかり、すぐにそれを頭にかぶせた。
女王によって、二つ目に奪われた物_それは視力だった。昨日の晩エラは視力を奪われたのだ。ぼやけて見えるでもなく、明暗がわかるでもない、全くの闇がエラを待ち受けていた。
エラは昨日混乱の中、気を失うようにして眠りについた。どうやら、昨日昇り藤は針鼠などの『白い教会』の重役にはエラの事を黙っていたらしい。
「だけど、これは……作戦に大きな支障が出るんだぞ。捕虜には城内に忍び込んだ際に道案内させる予定だったのに……!」
そうだそうだ、と男達がガヤガヤする声が聞こえてくる。どうやら、向こうの部屋ではエラが目が見えなくなった事で『白い教会』が黒目や昇り藤を責めているようだった。
エラはゆっくりと立ち上がり、記憶を頼りに昇り藤達の声のする方へ歩いて行った。
「呪いのせいでそれが叶わなくなる可能性は考慮していた。昨日の内に地図を補完させたのは不幸中の幸いだったな。」
これは針鼠の声だ。周りが動揺している中で相変わらず平然としていた。今のエラにはその態度が何よりも気に食わなかった。
「__だが、もうこれで女イシは不要になった訳だ。役に立たない捕虜をいつまでも生かしておく道理はない。」
エラは冷水に打たれたような恐怖を感じた。針鼠はエラを殺す気だ!
「ま、待ってくれ!あいつは私と同じイシ族だ!きっと魔法使いとして役に立つ!」
「昨日のお前の報告では魔法の才能がないと聞いたぞ。」
「それはまだわからない。あいつは今まで自分が魔法を使える事も知らなかったそうだ!これから仕込めばそれなりに使える人材になるかもしれない!」
「__あなた達は自分達の利益の事しか頭にないのね。」
エラは『白い教会』が屯している部屋に辿り着くと一言言い放った。その場にいた誰もが振り返った。
エラははらわたが煮え繰り返りそうだった。
「人が突然視力を奪われて苦しんでいるのに、自分達の心配ばっか!本当に冷たい人達だわ!」
「おい、__なんか、お前勘違いしてねえか?」
「え?」
口を挟んだのは針鼠だ。
針鼠は底の見えない碧眼をギラギラに光らせてエラを睨みつけた。
「ここではお前は貴族でもなければ客人でもねえ。_捕虜だ。使えねえ捕虜は生かす価値がない。」
「……なっ……『白い教会』は正義のギルドじゃないの? 国民を守るための革命軍では? 笑わせないで!! 自分たちの事しか考えないで、自分たちに不都合になったら弱い者を殺すような人間が正義なんか語らないでよ!!」
「自分の事しか考えられなくて何が悪い?」
「……え?」
「自分のために生きていて何が悪いかって聞いてるんだよ。」
「そんなの……ダメに決まってるでしょ。人は人のために生きるものよ。自分のために生きるなんて身勝手すぎるわ。ましてや、他人を犠牲にして自分が生きるなんて自己中心も良い所だわ!」
「なら、お前は今ここで死ねよ。人生が人のためにあるんだっていうんなら、目の見えないお前はこの先どれだけ他人に迷惑をかける事になると思う? 呪いが進行すればもっとだ。そうなる前にお前は他人のために素直に死を選ぶべきだ。」
「そ、それは……、私はホール家の一人娘なのよ?生きて家督を継がないと……。」
「呪いで不細工になって目が見えなくなったお前に誰が家督を譲りたがる? この先、だぁい好きな家族にずっとお世話してもらいながら面倒かけて生きていくのか?」
「呪いが解けば……、元に戻れるかもしれないじゃない。」
「呪いが解けなかったら? 家族にとってお前が邪魔な存在なら、お前は潔く死ぬのか? 家族のために死んでやるのか?」
「そ、そうよ勿論よ! 私は叔父様と叔母様のために死ぬわ! でも、今は、呪いが解ける可能性があるから……、それに叔父様達の無事を確かめるためにも死ぬわけにはいかないの!! 万が一、叔父様達が窮地に立たされていたら、助けなければいけないの!!」
「そのために、『白い教会』に協力すると? 自分の家族を救うためにこれからお前は何百、何千の人間の命を奪う覚悟があるのか? 革命をするっていうのはそういう事だ。それはお前のいう『他人のために生きる人生』なのか?」
「それは……。女王様の政治で人々が苦しんでるから……。」
「お前が『白い教会』に加担する理由と関係ないだろ。こうなるまでは気にもとめなかった癖に自分に都合のいいような理由を作んなよ。」
「……。」
「もしお前に今守りたい家族がいなかったら、お前はここで死ぬか?」
「……。」
エラは何も答えられなくなった。
周りはエラと針鼠の会話に固唾をのんでいる者もいればヘラヘラと笑っている者もいた。だが、誰も口を出す様子はなかった。
「_お前は呪いが解けなかろうが、誰の迷惑になろうが、自分じゃ死ねないさ。お前は自分が可愛くて可愛くてしょうがないんだよ。そんなんもわからずに、『人は人のために生きるものだ』なんて大層な事いってんじゃねーよ。
エラは思わず涙がこみあげてきた。針鼠は呆れたように息を吐いた。
「ああ、やだやだこれだから貴族様は。ちょっとの事ですぐぴいぴい泣きやがる。高貴なお貴族はそうやって弱々しく泣いてりゃ周りが寄ってたかって味方してくれるもんな。だが、今はお前に同情してくれる奴ぁいねえんだから泣きがいがなさそうだよなあ。」
針鼠はエラを、底知れぬ暗い碧眼で睨みつけた。人殺しの目だ。
「__甘ったれんなよ、豚耳族が。」
「___っ」
エラは絶句した。
__豚耳族。
耳の長いノドムからしたら、イシ族の耳が短いから、昔そのように侮蔑する事もあったらしい。だが、もう今は他の種族を侮蔑する事はなくなったし、ましてやエラは貴族だ。正面からあからさまな言葉で侮辱される事はなかった。エラにとってその言葉はエラだけでなくホール家一族を否定する物だ。あまりにも汚らわしくおぞましい言葉だった。
「ひひ……ヒヒィ……_」
針鼠が口角を吊り上げ、頭をおさえた。そして、あの『歩く月』の男達の前でしていたような奇妙な笑い声をあげた。
__イカれてる。
エラは咄嗟にそう感じた。
「なんだ?死にたくなったか?なんなら今ここで殺してやってもいいぜ。文字通り八つ裂きにしてそこらの川に捨ててやるよ。」
気がつくと、エラは脇目も振らずに走り出していた。壁にぶつかり、何かにつまずいて、転んでも、起き上がって走った。誰かが叫ぶ声が聞こえるが、そんなのどうでも良い。とにかく、誰もいない場所に行きたかった。外の草地へと続く扉を開け、走る。
「____っ」
何か大きな物に正面から激突し、エラの足がようやく止まった。エラはそのまま草地に倒れ込んだ。エラはぶつかった物をペタペタと手探りで確認する。どうやら、白い教会の近くに生えていた一本の木にぶつかったようだった。エラは途端に体に力が入らなくなり、草地に仰向けになって倒れた。
もうじき、『白い教会』のやつらが追ってくる。そして役立たずのエラを捕まえて口封じに殺すだろう。あの人達は血も涙もないのだから。
「……っ………ぅ……」
エラの目からもう何度目になるかわからない涙がこぼれた。視力は奪われても、涙は正常に流れた。今のエラにはそれがわずかな救いだった。
___ザッ
______ザザ
誰かの足音が近づいてきた。エラはまぶたをきゅっと閉じて、なすすべもなく、その時を待った。
「あー!」
だが、近づいてきたのは予想外の人間だった。帽子を深々と被った小さな子供がエラの胸にドスンッと飛び込んできた。
_チビだ。
「うー!」
「きゃっ!ちょっとチビ!今あなたと遊ぶ気分じゃないの!!あっちいって!もうっ……しつこい!!」
「あー!うーうー!あー!」
「いい?私はね、ボウシ族じゃないの!それにね、子供が大嫌いなの!!だから、もう、近寄らないでよ!!」
「ううー!」
エラは暴れるが、チビはやけにしつこく、エラの体にまとわりついて離れなかった。そのうちに、エラの頭のカゴがとれて落ちてしまった。だが、エラは顔を隠す余裕はなかった。苛立ちで頭が沸騰しそうになった。
「あなたは良いわよね! たかが、耳が聞こえないだけで!! 私はねぇ! 目が見えなくなったのよ!! 目が見えなくなったら何が起こるかわかる? これからは人に頼らないと生きていけなくなるのよ! 自分の好きな所に自由にいく事ができなくなるわ! 満足に着替えもできない! 身だしなみも整えられない! 本も読めなくなるわ! 勉強ができなくなる! 稽古ができない! 何も身につかないわ! ただでさえ醜い顔なのに、自分を磨く事もできずに他人に迷惑かけるだけでただ老いていくなんて、もうただのゴミクズ同然だわ!!」
「ぅあー!!!!」
突然、チビが叫び声をあげて、バチンッとエラの頬を叩いた。今はカゴを被っていないのでチビの攻撃をもろにくらった。子供にしては力が強く、エラは頬が腫れたのではと思った。
「何すんのよ!!」
「あー!!!」
また、今度はグーで片方の頬を殴られた。エラは口の中を切った感覚がした。
「このっ……子供だからって調子に乗らないで!!」
エラは頭に血がのぼって、平手でチビを叩き返そうとした。だが、目が見えず思うようにチビにあたらなかった。そのままチビに反撃をくらい、目がチカチカした。
「卑怯よ!」
「あー!」
その後も何発かくらい、エラは反撃する余裕も、抵抗する力もなくなっていた。
「あー!!!」
チビが今までにない大きな声を張り上げる。エラはまた一発大きいのが来ると直感した。
だが、小さな拳はもうこなかった。その代わりに、
「ああ……ぁ……」
チビが口を大きく開けて泣き出した。チビの帽子がはらりと取れて中身が見える。顔が黒い毛に覆われていて、中心にある二つのギョロ目から滝のように涙が流れていた。
「ぅあー!」
「ちょ、ちょっと!泣きたいのはこっちよ……!」
チビは涙と謎のねばねばでぐっちゃにした毛むくじゃらの顔をエラのお腹に押し付けて号泣した。
(なんなのよ……もう。服洗ってもらわないとなあ……。)
そう考えたところで、服を洗ってもらうどころか、自分が今にも『白い教会』に殺されるかもしれないことを思い出す。エラは深くため息をついた。
涙はいつの間にか引っ込んで、エラはチビの頭をなでていた。
「あなた暖かいわね。子供体温ってやつかしら?」
チビの体温が伝わり、体がなんとなくぽかぽかしてきた。
しばらくすると、エラは今、空が青々として晴れ渡っているのではないかと思った。目は見えないけれど日の光があたって体が暖かくなる感じがしたのだ。風がそよそよと吹き抜け草や木がさざめき、小鳥のさえずりがぴよぴよと聞こえてくる。
エラはありったけの力を込めて目を大きく見開いた。どうしても今目の前に広がる景色を見たくなった。だが、痛くなるほど目を広げても何も見えなかった。エラは再び絶望した。
「私が狂おしい程見たいこの景色をあなたは今見てるのよね……。」
エラはチビの頭を再びなでた。
「でも、あなたは今私が聴いている音を聴く事はできない。きっとあなたも狂おしい程聴きたいと思っているのでしょうに。ごめんなさい。耳が聞こえない事を『たかが』なんていってしまって。あなたはまだ小さいのに、耳が聞こえない中今までずっと頑張って生きてきたのね。……」
エラは周囲を見渡した。もう何も見えないけれど、青い空の下の美しい景色が目に浮かんだ。
「……私ももう少し頑張ってみようかな。どのみち今死ぬ訳にはいかないもの。誰にどう思われようとも。」
「あー!!」
突然チビが立ち上がり、嬉しそうに飛び跳ねた。さっきまで号泣していたのがうそのようだ。耳は聞こえないはずだが、確かに伝わったのだろうとエラは思った。
その後はエラはチビに手をひいてもらい白い教会に戻った。もはや目の見えないエラでは『白い教会』から逃げる事はできない。というか、エラがぶつかった木は記憶によると、白い教会のすぐ近くに生えている木で教会から見える位置にある。追手が来なかったのはずっと近くから誰かしら監視していたからなのかな、とエラは思った。ならばなおさら今から逃げるのは愚策だ。
戻って誠心誠意相手の要求に応えてなんとか生かしてもらえるように交渉しようと考えた。うまくいくかわからなかったが、なんとなく前向きな気持ちでいられた。
カゴを被り直し白い教会に戻ると、驚いた事に、エラをまだ捕虜として生かすという方向で話がまとまっていた。まだ利用価値があると踏んだのだろうか。散々エラを罵った後でこの決定なので、針鼠が結局どうしたいのかよくわからない。だが、あえて波風を立てたくはなかったので何も言わずに従った。
『白い教会』が解散すると、昇り藤は緊張がほぐれたようにいつもの調子で働き出した。
「さて、お兄ちゃんドラさんに頼まれてた槍の手入れをしておかないと! あと、洗濯もしないとね。イシちゃんには新しい服を用意するよ! チビちゃんは体を洗ってきなさい。」
「あの……昇り藤。」
「どうしたの?」
「私も何か手伝わせてくれないかしら?目が見えないから、できる事は限られるけれど…。」
昇り藤は驚いて目を丸くした。
「でも、……大丈夫なの?」
エラは力強く頷いた。
「チビを見てたら、ただ嘆いてばかりではいられないって思ったわ。だから、自分のできる事をちょっとずつでもいいから増やしていきたいの。それに、役に立つ所を見せていかないと、いつ殺されてしまうかわからないしね。私はあくまで捕虜だもの。」
今はエラを守ってくれる人はいない。
だが、チビや昇り藤のように気にかけてくれる人達はいる。呪われて、身分も友人も家族も奪われた中で彼らがいる事はとても幸運な事だと感じた。
昇り藤はにっこり笑って頷いた。
<作者フリースペース>
ここまで読んでくださってありがとうございます!
当初、
姫→女王
女王→王太后(女王の摂政)
って事にしようかと思っていたんですが、姫と女王の方がわかりやすいなと思ってこのようにしました。王太后ってもし書いてあったら女王の謝りです!ご注意ください!