2番目に奪われた大切なモノ
エラは今、『白い教会』の本拠地の外にいた。
正確には外庭で、本拠地の敷居内である。外にでると、空は快晴で風の通りも良く少しだけ晴れやかな気分になった。
『白い教会』の本拠地は屋根に十字架が立っていて本当に白い教会だった。今は太陽の光を白い壁で存分に反射していて眩しい。
外庭はよく見ると、透明な液体のような魔法の壁に覆われている。中からは外の景色が見えるが、外からは見えない_というか、見えてもすぐに忘れてしまうという魔法らしい。魔法の壁の外は、街外れのように草地が広がっていて人気がないが、遠目に下級街の建物が立ち並んでいるのが見える。
エラは魔法の壁の話を聞いてホッとした。本拠地が丸裸ではすぐに女王の手の者に見つかってしまうと思ったからだ。
今この場には黒目と昇り藤、そして後何故かチビがいる。エラの背後には人二人分程度の高さの木があり、木が生えている部分だけちょっとした丘になっている。昇り藤とチビはこの木の下で仲良く座って黒目とエラを観ていた。
「私を簡単に建物に出しちゃっていいの?」
エラは訝しく思い尋ねた。すんなり建物の外に出してもらえて内心驚いていた。
「逃げないだろ?」
「……まあ、今は。」
エラはしぶしぶ頷いた。
今後どうなるかはわからないが、少なくとも今は『白い教会』はエラに危害を加える気はなさそうだ。このまま『白い教会』にいればホール家について何かわかる事があるかもしれない。それに、たとえ今逃げ出したとして、エラは行くあてがなかった。彷徨っていればまた『歩く月』のように怖い人たちに襲われてしまうかもしれない。エラを受け入れてくれる所がなくのたれ死んでしまうかもしれない。そういう意味でむしろ『白い教会』は居心地が良かった。針鼠がエラに利用価値を見出している間は衣食住が保証されているのだ。
「黒目達はどうなの?」
「何が?」
「逃げたら、私を殺すの?」
「……ああ。昇り藤は優しいから無理だろうが、私は違う。これ以上仲間を失望させる訳にはいかない。『白い教会』の内部情報を知ってしまった捕虜をみすみす逃す気はない。」
「内部情報を知ってしまったって…、無理矢理連れてきたのはあなた達じゃない。」
「そうだな。だが、どんな事情であれ、お前が逃げるものなら殺す。」
「……。」
黒目は真っ直ぐにエラを見た。黒い瞳から真剣さが伝わる。その時が来たら彼女は本気でエラを殺すつもりだろう。エラは黒目と仲良くなったつもりはないが、それでも今まで普通に会話していた相手に簡単に「殺す」と言われてショックだった。
「……いつ殺すかもわからない捕虜になんで魔法を仕込むの?」
「折角の捕虜を最大限に有効活用するためだ。お前、ボウシ族は音楽や美術など芸術に特化した種族なのは知ってるよな。それと同じように私達イシ族にも特化した物があるんだ。_それが魔法だよ。」
「……!」
黒目は自身のズボンのベルトにさしてあった棒状の物を取り出す。棒は20cm程度で先端が尖っている。魔法の杖だ。
「ちょ、ちょっと待って!! 魔法なんて、使えないわよ! それにイシ族が魔法に特化した種族なんて聞いた事もないわ!」
「それはお前達貴族の多くが魔法に関する知識を身につけようとしないからだ。お前も今まで魔法を使おうとしなかっただけで、練習すれば習得出来るはずだ。」
黒目の目の前には、さっき昇り藤が持ってきた細い木の枝が置かれていた。黒目は杖を構えた。
「燃えろ!」
ボワンッと音を出して枝は燃え上がった。だが、すぐに火は消えて黒焦げになった枝のみが残る。
「……あなた魔法使いだったのね。」
この国では魔法使いが結構珍しい。上級街の方では魔法使いが召し抱えられているのでよく魔法を目にする機会があるが、下級街では本当にレアだろう。後から聞いた話だが、ここの魔法の壁も黒目の魔法だそうだ。
黒目は少し自慢げに口角をあげた。
「ああ、『白い教会』で唯一の魔法使い__正確には魔法戦士だ。魔法使いを見るのは初めてか?」
エラは首を横にふって、無言で頭に乗ったカゴを触る。
「悪い、馬鹿な質問をしてしまったな。女王は、ただでさえ珍しい魔法使いの中でも相当強力な魔女だ。今私が放った魔法は現代魔法だが、女王はこの他に『古い人々』の時代の呪いを自在に操れる。」
「『古い人々』の……呪い?」
「古代魔法だよ。これは現代魔法とは比べ物にならない程強力な魔法だ。名前さえ分かれば相手を古代魔法で呪う事が出来る。病気になるように呪えば病気になるし、死ねと呪えば死ぬ。」
「……!ま、待って!!じゃあ、私にかかった呪いって…」
「ああ、女王はエラ・ド・ホール_お前の名前を知っているから呪う事ができたんだ。そして、魔法を使える私もお前の名前を知ってしまった。だから、私もお前を呪う事ができるんだ。…どんな呪いが使えるかは言えないがな。」
「……。」
黒目は少し申し訳なさそうに一瞬沈黙した。
最初に針鼠がエラに名乗らせたのは、黒目にエラをいつでも呪わせられるようにするためだった、という事か。
「……ここではお互いに相手の名前を知らない。知っていても呼ばないようにしている。咄嗟に敵の前で名前を叫んだりしないようにな。だが、貴族達は違う。奴らは魔法を知らな過ぎだ。平気で真の名を口にする。だから女王は好き勝手人を呪う事が出来るし、誰も女王に逆らえなくなる。」
「そんな……、そんな事が……。」
エラはあまりにも受け入れ難い真実に頭がついていけていなかった。
「このまま女王を野放しにしていればこの国は必ず崩壊するだろう。私達はそうなる前に動かなければならない。だが、女王や周辺の幹部らを暗殺しても国が瓦解するだけだ。針鼠を王にする必要がある。」
「あなた達は本気なの…?本気で、あんな、冷酷で他人を常に蔑んでいるような人を王にしようと思ってるの?」
「……奴は頭が切れるし、感情に振り回される事がない。少なくとも今よりは良い国になると信じてる。それにこのまま南の国ヒートンとの全面戦争が始まれば、母のように飢えに苦しむ人々が大勢出てくる事だろう。私はなんとしてもそれを防ぎたい。他の奴らも皆、家族や友人、大切な人を守りたいんだ。だから『白い教会』に入った。」
「……。」
エラが黙っていると、黒目が「やってみろ。」と言って魔法の杖を差し出してきた。エラは少し緊張しながら杖を受け取り、構える。昇り藤がいそいそと新しい細い枝をエラ達の前に置いていく。
(自分が魔法を使う日が来るとは思わなかったわ。魔法を使うってどんな感覚なのかしら。)
緊張でドキドキと胸が高鳴った。
「も、燃えろ!」
エラは叫ぶ。
……だが、何も起こらなかった。
「もっと強く炎をイメージするんだ。」
エラはその後も何度か「燃えろ」と叫ぶ。だが、何も怒らない。
「や、やっぱり私に魔法なんて無理だわ……。」
「お前がイシ族である以上、魔法は必ず使えるはずだ。だが、まあ、才能はなさそうだな。」
エラは肩を落とした。黒目も残念そうだ。エラが魔法使いになれば、『白い教会』でも数少ない魔法要員が増えるかもしれなかったのだから惜しいのだろう。
エラは深いため息をついた。ひょっとしたら、勉強ができず特技もない自分には魔法という特別な才能があったのかもしれないと、ほんの少しだけ期待していたのだ。
(私って、ダメダメね……。)
_その時、ふと視界の端に白い蝶が舞うように飛んでいるのが見えた。
「……!」
エラは思わず白い蝶をもう一度見た。だが、もうそこには蝶がいなかった。
エラは昔から不吉な事が起こる時たまに赤い蝶を見る。だが、白い蝶は見た事がなかった。白い蝶は一瞬しか見れなかったが、とても不思議な蝶だ。チラチラと日の光を反射して何かエラに力を与えてくれるような気がした。
「もういいか?この後針鼠達と話し合いがあるんだ。」
黒目が杖を返すようにと片手を出した。
「も、もう一度だけやらせて!」
エラは思わず叫んで杖を構えた。黒目は怪訝な顔をしたが、止めなかった。
エラはスウッと冷たい空気を吸う。
「燃えろ!」
途端、身体中の力が抜ける感覚がエラを襲った。
ジュッと音がなって細い木の枝の小さな一点が少し黒く焦げた。
エラはペタンと地面に座り込んだ。今までにない疲労感を感じる。上級街を何周か走り回ったみたいだ。
「こ、これだけ……?」
「ま、まあ、上出来なんじゃないか?…お前にしては。」
黒目が微妙にフォローになっていない一言を言って杖をベルトに戻した。
その後は一旦本拠地の中に戻った。
中では針鼠らがロウサ城の地図を作っていた。地図は空白が多く、エラは補完を要求された。
エラの知っている範囲で地図の補完が終わると、黒目だけが針鼠らと残り、エラは部屋を追い出された。その後は何故か昇り藤に食べ物の買い出しに行こうと誘われた。
(昇り藤は少し警戒心がないわね……。)
エラは逃げる気は確かになかったが、なんの警戒もなく捕虜を買い出しに連れて行こうとする昇り藤が心配になった。それにエラは国の牢屋を抜け出してきた身だ。兵士などに見つかる訳にもいかない。その事を昇り藤に伝えると、「今のあなたはどこからどう見てもただのボウシ族だよ。」と言われ、少し強引に外に連れ出された。
「黒目は私を最大限に利用するために魔法を教えてくれると言っていたけど、きっと黒目の望むようにはならないわ。」
エラは歩きながらさっきの魔法の特訓の話をした。昇り藤が驚いたように大きな目を更に大きくした。
「あら、黒ちゃんがそんな事を言ってたの?ふふっ素直じゃないんだから。」
「……?」
「黒ちゃんはイシちゃんが魔法使いになれば他の人達にイシちゃんの事を仲間として認めてもらえると思ったんだよ。」
「……!まさか。」
そんな話をしていると、エラ達は下級街の大通りに出た。すると、すぐに昇り藤は顔を曇らせた。エラも同様だ。
大通りは忙しく人々が行き交っている。下級街に来て最初の時はエラは気づかなかったが、皆痩せていて疲れ切った顔をしている。ボロ切れのような布を羽織って痩せこけた老人が壁にもたれていた。痩せた子供が出店から果物を盗もうとして店主に捕まり、必要以上に怒鳴られ殴られている。道にはゴミが散乱し、端には人が横たわっていて死体なのかどうかわからない。
(下級街の人達の暮らし……初めて見たわ。本当に酷い……。私はこの人達の事を少しも知ろうとしなかったのね……。)
物乞いをしていた子供がじっとエラ達を見ているのに気づいた。正気のない目だった。昇り藤が小さな手でぎゅっとエラの服の裾を掴む。彼女が何故買い出しにエラを連れてきたのかわかった気がした。この街の荒み様を知っていたらエラも一人で買い出しに行く勇気はなかっただろう。
エラ達はしばらく周りを見ないように意識しながら素早く食材を買った。食材を買い終わった頃には辺りは少しだけ暗くなっていて、夕方の一歩手前といった時間帯になった。
白い教会への帰り道、昇り藤はいつもより口数が少なく暗かった。帰り道の途中の大通りで、エラ達は人だかりに道を塞がられた。
「イシちゃん、何があるか見える?」
ホビットである昇り藤は身長が低く、状況が分からなかった。エラは大通りを、馬のない魔法の馬車が何台も通っているのを見た。人々は馬車にひかれないように道端に避けていて、それが人だかりとなってエラ達の行く手を阻んでいた。
「フィンドレイ家の次男坊が亡くなったんだとさ。」
(……!)
エラは息が詰まった。目の前の男2人組が会話しているのが偶然耳に入った。
「なんで? 病気か何かか?」
「さあな。ご遺体を領地のヘイデンまで搬送するそうだ。」
「ヘイデンっていったらすぐ隣の田舎町だろ。フィンドレイ家なら王都のでっかい教会で埋葬するんじゃねえの?」
「フィンドレイ公爵様がどうしても王都で埋葬したくないと仰ったそうだ。」
「……なあ、それって最近貴族達がもめてるのと関係あるんじゃ……」
「しっ……滅多な事口にすんじゃねえ……!」
エラは服の裾が引っ張られてビクッと震えた。引っ張ったのは昇り藤だ。心配そうにエラを見上げている。昇り藤も今の会話を聞いていたようだ。
「……目の前で亡くなった時はあまりにも現実離れしていたから、正直衝撃は少なかったの。でも、こうして目の前でご遺体が運ばれているのを見ると、……」
エラは最後まで言葉を続けられなかった。喉が詰まるような感覚だ。
昇り藤は心配そうにエラの腰をさすった。
「……私、最悪ね。レナード様が亡くなったのは私のせいでもあるのに、ずっと自分の事ばかり考えてるわ。」
「それが普通だよ……。」
エラは嗚咽を堪えるのに必死でしばらく黙っていた。
最後の馬車がエラの前を通り過ぎた頃、エラはやっと呼吸を整える事ができた。
「……レナード様……。自由を愛する快活な方だった……。」
「イシちゃんはその人の事が……好きだったの?」
「……わからないわ。私、誰かを好きになる気持ちがよくわからないの。でも、もしかしたら、もっと長く一緒にいれば好きになっていたかもしれないわね…。」
「……。」
昇り藤はまた黙ってエラの腰をさすった。
「見て、イシちゃん。」
昇り藤がささやいた。彼女の小さな指がどこかを差していた。その先にはフィンドレイ家の馬車の後ろ姿があった。が、指差した物はそれではない。黒光りした馬車の向こう側に、赤々とした夕日が地平線に沈もうとしていた。
「綺麗……。」
エラは思わず見惚れた。夕日はルビーのように静かに輝き、街中を紅色に染め上げていた。
「……呪われたって、貴族じゃなくなったって、友達を失ったって。イシちゃんにはまだ足があるし手があるから魔法の練習ができるし買い出しにこれる。何より目があるからこの美しい景色と巡り会えた。」
自然と涙がこぼれた。だが、それもすぐにやみ、気持ちがスッと安らいだ。
見ると、驚いた事に昇り藤もエラの隣で泣いていた。昇り藤は「もらい泣き!」と言って恥ずかしそうに涙を拭った。
エラはついクスッと笑った。
「昇り藤は好きな人いるの?」
「!!!? な、なんで急に!?」
「なんとなく……。」
昇り藤の顔が真っ赤になっていた。
「ごめんなさい、あまり人に言いたくないなら……」
「い、いないよ! いないから!! 変に誤解しないで!!」
「……そう……。」
「………」
「………」
「…………………」
「………」
「……………………………」
「………」
「…………………………………………………………………り、リーダー。」
「……ええぇぇ……!」
エラはつい叫んだ。昇り藤の顔が更に赤くなり、耳の先まで真っ赤になっていた。
「さ、叫ぶことないじゃない!」
「い、いえ、でも、そうね……ええ。」
エラはどう返せば良いかわからなくなった。あれだけ冷酷な人間だと思っていた針鼠の事を昇り藤のように優しい子が好きになるなんてあまりにも信じがたかった。
エラはふと、朝、食堂で針鼠にバッタリ出くわした時の事を思い出した。あの時昇り藤は緊張している様子だった。その時は、針鼠の「牢に入れろ」という命令を破った事に対して、昇り藤が咎められる事を覚悟して緊張していたかと思った。しかし、今思えば、昇り藤の頬が赤かったようにも思えた。
「ちょ、ちょっと良いなと思ってるだけだからね!もう、そんな顔しないでよ。こんな事誰にも言うつもりなかったのに……。」
「ご、ごめんなさい。じゃあ、何故私に言ったの?」
昇り藤は少し躊躇するように小さな口を閉ざした。が、すぐに開いた。
「………………死ぬまでに、ちゃんと自分の事を沢山人に話しておきたいと思ったからだよ。」
「___っ」
エラは言葉を失った。昇り藤が少し悲しそうに目を細めた。
「……。」
「私たちは国に反逆するギルドだからこそ、いつ死ぬかわからないの。私が初めて『白い教会』に入った時から今日まで、ほとんどメンバーが変わっちゃったよ。多くの仲間を失っていく内に、気づいたの。自分の終わりもそう遠くないって。だから、後悔する前に自分の事を沢山話しておこうと思ったんだよ。」
「私だっていつ死ぬかわからないわ……!」
「ううん。あなたは生きて、イシちゃん。生きるために必死にもがくんだよ。生きて、お家を再興させて、家族といつまでも幸せに暮らさなきゃ。」
気づけば、町外れの草地にたどり着いていた。白い教会がすぐそこに見えた。
夕日は沈み、すっかり暗くなっていた。今夜はあまねく星々と満月が夜空を飾っていた。
「__その時、頭の片隅でふと私の事を思い出してくれればいいからさ!」
昇り藤は満面の笑みを浮かべた。満月の白い光が眩しく昇り藤の笑顔を照らした。
「……そんな事……! __________っ」
エラは一歩、また一歩と足を動かし、そして止まった。キョロキョロと周囲を見回し、頭のカゴに手をつっこんで何度もまぶたや鼻、目の周りをくまなく触る。
「………ぁ……。」
「ど、どうしたの?」
エラの不自然な行動が心配になって昇り藤は駆け寄った。
「……。」
「イシちゃん?」
「……な、い。」
「……?」
「見えない。」
「え……?」
忘れかけていた呪いの魔の手がエラを襲った。
___『体の大切だと思っている部分を徐々に奪っていく呪い』
最初に奪われたのは顔だった。
そして、2番目に奪われた物は___
「_________目が、見えないのよ!!!」
<作者フリースペース>
ここまで読んでくださった方ありがとうございます!!
一点補足です。
名前を知っている相手を呪える件なのですが、それが理由で「姫」と「女王」の名前も明かしていませんでした!
すみません、それだけです!