犯罪者ギルド『白い教会』のリーダー『針鼠』の正体は…!?
「………………………え?」
エラは頭が真っ白になった。
ここまででも到底信じられない話を聞かされていたのに、この期に及んで目の前のイシの女性はなんと言ったか。
エラが固まっていると、イシの女性は小さく嘆息した。
「もう一度言う。奴はローフォードの王子だ。到底信じられないと思うがな。」
エラは今度こそ開いた口が塞がらなくなった。
あの、常に他人を馬鹿にしたような顔をしている人が、……
……あんな奴が王子?
エラは朧げな記憶を慎重にたどった。
エラが13か14のとき、先王が崩御した。その時、王妃が王位を継承し、今の女王になったのだ。
(いえ、でも、確か……先の王様には現女王様の他にもう一人王妃様がいらっしゃった! でも、先王が亡くなってすぐに不祥事を起こして、自らの子である王子様と共に亡くなったと……。)
エラも当時はまだ幼かったため、実際にどんな事件があって王妃や王子が亡くなったのか覚えていない。その後王妃と王子については口にしない方が良いというのが貴族間の暗黙の了解だったため、ろくに調べようとすら思わなかった。
万が一、王子が亡くなった、というのが嘘で本当はどこかで生きていたとしたら__現王政府に天変地異が起きるのではないだろうか。
「私達は彼の正統な血を利用して現女王から王位を剥奪する。『女王に王位を奪われた悲劇の王子』という名目で我々の正当性を主張する。民も貴族達も女王から気持ちが離れつつあるから、支持を得るのは容易いだろう。」
「しょ、証拠はあるの……?針鼠が……王子様だって……証拠が……。」
「__なあ、もういいだろ。捕虜に懇切丁寧に説明する程、虎であるオレは暇じゃねえ!」
突然、強面の男が立ち上がった。男は虎の頭の獣人で獲物を狩るような鋭い目をエラに向けた。見るからに凶暴そうだ。
「そんな、捕虜なんて……。この子も女王の被害者なんだよ?仲間に……したりできないかな?」
「仲間!?そいつァ貴族だぞ!平民から奪う事しか能がない、貴族だ!仲間になんてする訳ないだろ!なあ?黒目!」
「……」
『黒目』と呼ばれたのはイシの女性だ。黒い目だから黒目なのだろうか。彼女の母親は至らぬ政策のせいで死んでしまったのだ。貴族や王族に恨みがあるはずだ。黒目と呼ばれたイシは複雑そうな顔をして黙りこんでしまった。他の人々も同様に固く口を閉ざした。虎頭の獣人は「ひよってんじゃねえよ。」とイライラした様子で壁にもたれかかった。
「そもそもこいつの話は事実かどうかも怪しい。実は女王に呪われたと見せかけて『白い教会』の内部情報を探りに来たスパイって線も考えられるんじゃねえのか?」
「それはないはずだ。この呪いからは強い憎しみを感じる。術者が相当相手の事を恨んでいないとこれ程の呪いを放つ事はできない。それにこの呪いは『古い人々』の時代のかなり高度な魔法だ。こんな大魔法が使えるのはこの国では女王しかいない。つまり、女王が本気でこの女を憎んで呪ったのは事実だろう。フィンドレイ家の息子の話は後で潜ってる連中に確認すればわかるだろ。なに、大貴族の子息が死んだんだ。いくら女王でもそう長く隠せはしないさ。」
イシの女性が答えた。彼女は魔法に精通しているようだった。虎頭の獣人が鼻を鳴らした。
「……私をどうする気?」
エラは不安になって聞いた。椅子に縛られて散々脅されたり恨みをぶつけられたりしてエラの心はズタズタになっていた。ひょっとしたら自分は情報を吐くだけ吐いたら殺されるんじゃないか、とすら思った。
すると、今まで暇そうにおもちゃの短剣をいじくっていた針鼠が口を開いた。
「俺たちは近い内にロウサ城に忍び込む。そこに城の内部に詳しいお前を同行させる。城内部に使用人として数人潜らせてはいるが、使用人ではどうしても行動が限られてしまうからな。だからお前を使う。」
「!!女王様を暗殺するの!?」
「違う。城からある物を盗みだすんだ。」
「な、何を……」
「これ以上説明する義理はない。拒否するなら殺す。以上だ。解散。」
針鼠は立ち上がり、「そいつを牢にでもぶち込んどけ。」と言って部屋を出ていってしまった。茶髪のノドムがそれに続いた。彼は部屋を出る手前で振り返った。
「女イシの事は黒目と昇り藤に任せる。」
「!!ちょっと待ってくれ!昇り藤はともかく、何故私まで……!」
「昇り藤一人だと万一の事が起きた時対処しきれないだろう。それに、黒目はその捕虜と同じ種族で女同士だから、なにかと都合がいいはずだ。」
そう言って茶髪のノドムもさっさと出ていった。続いて、他の人たちもゾロゾロと去っていき、あっという間に部屋にホビットの『昇り藤』とイシの『黒目』とエラが残った。すると、『昇り藤』がエラの拘束を解いてくれた。
「……もはや誰も私の事を信頼していない。捕虜の監視を言いつけて体良く私を中心グループから遠ざけているんだ。」
『昇り藤』がエラの縄を解いている間、『黒目』がショックを受けたように呟いた。
「そんな……考えすぎだよ。」
「少なくとも、針鼠はそう思ってるよ。私が、仲間達を引き連れてフリン牢獄を襲撃し、仲間も罪無き受刑者達も無意味に死なせてしまった……。針鼠が命がけで助けに来てくれなければ私も捕まっていただろう。」
(……!!)
エラははっと気がついた。『黒目』の声は聞き覚えがあると思っていたが、エラを牢屋の中から解放してくれた人だった。夜だったし、その時は精神的にいっぱいいっぱいだったので全然『黒目』の顔を覚えていなかったが、今は確信をもって彼女だとわかる。
「あなたが私を牢屋から出してくれた人ね!」
黒目は小さく頷いた。
正直、今のエラとしては黒目に対して複雑な気持ちだった。確かに黒目のおかげで牢屋からは脱出することができた。冷静になって振り返れば、あれだけ怒り狂っていた女王が素直に自分を赦して牢獄から出してくれるとは思えないので、脱出して良かったと思っている。しかし、かといって、今の状況は芳しくない。周りは敵だらけ。いつ殺されてもおかしくない状況だ。針鼠は城から『ある物』を盗みたいと言っていたが、城に忍び込むのも命がけになるだろう。『ある物』を盗み出すのに成功したとしても、エラを彼らがどうするかわからない。というか、それ以前に呪いで死んでしまうかもしれない。
「大丈夫?」
昇り藤が心配そうに声をかけてくれた。正直エラは全然大丈夫じゃなかった。目から涙がこぼれそうになるのを必死で我慢した。昇り藤はエラをかわいそうに思ったのか肩をそっとなでようとする。が、身長が低く、エラの腰をさわるだけになった。
「来て。中を案内するよ。その服も変えなきゃ!」
昇り藤がエラの破れたドレスを引っ張った。
「……私を牢屋に閉じ込めるんじゃないの?」
昇り藤が首を横にブンブンふった。
「針鼠はそう言ってたけど、イシちゃんの事を任されたのは私達だよ。私達が見てるなら自由にさせてもきっと誰も文句言わないよ。」
そう言って昇り藤がエラに微笑んだ。エラは心の中でホッと安堵した。
「……あの、私の名前はエラよ?ずっと気になっていたんだけど、皆変な名前で呼び合ってるわよね?」
「ここではわざとお互いの名前を隠してるんだよ。お前も万一城の者達の前で咄嗟に本名を呼ばれたら色々と面倒だろ。」
エラは頷いた。だが、いまいち腑に落ちない所もあった。
(私は本名を隠した方がやりやすいけど、他の人達はわざわざ名前を隠す必要があるのかしら?)
ぼんやり疑問を頭に抱いていると、昇り藤は小さな手でエラをひっぱり別室へ案内してくれた。その部屋は、さっきのエラが尋問された部屋より少し広くタンスやベッドなどがいくつか並び、床にも敷物がしかれている事以外は特に何もなく、人は一人もいなかった。よく掃除しているのか埃っぽくなくきちんと片付いている。
昇り藤は「ここは女の部屋だよ。」と言って、椅子を引っ張ってきてタンスの中を探った。服は数枚しかなく、部屋が片付いているというよりは物が少ないのでは、とエラは思った。昇り藤はタンスの中から一枚の服を掴むと、顔をパッと輝かせた。どうやら丁度良い物を見つけたらしい。
「……私一人で服を着た事がないのだけれど……。」
「あ、そうだよね!それじゃあ……」
「甘やかすな、昇り藤。庶民の服は貴族のより簡素だ。服くらい自分で着れるようにしろ。」
昇り藤はショボンと眉毛を八の字にして、心配そうにエラを見上げた。奥では黒目が静かにエラを睨んでいた。エラは仕方なしに一人で服を着てみる事にした。
「あの、頭のやつとるからあまり見ないで欲しいのだけど……」
「そ……」
「ダメだ。私達はお前の監視を任されている。モタついていないで早くしろ。」
エラは少しムッとしたが黙ってカゴをとった。急いで長い髪でなるべく顔を隠すようにした。濡れた布をわたされて体をふき、服を掴んだ。庶民の服は本当に簡素で、袖と首を通しスカートをはけば終わった。最後に昇り藤がエラの腰に薄い橙色の腰布を巻いた。
「オシャレよ、可愛いでしょ?」
「別に……今の私にオシャレなんて……。」
「……あ、あと、髪もぐしゃぐしゃだからくしでとかさないと!イシちゃんの髪はサラサラでとても綺麗だから私もやりがいがあるな!」
昇り藤がタンスからブラシをとりだすと、すぐに黒目が上からとりあげた。
「じ、ぶ、ん、で、や、ら、せ、ろ。」
黒目がエラにブラシを投げ渡し、結局エラはブラッシングも一人でやった。エラは身だしなみが整うとすぐにカゴを頭に被せた。着替えを一人でやるのも、カゴがないと落ち着かないのも、今のエラにとっては屈辱的だった。エラは我慢して、昇り藤達の案内についていった。
建物は一般の民家と比べて少し大きめ施設のようだった。食堂や、キッチン、武器庫、地下室など、昇り藤はなんの警戒心もなく案内してくれた。見回っている途中で見かけた人々はほんの数人しかいなかった。『白い教会』の大半は下級街の民家に住んでる一般人であり、活動時にこの本拠地に集まるのだそうだ。この本拠地に本格的に住みついているのは針鼠や、数人の訳ありメンバーだけらしい。エラは案内されている間、針鼠やおっかない虎の顔をした『弟ドラ』に出くわしてしまうのではないかとヒヤヒヤしていたが、昇り藤曰く今は不在らしい。
昇り藤に案内してもらっている間エラは思わず聞いた。
「……どうして貴族の私にそこまで親切にするの?」
さっきから『昇り藤』と呼ばれたホビットだけはエラにとても親切にしてくれる。革命軍が貴族を目の敵にしている中で不自然だと思った。
昇り藤は困ったように微笑んだ。
「私はそこまで貴族だなんだってこだわってないんだよ。ただ、今の苦しい生活がなんとかなればなって思っているだけ。あなたの話だってできる事ならなんとかしたいと思ってるよ。女王はあなたの呪いの解き方について何か言ってなかったの?」
「……何も。」
「……そう。あのね、イシちゃん。」
昇り藤は慎重に言葉を選ぶように言った。
「あなたには酷かもしれないけど、あなたはやっぱり、あなた自身のためにも革命軍に協力した方がいいよ。もちろん、協力しなかったらリーダーが何するかわからないっていうのもあるけど……。__もし革命が成功すれば女王から呪いの解き方を聞き出す事ができるかもしれないよ!」
「___っ」
エラは息をのんだ。
エラはこれまでずっと呪われた事ばかり気をとられていて、ろくにこれからの事について考えていなかった。もう自分には救いがないんだと諦めていたのだ。
女王から無理やり呪いの解き方を聞き出す、なんて考えてもみなかった。
(もし……もし、呪いが解けたら……、この顔も元に戻るのかしら?)
エラは早鐘のように心臓が高鳴った。
「他の魔法使い……宮廷魔法使いとかでもいいのかも知れないけど、女王から聞き出すのが一番確実なんじゃないかな。女王は普通の魔法使いよりも優れた魔女だから。ねえ、黒ちゃん?」
「え……ま、まあ……そうだな。」
黒目はいまいち煮え切らない返事の仕方だったが肯定する。
「それなら、やっぱりイシちゃんは私達の仲間になるべきだよ。リーダーと、弟の方のトラちゃんは嫌がるかもしれないけど、他の人達はきっと歓迎してくれるよ。」
カゴの隙間から昇り藤の可愛らしい小さな顔が心配そうに覗き込んでくるのが見える。
(『歓迎』……はしてくれないと思うけど……。)
エラがちらっと黒目をみると彼女は複雑そうな顔で俯いていた。
だが、たとえ『白い教会』が自分の事を迎え入れてくれるとして、エラは『白い教会』の仲間になりたいだろうか。
エラは考えた。
エラは、女王の事も、姫の事も、あの場にいた貴族の事も全員憎いと思っている。呪いだって解ける可能性があるのならそれにかけてみたいと思っている。
しかし、だからといって革命軍に加わりたいとは思わない。革命を起こすという事は国に仇なすという事だ。自分がずっと尊いと思っていた人たちを殺すかもしれない。そうなったら、もう後には引けない。どうあがいてももう自分は元の生活に戻る事はできないだろう。
(それに……。)
エラは姫の顔を思い浮かべた。どうしても気が進まない。何度も、姫が自分を追い込んだ場面を思い出しては怒りで我を忘れそうになるのに、どうしても死ぬところまでは想像したくなかった。
ホール家の事もまだわかっていない。もしかしたら、自分だけ罰がくだって、ホール家自体はそこまで大きな影響を受けていないかもしれない。そうなった場合、エラが積極的に革命軍に協力してはかえっておじさん達に迷惑がかかるのだ。万が一エラが革命軍に加担している事を王政府側に知られれば、ホール家が報復を受ける事になるからだ。革命が成功したとしても、貴族であるおじさん達に影響が及ぼされるかもしれない。
それなら、自分はこのまま一生体を蝕まれ続けて良いのか?
エラは首を横に振る。
彼らが、エラの代わりに手を汚してくれれば、エラの呪いがなんとかなるかもしれない。あえて彼らを邪魔しようとも思えない。
「……わからないわ。私、どうしたら……。」
昇り藤が残念そうに顔を曇らせる。黒目も大きなため息をついた。
「……ごめんなさい。」
「イシちゃんが謝る必要は……___うわっ!」
突然、何か黒い物体が飛び込んできた。
それは昇り藤に軽くぶつかり、そして、エラに突進してきた。




