伯爵令嬢なのに義母と義妹に追い出されましたが、運命の人に出会えたので幸せです
「――さっさと出て行きなっ‼︎」
「きゃあっ!」
背中を突き飛ばされ、床に倒れ込みました。
「お、お義母様、お許しください……っ」
床に這ったまま頭を下げれば、頭上から怒号が聞こえます。
「朝までに、アビゲイルのドレスを手直しするように言っておいただろう!なんで出来てないんだっ‼︎このグズがっっ‼︎」
「シンシアお姉様って、ほんっっとグズね。なんで言われたことが出来ないのかしら!」
下げた頭をアビゲイルに踏みつけられ、地面に押しつけられました。
「申し訳、ありませんっ……!」
この義母と義妹は、他にもやることを色々と言いつけておいて、私がとても間に合うはずがないのをわかっていながら、理不尽に怒っているのです。
「お前みたいなグズはうちにはいらないんだよ!わかったら早く出て行きな‼︎」
うちには、ですか。
この邸は私の父、カーティス・ダルトリー伯爵のものです。
母を幼い頃に亡くし、後妻として父が五年前に連れ子のいるキャロリンを迎え入れるまで、父と私が仲良く暮らした邸。
初めは良かった。
義母は優しく、義妹のアビゲイルも私を慕い懐いていたから。
でも、二年前、父が事故で亡くなってから態度が一変しました。
キャロリンとアビゲイルの二人は、私を使用人以下として扱い、部屋や持ち物を奪い屋根裏へ追いやり、雑務を押し付け、食事も減らし、執事とは名ばかりの愛人と御者一人だけを新たに雇い、私を庇ってくれた以前からの使用人みんなを解雇してしまいました。
そのせいで、邸の仕事は全部私がしなければならなくなり、当然、時間が足りるはずもなく、毎日怒鳴りつけられています。
でも、それも今日で終わり。
「……わかりました。今までお世話になりました」
……色々、ね。
「あら、ようやく出て行ってくれるの?良かったわ」
「お母様ー!新しいドレス欲しーい!」
「そうね、来月の舞踏会のために今から買いに行きましょう!」
来月、お城で舞踏会が開かれます。
レナルド王子の結婚相手を探すための催しです。
この国オールポートの王家には、代々、恋愛結婚をするという珍しい習わしがあり、王子と歳の近い国中の令嬢が招待されます。
私にも招待状が届いたのですが、義母に燃やされました。
「まだいるの?早く出てってちょうだい」
「ばーいばーい!」
虫を追い払うように手を振る義母と、笑顔で手を振る義妹。
いえ、出て行くのだから、もう義理の母でも妹でもありません。
もうこちらを見てもいない二人に一礼して邸をあとにしました。
◇◇◇
いよいよ、今日はお城で舞踏会が開かれます。
ただ、少し変わったものになるようです。
招待状を元義母に燃やされた私ですが、水色の清楚なデザインのドレスを身に纏い、お城の中にいます。
舞踏会の開かれるホールは、色とりどりのドレスを纏った令嬢達で華やかです。
期待に満ちた令嬢達の視線の先、大階段の上にレナルド王子が現れます。
「本日は私のためにお集まりいただき、ありがとうございます」
ホールからは、令嬢達の黄色い声が聞こえてきます。
「しかし、謝らねばならぬことがあります」
黄色い声がどよめきに変わりました。
「この舞踏会が開かれる前に、運命の人に出会ってしまったのです」
どよめきが大きくなります。
「よって、今日の舞踏会は花嫁探しではなく、花嫁披露の場とさせていただきます」
どよめきが悲鳴に変わりました。無理もありません。自分が選ばれるかもしれないと期待していたのに、すでに相手が決まったと言われたのですから。
「さあ、こちらへ」
レナルド王子が横を向き手を伸ばします。
そして、その手を掴むのは……。
「紹介します。私の婚約者、シンシア・ペンバートン子爵令嬢です」
そう、私です。
私がレナルド様の手を取り、並んだ瞬間、聞き覚えのある声の悲鳴が聞こえてきました。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあああっっっ‼︎‼︎嘘よぉぉぉぉお‼︎‼︎」
「何でこんなとこにいるのよあんたぁぁっっ‼︎⁉︎」
令嬢達の中にいた、元義妹と元義母です。
その異様さに、周りにいた令嬢達が距離を取り、二人の周りだけ空間が出来ています。
「お久しぶりですね、キャロリンさん、アビゲイルさん」
「はぁぁあ⁉︎そんなとこで何してんのよシンシア⁉︎私の王子様に触ってんじゃないわよっっ‼︎‼︎」
レナルド様はいつからアビゲイルのものになったのでしょうか?
「シンシア!アビゲイルと変わりなさい‼︎」
「お断りします」
「キーーーーッッ‼︎母親の言うことが聞けないのかいっっ‼︎‼︎」
「私は、貴女の娘ではありませんし、言うことを聞く義理もありません」
ダルトリー伯爵家を追い出された時から、すでに義理の親子ではありません。
「なんですって⁉︎あんた何様よ‼︎‼︎」
「――貴女こそ何様ですか?」
レナルド様が凛とした声を響かせました。
「あ、レナルド王子、違うんです!そのシンシアはグズで、うちの娘のアビゲイルの方がっ……」
「そうですレナルド王子!シンシアは言われたことも出来ないグズです!そんな女より私をお側に――」
「私の婚約者に対してグズとは」
怒気を含んだレナルド様の声に、辺りが静まりかえります。さすがの二人も黙りました。
「未来の王太子妃に対する暴言の数々、不敬である。その者らを捕えよ!」
レナルド様の声で、衛兵の方達がキャロリンとアビゲイルの二人を拘束しました。
二人は衛兵の方達に引き摺られ、ホールを出るまでずっと何かを喚きながら連行されて行きました。
「レナルド様、私の元義母と義妹が大変失礼いたしました」
「気にしないで。シンシアから聞いていた通りの人達だったね」
◇◇◇
ダルトリー伯爵家から追い出された私は、遠縁のペンバートン子爵家を頼り、養女になりました。
追い出される前に連絡を取り、いつでも向かえるようにしておいたので、狩りのために乗っていた愛馬を走らせ子爵家へ向かいました。
ペンバートン子爵家は王都で大店を営んでおり、生活用品から食品まで手広く取り扱っています。
その商店で扱う兎肉が最近品薄だと聞き、実家では食料は自分で調達せざるを得なかったため、狩りが得意になっていた私は、近郊の森に狩猟に出ました。
良さそうな兎を見つけ弓矢で狙っていた際、近くで大きな馬の嘶きが聞こえ視線を向けると、二頭の馬が野犬の群れに襲われている所でした。
私は咄嗟に兎から野犬へと標的を変え、一匹を仕留めると、他の野犬達を追い払うことが出来ました。
「大丈夫でしたか?」
「ありがとうございます、助かりました。とても良い腕をされていますね」
二頭の馬に駆け寄ると、馬に乗っていたのがレナルド様と従者の方だったのです。
レナルド様と目が合った瞬間、目を離すことが出来なくなりました。
それは、レナルド様も同じだったようで、その場で求婚されました。
その後、舞踏会までの間にお互いの事を話す中で、あの二人の事も当然話しました。
「何という人達だ!厚かましいにもほどがある‼︎」
レナルド様は我が事のように怒ってくださり、すぐにでも処罰しようとしてくださいましたが、私はせめて舞踏会まで待っていただくようにお願いしました。
◇◇◇
私、性格が悪いんです。
誰も見てないところで捕まるなんて面白くない。
沢山の観衆の中で、大恥をかいてもらうくらいしなくては、気も収まりません。
「――シンシア。生涯、君だけを愛すると誓おう」
レナルド様が片方だけ膝をつき、私の手を取り手の甲にキスをされました。
皆さんの目があるので少し恥ずかしいですが、私もレナルド様の言葉に応えます。
「私も、生涯、レナルド様だけを愛すると誓います」
――一月後。
王城で盛大な結婚式を挙げ、私は王太子妃になりました。
外交なども任され、充実した忙しい日々を送っています。
ダルトリー邸に勤めていた使用人の皆さんを、王城勤め出来るようにしてくださったレナルド様に感謝しています。
そして、舞踏会の日に捕らえられたあの二人は、愛人には逃げられ、平民になり国外追放。
風の噂では、親子二人で春を売り生活していたそうですが、流行病をうつされそれも出来なくなり、路地裏に転がっているそうです。
今はあの二人が地面に這いつくばっているわけですね。身から出た錆ですよ。