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戦うネコと守るイヌ  作者: ゾンビ・モトモト
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08 「雨の晩に」

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08 「雨の晩に」


 次の月の十四日、一日早く現れたのはシェパードとブルだった。結局二人は終始行動を共にし、幾重にも張られた非常線をかいくぐってきた。実のところブルはシェパードがいなければ弾倉の交換もままならないのだった。

 日付が十五日に変わる頃、キムとコル小隊のメンバーたちが姿を現した。コルは周囲を気にしながら小声で言った。

「少尉、なんだってこんな四方から丸見えなところで集合なんです?」

 彼らの集合場所はラスベガスからカリエンテに向けて北上する州道が街の手前でフロントストリートに合流する辺りだった。彼らが自分の足で移動すると考えた場合、ラスベガスから二百から三百キロメートル前後が妥当であると思われた。思わぬ襲撃や、背中全体を焼く太陽等も考慮に入れるとそのくらいが限界だった。リトルフィッシュでの任務で砂漠での歩行には懲りていた。そんなわけで道路にも線路にも近いここをシェパードは選んだ。

「ここなら陸上を来る追っ手も、空からの敵もよく見える。敵から丸見えってことは、こっちからも丸見えってことだ」

「しかし狙撃されたら…」

「それも『野生の勘』ってやつで何とかなる。この二週間とちょっとの間、おれは犬のすごさに驚かされっぱなしだ。心配はいらん」

 実際ラスベガスからユニオンパシフィック鉄道の線路に沿って移動してきたシェパードとブルは何度か一般市民に銃を向けられた。だがそのいずれも狙いをつけられた時点で何かを感じ、その度に反射的に駆け出していた。何かの理屈があるわけではなく、感じたから行動したというだけだ。

 まれに通る長距離トラックに姿を見られないように、彼らは道路から距離をとって草むらに身を隠した。サイボーグ犬のブル、キム、シェパード、シープはそれほど頻繁に栄養補給する必要はないが、他の者は何かしら食べる必要があった。交代で餌をあさりに行きながら、その辺りに潜みつづけた。だが日差しがやわらぎはじめても、リオ、ラミー、バーボン、ウォッカは姿を現さない。

「やられちまったのかな?」

 雑種のガブがぼそりとつぶやいた。

「しかしラミーがやられるとは、とても思えんがな。猫のくせに人間の女を口説くんだぞ」

 ブルが何かを思い出したように舌なめずりをした。

「だがラミーは全身生身だ。大きな改造はされていない」

 シェパードは心配そうに頭を上げ、州道を見渡した。ラミーが例のごとくバンやSUVを調達してきてくれればと期待していたが、ラミーがX線撮影をしても後付けされたハッキングツール以外何も写らないスーパーキャットであることを今更ながらに思い出した。ラミーは戦闘向けの装備を何も持っていないのである。


 日差しが傾きはじめると同時に風が出た。その湿り気からしてひと雨来るかもしれない。そう判断したシェパードはブルとキム以外のメンバーを踏切近くの変電施設に移動させた。もう二三日ここで待つつもりだが、あるいは…。シェパードがこの先の展開をあれこれ模索しはじめてしばらく経った頃、案の定雨が降りはじめた。

「けっこうな雨になりそうだな」

 シェパードがそうつぶやくと、

「少尉、何か来ます」

 そう報告したキムが身構えている。雨音にまぎれて四足歩行の動物が近づいてくる。ちょうどそのときに通りかかったトラックのライトがそいつの目に反射した。光る目は一つ。このときシェパードの中では警戒する本能よりも救護犬としての自負の方が勝った。目の高さは彼よりも低く、片目になっているということは救うべき仲間である可能性が高い。トラックが通り過ぎて再び闇に戻ると、そいつの足音は途絶えた。

「ブル、キム、念のため周囲を警戒してくれ」

 シェパードはそう言い残すと途絶えた足音の方へと向かった。雨が次第に激しくなる中、慎重に歩を進めるシェパード。その彼が見つけたのは変わり果てた姿のウォッカだった。美しいペルシャ猫のはずが、かろうじて猫と分かるような状態である。彼はウォッカの首をそっとくわえると、軽く放り投げ、自分の背に乗せた。本物の毛に混ぜて植毛されている人工毛がしっかりとウォッカの体をつかむ。それを確認すると同時にシェパードは走り出した。他のメンバーを雨宿りさせている変電施設に向かうのだ。ブルとキムはついてきている。ウォッカの状態は一刻を争う。


 三百メートルほど東にあるその施設の軒先に入るとシェパードは叫んだ。

「シープ!お前の助けがいる!」

 施設のそこここに身を隠していたメンバーが一斉に姿を現した。コルがどこからかくわえてきた麻袋を敷くと、ジョシュがそっとウォッカを下ろした。ウォッカの右目は完全に失われ、その右の眼窩から後頭部にかけて表皮が耳ごと奪われていた。体には無数の咬み傷があり、そのうちのいくつかは腐敗しはじめている。誰かが「こんな体で…」と言ったが、続きは言葉にならなかった。

 シープは傷を抗生物質入りのシリコンフォームで順に覆ってゆく。シープが出す泡は傷に密着して皮膚の一部のようになる。その処置を確認しながらシェパードは脇の下の太い静脈を探す。探し当てると、彼は右前足の爪をまっすぐに伸ばした。その先から注射針が現れる。

「カンフル…ですか」

 シープがとまどいつつも確認した。

「ああ、この状態で使うのは危険かもしれんが、何があったか聞かねばならん。どちらにしろ長くは持たない」

 シェパードは心臓に流れ込む血液に劇薬を使うのをためらうシープと、固唾を飲んで見守る仲間たちにはっきりと状況を説明した。

「では打つぞ」

 注射の後すぐにウォッカは軽いけいれんを起こした。シープはそっと肩を押さえる。シリコンフォームは既に乾いており、外傷が悪化する心配はない。

「あ…う…」

 意識が朦朧とする中、ウォッカは何かを伝えたがっている。シェパードは生きているうちに後頭部のスロットを開くべきか悩んだ。マスチフのように、またおれが息の根を止めるのか。しかし息のあるうちに取り出さなければ、彼が猫になってからの記憶、特に誰の仕業かを特定する情報が失われてしまう。

「バーボンは…やられた」

 ウォッカが意識を取り戻した。だが脈は弱く速い。これがもう一度遅くなるとウォッカの命は消える。ウォッカは残った左目で何かを探した。

「シードルは…無事か?」

「おお、ここにいる!」

 シードルが前に進み出ると、シェパードはそれを制した。

「ウォッカ、何があった?」

「少尉、あいつは、あいつは…向こう側の人間だ。向こう側のやつだったんだ」

 そう言い終わったウォッカは静かに最期の息を吐き、そしてぐったりと動かなくなった。誰もが無言だった。シェパードは静かにウォッカの左目を閉じてやった。


 どれくらい経ったろう。五分か十分か、いや、ほんの二三分か。シェパードはうなるように、振り絞るようにつぶやく。

「やったのは、どっちだ?」

 ここにいないのはアイリッシュウルフハウンドのリオと、黒猫ラミーの二人だ。





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