06 「ダイナーにて」
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06 「ダイナーにて」
ブルが開けた脱出口の前に全員が揃ったとき、足を負傷した白猫シードルはシェトランドシープドッグの背中に乗せられていた。
「やはり痛むか?」
シードルが負傷したことで、本来の役目である救護犬としての能力を披露することになったシェパードは、ここでもやはり意外なところを見せた。
「いいえ。ギプスのおかげで思った以上に平気です。鎮痛剤のようなものも入ってるんですね。ただスピードで足手まといになるといけないので、シープの世話になっています」
シードルは固定されて手足が動かせないのか、首だけを回して無事であることをアピールした。だがポインターのジョシュは心配になったのか、
「しかし手足がうまく使えていないようだが…」
と心配そうに鼻を近づけた。すると何かにアゴをつかまれて顔を動かせなくなった。
「おい、どうなってるんだ!?」
ジョシュが無理矢理離れようとすると何かが外れ、勢い余ったジョシュは尻餅をついたような格好になった。皆が緊張した様子で目を白黒させる中で、笑っていたのはシェパード、シードル、シープの三人だけだった。
「ジョシュ、お前の感じたとおりだ。シープがお前のアゴをつかんでいたんだよ」
そうシェパードが言うと、シープが種明かしをした。
「おらも救護犬だが。隊長もおらも地毛の間にナノロボットになっている人工毛を植えてんだ。シードルの毛にそれを絡ませて固定してるずら」
シープはシードルごと体を振ってみせた。するとシードルはオエッとえづいた。
「ああ、すまねえ、すまねえ。でもゲロは吐かねえでけろ」
シープのなまりは犬の方のなまりなのか、人間の記憶の方のなまりなのか。しかし使用する言語の特徴は、移植する記憶の容量を減らすために削られているはず等々、周囲がシープの救護スキルではなく、なまりの方に気を取られていると、ラミーが例のごとく冷静に告げた。
「あと十分です」
それはネバダ・プリズンを包囲可能な数の人間の部隊が集まるまでの時間だった。一瞬緊張が走ったが、ブルは舌をべろりと出して言った。
「ラミー、もったいぶらずに教えてくれよ。何かでかいことを考えてるんだろ?」
すると無表情なその黒猫はほんの少し口もとをゆがめて、こう言った。
「二名の志願者を募ります」
続けてラミーが語った計画は単純で、その単純さゆえに絶対不可能にも、容易に遂行できそうにも思えた。自然に視線がシェパードに集まった。
「ラミーとは別のプランがあるやつがいたら今言ってくれ。なければラミーの案で行く。ここから先は互いに連絡を取り合う手段がない。言うなら今だぞ」
そうシェパードが念を押すと、シープの背中から声がした。
「少尉、二名ののうちの一人は私にやらせてもらえませんか?」
シードルは覚悟を決めているようだった。
「足手まといになりそうだからと言うのなら、やめておけ。逃走経路の確保ならブルなりリオなりでできる」
シェパードはわざとシードルの方を見ずに答えた。
「いいえ、そうではないんです。この役は家族がいない者がやらないと、後で家族に危害を加えられるかもしれません」
重い沈黙が降りて、努めて考えないようにしてきたことが各々の脳裏に一気に吹き出してきたのだった。
「いや、それは違う。その逆だ。家族がいる者でないと効果が薄い。少尉、その役は私にやらせてください」
三毛猫バーボンだった。
「よし。あとの一人は走りながら決める。小隊も再編する。まずは出るぞ!」
しゃべる犬と猫がとうとう街へ繰り出すことになった。
ある刑務官が五年ローンで買ったシボレーのSUVを失敬して空港へ向かい、常に燃料が入っている新聞社のヘリコプターにすし詰めになってラスベガスへと移動した。電子制御が可能なものは簡単にラミーの手足となった。そうして地元のケーブルテレビ局KNWCの前に車を止めた彼らは、ラミーの立てた計画に従って小隊に分かれて行動を開始した。
まず先発隊であるコル、ガブ、ジョシュ、シープ、その背中に乗ったシードル、シェパード、キムがバンを降りた。ケータリング会社のバンだったが積み荷は空だった。だがシェパードは歯を剥き出しにして笑う。
「まあ、そうがっかりするな。今から腹一杯ステーキを食わしてやる」
だがシープが心配そうにたずねる。
「少尉、シードルはどうするべ?」
「この作戦のキモはシードルだ。大事に運んでくれ」
「りょ…了解」
シープとシードルは同時に首をひねった。
彼らは道路向かいのダイナーに向かい、そのままの勢いで飛び込んだ。なかなかの高級店のようでドレスアップした男女がテーブルを囲んでいた。雑種のガブが既に案内係の男のみぞおちに飛び込んで倒している。その物音で気づいた客が叫んだ。
「い、いぬだ!」
騒然とする店内。しかしそこは相手が犬であるためにパニックというほどではない。シェパードはシープを促し、まだ料理が運ばれていないテーブルに並んで立つと、やっと口を開いた。
「おとなしくしてろ。お前たちは人質だ。騒げばこの猫型爆弾で店ごと吹き飛ばしてやる」
おもしろいことに客の反応はまちまちだった。真に受けておびえている者、犬がしゃべっていることに気を取られて恐怖心よりも好奇心の方が勝っている者、スマートフォンで写真を撮ろうとしている者。
「おい、そこのお前、写メ撮ろうとしてただろ。コル、ガブ、ジョシュ、そいつをここに引きずって来い!」
若い男が手足をくわえられて引きずられてくる。男は震えている。
「おい、そんなにしゃべる犬が珍しいか。なら撮らせてやる。もっとアップで男前に撮ってくれよ」
男は首を振って後ずさりする。
「撮れって言ってんだ。ついでにSNSに急いでアップしろ。早くやれ!」
男は震える手でシェパードと白猫爆弾をかついだシープドッグを撮影した。シェパードは満足そうにうなづくとこう言った。
「脅かしてすまなかったな。ディナーの続きを楽しんでくれ。他のお客さん方も生きて帰りたかったら、おれの写真を『しゃべる犬だ!』とSNSにアップしろ。おい、キム!誰かシェフを拘束できたか?」
返事の代わりにキムは若いシェフの足首をくわえて、シェパードの足元にやってきた。
「おい、俺たちにリブステーキを焼いてくれ。ウェルダンだ。俺たちは皆血を見るのが嫌いだ」
シェパードはそう告げると、客の向けるスマートフォンやカメラに向かってポーズをとった。
二十分後、テレビ局からレポーターらしき男性とカメラマンが飛び出してきた。何名かのクルーがそれに続いて出る。それを見たブルがつぶやく。
「けっこう遅いな」
テレビマンたちの流れに逆行するようにケータリング会社のバンが局の敷地内に乗り入れた。飛び出す中継スタッフたちがよく注意していれば、無人で動くバンに気づけたのだろうが、しゃべる犬がダイナーに立てこもったという漫画のような事件をスクープしようと血眼になっている彼らはそんなバンのことは気にも留めなかった。きれいにバックで駐車すると、コンソールボックスにうずくまっていたラミーが目を開けた。
「では我々も行きましょうか」
入り口ではウォッカとバーボンがそれぞれ警備員の足首に爪を立てて眠らせ、ブルはロケットランチャーを開いて受付嬢を黙らせた。リオはいたって紳士的にニュース番組の収録スタジオの場所をたずね、結果的に彼女自身に案内させることに成功した。スタジオにたどり着いた彼らは受付嬢を解放し、音も立てず中に忍び込んだ。
プライムタイムのニュース番組は既に始まっており、もちろんトップニュースはダイナーを占領した謎のしゃべる犬たちだった。スタジオの音声では野次馬の声に混じって店の中から聞こえる声があった。ポインターのジョシュが歌っているのだった。マスコミと群衆の集まりが遅く、間が持たないので歌っているのだろう。なかなかいい声だ。そんな中、リオが合図した。
「ラミー、ドアはロックしたぞ」
「では行きましょう」
ブル、バーボン、ウォッカはライトの当たるフロアへ、ラミーとリオは副調整室へ。
ありがとうございました