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戦うネコと守るイヌ  作者: ゾンビ・モトモト
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04 「サイトB」

よろしくお願いいたします

04 「サイトB」


 コル小隊の臭いをたどってゆくと、先ほど彼らをここに連れてきた係員の制服が落ちていた。臭いからすると脱ぎ捨てられてから一時間も経っていない。

「しかしこんな所に脱ぎ捨ててまで何をそんなに慌てていたんだ。それも靴まで」

 シェパードは独り言のようにつぶやいた。

「少尉、脱ぎ捨ててはいないようです」

 先行していたキムが神妙な声で答えた。制服の筒状になった部分から砂のようにも灰のようにも見える粉末がこぼれていた。どういうことだとは誰も言わなかった。人が粉末になるような何かがあったことは明らかだ。

「計算外でしたね」

 今や副官と呼んでもよいブルがシェパードの先回りをした。だがシェパードにとっては想定内だった。悪い意味で。

 マスチフに咬み殺されたドーベルマンは化学分析に必要な装備を持った対バイオテロ要員であった。マスチフがあえてドーベルマンを処分していたとしたら、それは自分たちを任務にかこつけて処分しようとしているとも考えられる。シェパード少尉は負の妄想を振り払うかのように大きな声で指示を出す。

「シープ、ぼちぼちバーボン隊の残りのメンバーが戻る頃だ。お前はさっきの部屋で彼らと合流し、私の臭いを追ってきてくれ。コル、この先は探ったのか?」

「『サイトB』と書かれた密閉式のドアまでは探りました。迂回路はありません」

「キム、先頭を頼む。ジョシュは最後尾を。リオとラミーは私とブルの間に入れ。コルとガブは一緒に先行しろ。ドアにはまだ触れるな」

 シェパードはここまで一息に言い、その後ひとつため息をついた。

「少尉、めずらしいですね」

とブルがのぞきこむ。するとシェパードは鼻先をひと舐めして答えた。

「正直、最初の任務はもう少し楽なのかと思っていたよ。いくら犬になったとはいえ…まあ、いい。行こう」


 コルとガブの待ち受ける密閉式のドアまでたどり着いた頃に、シープと猫たちが追いついた。ほっとしたような表情でシェパードがバーボンに報告を求めるとバーボンは興奮気味に答えた。

「我々の向かった方には出口らしきものはありませんでした。途中食堂らしき場所を探りました。制服や白衣らしきものと砂みたいなのが散乱しているだけで、人間は見当たりませんでした。食器の中の料理はまだ暖かいものもありました。床に落ちている白衣の袖から見えてた砂っぽいのってひょっとして…」

「憶測でものを言うのはやめておこう。人間がいない以上、制圧するのに時間はかからん。むしろここからは生存者を見つけて何があったかを聞き出すことが重要だ」

 シェパードは自分で言いながら、なるほどそのとおりだと思った。今の言葉が犬としての自分から出たものなのか、人としての自分から出たものなのかは分からないが、当面の正解であることは間違いない。


 リオは聴診器のように前足を動かしながらドアを調べている。ラミーはリオに雑音を聞かせぬように、ドアから離れてうずくまっている。まるで寝ているかのようだったが、ラミーの中ではかすかに拾うことができるノイズの解析が始まっていた。そんなときに、どうだ?と声をかけたのはバセットハウンドのキムだった。キムの長い耳も、リオの肉球ほどではないが微細な振動をとらえることができる。

「やはり人間はいない。しかしかなりの通電音が聞こえる。だろ?」

 リオがキムに同意を求めると、キムは返事の代わりに頭を振ってその長い耳をばたつかせた。

「ラミーの方はどうだ?」

 シェパードがしびれを切らしたような口調でラミーに促す。しかしラミーじっとうずくまって動かない。

「本当に寝ちまってんのか?」

 コルはしきりにラミーの臭いを嗅ぐ。すると突然ラミーは目を開け、叫んだ。

「カウントダウンだ!ドアから離れて!」

 全員がドアの両側に分かれて伏せた二秒後、爆発音のような音が聞こえ建物全体が弱く震えた。

 先行隊か?などと口々に言う中でシェパードはリオに向かって言った。

「リオ、知っている臭いが残っているとか言っていたな」

「ええ、あまりに微かで自信はないのですが」

「ボクサー隊の臭いではないのか?」

「なるほど。そうかもしれません。しかしボクサー隊は…」

「中国に飛ぶと聞かされていたが、ここがその中国かもしれんぞ」

 そう言うシェパードの視線の先には消化器があった。その消化器のラベルにはアルファベットと漢字が併記されていた。

「少尉、カウントダウンらしき信号音は止みました」

 先ほどと同じようにドアのそばにうずくまっていたラミーがそのままの姿勢で報告する。

「そうか。ところでラミー、なぜカウントダウンだと分かった?」

 シェパードだけではなく、この場の全員がラミーの能力に関心を持っている。

「ノイズの中に規則正しいものがあったので、取り出して仮の番号を付けたところ、その数字が減っていったのです」

 ラミーはゆっくりと立ち上がりながら答えた。

「なるほど。いい仕事だ。ブル、キム、出番だ」

「了解!」そう言って舌なめずりをしたブルとキムは密封ドアを開けにかかる。

「リオ、シリンダーのような影がある場所を教えてくれ」

 キムがやたらとしっぽを振り回しながらリオにたずねた。すぐにリオは後ろ足で立ち上がり、左前足で高さ四十センチほどの一点を指した。

「なんだ。結構高いな」

 そう文句を言いながらキムは逆立ちでドアに寄りかかった。するとブルはすたすたとドアの正面に移動して、腹の両側のロケットランチャーを開いて言った。

「吹っ飛ばした方が早いぞ」

 ブルの装備を初めて見た者たちは驚いて後ろに飛びすさった。そうしている間にキムはしっぽの先から強酸のジェルを出し、ドアの一部を溶かしはじめる。

「いま打つなよ。俺まであの世行きだ」

 キムの酸が効いているのを見届けたブルは普通のブルドッグに戻った。それを横目で確認しながらシェパードは別の危惧をもらした。

「安全装置が働いたら、どうする?」

「それらしきものは見当たりませんでした」

とリオが返した。満足げにシェパードがうなづくと同時に、空気の漏れる音が聞こえドアが開いた。生暖かい風が彼らに吹きつける。その風に混じる臭いで全員が悟った。ボクサー隊が先行していたのだった。


 ドアの向こうは想像していたよりもがらんとしていた。床には例の砂のようになった研究員の残骸と白衣。壁面にはマシンとディスプレイが並んでいたが、最も目立つのは部屋の奥にある球形の巨大なカプセルだった。

「野良犬狩りの連中が『オーブン』と言っていたのはこれか!」

 皆が魂を抜かれたようにカプセルを見つめる中、リオとラミーだけは各々の仕事を始めていた。リオは生存者の捜索、ラミーは操作できそうな端末を探している。この研究室から見て、彼らが閉じ込められた部屋を挟んで反対側のエリアには出入り口がなかった。外界への出口に通じる通路があるとすれば、このサイトBにあるはずだ。

「ラミー以外のバーボン隊は引き続き外への出口を探ってくれ。他の者はリオを手伝って生存者と先行隊の痕跡を探せ」

 シェパードはあえてこの後のことには触れずに当面すべきことを指示した。だがブルは散開行動に異を唱えた。

「なぜ、まずいんだ?」

「もしこれがバイオテロなら我々にも今後影響が出るかもしれません。全員が行動不能になる可能性もあります」

「私もそれを考えたが遅効性を考慮に入れても、とっくに影響が出ていいはずだ。だが、なんともない。細菌だと仮定した場合、すでに不活性化していると思っていいだろう」

 シェパードはこれまで口に出さなかった持論を述べた。すると白猫シードルが進み出て、自分に試させてほしいと言った。シェパードはその意図をつかみきれなかったが許可した。シードルは床の人型にこぼれた砂を少量舐めた。そして報告した。

「すでに不活性化しています」

「どうして分かる?」

 シードルはバイオテロ要員だったドーベルマンと同じ訓練を受けていた。分析機器を内蔵しているわけではないが、舌と胃袋に改良が加えられているのだという。

「要するに人間の部隊に先行して入り、私が死んだら、人間は撤退してその地域を封鎖する。いわば『カナリア』なのです」

「む~」

 シェパードは唸った。その昔火薬や医薬品として利用するための硫黄を採掘する鉱夫が、有毒ガスを検知するために採掘場にカナリアを連れて行った時代があるという。シードルは自らのそうした境遇を受け入れているように見える。シェパードはそこに唸った。だが今はその感傷を言葉に変えている暇もない。

「シードル、ご苦労。当面の危険はなさそうだ。各自仕事に集中してくれ」

 再び指示を与えると、シェパードはラミーに近づいた。そして小声で何かを伝えると自らは生存者の捜索に加わった。


 十分ほどで捜索可能な範囲はすべて捜索し終わった。やはり生存者はなく、ボクサー隊のメンバーも見つからなかった。バーボン隊の三匹の猫は外へ通じていると思われる密封ドアを見つけたが、コントロールパネルは破壊されており、またキムの出番になりそうだった。

「そうか。出るに出られないか」

 シェパード少尉は落ち着いていた。

「よし。例のオーブンに戻るぞ。ラミーが何か見つけているかもしれない」

 隊員の返事を待たずに少尉は歩き出す。他の者は互いの顔を見合わせる暇もなく、ただ後を追うだけであった。


 シェパードが主任刑務官から言い渡された任務は、野良犬狩りを利用してこの研究室に潜入し、制圧し、そこにある実験装置を作動させるというものだった。研究員は十人から二十人。軽装備の警備員がいる可能性はあるが戦闘員はいない。うまく拘束できるのであれば、それらの人間を殺害する必要はない。そう指示され、例のオーブンの操作手順もあらかじめ聞いていた。しかしボクサー隊が先行していることや細菌兵器の可能性等は聞いていない。シェパードは全員を集めて隠すことなくこれらをすべて話した。するとブルは

「我々の任務は実験動物になることだとおっしゃっていましたが…」

と真意をはかりかねているようだった。

「そのとおりだ。我々が例の『オーブン』に入って、それを作動させる」

 何名かの口から何かを飲み込むような音が聞こえたが、特に発言する者はなかった。シェパードは続けた。

「正直私は半信半疑だが、あれに入って正しく作動させれば一瞬にしてネバダ・プリズンに戻れるらしい。もちろん『戻らない』という選択肢はない」

 最後の言葉にこもった独特の威圧感に一人を除いて皆が圧倒された。

「ボクサー隊は操作を間違ったようです」

 ラミーは特に気圧された様子もなく淡々と報告した。

「もうそこまで探り当てたのか」

 シェパードはラミーが操作方法まで検索し終えていることに素直に驚いた。ラミーが何かのケーブルの分配器の上にうずくまってから十分ほどしか経っていない。しかも今は皆と同じようにシェパードの前に並んでいる。

「他に分かったことは?」

「ボクサー隊は操作の最終である第四段階の途中で実行ボタンを押してしまったということと、この研究所の備品リストの中に毒ガスや細菌兵器の類は存在しなかったということです」

「やはりボクサー隊の仕事か」

 となると、やはり外へ通じる密封ドアのコントロールパネルを破壊したのもボクサー隊の仕事であろう。シェパードの先回りをしてブルが口を開いた。

「研究員を外へ出さないため、ですね?」

「プラス私たちにいやでも『オーブン』を使わせるためだ」

 シェパードは静かに言い切った。そしてラミーの方に顔を向け、言葉を続けた。

「ラミー、ひとつ頼みがあるんだが…」

「少尉、ここはある中国企業がアメリカ政府の許可を受けて建設したものですが、現在は恐らく…」

「そこまででいい。生中継になっているかもしれん」

「はい」

 このシェパード少尉とラミーのやりとりは他の者にはちんぷんかんぷんだったが、自分たちが抜き差しならない状況に置かれているということだけは感じ取れた。シェパードが頼みたかったのは、ここの機密情報にアクセスしようとしたときに立ち上がる不正アクセス防止プログラムの出所を探ることだった。だがラミーは既にそれを探り当てていた。その出所はシェパードの予想どおりであり、監視カメラの映像は今もその組織つまりアメリカ国防総省の当該部署へ送られているということである。ラミーはそれについて『はい』と答えた。そういうやりとりだった。

「さあて、どうしたもんかな。ドアを吹っ飛ばして野良犬と野良猫になるか、作戦を遂行してネバダ・プリズンに戻るか。おれはどっちも嫌だがな」

 シェパードは今までとは打って変わったくだけた口調になった。他の者が戸惑うなかでブルは、

「やっと調子が出てきたねえ、少尉。敬語で兵隊ごっこは疲れる」

と足を投げ出し、舌を出した。

「ばかやろう。上官は上官だ。敬語ぐらいケチるな。元ウィリアム・ロックフォール少尉だ。よろしく」

「義勇軍を深追いしすぎて中尉から少尉に下げられたんだ」

 ブルが愉快そうに情報を補足した。それを聞いた猫たちは多少身構えたが、三毛猫のバーボンが口を開いた。

「少尉、私の田舎では『芋のつるは最後まで引け』と言います」

 するとシェパードは大きく口を開けて答えた。

「よく言った!この先に何があるのか全部引きずり出してやろうぜ。リオとラミーは作動させる準備をして、オーブンの中の作動ボタンを押すだけになったらオーブンに入ってくれ。他の野郎はおれとオーブンの中で行儀よく『おすわり』だ」

 だがラミーはこの期に及んでも冷静に確認した。

「少尉、行き先はネバダ・プリズンでよいのですね?」

「他のところにも行けるのか?」

「ええ。目的地の正確な座標が分かれば」

 シェパードはしばらく考えをめぐらすと、

「初志貫徹だ。まずは芋のつるを全部引っこ抜く」

と答えた。するとラミーは音もなくコントロールパネルに走り、リオはその後を追った。


 そこからさらに二十分後、『オーブン』稼働プロトコルの第四段階まで完了し終えたことを確認したラミーとリオがオーブンに飛び込んできた。飛び込んだ途端に電磁波で全身の毛が逆立つ。シェパードが言った。

「もういいのか?」

「いつでもどうぞ」

 何かのためにうずくまったラミーの代わりにリオが答えた。シェパードは予告もせずに右の前足で壁面のボタンを押した。

 ドーンという聞き覚えのある爆発音。ひどい耳鳴り。

 二日酔いの朝のような、ぐったりした体を起こし目を開けると、彼らの周囲は防護服を着た人間の隊に取り囲まれていた。

「ご苦労。念のために『消毒』させてもらう」

 主任刑務官の合図で、シェパード隊は消化剤のような白い泡を嫌というほど浴びせられた。

「復命は後でいい。しばらく特別房にいてもらおう」

 朦朧とした意識のまま彼らは特別房へと追い立てられた。





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