01 「ネバダ・プリズン」
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01 「ネバダ・プリズン」
「君たちはかつて英雄であった。今の状況は言わば、まあ、なんというか…不運だ。ある者は秩序維持のために、ある者は社会正義のために戦う最中に誤って人を殺めてしまい、刑を受けることとなり、そのような姿となった。しかし心配は入らない。任務成功の暁には…」
主任刑務官の訓示は次第に熱を帯び、自分の言葉に酔っていることが明らかとなってきた。すると絶妙の間で最前列左端から声がした。
「主任殿、よくご覧ください。主任殿のありがたいお言葉を拝聴しておりますのは犬と猫ばかりであります」
忍び笑いがしばらくさざめき、恍惚から引きはがされた主任刑務官は不機嫌になった。が、肝心なことはまだ言い終えていなかったため、言葉を続けた。
「それでは諸君の上司となる方を紹介する。マスチフ中佐だ」
ドアが開くと、体高が刑務官の胸の辺りまであるマスチフ犬が入ってきた。それと同時にどこからかこんなささやき声が聞こえてきた。
「なんだよ。司令官まで犬なのかよ」
ここでNPS(No-Prison System)について多少説明しておきたい。
日本で開発されたNPSはその綴りから想像できるように刑務所をなくすための技術や組織運用の総称である。暴動と内乱の時代、逮捕者を留置する場所や刑が確定した者を置いておく場所の確保が難しくなった。あまりに数が多すぎたためである。ホームレスになるよりはと敢て罪を犯して収監されることを望む者も多く、刑務所の増設と維持は国家の財政を圧迫するようになってゆく。そこで開発されたのがNPSだった。
受刑者の大脳新皮質にある人間としての主たる記憶をマイクロSDに書き出し、専用デバイスで犬または猫の脳と融合させる。受刑者の肉体そのものは冷凍休眠状態で地下施設に保存され、刑が終われば解凍し釈放される(蛇足だが釈放の際は犬や猫だったときの記憶は与えられないことになっている)。当初は記憶の移植先となる犬や猫は保護施設で殺処分を待っている個体が利用された。刑務所の維持費も削減でき、動物の殺処分も減らせる。凶悪犯も無力な存在に変えてしまえる。これを実行に移すためのNP関連法案はあっけなく可決された。それほど国家は困窮し、国民は理性を失っていた。
受刑者の記憶を移植された犬や猫はかつての刑務所跡地等でペットフードで飼育された。融合がうまく行かなかった者は単なる犬や猫であり、おとなしく飼われていた。融合が良好に推移した者は話しこそできないが、人間レベルの知性を持つ犬や猫となり、しばしば脱走した。しかしこれも表にこそ出ないが想定内のことであり、手を汚さない刑の執行となった。うまく生き延びたとしても寿命は十年そこそこであり、フィラリアで死ぬ者や車にひかれて死ぬ者、職に就けず荒れる若者たちの標的にされる者、様々な形での刑の執行であった。
だがそんな中でもしたたかに生き延びる者が現れはじめる。暴動の鎮圧に当たっていた兵士や警官で、暴徒を誤って殺害して服役していた者や、組織だってゲリラ活動をしていた自称『義勇軍』のメンバーたちである。かつて政府側だった者は犬に、義勇軍側だった者は猫にされることが多かったため、脱走してしたたかに生き延びた者はもいた。彼らのような者たちに利用価値を見出す国があっても不思議ではない。ネバダ・プリズンには全米で捕獲されたヒトでもあり、犬や猫でもある者たちが集められていた。