表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦うネコと守るイヌ  作者: ゾンビ・モトモト
11/17

11 「パイプラインの攻防」

よろしくお願いいたします

11 「パイプラインの攻防」


 山肌はピニオン・ジュニパーと呼ばれるマツともろもろの灌木がまばらに生えるだけで、麓に敵がいれば隠れようもないという行軍だった。だが夜であったことが幸いし無事に尾根を越えた。ネバダ州の中央部は低い山地が南北に何本も連なり、東西方向に進むのはその過酷な気候もあって利口とは言えない。今も下りてきたばかりだが、すぐに目の前に丘が立ちはだかっている。犬の体高で見ればこの丘もなかなかに高い。

「迂回しますか?」

 先頭を行くジョシュがシェパードに確認する。負傷者がいる今は無理をしたくない。山の稜線が白みはじめると、白く塩の浮いた平地はすぐに気温が上がる。生身の者は熱い鉄板の上を歩いているように感じる。

「ジョシュ、まっすぐこの丘を越えて向こう側を見てきてくれ。その先がもう平地しかないのなら、もう少し木が密になっているところを探して身を隠す。そして日が傾いてから動くことにする。ジョシュが戻るまで休憩だ」

 ジョシュはもう走り出していた。ぐったりと足を投げ出す仲間たちを見ながら、シェパードはウィリアム・ロックフォール中尉だった日のことを思い出していた。



 その日はシカゴの市街戦の翌日だった。六人の部下とともに義勇軍(政府の言い方をまねるなら『ゲリラ』)の掃討にあたっていた。大規模な戦闘は前日までに終了し、大量の検挙者とほぼ同数の遺体を片付けて、残った敵の散発的な反撃をねじ伏せるというのが仕事だった。敵味方の遺体の始末は州兵に任せ、ロックフォールのような正規軍は残党を発見次第射殺していた。本来なら拘束し無力化するのが筋なのだが、その頃は既に上も即射殺を黙認していた。それほどに正規軍も切迫していた。警察官の数も陸軍の戦力も随分削られていたのだ。死傷者もさることながら警察官の家族が犠牲になる事件が多発して離職が爆発的に増えた。また主要都市が戒厳令下に置かれたせいで動かせる兵の数も限られた。

 しかし最も政府をいらいらさせていたのは義勇軍のスポンサーが何者なのかが分からないことだった。政府内部も財界も徹底的に探ったが大した情報は出てこない。というよりも、どの情報を信じてよいか分からなかった。ただ一つはっきりしていたことはロシアはアメリカよりも状況がひどく、他国にちょっかいを出す余裕がないということだった。

「敵の装備が正規品なのには参ったね、あの時は」

「ブル、お前、超能力者か何かか?」

 頭の中をのぞかれたように感じたシェパードは正直に口に出した。人間だった時からブルはシェパードの副官だったが、年齢はブルの方が八つ上だ。それでも二人は任務から離れるとため口の親友だった。ブルの言うとおり義勇軍の武器はすべて正規品だった。それも様々な国の正規品だった。

「だがあのまん丸オーブンでネバダ・プリズンに戻ったときには、なるほどなと思ったね」

 ブルは足を投げ出して寝転んだまま、シェパードの方をちらりと見た。

「ん、どういう意味だ?…そうか」

 ブルの言わんとすることを悟ったシェパードは黙ってうなづいた。あの装置は正確な座標さえあれば人や物資を瞬く間に転送できる。世界の数カ所にあの装置を置けば、盗み出した装備を運び込んで世界中にばらまくことができるのだ。しかしそれでもまだ分からないことがある。

「では中国の仕業か?」

 シェパードは思ったままを口にした。その装置を発明したのは中国であるし、少なくとも彼らが今目指している研究所は中国企業が作ったものだ。

「どうかな?それは分からん。だがあの砂みたいになっちまってた研究スタッフは口封じに殺されたこの国の人間のような気がするんだがな」

 ブルはそういうと寝返りを打ってシェパードに腹を見せた。

 日本が各国政府にNPシステムを公開した2122年から中国は極端な情報管制を敷いた。600メートルの深海から静止軌道まで電磁波によるジャミングのようなものを実施している。軍事衛星は中国上空では動作せず、沿岸部から無人偵察機を飛ばしても帰って来ない。中国と国交を断絶しているアメリカは政府の人間もマスコミの人間も入れない。それどころかアメリカ在住の中国人も入れない。CIAのような諜報機関の人間も行方不明である。この十年、中国はまったく未知の国となっている。



 どうして義勇軍の活動は突如下火になったのか、そう口にしかけてシェパードは止めた。考えたところで何かが変わるわけではない。今彼らは追われる身であり、なぜ追われることになったのかその理由を見つけに、答えを知っているであろう黒猫ラミーを探しに行くだけなのだ。

「おれは中国には行かねえぞ」

 寝言のようにブルが言った。


 遠くに見える山の稜線が紫色に染まりかけた頃、下で何かが動いたように見えたのでそちらに目をやると、ポインターのまだら模様が猛ダッシュで斜面を上がってくるところだった。追手がいるようには見えない。あっという間に目の前まで来たジョシュの第一声は奇妙だった。

「少尉、ラミーがこのルートを選んだ理由が分かりました」

「ん?」

 シェパードが命じたのは丘の向こうの地形調査だった。復命でラミーの名を聞くと思っていなかったシェパードはすぐには反応できなかった。呼吸を落ち着けたジョシュが返事を待たずに続ける。

「砂漠を横切る必要はないかもしれません」

「何を見たんだ?」

「通風口のようなものです。恐らくラミーはあれを使わせたかったのでしょう」

 思考の先回りをするのが得意なあの黒猫がそのような手を準備しておくことは充分に考えられるが、それにしても都合が良すぎはしまいか。シェパードの脳裏に浮かんだのはまずそれだった。

「それが例の研究所まで続いているという確証はないんだろう?」

「ええ、それはそうですが…」

 ジョシュが返答に窮していると、

「いや少尉、続いていると思いますよ」

とシェパードの後ろで声がする。顔を向けるとキムが盛んにしっぽを振っていた。キムが作戦行動について口を出すことはなかった。シェパードは単純に興味が湧いた。

「なぜそう思うんだ?」

「用意されていた装備でそう思います。レーザー系の装備が用意されていました。通風口のような狭い中でロケットランチャーを使えば爆風で我々も動きを封じられます。弾を打ちまくれば跳弾で予想外の被害を出すこともあります。あの工兵隊でも使うレーザーは射程は短いですが、敵の動きを止めることもドアを焼き切ることもできます」

 相変わらず威勢よくしっぽを振りながらキムは言い切った。対するシェパードはただうなった。だがこれは威嚇しているのでもなければ返事に困っているわけでもない。

「決まりだな」

 ブルはキムに搭載するレーザー銃を口にくわえたまま、言葉でシェパードの背中を押した。彼らは喉の皮下にあるマイクでしゃべるため、口にくわえたままでも音はクリアだ。

「よし。移動する」

 シェパードは覚悟を決めた。


 冷たく澄み切った朝の空気が揺らぎはじめる頃、彼らはその通風口を進んでいた。どうやらこれは吸気口らしく、彼らの背後から常に風が吹き付ける。

「朝の空気は気持ちがいいな」

 そういうブルだが、声色はむしろ何かを気にしているような感じだ。シェパードのカウントが間違っていなければ、この辺りからこの通風口は地面に埋まっている。パイプの外から銃撃される心配もないはずなのだが。

「少尉、私は最後尾にまわります」

 そう言ってコルはしばらく静止して他のメンバーをやり過ごし、最後尾からまた歩きはじめた。弾が貫通したせいで体が熱を持っているのかと心配したシェパードが振り返ると、すぐ後ろにいた同じコル隊のガブが言った。

「生身の多い者の方が野生の勘ってやつが効きそうでしょ?」

 ダルメシアンのコル、ポインターのジョシュ、雑種のガブは肉球と融合デバイス以外はほぼ生身である。確かにサイボーグ犬よりは敏感かもしれない。しかしいきなり攻撃されれば生身のメンバーは…。そう懸念したシェパードが先頭のジョシュに声をかけようとしたその瞬間、「何か来ます!」「後ろも!」とジョシュとコルが声をあげた。

「ブルは先頭、キムは最後尾で逆走!コル、ガブ、ジョシュは中に入って上を警戒しろ」

 シェパードが最も恐れていた事態がこれだった。前後と上から挟まれる。自分たちと互角の犬であれば、吸着式の肉球で天井にぶら下がったまま移動することも可能だ。さっそく後ろの敵が先に打ってきた。だがはっきりと見えているわけではないようだ。シェパードは小声で指示を出す。

「ブル、キム、まだ打つな。被弾した者は?」

 皆まだ無事なようだった。

「ブルとキムは体勢を維持、コルとシードルはブルとキムの間で低く構えて身を守れ。他の者は上を歩いて先行する」

 筒状のここなら上への移動はわけもないが、コルは首に傷があるため逆さになるのは危険であり、白猫シードルはネバダ・プリズンでの先頭で右後ろ足を負傷しギプスをしているためにぶら下がっての移動は困難だ。

 シェパード、シープ、ガブ、ジョシュはすばやく上に移動し、ブルは前進しながら腹のランチャーを開き、キムは後退しながら背中のレーザー銃を構えた。

「よし、打ちまくれ!」

 合図とともに前後にレーザー光が走る。しかし予想外だったのがレーザー光が拡散したことだった。このパイプラインは取り込んだ空気が奥へ進むごとにイオン化する仕組みになっているらしい。IOP発電のための吸気口だったのだ。イオン化した空気が収束したレーザー光を拡散させる。だがそのことが予想外の結果を生んだ。パイプラインの中にのたうち回るような音とうめき声が反響する。

「人間の部隊だ。目を焼かれたらしい」

 ブルが歩み止めず報告した。

「よし。前方の敵を無力化する。キムは後方の足止めのために打ち続けろ」

 そう言ってシェパードは先を急いだ。前方の敵は程なく視界に入った。シェパードとシープの目は本物の犬とは違って近視ではなく、赤外線による視認も可能だ。

「四人、ガブとジョシュは左から滑り降りて二人しとめろ」

 こうして四頭は目を押さえながら後退する四人をしとめた。

 後方の敵は後退したため、その後は特に妨害も受けず通風口の巨大なフィルターまで到達した。そこではシェパードとブルの意見が割れた。ブルはフィルターとその奥にあるであろう巨大なファンを破壊することを主張した。破壊衝動からではなく、発電機能がなくなれば例のオーブンでどこかに逃亡されることを防げるという考えからだった。一方のシェパードは電力を失えば、ここの職員たちがオーブンと呼んでいた転送装置が他の地域にも存在するのかどうかを確かめられなくなるため、異なる侵入口を作るべきだと譲らなかった。結局ブルが折れることになりそうだったが結論を既に作った者がいた。キムだった。

「侵入口は作りました。入りますか?」

 正確には鍵を壊しただけだったが、キムはすました口調で割って入った。キムは最後尾で後ろ向きに進んでいたためにその場所に気づいたのだった。前方の敵に夢中になっていたメンバーはいつの間にかその場所を通り過ぎていたのだ。これだけの施設に点検用の通路や扉が存在しないはずはない。それを指摘されたシェパードとブルは何とも言えず気まずい思いをした。しかしそれも扉を開けるまでのことだった。



ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ