姫と筍
皆もよく知るあの姫が登場します。
ぽかぽかとした日差しがなんとも眠気を誘う春の天界。
現世は今頃秋口位だろうか。
神の時間と人間の時間はやはり違うんだろうと、ヨリは仕事の手を止めて物思いに耽っていた。
あー、そろそろあの時期だなぁ。
春は筍が美味しい時期。
そんな季節に限り、ヨリの元へ客人が来るのだ。
「んまんまぁ〜!」
「ん、なに?」
仕事の手伝いを任せていたチビヨリが、その手に何かをもって走って来る。
どうやら手紙のようだ。
渡されて手に取ると、上質な和紙の手触りが伝わる。
来たか。
ヨリは丁寧に折られた手紙を開いた。
『ヨリ
お久しぶりです。
そちらはお変わりないでしょうか。
今年も麗らかな春がやって来ましたね。
春の光に導かれて、私はついつい夢へ入り込んでしまいます。
貴女も、居眠りをして怒られませんように。
また貴女たちの暮らす天界へ足を運ぼうかと思っております。
その時は、どうぞよろしくお願い致します。
輝夜
追伸
今年もまた、アレをご用意して頂けると嬉しいです』
「………やっぱり」
「んまっ?」
苦笑いしていると、チビヨリが何事かと首を傾げる。
「チビヨリや、今年もカグヤ様が来るよ」
「まっ!?」
「久しいの、ヨリよ」
「お久しぶりです、カグヤ様」
今、ヨリの目の前には絶世の美女がいた。
カグヤがヨリの家を訪ねてきたのは、あの手紙が来てから一週間後の事だった。
平安貴族が乗っていそうな牛車が月から訪れ、まず下ろされたのは絢爛豪華な土産物。
艶やかな反物に不老長寿の薬。
飲んでも減らない、大きな杯に入った不思議な美酒。
その他諸々が置かれた後。
ゆっくりとした動作で降りてきたのはカグヤであった。
黒く艶やかで、真っ直ぐとした長い髪。
まるで雪のような白い肌。
すっ、と通っている鼻筋。
赤く色付く薄い唇。
黒真珠のような瞳。
見る者全てを魅了するのでは無いか、というその美貌。
皆がよく知るあのお伽噺、『竹取物語』のかぐや姫本人である。
切っ掛けこそ覚えてはいないが、カグヤは一年に一度ヨリと交流しに来るのだ。
「ほう、この茶は何とも香りがいい。これは外つ国の茶であったかな?」
「はい、『紅茶』ですよ」
「こうちゃ、うむ。気に入った」
カグヤは月に住んでいる為か、現世の情報に疎い。
そのせいか、自分の知らない国の話や物に興味津々だ。
ヨリが戯れに出したスノードームを気に入り、月に持って帰るのだと駄々を捏ね、お付きの者を困らせていた。
下の世界の物は持って行ってはならない、と決められているらしい。
「して、ヨリよ。春はあの季節であろう?」
カグヤはソワソワと期待したように問いかけた。
そんな様子に、ヨリは思わずクスリと笑う。
「そうですねぇ、筍。ご用意してますよ」
期待通りの言葉に、カグヤはぱぁっと表情を明るくさせた。
「ほほ、うむうむ。妾はそれが楽しみでの。朝餉もとらずに参った」
カグヤの好物は筍だ。
春の旬である筍に目が無いようで、来る時はいつも強請ってくる。
と言うより、それ目当てで来てる節がある。
「早く出してたもう。もう腹と背がくっついてしまう」
「しょうがないお姫様ですねぇ、もう。今用意しますからね」
ヨリは手を2回叩く。
すると、控えていたのかチビヨリが直ぐに襖を開いて中へと入ってきた。
一体ではなく、五体ほどのチビヨリが続けてぞろぞろと入る。
その手にはホカホカと湯気を立てる料理。
「おお、小さき其方だな。何時見ても可愛らしい」
「「「んまぁ〜」」」
美女に褒められた事で、五体のチビヨリ達は一斉に照れた。
「はいはい、照れるのは良いけどお料理を置いてくれるかな?」
「んまっ」
ああ、いけない。といった様に机の上に料理を並べ始める。
机に並ぶ筍料理の数々。
カグヤの顔がわかりやすく綻ぶ。
「さぁ、冷めないうちに食べましょう」
「うむ!有難く頂くとしよう」
カグヤが先ず箸をつけたのは、良い匂いをたてる筍ご飯だ。
仄かな茶色に色付いた米と、薄切りにした筍。
口に入るよう小さく箸で持ち上げ、パクリと一口。
「んんー、何という美味…」
薄いながらもシャキシャキとした歯応えの筍と、出汁をたっぷり吸って炊きあげられた米が何とも優しい味だ。
かまどで炊いた米はそれだけで美味いが、炊き込みご飯となるともっと美味い。
「……ほう。出汁が良い味だ、筍と良く合っておるの。妾はこれが一等好きだ」
「美味しいですよね、筍ご飯」
ヨリは「うんうん」と同意しながらも料理を食べ続ける。
カグヤも負けじと、ゆっくり味わいながら箸を動かした。
次は筍と鶏肉の煮物だ。
大ぶりに切った筍を噛むと、じゅわりと汁が出てきた。
甘辛い汁と筍の風味が箸を止まらなくさせる。
一緒に煮られた鶏肉からも美味さが滲み出ていて、味に深みを出していた。
「あぁ、堪らない。堪らぬし止まらぬなぁ」
上手くアク抜きされた筍のなんと美味な事か。
味噌汁を飲むと、小さく切られた筍が顔を出す。
ワカメと筍。
山の幸と海の幸が、仲良く味噌で一つにまとめられている。
天ぷらはサクリと揚げられ、塩で食べると筍の味が強く感じられて美味い。
時折ほうれん草のおひたしやきゅうりの漬物等で箸休めしながら、カグヤは料理に舌鼓を打つ。
夢中で食べると、終わりはあっという間だ。
「はぁ、まこと美味であった。ヨリ、いつも美味な筍をありがとう。妾は今とても満足しておる」
「良いんですよ。美味しい物は美味しいうちに食べなければ勿体ないですし。それに」
「それに?」
ヨリが机の端に目線を寄越す。
つられて見ると、チビヨリ達が筍ご飯で作られた小さなおにぎりをパクついていた。
「皆で食べた方がもっと美味しくなりますから」
「ほ、ほほほ。そうじゃ、そうじゃの」
そうだ。
月に帰る前、まだ翁達と暮らしていた時は皆でご飯を食べていた。
その時が、一番ご飯を美味しく感じられていた。
懐かしい記憶に、カグヤは静かに目を伏せる。
「カグヤ様」
「何じゃ?」
「お帰りの道中、軽く食べられるようにおにぎりを用意したのですが」
「まことか!?おお、何と嬉しきことか。食べ物くらいならばあの者らも何も言うまい」
楽しい時間も終わり、ヨリとの別れを済ませたカグヤは、何か言いたそうなお付きの者を連れて月へと登る。
その手には、まだ暖かいおにぎりが包まれている竹の皮。
「また、次の年も行かねばな。あぁ、良き友を持った」
どんどん遠ざかる天界を見下ろしカグヤは一人、来年の春に思いを馳せるのだった。