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思い出のエビフライ

思い出は思い出のままの方が良かったりします

少しシリアス入ります


「これでよしっ、と」

ここは街に新しく出来た小さな喫茶店。

まだ若い店主が、開店したばかり店のキッチンで小さく息をついた。

これから自分が運営する店というだけあって、嬉しさと不安が何度も何度も店内を見て回らせた。

この店を開く為に、必死で勉強したのだ。


「……チラシは配ったけど、お客さん来るかなぁ。来たらいいなぁ。頑張らないと」


カランカラン。

「いらっしゃいませ」

来た!

早速水とメニューを持っていく。

どうやら女性が一人のようだ。

女性はメニューをさっと見たあと、本日のオススメであるエビフライを注文する。

「はい、エビフライですね少々お待ちください」


エビフライを作り、客へと持っていく。

さっきから緊張しまくりだが、なんとかスムーズに提供することが出来た。



エビフライ、それは店主にとって忘れられない味。

店主──────────カズヤは、店を開きたいと思った切っ掛けに、そっと思いを馳せた。










時はカズヤがまだ小さな子どもだった頃に遡る。


街を見下ろす山に建てられた神社。

その鳥居の前の階段で、幼いカズヤは一人きりで座っていた。



「一人で来たの?」

「わ!!」

いきなり後ろから声を掛けられ、カズヤは驚き声をあげてしまった。


今まで誰もいなかったのに……


振り返ると着物を着た女の人がこちらを見下ろしていた。

優しそうな顔に、知らない人なのに何故か安心してしまう。

「………うん、ぼく一人で来てん」

「そっかぁ。お母さんとお父さんはお仕事かな?」

お母さんとお父さん。

その言葉に、思わず口をきゅっとつぐんでしまう。

「……パパはお家。ママはお空に行ったねんて、言うとった」

「………お空に行っちゃったのか」

「うん、ぼくがな、まだちっちゃい時にお空の上に行ったねんて、パパが言うとった」

まだ幼い子どもが、顔を俯かせながらぽつりと呟いた言葉に、女は思わず目を伏せた。

そしてカズヤの横に座り、ここに一人で来た事情を聞こうと優しく声をかける。

「そっか。じゃあお父さんと2人で暮らしてるのかな?」

「うん。でもな…」

カズヤはそこまで声に出すとポロポロと涙を零してしまった。

「でもな、友だちはママおるのに、なんでぼくのとこはおらんの?ってパパに言ってな、ママ連れてきてって怒ってな、……おうちから走ってきてん……」

涙を流ししゃくりあげながら、カズヤは家出をしたのだと話した。

女はそんな震える背中を優しくさする。

「寂しかったんだね?」

「うん、ママに会いたい……。でもパパも大好きやねん。……パパ、お仕事頑張っててご飯も作ってくれるねん」

「いいお父さんだね」

「でもパパ大嫌いって言ってしもてん……怒っとるかもしれん……」

カズヤはそれだけ言うとまた泣き出してしまった。


泣き止むまでの数分間、女はずっと優しく背を撫でてくれていた。

そして、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったカズヤの顔をハンカチで拭いてくれる。

「うーん、お父さんはきっと怒ってるより心配してると思うよ」

「せやろか…」

「うん。だからお家に帰ってみようか?おばちゃんも一緒に行くから」

「…………うん」

ちゃんとパパにごめんなさいって言うんや

そう決めたカズヤはしっかり前を向いて階段を降りて行った。



………のはいいのだが。



「お家、わかんなくなっちゃった?」

「………うん」

勢いで家を出てしまったのはいいものの、家までの道を覚えておらず迷子になってしまっていた。

帰れないかもしれない。

カズヤの心はすぐさま不安でいっぱいになっていく。

それと同時に小さなお腹も「きゅう…」と鳴き始める。

「どうしよ……お家分からへん。どうしよ……」

「うーん、じゃあちょっとお散歩しよ。それで人に聞いたら分かるかもしれないよ」

それにお腹も減ったし。

そう言うと女はカズヤの手を引いて、商店街の方へと歩いていくのだった。


空きっ腹で歩き続けるのは良くない。

女はそう思い、カズヤに何が食べたいか聞いてみる。

「何か食べたいものはある?」

「うーん……ぜいたく言ってもええ?」

「いいよいいよ。好きなの言いな」

カズヤは少しモジモジしながらちらりと女を見上げる。

可愛さに思わずニヤけそうになる顔を女はしっかり引き締めた。

危ない。

「あのな、エビフライ食べたい」

「エビフライ?じゃあ食べに行こうか」

「ええの?やったぁ、ありがとお姉ちゃん!」

さっきまでの泣きそうな顔はどこへやら、カズヤはきゃっきゃっとはしゃいだ。


2人が入った場所は老夫婦が営む小さな喫茶店。

どうやら女はここの常連らしく、気軽な挨拶を交わしている。

ここのエビフライが美味しいのだと、女は直ぐにカズヤと自分の分で2つ注文した。

「ヨリちゃんはご飯派だったね。ボクはご飯とパンどっちがいい?」

注文を聞きに来たおばあちゃんが、カズヤに優しい笑顔を向ける。

「ご飯!」

「うんうん、じゃあ2人ともご飯にしとくね」

「お願いします」

注文を聞いたおばあちゃんが奥へと引っ込んでいく。

それを見届けたカズヤは、店内をぐるりと見渡した。

暖かな色合いの照明に、落ち着いた雰囲気の音楽。

広いとはいえない店内は掃除が行き届いているのか綺麗だ。

カズヤは今まで入ったことの無い喫茶店に目を輝かせ、キョロキョロと落ち着きがない。

「喫茶店に来るの初めて?」

「うん!キッサテン入ったことない!すごいなぁ、大人のお店や!」

「お、大人の……まぁ、そうだねぇ」

確かに子どもがいるのはあまり見た事ないな、とヨリは思い返す。

ゼロではないが。


2人は料理を待ってる間に色々話をした。

パパがたまにファミレスに連れていってくれること。

好きな野球チームの試合を見に行くと行ったのに、パパの休みが取れなかったこと。

ずっと前は別のところで暮らしていたが、最近こちらに引っ越してきたこと。

カズヤは喋る事が好きなようで、一度喋りだしたら止まらない。

ヨリは相槌を打ちながら、気が済むまで話を聞いてあげるのだった。




「はいお待たせ、エビフライだよ」

「わぁ〜」

二人の前に出されたのは大きなエビフライ。

赤く色付いた尻尾をのぞかせ、真っ直ぐとした身は茶色い衣に包まれている。

それが三匹。

エビフライを支えるように盛られているのは、新鮮なものを使っているのであろうキャベツの千切りだ。

みずみずしいキャベツの横にはまんまるになったポテトサラダ。

そして後から出てきた真っ白なご飯と、玉ねぎと人参がたっぷり入ったスープ。

漂ってきた美味しそうな匂いに、カズヤのお腹が思わず鳴ってしまう。

「こ、これホンマに食べてええの?」

「良いんだよ。さぁ、食べようか」

「うん、いただきまーす!」

カズヤは手を合わせるとすぐさまフォークをエビフライに突き刺した。

まだ熱いエビフライに息を吹きかけ、少し冷ましてから口へと運ぶ。

「あっつ、あっふい…!」

「ふふ、エビフライは逃げないんだから、ゆっくり食べな」

口の中の熱を逃がしながら、ゆっくり咀嚼する。

サクサクの衣にたっぷりのタルタルソース。

中にはプリっとした歯応えの白い身が詰まっている。

タルタルソースの程よい酸味とエビ特有の甘さ、衣の香ばしい香りがひとつになってカズヤの口へと入っていく。

「んまぁい!」

「美味しいねぇ」

走って泣いて、歩いてペコペコになってしまったお腹をエビフライで満たしていく。

合間に白いご飯。

暖かなスープ、キャベツとポテトサラダを食べ、あっという間に完食してしまった。

子どもには多かったか、と思っていたヨリだったが育ち盛りのカズヤにはそんな心配は無用だったようだ。

それどころか少し物足りなさそうに空になった皿とヨリが食べている所を見つめている。

ヨリはクスリ、と笑うとそっと小声でカズヤに話しかけた。

「おばちゃんね、ちょっとお腹いっぱいになってきたから、良かったら食べてもらえるかな?」

「え、お姉ちゃんもうお腹いっぱいなん?」

「うん、あとエビフライ一個とご飯ちょっとなんだけど、残すの勿体ないから」

「じゃあぼくが食べる!」

「ふふ、ありがとう」

女から受け取ったエビフライを、今度はよく噛んで食べる。

ヨリはその間に新たになにか注文していた。


「ふう………ごちそうさまぁ……。お腹いっぱいや」

「美味しかったね。もうちょっとゆっくりしてからお家探そうか」

「うん」

カズヤは必死に、走ってきた道を思い出そうと頭を抱えて唸り始めた。

「そうだ、お家の電話番号って分かるかな?」

ぱっと顔を上げたカズヤは、ゴソゴソとズボンのポケットを探る。

出てきたのはボロボロになった紙切れだった。

二つに折られた紙を開くと、父親の物らしき電話番号と住所が書かれていた。

「パパが外行く時は持っときって言っとった!」

「おお、ちゃんと持ってたんだね。えらい!」

へへっ、と照れたように笑うカズヤ。

すぐ思い出さなかったのは、道に迷って焦っていたせいもあるのだろう。

とにかくこれで帰れることが分かって、カズヤはほっと息をついた。

「ちょっと電話してくるね。ジュース頼んだから、来たら飲んで良いからね」

「ありがとうお姉ちゃん!……あ、電話お願いします!」

父親から教えられたのであろう。

しっかりお願いとお礼を言えたカズヤの頭を撫で、ヨリは一度外に出る事にした。

「ごめんねおばあちゃん、ちょっと電話してくる」

「分かったよ。ジュース運んどくからね」

「ありがとう」



電話が終わって席に戻ると、カズヤはオレンジジュースを飲み眠そうに目を擦っていた。

「カズヤくん、お父さんここまで迎えに来るって」

「…ほんま?パパ来てくれるん?」

「うん、すぐ行きます!って」

父親が来るとわかると、途端にソワソワし始めるカズヤ。

落ち着こうとしてるのか少しずつオレンジジュースを飲んでいく。

「もうちょっとかかるみたいだから、ゆっくりしな」

「う、うん」

深呼吸して、キョロキョロして、ジュースを飲んで。

落ち着こうとして逆に忙しなくなってしまっていた。

来たらまずなんて言おう。パパは許してくれるやろか。

そんな事を考えながらソワソワしていたカズヤだが、疲れと満腹感からか机に突っ伏して眠ってしまった。
















(あの後、起きたら親父におんぶされてたんだっけ)

ふと、懐かしい思い出に少し微笑む。

結局あの後は父親に謝って、父親も寂しい思いをさせてごめんと抱きしめてくれた。

眠るまで一緒にいてくれた女の人はいくら探しても見つからなかったが。


あの迷子になった日に食べさせてもらったエビフライの味は、カズヤにとって思い出の味となっていたのだ。

幼い心に影を落とした不安寂しさが、あの後からすっかり無くなっていた。

思い出補正のようなものかもしれないが、カズヤはそのおかげで夢が出来たのだった。

老夫婦の喫茶店が随分前に無くなり、あの素敵な場所は思い出の中だけになったのだが、それ故に今度は自分が思い出に残るような場所を作ろうと思えたのだ。


(あの人にもお礼言いたかったけどな)


あの女の人の事を思い出そうとしても、白い着物を着ていて髪が短かった事しか思い出せない。


「お会計お願いします」

「あっはい!」

最初のお客さんのお会計を済ませながら、不思議な雰囲気の人だったよなぁと思い出す。


そうそう、ちょうどこのお客さんみたいな…………


「ああ!!」

「?」


思わずカズヤ声を上げてしまった。

目の前のお客さんはあの時の女性にそっくりなのだと、急に思い至ったのだ。


「す、すいません!あの、変なことをお聞きしますが、昔山の上の神社で迷子を見つけませんでしたか?」

「うーん、ごめんなさい。人違いだと思います」

「そっ、そうですよね。すいません」

それはそうだ。

なんせもう20年程前になる。思い出の中の女性がいくら若かったとはいえ、今では中年程の歳だろう。


「いえいえ。美味しかったです、ごちそうさまでした」

「はい、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


ちょっとした寂しさを感じながら、カズヤは薄緑のカーディガンを着た女性客を見送ったのだった。





カズヤの店は繁盛します。

なんせ女神の行きつけですから。

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