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鶏づくしの晩餐

神様だって色んなものを食べたい。

今日も女神は食欲に負けて街に行く


ここは地球によく似た星の、日本によく似た国。

そこには数多くの神々がおり、下界を見守っていた。

戦神、縁結びの神、商売繁盛。

皆が暮らしている世界と何ら変わりはない、八百万の神々が各々好きなように暮らしている。


その中で、とてつもなく強大な力を持って君臨している…………という訳ではなく、他の神からすれば取るに足らないような力の弱い神………という訳でもないごくごく普通の女神がいた。


彼女は、とある街の守護の神として民を見守って暮らしていた。

街を見下ろせる山に建てられた神社。

今日も今日とて女神───────ヨリは、自身の城とも言える神社の中で呑気に欠伸をしながら床に伸びていたのだった。





「うあ〜ぁ……。仕事も片付いたし、お腹減ったぁ〜」

ひんやりとした床に頬を押し付けながら、ヨリは一人呟く。

「せっかく綺麗な和服ですのに、汚れてしまいますよ」

ヨリの独り言を聞いた神主が、呆れたような笑いを浮かべて掃除の手を止める。

その視線は先程からゴロゴロと寝転がっているだらしのない女神の和服に向いた。


白く上質であろう服の裾には、華美すぎない蝶が描かれている。

緑色の帯は形よくその胴を締めていた。

(勿体ないなぁ。着物って着るのに時間もかかるのに)

いくら神主がそんなことを思おうと、着ている本人(本神?)はお構い無しにだらけるのだった。


「んあ、そうだ。ねぇ月代、今日は掃除終わったら帰るんでしょ?」

「えぇ、優しく美しい妻が待っていますから」

「の、惚気に持っていきやがった……。まぁ、いいや。今日の夜ご飯なんだって?」

月代(つきしろ)と言う名の神主は、何故ヨリが我が家の夕飯を気にするのだろうと疑問に思ったが、素直に答える。

「たしか……唐揚げだとか言っていたような」

「唐揚げ!?」

ガバリと上半身を起こしたヨリ。

そのキラキラした目は「私も唐揚げ食べたい」と物語っていた。

「……え、来るのですか?我が家に?妻はヨリ様の事は見えませんよ」

そうなのだ。

こうしてヨリと月代が話せているのは、月代が神の声を聞き、神を見ることが出来るからだ。

一般人であれば、余程霊感が強くなければ見えない存在なのである。

「あはは、違うよ!いくらなんでも食べに行かないって!」

「そうですか。いやはや、安心しました」

「何も無い場所に唐揚げが消えていくのを見る奥さんが可愛そうだわ」

「驚いて気絶してしまいそうですね」


…………そもそも神が一般家庭で飯を食うこと自体が稀有なのだが。


「いやー、唐揚げって聞いたらお酒飲みたくなっちゃったよ」

やっぱり夏はビールだよねぇ!と笑顔のヨリ。

……女神がビール……。

いや、まぁビールが好きな女性は沢山いるのだ。

女神が好んで飲んでいたっておかしくないだろう。

それに月代も酒は飲むほうだ。

ヨリの言葉に「うんうん」と頷ける。

「ですがここにビールはありませんよ。御神酒はあるのですが……」

「いんや、街の居酒屋行ってくる」

「……い、居酒屋…」

「結構行ってるんだよねぇ」

遂に月代はポカーンとしてしまった。

この神は何を言ってるんだ。

さっき見える見えないの話をしていた筈だが。

まさか盗み食い……!?

「今、失礼なこと考えたろ」

「……はっ、いえそんな事は」

ジトッとした目で見られて、月代は慌てて否定する。

「有体化して行くんだ。誰がどう見ても人間だよ!」

「……はぁ、そうなのですか……?」

なんでもありらしい。

ヨリはふふん、とドヤ顔である。

「さて、そうと決まれば掃除掃除。私も手伝うから終わらせよう。うーーん………!唐揚げとビールが私を待っている!」








ガラリ。

音を立てて開いたガラス戸に気付き、居酒屋の店主はまな板から視線をずらす。

「へいらっしゃい。…おう、久しぶりだな嬢ちゃん」

賑やかな人の声の中に入ってきた女性に声をかける。

明るい緑色のカーディガン、白いカッターシャツに黒のスキニーといった出で立ちの彼女は、察せられる通り有体化したヨリである。

「お久しぶりです大将!」

空いているカウンター席に座り、バッグを足元に置く。

熟れているのはヨリが何度もここに通っている証拠だ。

「今日は何にすんだい?いつも通り日本酒でも入れようか」

「いや、今日はビールが良いな。後は……この手羽元の唐揚げで!」

「あいよ。ちょっと待ってな」

ヨリが頼んだのは手羽元の唐揚げ。

骨付きの肉が好きなのだ。

もちろん手羽先、手羽中、骨付きもも肉だって大好きだ。

どれも捨て難い。

まだかまだかと待っているうちに、よく冷えたビールが先に出される。

じゃあ早速…と手を伸ばし、ゆっくり味わうように飲んでいく。

しゅわしゅわとした炭酸が口を刺激し、苦味を含んだ美味い黄金色が喉を潤す。

「ぷはっ。う〜〜〜………美味しいぃぃ……!」

グラスを冷やしてから、これまた冷えたビールが注がれているのだ。

不味いわけがない。

「相変わらずいい反応だなぁ姉さん!」

後ろの座席から声をかけられる。

振り向くとニッカポッカを着た40代くらいの、よく日に焼けた男性達が笑ってこちらを見ていた。

「あ、建築のおじさん達!仕事お疲れ様。久しぶりだね!」

彼等はここの常連で、建築業をしている人達だった。

ヨリが行くと高確率で出会うのだ。

当然知り合いになっている。

「おうお疲れさん。姉さんも仕事帰りかい?」

「うん、外は暑いし帰る前に一杯行っとこうかなーって」

「事務だったっけな。毎日書類とかパソコンとかと睨めっこで大変だろう」

「いやいや、毎日外で仕事してるおじさん達には負けるよ」

ヨリは怪しまれないように、一応事務職に就いていると周りに言っている。

人の良いおじさん達を騙すのは心苦しいが、まぁ仕方がない。

ふと、おじさん達のテーブルに乗っているものに目がいく。

焼き鳥だ。

「それ焼き鳥?」

「おう、美味いぞ〜」

おじさんは一本手に取り美味そうにかぶりつく。

しまった。そんなに美味そうに食べられては、唐揚げの口になっていたのに焼き鳥も食べたくなってくる。

「うぅ、大将…焼き鳥の盛り合わせも追加で!塩でお願いします!」

「あいよ」

さてと、ここは他に何があったかな。

メニューを見ていると、「はい、手羽元の唐揚げ」と待ちに待った物を店主が置いてくれた。

「ありがとうございます!…美味しそう〜」

揚げたてで湯気がたっている唐揚げの匂いが、きゅう……と切なげに鳴いた胃に染みる。

「……いただきます!」

もう我慢ならない、とお行儀は悪いが手で摘む。

自身の指が熱い思いをするのだが、出来たての骨付き唐揚げが目の前にあるのだ。

冷めてしまっては勿体ない。

口の中を火傷しないように慎重に歯を立てる。

「んっ、あっつ、…はふ……はっ。……んんっ、美味しい!」

噛んだ瞬間、カリッと弾けた衣の中からは味が染み込んだ柔らかな白い肉。

じゅわっと溢れ出した肉汁と味のいい脂が熱さに慌てる口の中で踊った。

ここですかさず指を綺麗に拭き、まだ冷えたままのビールを流し込む。

ビールは脂を流し、火照った口内を癒してくれた。

あぁ、なんと言う美味さ。

「仕事終わりのビールのために生きている」と豪語する人達の気持ちがよくわかるというものだ。

「あー、生き返るぅ……!」

思わずおっさんくさいセリフが飛び出てしまう。

そのままの勢いで柔らかい肉を頬張る。

そしてビールを飲む。

なんという至福の時間だろうか。

「……よし、やっぱりここも食べなきゃ始まんない」

ヨリが口を付けたのは軟骨の部分だった。

歯で骨から外し、しっかりとした歯ごたえのそれをよく味わう。

こりこりとした音を響かせあっという間に小さく砕かれる軟骨。

ヨリはこの軟骨の部分を食べるのが好きだった。

食べ方は汚く見えてしまうかもしれないが、この美味い部分を残してしまうのは勿体ないと思ってしまう。

なんせこの歯ごたえがいい。

骨付きの唐揚げには、軟骨の唐揚げもついてくる。

まさに一粒で二度美味しいとはこの事である。

そんな大袈裟なことを考えながら、4本あった唐揚げはあっという間に骨だけになった。

「ふう…美味しかった…」

「はい、次は焼き鳥の盛り合わせね」

「わぁ、ありがとうございます!」

目の前に置かれた長方形の皿には五本の焼き鳥達が身を寄せあっていた。


もも、ネギま、砂肝に皮とささみ。

まずはももからだ。

一口頬張るとプリっとした身が崩れていく。

炭火で焼いた風味、いい塩梅の塩味が肉の旨みをさらに高める。

「んん〜〜、やっぱり鶏肉は美味しい…」

余分な脂を落とされてもまだ柔らかいそれに、思う存分舌鼓をうつ。

さぁ、これにビールを……といったところで気付いてしまった。

「あ、もうビール飲み終わっちゃった。大将、ビールお代わりで!」

「ハイハイ、ビール追加で」

さすが店主。

慣れたもので手早く新しいジョッキが目の前に置かれる。

今日はビールの気分なのだから、これが無くては。

「よし、次は……ネギまだ!」

ももの後はネギま。

肉とネギを一緒に頬張る。

柔らかな鶏肉とシャキシャキとしたネギ。

塩味のしょっぱさに焼かれたネギの芳ばしい香り。

肉のしつこ過ぎない旨みが組み合わさり、それはそれは素晴らしい完成度になっていた。

「あぁ、ネギが嫌いだった小さい頃の私は損してる……」

はて、神の小さい頃とは?と言いたくなるが別段気にする程度のことでもない。

この美味さの前ではどうだって良くなってしまうのだ。

お次は皮だ。

こんがりとした焦げ目の付いた皮は、くにゅっとした歯触りで口を楽しませる。

よく焼かれたであろう部分はカリカリと良い食感だ。

一部では皮を捨ててしまう所もあると聞いたが、要らないなら頂戴と言いたくなる。

「………その地域の神に掛け合うか?」

本気で考えるのもこの皮が美味いせいだ。

きっとそう。

まさか本当にそうするつもりではないだろう。

うん、きっと。

あっという間に残り二本だ。

「ううん、よし決めた」

そう言って手に取ったのはささみ。

ささみ一本切らずに焼いたそれをまずは一口。

脂は少ないがパサつかない。

淡白な肉の味は、大物たちを喰らったその舌を休ませてくれる。

さっぱりした味にはあれも付けよう。

ヨリは店主へ頼み、皿の端にわさびを付けてもらう。

ささっと箸で線を引くようにわさびを塗るとさらにもう一口。

「んっ……んん〜」

ツーンとしたわさびが、淡白で油っぽくない肉によく合う。

ああ、これだけで酒が進むというものだ。

ビールも良いが日本酒も良いな。

今度は日本酒で頼もう。そうだ、そうしよう。

決意新たに、最後の焼き鳥。

ヨリが愛してやまない砂肝だ。

どうやら歯応えのあるものが好きなようで、ニコニコしながら口に運ぶ。

ぎゅむっとした独特な歯触り。

弾力の強い砂肝は、他の肉には無い旨さを持っている。

「……………」

ここまで来たらもう無心だ。

何かを語ることなく、最後の一欠片まで味わい尽くす。

そして、残っていたビールを一気に飲み干して素晴らしい晩餐は終わってしまった。


「ふう………」

残ったのは皿に乗った串と、唐揚げの骨。

空になったビールジョッキ。

女神は満足そうに微笑むと、店主に金を払い店を後にしたのだった。



【ヨリ】

黒い髪で短い髪。ぱっつんだけど所々跳ねてる。

見た目は20代前半。

美味しいもの大好きな女神様。

ちゃんと仕事はしてます。



舞台は今暮らしているような現実世界に近い異世界です。

星の名前は「地球」だし暮らしている国は「日本」。

でも異世界。

パラレルワールドのような物だと認識して頂けたらいいです。


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