勇なき者の勇者
「良くぞ来た、勇者よ」
王様がお題目のようにその言葉を口にする。
「そなたに支度金を持たせよう、これで装備を整えるのだ」
王の指示を受けて俺は勇者と呼ばれた若者に金貨の入った袋を渡す。言ってもそれは僅かばかりの金額だ。魔王の元へ行く為の路銀にもならないだろう。
彼らはそれだけの金で命を賭けるのだ、魔王と呼ばれる何物かも分からない者を相手に戦いを挑むのだ。その勇気は私にはない。
私の手が金貨の重さから解放される、それが彼の命の重さ。その頼りなさに目まいを覚える。
なぜ一国の王がそれだけの金額しか出せないのか疑問に思った者も居るだろう、だがこれは仕方がない事だ。
勇者は定期的に指名されるようになっている。自らを勇者と名乗り出る者も居るが、大半は他人の家財を漁るようなならず者だ。
それでも王は彼らに資金を渡す。彼らを断れないのはそれだけ人材が乏しいから、魔王に挑もうとする者がいないのだ。
魔物を操る魔王と言われる存在はかなり几帳面で、少しでも手下が倒されようものなら倍以上の強さを持った魔物を直ぐに送り付けて来る。
いくら回復魔法に優れた僧侶でも、グチャグチャにされた遺体までは回復できない。魔法は万能ではないのだ。
その事実に気付いた者はさっさと魔物退治から撤退し、私のように兵士になるか弱い魔物に虐げられる道を選ぶ事になる。
「良くぞ来た、勇者よ」
街から男たちが姿を消し、勇者の対象は年端もいかない子供にまで及んでいる。
もし私が結婚していたらこんな子供が居たかもしれない。そう考えると胸が痛んだ。
なぜか私は荒野に立っていた、その傍らには先日の勇者が怯えた姿で震えている。弱い魔物を倒しまくって、そのツケが回って来たのだ。
見た事もない屈強そうな魔物を前に、私の体は既に戦闘意欲を無くしていた。臆病者で通した三十数年間が身に染みる。
こんな私でも少しは時間が稼げるだろうか。
「早く逃げろ! そして二度と戦おうなどと思うな!」
若者は頷きながら逃げて行く、剣も置き忘れたままだ。私はそれを手に取るとズッシリとした重みを感じた。これが私の命の重さ。
私が死ねば兵士の枠に空きが出来る、きっとそこには私より若い者が入るだろう。
さぁ、そろそろ勇気を出してもいい頃だ。もう十分に生きただろう。
ここでは勇気ある者が順番に死んでいく。私にそんなものは欠片もないが、それでもそろそろ勇者になってもいい頃だ。若かったあの頃のように──。