其の漆 ~expedition~
帰宅してから彼是数時間、自室の魔導書とにらめっこを続けていたが、
「……だめだぁ」
嘆きながら本を片手に仰向けに転がる。
本によると、魔力には火・水・風・土の四元素と光・闇の二属性を合わせた計六種類があるらしい。
術者には天性の属性があり、同属性の魔法を得意とする。
光は四元素全てを内包し、闇はどの元素も含まない特殊な魔力で、この二属性を天性として持つ人はかなり珍しい。
例外はあるが、光は付与、闇は攻撃魔法を得意とするようだ。
「そして、肝心なのが――」
自身の属性を調べる方法。
感魔紙という、魔石の粉末を練り込んだ特殊な紙を手で持ち、魔力を送り変化を見ることで調べられるらしいが、
「その紙が無いんだよなぁ」
属性によって特訓方法が違うらしい為、現状では何にも手が付けられない状態だった。
「……いい加減お腹が空いたな」
夢中になって読み耽っていたため時間を忘れていたが、時計は既に二時を回っていた。
台所へと向かい、食材を漁る。
科学的な製品は無いが、魔術を利用した冷蔵庫のようなものなどはあった。
魔石に魔法を付与してやると、魔力供給がある限り半永久的に同じ動作をするらしい。
つまり、冷却魔法を付与した魔石を組み込めば冷蔵庫に。
加熱魔法ならIHのようなコンロにもなるという理屈だ。
「風呂場で蛇口からお湯が出たのも、そういう原理だったのか」
魔力自体は地脈を通じて供給されているらしく、ダイヤルで供給量を弄れば増幅も抑制も可能だった。
適当に作ったご飯を食べ、改めて外出する。
今ある魔導書から分かる情報は頭に入った。
これ以上は夜のプレゼントを待つしかないので、村内の探索を始める。
「これから生活する中で、土地勘が無いのは困るしな」
傾き始めた太陽の位置から大体の方角を把握し、周りを見渡しながら散策に出る。
村の北西方面には大きな山が見える。
「祟りの噂がある山、か」
その手前、村内部で一番山に近い場所に大きな家が建っていた。
無駄に凝った作りや装飾から、領主の家なのだろう。
山の南側から村の南方にかけて深い森が広がっており、魔獣対策の為か堅牢そうな柵が設置されている。
パパの道場は柵に囲まれるように南西へ配置されていた。
反対側、北方は拓けた草原地帯で、村から東方向へと簡易的に整えられた道が続いている。
畑は害獣対策か、ほぼ村の中央に配置されており、北東には市場があった。
食材はもちろん、飯処に鍛冶屋もある充実っぷりだった。
探索中も村の大人や子供たちから親しげに声を掛けられた。
「小さい村なだけあって、みんな家族みたいな雰囲気。とても、居心地がいい……」
村を回り終えたころには頃には、空は赤く染まっていた。
「そろそろ帰らないと、パパも心配するかな」
小学生以来の懐かしい感覚。
黄昏時を過ぎて暗くなった外を歩くことに、恐怖を感じていた頃のことを思い出しながら帰路につく。
先ほどまで賑わっていた市場も、すでに閑散としている。
多少の街灯は設置されているが、性能はあまりよろしく無いらしく、もっと暗くなれば闇夜に呑まれてしまうだろう……。
家に着くと、パパがキッチンでせっせとお祝いの準備をしていた。
「ただいま!」
「おかえり、サーニャ」
帰宅の挨拶に返事を聞いたのは何時以来か……。
この世界に来てから一日、成長するにつれて忘れていたものを沢山思い出せた気がする。
「早速だけど、お祝いを始めようか」
「うん!」
大きなお肉に誕生日ケーキ、意外と見たことあるようなものが食卓に並んでいる。
パパと並んで席に着き、私の十歳の、そして俺にとっては、この世界に来たことへのお祝いが始まった――