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夢想転生 ~錯綜せし魂の向後~  作者: 鎌岡 巽
第二章 ~月夜半分、闇夜半分~
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其の壱 ~repatriation and...~

 目が覚める。

 部屋が薄ら明るい。

「もう、朝か……?」

 カーテンの隙間から漏れている陽光が朝を告げる。

 ほとんど寝た気はしないのだが、不思議と眠気も無く、身体の調子も良さそうだ。

「ん〜! よーし、今日から魔法と剣術を……」

 伸びをし、カーテンを開けたところで、意識が完全に覚醒した。

 

「……ここ、俺ん家じゃね??」

 

 やはり夢だったのか、と突きつけられた現実に眩暈を覚える。

 心機一転、少女として新たな人生の幕開けを夢見て床に入ったというのに、本当に夢だったとは。

「開いたのは新たな人生の幕じゃなくて、カーテンじゃんかよぉ……」

 昨日の十五時過ぎから眠り、目覚めたのが朝七時頃。

「夢もリアルで長かったけど、睡眠時間も長ぇなぁ……」

 あまりにもリアルすぎる夢。

 

 いや、待てよ? と。

 諦めの悪い脳味噌が寝起きの頭で考える。

「逆に考えるんだ。こっちのほうが夢なのではないか?」

 俺は既に向こうの世界にサーニャとして転生していて、今はその夢の中でこの世界のことを思い出しているだけ、と。

 無理がある理論を打ち出し、うんうん、と一人で納得し始める。

 

「ならば夢かどうか確認をしようではないか!」

 いざ! と、自分の股間をまさぐる。


 ……あぁ、()()()()()


 長年慣れ親しんだ感覚だ、間違いない。

 股間を揉みながら涙を流す。

 夢乃出流二十三歳、只今、現世へ帰還いたしました……。

 夢の中で出来た彼女が、朝起きると虚無のトリガーに早変わりする経験なら幾度いくどとあるが、今回のは余りにも度が過ぎるだろ……。

 

 起きた瞬間は軽かった身体も、数分でずっしりと重い。

 虚ろな目で洗面を済ませ、テレビのニュースに耳を傾けながら朝食を準備していると、

『昨夜未明、〇〇区の路地で女性の遺体が発見されました』

 今の日本ではありふれたような事件、事故のニュースの数々。

 聞き流しても不思議ではない内容に、胸騒ぎを感じて画面を見る。

『遺体となって見つかったのは、フランスからの留学生、リーナ・マクウェルさん二十一歳――』

 名前と共に表示された顔写真に目を剥く。

 

「……サー、ニャ?」

 

 飛び降り自殺だったらしい。

 理由は不明だが、留学先で死を選ぶほどの出来事が起こったのだろう。

 こんな偶然があるのだろうか? 夢で成り代わった少女に瓜二つな女性。

 他人の空似と言ってしまえば御終いだが、本当にそれだけか――?

 

「夢の世界へ行けば、確認出来るか……?」

 二度寝を敢行かんこうすれば夢の続きを見ることが出来るのは経験済みだ。

 カンダタが天国から垂らされた蜘蛛の糸に縋りつくかのように、もう一度横になる。


 ……が、一度覚醒しきってしまえば眠るのは至難の業。

 寝たいときに眠れない自身の病気を呪う。

「いや、寝れたとしても、また夢見れる確証は無いよな……」

 続きを見られるのは、寝起き直後の二度寝だけだ。

 少しでも時間が空けば、不可能となる。


 蜘蛛の糸は、既に切られていたらしい。

 

 ニュースの女性が気にはなるが、夢で見た内容以外に手掛かりは無い。

 今は諦めよう。

 症状が出て眠くなるまでに出来ることをやっておこう。

 

「とりあえず、仕事を辞めてこようかな」

 ササっと身支度を済ませ、家を出た。


   *   *   *


「キミさぁ、そんな簡単に辞められると思ってるの?」

 会社へ出向き、上司の眼前に診断書と退職届を叩きつける。

「ウチの就業規則では三ヶ月前に届出を出さないといけないんだよ」

「はい、知っています」

 正直、引き留められるのは驚いたが、病気の都合上そんなことは関係ない。

「だったら、なんで今日限りで辞めるなんて言えるんだ?」

「睡眠障害の症状として、いつ寝てしまうかわかりません。このまま勤めていても会社に迷惑が掛かるかと」

「今すぐ辞められたって迷惑は掛かるんだよ。キミの代わりを補充しなきゃいけないんだ、わかるよね?」

「お言葉ですが、私の代わりは幾らでも居ると仰ったのは課長では?」

 禿散らかしたメガネのオッサンが珍しく言い淀んでいる。

 この際だ、今までの鬱憤をぶつけてしまおうか。


「それに、就業規則を語る前に労働基準法を遵守したらどうですか?」

「ど、どういうことだね……」

「休憩時間は短く、長時間のサビ残を部下に課して、低賃金で酷使する。労基に駆け込めばどうなりますかね?」

 ニッコリと、嫌味を凝縮させた満面の笑みを上司へ向ける。

「そういうことなんで、失礼しますね~」

 意気揚々どフロアから立ち去る俺に、何か言いたげな視線だけが飛んでくるが、気にしない。

 

 昼前、会社を後にする。

 空は高く、広々としていて清々しい。

 心地よい風が吹き遊び、共に奔ろうと誘ってくる。

 夢の中とはいえ童心に還り、親の温かさを思い出した。

 一日違えば世界も変わる。

 今後に対する不安は、無いと言えば嘘になる。


 それでも、暗雲は晴れたのだ。

「今なら、気持ちよく寝られそうだ……」


 久しぶりに晴々とした気持ちで、


「あ、トイレットペーパー切れてたっけ」

 家路についた。

 

   *   *   *

        

 近所のスーパーで日用品や食品を購入し帰宅する。

 トイレットペーパー、食器用洗剤などの消耗品をそれぞれの保管場所へ収納、食品類を冷蔵庫へ押し込めていく。


「昼間っから缶ビールでも飲もうかな~」


 今までは絶対に出来なかった悪魔の所業。

 テレビでバラエティを見ながら少し遅めの昼飯を頂き、お酒を嗜む。

 営業に出た道中、飲食店でお酒を飲んでいる人を見ては恨めしく思っていたが、立場が変われば見方も変わる。

 きっとあの人たちも、この沼の毒牙に掛けられただけなのだろう、誰も悪くなどないのだ。

 上司に連れられ、付き合いで飲まされた酒とは違い、何も気にせず一人で掻っ食らう酒がここまで美味いとは。

「これは、堪りませんわぁ……」

 

 身体が求めるまま酒を愉しみ、気が付けば四時間が経過していた。

「んぉ、結構飲んじゃったな……トイレ行こ」

 ソファから立ち上がると、足元がふらつく。

 お酒は強いほうだが、これは流石に飲みすぎたかな……


 倒れないように気を付けつつ千鳥足で進み、便器にすわ――

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