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「おはよう、余裕をもって来たね。寧ろ早くliveに行きたくて居てもたってもいられなかったのかな」
「・・・まぁそんな感じです」
佐野のこのなんでも見透かしてるぞっていう感じの態度には嫌気を感じるが、何もない僕をここまで全面的に支援してくれているのだからそれは失礼だろう。
どうしても陽気なキャラの裏に潜んでいる不気味な感じは拭うことはできないが。
「仮死状態を一年間維持することにあたって普通は色々誓約書とがが必要なわけだけれど、今回は特に準備することはない。」
確かに僕はそういう書類上での契約のやり取りだったりするものが苦手で、自分の身を守るためにも必須なのはわかっているがどうしても自分から進んで申し出をすることを好まない。
「けれど、ここまで大胆なことをしでかすってことはそう言う類の書面が必要なんじゃないんですか?一応大企業なわけですし。」
佐野はまるでわんぱくな少年のように満面の笑みで告げる。
「あぁ、このプロジェクトは国が関与しているからね。じゃないと初期ステータスに纏わる個人情報を完全に手に入れられないだろう?」
清々しい語り口からは想像もつかないほど恐ろしいことを口にした。
「国が・・・関与?僕が言うのもおかしい話ですけれど、ただの・・・コンシューマーゲームですよね?」
「モニターとして参加してくれる茜君にはここまでの情報は与えられるけど、これ以上の話はまだできないな。
ただ一つ言えるのが、この《live》を進めていくといずれわかることさ。」
本当に腹の底が見えない男だ・・・
けれど、僕にとっては都合がいい。
余計な考慮はしなくていいのだから。
「それじゃあ、準備をしようか」
僕は頷き、佐野から差し出された治験用の衣服へと着替えた。
「細い体だね、そんな体でモンスターと戦えるのかい?」
いじらしく告げる佐野に向かって僕は言う。
「戦えるか戦えないかじゃないんです。戦わなきゃいけないんです。モンスターとも、あいつとも」
「準備はいいかい?」
「・・・えぇ」
そう言い目を閉じる。
現実世界へのさよならは昨晩告げた。
もう思い残すことはない。
・・・例え仮死状態の後遺症で現実世界を棒に振るとしても。
あの世界でやり遂げられればそれでいい。
「じゃあね・・・あっ、そうそう。またいつか《live》で会おうね。」
消えゆく意識の中で佐野が言った。
liveでも佐野に会うのか・・・プレイヤーとして楽しんでそうだな。
意識が目覚めると昨日居た虚無の空間ではなく、待ち焦がれた《live》の世界だった。