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「僕は秀《主人公》を超える!」
そう勢いよく叫ぶと同時にいきなり力が抜け足元から崩れ落ちる
意識が遠くなっていく感覚。そう、pencilが起動したときのように・・・
まず意識が戻ったことが理解できた。
手足は動かせないし、感覚があまりないけど瞼がなんとか持ち上がる。
「おっ、ちゃんと現実世界に戻れたようだね。」
胡散臭い白衣の佐野がそこに立っていた。
「《live》に・・・も、戻らなく、ちゃ・・・」
徐々に体の感覚が戻り、口が動いた。
そんな中、僕の思考は現実世界で仮死状態になっていた体のことよりも《live》のことしかなかった。
「仮死状態といっても腹は減るし、喉も乾く。これ以上潜り続けるのは危険だよ。」
「それでも僕は・・・」
僕はあの世界に戻らなくちゃいけない。
他のゲームじゃだめなんだ、よりリアルに近く、けれども演算化された世界に。
「・・・茜君はあの世界で何を見つけたんだ?」
何を見つけた?
そんなのはまだわからない。寧ろ追い求める何かを見つける為にあの世界に行く。
もう誰にも邪魔されたくない。
《live》で僕は・・・《主人公》になる
それを為し得る為に現実世界すら捧げてやる。
そんな僕の決意に満ちた鋭い眼差しを察したのか、佐野は理想的な提案をしてきた。
「君が望むならば最適なプレイ環境を与えよう」
何を考えてそこまで僕に尽くしてくれるのかはわからないが、その先の内容を一刻も早く聞くために続きを促した。
「うちの研究施設にある医療部屋を貸し出そう。長期の間仮死状態を維持できる環境になっている。但し、重大なリスクが伴う。」
「・・・詳しくお願いします。」
「仮死状態の時に、liveで負ったダメージは脳に直接響いてくる。
軽度のダメージを繰り返し受けるだけなら問題はないが、麻痺や大ダメージによるスタン等になってくるとそうはいかない。
システム的には回復したとしても回復直後では思うように動けない。普通のプレイヤーよりも長い硬直状態が続く。」
「・・・それくらいどうってことありません」
僕の言葉に佐野はまだ続きがあるという風に手で起き上がろうとする僕を抑えた。
「デメリットはゲーム内だけじゃない・・・そんな状態が何度も続くと脳が異常を起こす可能性も否定できない。
仮死状態の時は問題はないはずだが、現実世界に復帰したときに一気にしわ寄せがくる。
後遺症だって起こり得る。・・・そんな現実世界を捨てる真似までして《live》で人生を歩むのか?」
「・・・このまま現実世界で何も成すことなく死ぬよりかは、あの世界で生きたい。」
「・・・今の茜君には何を言っても無駄みたいだね。一晩よく寝て考えた方がいい。」
そういって佐野は一枚の名刺を僕に渡した。
「気持ちが変わらなかったら明日の12時にまたここに来てくれ。」
確かに今の僕は高揚しているのかもしれない。
だがこの気持ちが嘘ではない。でないともう何も信じられなくなる。
「ちなみに特に何も準備しなくていいからね。」
佐野はそういって僕を本社外に用意したタクシーまで案内した。
「領収は後日本社宛に請求されるようになっているからお金は気にしないでね。
・・・それではまた明日、君が来るか来ないかを社内で賭け合いするとしよう。」
「・・・明日からよろしくお願いします。」
賭け事を台無しにする一言を告げてタクシーに乗り込む。
オフィス街の角を曲がってタクシーが見えなくなると、悟った表情で佐野は呟いた。
「明日、茜君はまた来るだろうね。」
佐野は先程のプルオーバージャケットから白衣に着替えた女性に向けて言った。
「・・・連れてきた私が言うのもなんですが、本当にこれでいいのでしょうか。」
「彼は先日配布した思考発声型フリーゲームで密かに集計していた脳波スコアが飛びぬけて異常に高かった。
現実世界では何にも役には立たないが、仮死状態での活動限界が他のユーザーより適している。
固有スキルが付与されなかったことに関しては驚いたが、モニタニングユーザーとしては適任だろう。」
「・・・本当にそれだけですか?」
訝しがる女性を横目に、佐野は陽気に鼻歌を奏でながら本社へ足を向けた。