第15話 緊急事態 後編
「母上、お久しぶりです」
「ええ、ルーフェストさんもお元気そうで」
「こちらは、私の婚約者のシュナです」
「はっ、初めまして。シュナ=リュークレスと言います。よろしくお願い致します」
朱奈は深々と頭を下げた。
ルーフェストの母は赤い髪に赤い瞳。髪は夜会巻きのようにキッチリまとめられている。ルーフェストとは、親子だと分かるくらい似た顔立ちで、髪も瞳も今は同じだから更にそっくりだ。
「よろしくね。先程、お土産にってケーキを頂いたのよ。折角ですから今日は良いお天気ですし、お庭でいただきましょう」
そう言い、ルーフェストの母はケーキを使用人に渡し、庭へと移動した。
庭につくと、いつのまにかテーブルに紅茶とアフタヌーンティーセットのような物が置かれている。つまり、私たちはこれにプラスしてケーキも食べるのだ。やっぱり軽食にしといて良かった。
すぐにケーキはカットされ運ばれてきた。三人は椅子に腰掛け、お茶を楽しんだ。
「ああ。私名前を言ってなかったわね。マリーネと言うの。よろしくね。それでルーフェストさん。お見合いをことごとく断っていたのは彼女がいたからなのね。私、噂を聞いてビックリしたわ。そうならそうと言ってくださらないと」
「申し訳ございません、母上。彼女は異国の者でして。母上に会わせる前に、この国に慣れてもらって、我が家の遠縁の家と養子縁組して結婚がスムーズに出来るようにしたりと準備がありまして。ご報告が遅くなり、申し訳ございません」
「まあ、そうでしたの。異国の…。でも、逆に変な柵がなくて良いかもしれないわね」
マリーネ様は終始機嫌が良く、お茶会は無事終了した。
「お疲れ」
「わっ、ビックリした」
マリーネ様が帰宅した後、朱奈はお腹がいっぱいで夕飯は食べれなかった。明日も学校はお休みで今日は屋敷に泊まることにしたので、早めにお風呂に入った。
ルーフェストを見ると、髪が少し濡れている。お風呂に入ったようだ。
そして、髪と瞳も元の色に戻っている。
先程話は後でと言っていた。今から話してくれるのかな?朱奈は少しドキドキしていた。
「今、話いいかな?」
「えっ…ええ」
二人は話をする為に場所を変えた。二人は二階のバルコニーに来た。まだ夜は更けてないから月がはっきりとは見えない。だが、雲がなく綺麗な空なので、話していたら星や月が綺麗に見えそうだ。
「今日は俺の姿にビックリした?」
「ええ。髪も瞳も真っ赤で。マリーネ様にそっくりだった。まぁ、色以外も似てるから今の姿でも親子だなって思うけど」
「まあ…親子だからね。でも俺の髪と目は真っ黒。母上はそれを嫌っているんだ」
「えっ?」
「少し長くなるけど、聞いてくれるかい?」
こうしてルーフェストは話し始めた。
オレの母親は赤い髪と瞳、父親は茶色の髪に青い瞳。でも、生まれてきた子供は漆黒の髪と瞳。母上の浮気と悟った使用人が、オレに赤い髪と瞳に魔法をかけた。
しかし、髪の色と瞳を変える魔法は水で洗い流すと消えてしまう。
その為使用人は毎日、魔法をかけていた。そして水に近寄らないように注意していた。
ある程度大きくなると、オレは毎日魔法をかけられるのが面倒だった。理由も分からず魔法をかけられ、水に近づいてはいけないと言われ、本当の色を言ってはいけないと言われるのに納得がいかなかった。
オレには魔法の才能があった。その為、10歳になる頃には自分で髪と瞳の色を変えていた。
そんなある日、両親が不在の日に色を変えるのが面倒だった為、言いつけを守らず黒色のままでいた。しかし、運が悪いことに、急に両親が帰宅して、その姿を見られてしまった。
両親がその日不在だったのはオレが先日、魔法の研究で賞を取ったので、そのお祝いをサプライズでしたかった為出かけていたのだ。
まさか、サプライズでオレを驚かせるはずが、こんな結果になるとは誰も思わなかった。
使用人の並々ならぬ努力のおかげで、両親はこの日までオレを赤い髪と瞳だと思っていた。
母上はオレの姿を見て震えていた。そして、父上を見て何か言おうとしたが言葉にならず、その日は部屋から出てこなかった。
母上はその日から暫く部屋から出てこなかった。使用人にオレを近づけないようにと言っていたようで、オレは母上の部屋に近づくことすら出来なかった。
そんな状態から数日後、オレは父上に呼び出された。父上からせめて母の前でだけは、前のように赤い髪と瞳にして欲しいと懇願された。父はそれ以上言わなかった。
赤い髪と瞳に戻して数日後、母上は部屋から出てきた。
しかし、それ以降母上との関係はギクシャクしだした。
オレは小さいながら、母が浮気して出来た子供なのだと悟った。
そして、魔法学校に通っていた時や、両親が屋敷に不在の時は黒い髪と瞳で過ごし、両親に会う時だけは赤くするようになった。
「ごめん…そんな深刻な話とは知らずに…。でも、今日は普通に話せていた気が…」
「いや、気にしなくて良いよ。ああ、表面上は…ね。普通に話す分には平気だよ。でも必要以上に関わりを持とうとはしない。親子と言うより母上は、次期領主という面しか見ていないんだと思うよ。でも貴族でこういう事はよくあるからさ。ただ、自分を隠さなくていけないのは…辛いね」
「親に会う時に魔法を使うのを止めるわけにはいかないの?」
「まあ、黒いのはバレてるんだけど。そのままで会うと母上はすごく機嫌が悪くなるんだ。特にその姿で父に会ったら、恐ろしいことになる。自分で蒔いた種なのに。既にバレてるのに、それでも父上とオレの血が繋がっていないことを隠したいんだろう」
「お父さんは、何も言わないの?」
「ああ、母上を止めることもしないし、責めもしない。何を考えているか分からないよ。ただ、父上の態度は昔からずっと変わらない。それが唯一の救いだな」
「良い、お父さんだね」
「ああ」
ルーフェストは空を眺めながら言った。
「オレはいつか本当の父親に会いたいんだ。何処にいるのか、生きているのか死んでいるのかも分からないが。会ってみたいんだ。どんな人なのか」
「そっか、会えると良いね。お父さんに」
「ああ」
二人は笑い合いながらお茶を飲んだ。
「さてと、そろそろ寝るわね」
朱奈が席を立つと、ルーフェストは後ろから抱きしめた。
「ちょっ、何すんのよ‼︎」
「なあ、赤い容姿のオレはどうだった?シュナがそっちのが好きだと言うなら、毎日魔法をかけるのも面倒じゃないよ」
「別に、私はいつものルーフェストが良いよ。赤いのも嫌いじゃないけど、いつもの姿がしっくりきて落ち着くな」
「そうなのかい?」
「うん」
「ふーん」
ルーフェストは朱奈を抱きしめる腕に力を込めた。
「ちょっ…いたいって‼︎」
「ありがとう、シュナ」
「………どういたしまして」
朱奈はルーフェストの腕を優しく撫でた。
ルーフェスト…本当はお母さんに認めてもらいたいんだな。私に出来ることってあるかな…。
「って、いつまでもひっついていないでよー‼︎」
辛い話だけど、ルーフェストの事が知れて、少しだけ嬉しかった朱奈であった。