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マスのフィッシュアンドチップスと肥料


「大丈夫かしら?」


ファレスキの神殿の一室で椅子に座っていたミランの妻は心配そうに呟いた。

「大丈夫だって、俺達の子供だし……」


直ぐ隣に座るミランは妻を励ましてみたが、彼の尻尾は心配そうに震えていた。


2人は初めて生まれた子供達を神官に見せるために神殿を訪れたのだが、途中で子供達と別れる形で控室に入るように言われたのだ。


「でも、あの子達の前世を見てもらっている最中に神官の人の表情が変わったの見たでしょ?」


妻は自分の子供達が前世で罪を犯していたのでは、と心配になっていたのだ。

この世界では、神に認められた神官は転生者の前世の情報を見ることが出来るので、子供が生まれた場合は神官に転生者かどうか見てもらう親も居るのだ。

今回は子供達の出生を役所に届けるついでに、ものの試しで神官に見せてもらったのだが思わぬ事態となり、夫婦は手を握り合い、悪い結果だったのではと心配し始めていた。


「待たせたな」


「……ヤツェク長老!」

出てくるのは神官だと思っていたが、部族長の縁者であるヤツェク長老が出てきたので、2人は立ち上がり慌てて御辞儀をした。


「いやいや、畏まらんでいいぞ」


2人にそう言うと、ヤツェク長老は部屋の隅に置いてあった椅子を持ち、2人の近くにそれを置いた。


「転生者同士じゃ、堅苦しいのは無しじゃ」

ヤツェク長老はそう言うと椅子に座り、2人にも座るように促した。


「さてと……。ミランよ、確かお前は、1944年の6月6日にフランスで死んでおったな?」


長老の一言に、ミランは身構えた。

「……はい、そうですが」


何でその時の事を聞かれるのか、ミランは判らなかった。

あの時は、“連合国軍の兵士が降下したから捜せ”と命令を受け、捜索中にアメリカ人に刺殺されていた。


「相手はアメリカ人の若い兵士だったな?」

「ええ」

はっきりと覚えていた。

急に生臭い、血の臭いがしたので振り向くとその兵士が居たのだ。

てっきり、大怪我をしているのかと思い、「待った、武器を置こう」と呼びかけたが、そのまま刺されたのだ。


「あの、まさか……」

ミランの妻の一言に、長老はため息を吐いた。

「ああ、1人だけ転生者だったんだが、アルトゥルがその兵士だった」

神官が見れる情報は、前世での経歴の他に、現世の誰と何時接点があったのかも見ることが出来た。

先程、アルトゥルの過去を見た神官が、ミランと接点があることに気付き2人の過去を覗き見てしまったのだ。


「そんな……」

妻が口を押さえたのを見て、ミランは肩に手を回した。


「あの子が……そんな」

目に涙を浮かべた妻をミランは優しく抱き寄せた。

「ミラン、その……。アルトゥルをどうするかね?何だったらワシらの方で引き取るが」


稀にだが、転生者の子供が犯罪者や因縁のある人物の場合は神殿が引き取るかそのまま殺害するケースが有ったが、ミランは悩んでいた。

ついさっきまで、他の姉弟と一緒に無邪気に微笑んでいた我が子があの兵士だと聞き、俄には信じられなかった。他の3人と同じで、アルトゥルは可愛い我が子でしかなかった。

「長老、その…1つ良いでしょうか?」

「何かな?」


ミランはずっと気になっていた事を長老に質問した。

「私を刺殺した事で、彼の人生は無茶苦茶になりませんでしたか?」

「……え?」


目を泣き腫らした妻はミランと長老を交互に見た。

「……いや、大丈夫だったようだ。彼はその後、結婚もしたし議員にもなったそうだ」

「そうでしたか」




「ひぐっ!……ひぐっ」

泣いてるアルトゥルを抱き抱えながら、ミランは昔のことを色々と思い出していた。

「あの時みたいに泣くな」


優しくアルトゥルの背中を叩くと、身体を一瞬強張らせた。

「だって、あの時みたく(・・・・・・)また父ちゃんを殺しちまったんじゃって……」




アルトゥルが4歳の時に、前世で接点が有る事は伝えていた。

アルトゥルに伝える必要などないのだが、ミランが昔の事を気になり伝えたのだ。


「あの時、僕を刺したことで、人生が可笑しくなったんじゃないか?」


長老達からは、何もなかったかの様な事を言われたが、それでも気になったのだ。


あの時、アルトゥルは手に持った銃剣で自分の心臓を一刺ししていたが、その時の顔は恐怖で引きつっていた。それどころか、薄れゆく意識の中でアルトゥルは泣き始め立ち去るのを見ていた。


自分もそうだったが、望まずに出征し、戦場で人を殺したのではと危惧していた。

そのせいで、若者の人生を滅茶苦茶にしたのではと、気になっていたのだ。


たしかに、あの後は良心の呵責に耐えきれなくなったそうだが、何とか耐え。戦争が終わるまで生き残れたと聞き安堵した。




「あの程度じゃ死なないさ。父さんは昔、ズヴェルム(ワイバーン)に乗って空を飛んだこともあるんだ。あれぐらい平気さ。ほら、家に着くから自分で歩いて」


家が見えてきたが、不意に心配事を一つ思い出した。

(家が手狭だよなあ……)

昨日生れた6人の子供達が大きくなった時の事を考え、ミランは一瞬眉間にしわを寄せたが、直ぐに首を横に振り邪念を払った。


「ただいま……」


「おかえりなさ……まあ、どうしたの?」


鱗まみれの夫を見て、妻は驚いた。


「アルトゥルがメスのトビマスを釣ったせいで、群れが全部飛んだらしくてね……」


トビマスはメスが空中で身体を振るい産卵をするのだが、アルトゥルが釣ったメスが空中で暴れたのを見たオスが水面に殺到し、更に他のメスも殺到したことであの数のトビマスが飛び出たのだ。


「怪我は!?」


「アルトゥル達は大丈夫、俺はちょっと打っただけ」


「怪我は私が治したから大丈夫さ」

遅れて手押し車を押しながら現れた初老の男を見て、ミランの妻は驚いた。


「……ギルド長!」


彼とは何度か会ったことが有った、最初は自分達が冒険者ギルドの入団した日、最後は夫と共にギルドを止めた日。彼はその冒険者ギルドのギルド長だった。

綿花畑の周囲に散ったトビマスが勿体無いと、孫の少年とライネの3人で手押し車に乗るだけのトビマスを集めて持ってきたのだ。


「たまたま、孫と剣の練習をしててな」


ひょっこりと孫の少年が顔を出したが、カミンスキー家の窓に子供が何人も居るのに気付き、慌てて祖父の陰に隠れた。


「こら、トマシュ!ちゃんと挨拶しなさい!」


恥ずかしそうに再び顔を出した少年はギルド長の横に立った。


「は、はじめまして。トマシュ…ジェワフスキ……です」


祖父に頭を撫でられるとトマシュは再び祖父の陰に隠れた。


「こらこら……。どうも一人っ子なせいか人見知りが酷くてな。しばらく家で預かるんだが」

人狼では一人っ子は珍しかった。



「アルトゥル、ライネ、無事だった?」

ビアンカが鱗塗れになっていた2人に気付いて声を掛けた。

「ああ、なんとか」

「あの人とそのお孫さんのお陰で何とか」


ライネに指で示され、トマシュは再び祖父の陰に隠れた。

「ギルド長だけあって、魔法で殆どのトビマスを追いやってくれたんだ。それでも残っているのは2人が剣とかで叩き落としてくれたよ。特にあの子は、あんな雰囲気だけど木刀で1人で飛んでいるトビマスを30匹以上叩き落としたんだ」

「へぇー」


恥ずかしそうに顔を伏せるトマシュを見て、ビアンカはトマシュの方へ歩み寄った。


「あの……トマシュ君」

名前を呼ばれても自分の影に隠れて下を向く孫を祖父は否応なしに押し出した。

「ほら、話しかけられてるんだ。ちゃんとしなさい」


ビアンカの前に出されたトマシュは顔を真っ赤にし、耳と尻尾はいきり立っていた。

「その、お父さん達を助けてくれてありがとう」

「ど、どういたしまして……」


トマシュの祖父が渋い顔をしたので、ビアンカは慌てて話題を変えた。


「あのさ、トマシュ君。良ければ遊んでいかない?」

「え?」

どうしたら良いのか判らず、トマシュは祖父の方を見たが、ビアンカの姉弟姉妹が集まってきた。


「剣強いの?」

「虫見る?」

「かくれんぼしよ!」

あっと言う間に取り囲まれたトマシュは、家の中へと引っ張られて行った。


「あらら」

ビアンカを置いてきぼりにし、弟と妹がトマシュを連れて行ったので、アルトゥルは苦笑いした。

「ところでさ、コレどうする?」


ライネが手押し車に山積みになったトビマスを指さした。

「売るにしても、トビマスなんてそこら辺に打ち上がってるもんだし、食べるにしてもねえ」


此処にあるトビマスだけでなく畑にもまだ広い集めてないのが一杯あった。

「うーん、干して干物にでもするか?」

「そうだね……。アラマキジャケだったかな、日本でサーモンの干物があったし」


2人で色々話しているとミランが話し掛けてきた。

「なに、肥料にでもするさ。魚の肥料は結構いいんだ」


「ホントかな?」

「臭くない?」

ライネとビアンカは首をひねった。


「後は、……フィッシュアンドチップスにする?」

なんとなくだが、ライネは思い付いた。

「いや、そんなに揚げ物(もん)なんか食ぇねぇよ」


アルトゥルは嫌そうにしたが、ライネが慌てて補足の説明をした。

「いや、屋台で売るんだ。アレなら立ち食いできるし、小腹が空いたときなんかちょうどいいだろ?」


「そう言えば、アルトゥル達はお金が欲しいんだっけ?」

ビアンカには手っ取り早く稼ぎたいとしか説明をしていなかった。

「そうだけど?」


「じゃあ、屋台で売るのがいいわね。きっと売れるわ」


「えー?」


アルトゥルは否定的だったが、元イギリス人のライネとビアンカの間で話が広がっていった。


「街の中だと税金がかかるけど門の外だと掛からないからそこに屋台でも出すか」

「通り過ぎる商人さん相手の屋台が偶に出てるし良いんじゃない?」


(勝手にしてくれ)


この時、アルトゥルは関わらなかったが、一月後には2人のアイディアが実を結び、ライネの実家の鍛冶屋が出したフィッシュアンドチップスの屋台は大いに繁盛した。


一方でミランが試した魚の肥料は、発酵中にあまりにも悪臭を放ったので家族の顰蹙(ひんしゅく)を買うことになった。

『魔王始めました』の番外編として、トビマスに襲われるアルトゥルの話を思い付いたら意外と続きました。


気が向いたら、他の変な生き物関係の番外編を書こうと思います。

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