予定変更
「えーっと…」
酒も手に入り、カミンスキー家に戻ったのだが。アルトゥルの4歳と1歳の弟や妹達5人に揉みくちゃにされ、ライネは固まっていた。
「お兄ちゃん、誰!?」
「虫見る!?」
4歳の弟2人は、まだ大人しいが。
「きゃ~」
「ぶべっ!?」
4歳の妹は2段ベットの上からダイブしてくるなど、やりたい放題で。それを見た1歳の弟や妹が抱き付いて来るのだ。
「っちょっと!?アルトゥル?」
このままでは身体が持たないと、ライネは助けを呼んだが、アルトゥルは姿を見せず。そうこうしている間に、4歳の妹に押し倒された。
「かかれ~!」
「キャッキャ!」
「っちょ。ヤバイって!?」
子供6人に乗られ、いよいよ危ない状況になった。
「あれ?」
アルトゥルと同い年のアリナが部屋に入ってきた。
「こら、お客さんにいたイタズラしないの!」
アリナの声を聞き子供達は蜘蛛の子散らす様にライネから離れ、部屋から出ていった。
「大丈夫?」
「酷い目にあった…」
ライネは3つ子だが、他に兄弟姉妹は居なく。下の子供に揉みくちゃにされる経験は初めてだった。
「アルトゥルは何処へ?」
アリナもアルトゥルを捜しているようで、居場所を聞かれた。
「いや、僕も此処で待つように言われただけで、何処行ったかは……」
「あの……大丈夫でした?」
さっきまで居なかったアルトゥルの4歳の妹が現れた。
「なんとか……」
(……あれ?)
「ビアンカ、お水を持ってきて」
「うん、判った」
ライネは、他の姉妹達と何処か雰囲気が違うビアンカが気になった。
(……なんだろ?)
「アルトゥルったら何時もこうなのよ。転生者だからって偶に大人に混じって変なことをしてるし」
「ねえ、アルトゥルは転生者だけど、他に居ないの?」
ライネの場合、今の両親も転生者で、前世でも自分の両親だった。
それどころか、兄弟も前世の兄弟で、家族まるごと転生している状態だったので、“カミンスキー家もそうなのでは?”と気になったのだ。
「んー?お父さんとお母さんも転生者だって。でも、アルトゥルの前世のお父さんやお母さんじゃないって。あと、ビアンカも転生者だったかな?」
「お待たせー」
水が入った木のコップをお盆に乗せ、ビアンカが戻ってきた。
「はいどうぞー」
「ありがとう」
(あ、そう言うことか)
ビアンカは他の姉妹と違って髪を結んでいたので、雰囲気が違って思えたのだ。
「ねえ、アルトゥル見てない?」
「うーん?……お父さんのところに行くって言ってたよ」
アリナはアルトゥルの行き先を聞くと、パタパタと走りながら部屋から飛び出して行った。
「すいません、慌ただしい姉で……」
申し訳なさそうにするビアンカを前に、ライネは苦笑いした。
「まあ、子供だったらあんなもんでしょ」
自分が今、6歳の子供だという事を忘れ、ライネは笑いながら言った。
「ライネさんも転生者ですよね?……出身はどちら?」
優しく微笑むビアンカの大人びた雰囲気に、再びライネは心臓の鼓動が速くなったのを感じた。
「ロンドン出身だったよ」
ビアンカの耳が嬉しそうに動いた。
「あなたも?私もロンドンの出身よ」
「え!?」
まさかの同郷人に2人は嬉しそうに尻尾を振り始めた。
「どこだい?」
「カムデンよ。よく図書館に行ってた」
「僕も住んでた。何時だい?何年頃?」
知り合いの可能性が出てきたので、2人はますます嬉しそうに尻尾を降った。
「1944年の…」
「てぇへんだ!!」
急にアルトゥルが両脇に1歳の弟達を抱えて部屋に飛び込んできたので、2人は驚いて尻尾をパンパンに膨らませた。
「っちょと!どうしたんだい!?」
大慌てで他の弟と妹を部屋に入れるアルトゥルにライネは訪ねた。
「母ちゃんが産気付いたんだ!」
「えぇ!?」
「えー!!」
ビアンカは慌てて指折り数えた。
「ま、未だ、9ヶ月じゃないっけ!?」
「知ってらい!でも、破水したんだ!」
「あわわわわわ!?!?」
テンパったアリナも部屋に入ってきた。
「どうするの!?」
「アルベルトが産婆を喚びに行ってる!あと、俺の父ちゃんがライネの父ちゃんを喚びに行ったよ!」
「え!?なんで!?」
とうとう、アルトゥルも慌てだし、英語で話し始めた。
「I don't know!(知るかぁ!)Get back the bedroom ,right now!(さっさと、寝室に入れ!)」
台所の方ではアルトゥルの母親の唸り声が聞こえてきた。
「1人出てきた!どうしよう!?」
母親についているアイリが叫んだ。
「What's!?」
流石にアルトゥルも右往左往し始めた。
前回までは前の日から陣痛が始まり、余裕が有ったが、今回は大人は誰も居ない。
応急処置を手伝った経験は有るが、前世の妻の出産にも立ち会ったことはなく。妊婦の出産は全く経験がなかった。
「アルトゥル、アリナ、ちょっと!」
尻尾を股に巻くほど混乱し始めたアルトゥルとアリナにビアンカは声を掛けた。
「ちょっと!聞いて!Listen me!」
急に頭を掴まれ、英語で話しかけられたのでアルトゥルは目を白黒させた。
「私、産婦人科の看護師だったから赤ちゃんを取り上げた事有るよ!」
「へぇ!?」
「……え?」
間抜けな声を出し、アルトゥルは静かになった。
「そいつぁいいや!手伝ってくれ!」
ビアンカの手を引き、アルトゥルが寝室を出ようとしたが。
「兄さんはダメ!」
「うおっ!?」
ビアンカに腰の当たりを掴まれたアルトゥルは、その場で左回りに1回転し、ベッドに投げ飛ばされた。
「男子禁制よ!お母さんだって未だ20歳なんだから!アリナ、手伝って」
「うん!」
アリナが寝室を出ると、ドアが勢いよく閉じられ。外から鍵が掛けられた。
「……えー?」
静かになった寝室にアルトゥルの声が響いた。
「別に見たって嬉しかねえよ」
アルトゥルのセクハラ発言を聞いたライネはアルトゥルの頭を平手で叩いた。
「痛ぇ!?」
「アホな事言ってないの」
ライネからしたら、普通に叩いただけだったが、コレが引金でとんでもないことになった。
「行け―!」
「きゃぁー!」
「やっほー!」
弟と妹たちがアルトゥルに堰を切ったように襲いかかった。
「うわあぁぁああ!?」
「あー、……何人居るんだ?」
小一時間位は経ったと思うが、未だに新たな赤ん坊の産声が聞こえてきた。
「今の子で5人目だよね?」
同じ部屋に居るアルトゥルの弟や妹は待ち疲れたのか、既にベッドで寝息を立てていた。
「ビアンカなんだけどさ……」
「なんでぃ、いきなり」
いきなり妹の名前を言われ、アルトゥルは尻尾を立たせた。
「そんなに驚く?」
「……別に驚いちゃいねぇさ」
そういったアルトゥルの尻尾は膨らんだままだった。
「で、ビアンカがどうしたって?」
アルトゥル本人も尻尾に気付き慌てて隠した。
「ああ、その。……ロンドン出身だったらしいけど、前世の事とかなんか聞いてない?」
ライネの質問にアルトゥルは眉をひそめた。
「何でそんな事を聞くんでぇ?」
あからさまに警戒し始めたアルトゥルの様子に、一瞬だけライネはたじろいだ。
「いや……、ご近所さんだったんだ。前世で住んでた場所が近くて、“知り合いじゃないかな?”って」
訳を聞いて、アルトゥルは視線を左右に振ってから、自分の顎を右手で撫で始めた。
「ロンドン出身ってのも初めて聞いたからなあ。知らねえな」
「……?話題にならないの?」
前世の話題を家族間でする物だと認識していたライネからしたら意外だった。
「話題にゃしねぇよ。興味ねえし。ほら、神殿が言ってるだろ?'前世より今世”だって」
(そんなもんなの?)
ライネはなんか納得出来ないが、会話が途切れた。
「釣りはどうする?」
思えば、今日はアルトゥルの父親を酔わせ、翌朝、寝坊している間にコッソリとマス釣りに行くはずだった。
「あー……。孫が生まれたって聞いた爺ちゃんが訪ねに来る筈だからその隙きになんとかなんよ」
とはいえ、今日は何も出来なくなり。2人はアルトゥルの父親達が戻ってくるまで、ふて寝を決め込んだ。