酒を用意しよう!
「で、この芋の山が“策”な訳?」
日を改め、ライネがカミンスキー家を訪ねると。アルトゥルが納屋の中で芋が入った籠を見せてきた。
「おうよ。映画見たこと無い?『大脱走』ってヤツ」
「………」
アルトゥルが胸を張ったのでライネは眉間を抑えた。
「イヤ、“お酒を飲ませて酔い潰す”って事なら理解できるけど。まさか作る気?」
何処から持ち出したのか。アルトゥルは大鍋を炭コンロの上に置き始めた。
「ビールとか作った事有るから、似たようなもんだろ。蒸留器が問題だけど」
「ビールと蒸留酒を一緒にしないでよ。てか、それなら買った方が良いでしょ」
ライネの一言に、アルトゥルは目を真ん丸にした。
「………もしかして考えてなかった?」
「うん」
あまり、街の方へは行かないので、すっかり失念していた。
「でも、高くない?」
「大して高くないし。変なお酒が出来て飲まれないよか確実だよ」
「えーっと、お金は」
「ヴィルク銅貨1枚も有れば良いのが買えるよ」
アルトゥルが巾着袋の様な物を棚から取り出し、ベッドの上に中身を出した。
「えーっと、コレだけ」
アルトゥルの全財産はイヨォド銅貨2枚、ラエン銅貨3枚。
「ヴィルク銅貨2枚って所か…足りるね」
「よし、行こう」
「何処行くの?」
今日は畑での作業が無いので、アルトゥルの両親は居間で綿花の種を選り分けていた。
「南町まで行ってくる」
「南町?」
母親が怪訝な反応をしたので、アルトゥルは(やっべ)と心の中で思った。
「南町に行って何するんだ?」
父親も綿花から顔を上げた。
「えーっと………買い物」
「ふーん…」
アルトゥルの目は嘘は言っていないので、父親は深く追及しなかった。
「門が閉まる前に帰って来るんだぞ。それと、ライネ君に迷惑をかけるなよ」
「うん!行ってきます!」
「お邪魔しました」
脱兎の如く、家から出る我が子を見て、両親は笑い合った。
「良かった、同い年の友達が出来て」
「ああ、ライネ君も転生者だって話だし、気が合うんだろうな」
人狼は兄弟姉妹が多いので、どうしても家族とばかり付き合う傾向があったので。両親は気にしていたのだ。
「何時見ても、でっけーな」
すぐ近くの南町の壁を前にして、アルトゥルは叫んだ。
「マルタやイスタンブールの城壁の倍はあるらしい」
ファレスキの街は大きな岩山が在る三角州の他、北岩
岸と南岸にも街が広がっていた。
そして、目の前に在る南岸の南町の街壁は、大河と街を囲う土手の上に築かれた物で。土手の高さと相まってかなりの存在感があった。
「エンタープライズを下から見た時より高いなあ…」
大河から引かれた水堀を右手に観つつ、土手と城壁を観ながらアルトゥルは尻尾を振った。
「父さんの話だと、洪水対策も兼ねてるらしい。と言っても、過去200年は土手を越える洪水は無いみたいだけど」
ゆっくりと砂利道を歩んでいると、目の前に荷馬車の列が現れた。
「混んでるなあ」
通門許可を貰う荷馬車の列が石畳の街道に何十と並んでいた。
「渡し船待ちかな?」
南岸の人狼と北岸の人間の領地を隔てている大河ジュブル川の川幅は、比較的狭いとされるファレスキ周辺ですら5キロメートルも有り。更に狭いファレスキの南町と中町が在る中洲の川幅は約3キロメートル。そして、中洲と北岸の北町の川幅は4キロメートル。それぞれ、幅が30メートルもある巨大な石橋が掛けられていたが、貿易港としても栄えるファレスキの港に向かう荷馬車や北岸の人間の領地に向かうだけの荷馬車の数があまりにも多いため、荷馬車は通るだけで金貨を1枚徴収される事になっていた。
その為、橋を渡らずに直接貿易船に荷物を積む商人や、北岸に向かうだけの荷馬車が渡し船を使うために南町の外にまで列をを作るのは、よく見られる光景だった。
「ま、オイラたちは関係ないけどな」
徒歩のアルトゥル達は荷馬車を横目に見つつ、南町の門へ向かった。
「えーっと……。酒屋ってどこ?」
徒歩の子供を調べるほど暇ではない門番たちは、アルトゥルとライネの顔を見るだけで、特に何もしてこなかった。
「こっちだよ」
門を抜け、大通りから1つ裏路地に入った所に“SKLEP MONOPOLOWY”と書かれた文字と酒瓶の絵が描かれた看板が掲げられた酒屋が在った。
「ところでよ、何語よこれ?」
見たところアルファベットなのは判るが、なんか知らん単語の集まりなので、アルトゥルは文字を読めずにいた。
「ポーランド語だね」
喋ってる言葉の雰囲気から東欧っぽいとは考えていたが、まさかのポーランド語だとライネに言われ、アルトゥルは驚いた。
「えー…そうなんだ。英語使えるところないの?」
「ああ、東の方のゴブリンが英語を使ってるよ。地下暮らしだけど」
「ゴブ…」
まさかのゴブリンとの一言でアルトゥルは絶句した。
ライネが指さした。
「ほらあの人たち」
目の前に居ると聞き、アルトゥルは目を見開いてゴブリンを探した。
「どこ!?」
「ほら、馬車に乗ってる人たち」
「えっ!?」
馬車から降りようとしているゴブリンは、1メートルほどの身長だが山高帽に3つ揃えのスーツに革靴と、まるで19世紀のイギリス紳士がするような正装をしていた。
「えー……。あれがゴブリン?」
肌は白く、耳はとがっており。ぱっと見子供かと思うが、彼らの出立は洗練られていた。
「妖精の一種だからね。彼らは多分ニューロンドンの商人だと思うよ」
ゴブリン達がステッキを突きながら、商館街へ入っていった。
「川を上れば2日もあれば着くらしいからね」
「えー…そうなの?」
考えれば考えるほど、何か可笑しいので、アルトゥルは深く考えないようにした。
「で、どれがどれなの?」
酒屋の中で積み上げられた酒瓶を前に、アルトゥルはライネに聞いた。
「さあ?」
「さあ!?」
アルトゥルがライネの方を向くと「だって、しょうがないじゃん」と言われた。
「まだ、お酒の味が判る歳じゃないから飲んだ事ないし。酒の銘柄も今まで興味なかったし」
「ぬぅー」
酒の種類が書かれた木札の意味は判らないが、ビンの種類で何が入ってるかは予想が出来た。
「コレはビールか」
茶色いビンが王冠で封されていた。
「え!?王冠が有るんだ…。あ、こっちはワインかな?」
「いや、蜂蜜酒だよ」
子供の声を聞き店主の男が顔を出した。
「ワインはこの樽で量り売りだよ」
カウンターの後ろに樽が10個横に置かれ、それぞれに小さな蛇口が付けられていた。
「で、そっちのがビールで。アメリカ人の転生者が作ってる物でお勧めだよ」
アルトゥルが手にしていた瓶のラベルには5大湖が描かれていた。
「いくらですか?」
「1本でヴィルク銅貨2枚だよ。あと、空き瓶を持って来てもらえればヴィルク銅貨を1枚返すよ」
まさかのリターナブル瓶だった事に驚きつつも、アルトゥルは財布にはヴィルク銅貨2枚分しかお金を持っていないことを考える。
「少し高いですね」
ライネの一言に、店主は壁の地図を指さした。
「まあ、確かに高いが、そのビールを作った醸造所は大森林に在ってな。醸造に使う水は妖精の泉のからとった水を使うんで、悪酔いしないんだ。それに、何よりも美味しいからね」
「いや、駄目じゃね?」
そもそもの目的が、アルトゥルの父親を酔い潰す酒を探しに来た訳なので、悪酔いしない酒は……。
前世で二日酔いを経験したことがある2人からしても魅力的だが、目的にそぐわないのだ。
「おじさん、きっつい酒ない?蒸留酒みたいな…。えーっと、何て言うの?」
蒸留酒という単語がわからないアルトゥルがライネに助けを求めた。
「僕たち、蒸留酒が欲しくて。贈答用で」
店主はアルトゥルとライネをしばらく観察してから口を開いた。
「君達、転生者だろ?」
「はい」
「へい」
素直に認めたので店主がカウンターに寄っかかった。
「まあ、だったら子供の飲酒が危ないのは判ってるな?」
「はい、死ぬことが有るのは理解しています」
「あと、味なんか子供の舌じゃ判んねえから飲まねえっすよ。子供なんだから冷たいミルクの方が性に合ってますよ」
アルトゥルの言ったことに店主は大笑いした。
「そうか、ハハハッ。いやね、偶にね。子供が親のお使いで買いに来るけど、興味本位で飲んじまってぶっ倒れる事とかあってね。あー、そっちの棚はウォッカとかアクアビットだ。どれも前世の酒に引けを取らないかそれ以上の上物だ」
背伸びをしようとした子供の事故が無いわけでは無いので、店主は気にしたのだ。
「えーっと。どれも安いじゃん」
蒸留酒はどれもヴィルク銅貨2枚で買える値段だった。
「やっぱり南の穀倉地帯、様々だね。阿保みたいに麦や葡萄が取れるんで、大体酒に加工しちまうんだ」「そうなんですか?」
ライネが聞き返すと店主が両手を上げた。
「俺らみたいな転生者が色々と品種改良やら開拓やらで農地が増えてく一方だからな。おかげで、この10年は物価が駄々下がりだが、人間の国に輸出するおかげで儲かるから生活は楽だがな」
「はい、割れやすいから気を付けてな」
「ありがとうございます」
店主に例を言い、アルトゥル達は家路を急いだ。
「なんか、景気良いよな」
「そうだね。コレは僕たちも一山何かで当てれば億万長者も夢じゃないかも」
酒屋で聞いた話では、全体的に生産性が上がり。その分を輸出しているので人狼全体が好景気だという話だった。
「でもよ、北の人間…。まあ、人間だよな。そこに輸出してるけど、逆に人間の景気が悪いんじゃないか?ほら、アメリカでも日本と揉めたし、そっちも中国に戦争吹っ掛けたじゃん」
「なんとかなるんじゃない?」
心配するアルトゥルとは対照的にライネは呑気に空を見上げていた。