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うそつき狐のはなし

作者: 倉紀ノウ


 動物たちの住む、ある森に、嘘をつくのが大好きなうそつき狐がおりました。


 うそつき狐は、ことあるごとに嘘をついては、森の仲間たちを困らせていました。

 

 ところがあるとき、うそつき狐のついた嘘が本当のことになってしまって、仲間たちを困らせることができませんでした。

 

それは、ちょうど昨日のことです。


「今日は空から金貨の雨が降るぞ」


 うそつき狐は、これから川へ水を汲みに行く兎たちに言いました。


「へえ。そんな珍しいことがあるの。それは見てみたいものね」


 兎たちは、素直にその言葉を信じました。


「へへっ。なんて愚かな兎だ。金貨の雨なんか降るもんか」


 うそつき狐は兎たちを見送りながら、兎をあざけりました。


 うそつき狐は、兎たちが水くみから戻るのを待って、


「どうだい? 金貨の雨は降ったかい?」


 とたずねました。すると、兎たちは声を揃えて、


「ああ。たしかに君の言った通り、金貨の雨が降ったよ」


 うそつき狐は、目を丸くして、


「え、本当にそんなことがあったのかい?」


 兎たちは、そのときの様子を語りました。それはこんな具合でした。



 兎たちがいつものように水汲みをしていると、向こうの峠道に、馬車が通りかかるのが見えました。兎たちがその様子を見ていると、馬車の車軸がぼっきり折れて、荷台が傾いたその拍子に、口の開いたたくさんの袋が崖の下に落ちました。袋の中身はたっぷりの金貨でした。金貨は雨のようにばらばらと散らばりながら落ちていきました。その日はたしかに、金貨の雨が降ったのでした。


「ぼくの言ったことが本当になっちゃ、嘘にならないじゃないか。どういう風の吹きまわしだ」


 空から本当に金貨が降ったことを聞いたうそつき狐は、悔しくて唇を噛みました。


 兎たちが去ったあとも、地団駄を踏んでいると、通りかかった優しい狐が言いました。


「どうしたんだい? 何をそんなに怒っているんだい」

 

 優しい狐は、うそつき狐の唯一の親友です。うそつき狐がわけを話しました。

 

 わけを聞いた優しい狐は、


「それはきっと広場の大木のしわざに違いないよ。あの木には昔から不思議な力のある木の精がいて、嘘が大嫌いなんだ。でも君、あんまり嘘ばかりついていると、あの広場の大木に捕まってしまうよ」


 その話を聞いたうそつき狐は、


「なんだって。じゃあ、ぼくの考えたとっておきの嘘をほんとうのことにしてしまったのは、その木の精なのか」


 うそつき狐は、広場の木のことが憎くてたまりません。


「嘘さえつかなければ、何も悪さはしないよ。放っておいたらいいじゃないか」


 優しい狐が言いました。


「かまうもんか。ぼくの楽しみを邪魔したんだ。そいつに文句を言ってやる」


 うそつき狐は、さっそく広場の大木に、文句を言いに行きました。


 広場のまんなかに、どっしりとした太い木が生えていました。曲がりくねった根っこが地面を這っています。太い木の肌は苔が生えていて、もうずっと長い年月そこに生えているのが分かりました。


「やい、広場の大木。よくもぼくの嘘を邪魔してくれたな」


 うそつき狐が木に向かって叫ぶと、


「お前だな。つまらん嘘をついて、人を困らせるのは。わしは嘘が大嫌いだ。嘘をやめぬなら、ちっぽけなお前など絞め殺してしまうぞ」


「ふんだ。ぼくの楽しみを邪魔するな。今度邪魔したら、切り倒して薪にして、暖炉にくべてやるからな」


 うそつき狐は、それだけ言って帰ってきました。


 広場の大木に会ったあとも、うそつき狐はかまわず嘘をつき続けました。


 あるときのことです。


「あの道は蛇が出るから通らないほうがいいよ」

 

 と、行商に行くイタチの親子に、わざと遠回りの道を教えました。数日後、行商を終えたイタチの親子がうそつき狐の家にやってきました。


 怒って文句を言いに来たのかと思いましたが、そうではありませんでした。


「別のイタチの商人がその道を通ったのだけど、そのイタチは蛇に噛まれて大変だったそうよ。教えてくれて、本当にありがとう」


「あ、うん」


 うそつき狐は、返す言葉がなく、やっとそれだけ言いました。 


「ちぇっ。つまんないの」


 人を困らせることができず、むしろ感謝されてしまったうそつき狐は、その日は布団を頭から被って寝ました。




「今度はもっと大きな嘘をついてやる」


 うそつき狐は、嘘を考えながら小道を散歩しました。歩きながら考えると、頭の回転が良くなって、うまい嘘を思いつくのです。


「おやおや」


 熊おじさんの果樹園のリンゴの木が目にとまりました。リンゴの大きさはもう、食べられるくらいになっていますが、色はまだ青くてすっぱそうです。もう少し経てば、太陽のように真っ赤に色がついて、甘いリンゴになりそうです。


「リンゴか。真っ赤になったリンゴは蜜がたっぷりでうまいんだろうな」


 うそつき狐は、ふと、大きな嘘を思いつきました。


リンゴの様子を見に来ていた熊おじさんに、


「大変だ。嵐がくるぞ。さっき、向こうで家の屋根が飛んでいるのを見たんだ。でっかい船もくるくる宙を舞っていたよ。リンゴなんか、あっという間に飛ばされてしまうよ」


 熊おじさんは、血相を変えて、


「そりゃほんとかい。まだ熟していないが、このリンゴたちは、もいでしまおう。飛ばされるよりいい」

  

と、まだ青いリンゴを収穫しはじめました。


「へへっ。ばかな熊だ。嵐なんかくるはずないのにな。あんな青いリンゴ、食えやしない」


 ところが本当に嵐が来てしまったのです。


 熊おじさんは、助かった青いリンゴをジャムにして売って、次の肥料を飼うためのお金にしたのです。


「大変な嵐だった。早くに教えてくれて、本当にありがとう」


 熊おじさんは、うそつき狐の手をとって、涙を流して喜びました。


 うそつき狐は、そのとき仲間から感謝される喜びを知りました。嘘をついて仲間をだまくらかすよりも、もっと晴れやかでいい気持ちになれることを知ったのでした。

 

 うそつき狐は素直な性格になり、嘘をつくことはなくなりました。何の得にもならない嘘つきはやめて、仲間のためになることを、一生懸命にしました。


 うそつき狐はもう、うそつきと呼ばれなくなりました。


 



 ある冬のことです。うそつき狐が優しい狐の家に行くと、優しい狐は家の中で倒れていました。


「一体、どうしたんだ?」


 うそつき狐が駆け寄ると、優しい狐は苦しそうな声を上げるばかりで、返事がありません。


「ひどい熱じゃないか」


 この森にはお医者さまがいません。森の仲間が病気になったときは、栄養のあるものを食べて治るのを待つくらいしかありませんでした。それでだめなら、大抵、死んでしまいます。


 それにしてもひどい熱です。脈も弱々しく、呼んでも返事をしてくれません。


「ど、どうしよう。ぼくの仲良しの優しい狐が死んじゃう」


 うそつき狐は家を飛び出しました。

 

「優しい狐が病気だよ! 死にそうなくらい熱が出てるよ!」


 うそつき狐は、森の中を駆け回って、大声で叫びました。


「優しい狐がどうしたって?」


 森の仲間がその声に耳を傾けました。


「額は焼けるように熱く、体は滝のような汗をかいているんだ。そりゃもう、大変さ。君たちも様子を見に行ってやったらどうだい?」


「そりゃ大変だ。早く看病してやらねば」


 森の仲間は大慌てで支度を始めました。すると、うそつき狐が、


「へへっ。そんなの嘘に決まってら。まんまとひっかかったな」

 

 森の仲間は支度の手を止めて、


「どうしてそんなひどい嘘をつくんだ。君は素直になったんじゃなかったのかい」


「やっぱりうそつき狐だったのかい」


 口々にうそつき狐を責めたてました。


「そうさ。ぼくは嘘をつくのが大好きなんだ。ぼくはもとのままの嘘つきだよ」

 

 それからうそつき狐は広場へ行きました。

 

 待っていたのは、広場の大木です。


「嘘つきに戻りおったな。おまけに、たった一人の親友が死にそうなどと嘘をつきおって」


広場の大木は、木の根を伸ばして捕まえました。


「そうさ。やさしい狐はひどい病気でじきに死んでしまうよ。もう助からないよ」


「わしの前で、まだ嘘をつくのか! この性悪狐め!」


 太い木の根が、うそつき狐の体を締め上げました。


 やがて、うそつき狐はとうとう息が切れてしまいました。




 それからすぐに、優しい狐の病気は嘘のように治りました。言わずもがな、広場の大木がうそつき狐の嘘を真実に変えてしまったからです。

 

 病気が治ったやさしい狐は、うそつき狐を探しに出かけました。そして、広場の木のそばで倒れているうそつき狐を見つけました。それで、優しい狐は全てを理解しました。


 やさしい狐は、石のように冷たい体になったうそつき狐を抱きかかえるようにして、たくさんの涙を流しました。


 うそつき狐の亡骸は、丁重に葬られました。


やがて、月日が経ち、森の仲間はなぜうそつき狐があんなひどい嘘をついたのか、その訳を知りました。


それから誰が呼び始めたのかわかりませんが、うそつき狐は、いつしか『やさしいうそつき狐』と呼ばれるようになりました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすいし、とても良いお話でした。 [一言] まさか童話で涙がこぼれるとは思いませんでした。 感動しました!
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